あの時使ったお札は、実は保管をしておいた。使い捨てなのでもう一度使うことはできないが、俺の技能向上の役に立つだろうと残しておいたのだ。
俺は、新品のお札と藍のお札を横に並べて、ちゃんと式神契約が使えるように筆を動かしていく。式神契約は、こうしてお札に対応した文字を書くことで発動できるようになるのだ。
「難しいなこれ」
筆を動かすというのは、文字を書くことの比喩表現ではない。本当に、墨と筆を使って文字を書いている。
日頃から筆なんて使わないから、小さいお札に目的の文字を書くのは結構難しい。一枚しかお札を買わなかったので、失敗は許されない。もう一枚買いに行けば、霊夢は嬉々として売ってくれるだろうけど、可能なら一回で終わらせたい。
四苦八苦しつつ、なんとか文字を書き終える。実際に契約できるかどうかは、やってみないことには分からない。霊力も込められているので、多分大丈夫だとは思うけど……
「ただいまー」
と、そこでルーミアが帰ってきた。その手には、大きな袋が抱えられている。同じく帰ってきたユズは、箱のようなものを持っていた。
「おかえり。何を買ったんだ?」
「布とか糸とか、そういうの」
「私のこれはミシンです。家には一つしかなかったので」
「俺しか使わないからなぁ」
裁縫のための道具は一式揃っているが、それはあくまで俺一人のために準備したものだ。他の人が同時に裁縫することは考慮していないし、実際今まで俺以外がここで裁縫をすることなどなかった。
どうやら今回はルーミアとユズが同時進行するようで、ミシンが一つでは足りなかったらしい。買ったものと言うよりは借りたもののようだが、なんにせよわざわざ人里からここまで持ってくるのは大変だっただろう。
ミシンは重いと言うのに、軽々と持ち歩いているユズの姿を見て、この子もちゃんと妖怪なのだなと謎の実感を覚える。
「どうしました?」
「いや、なんでも。そうそう、式神契約のお札、多分作れたけど」
墨も乾いたし、ひらひら動かしてみても文字が掠れることはない。あとはちゃんと作れてさえいれば、式神の再契約が可能だろう。
「私が型紙作っとくから、今のうちにやっておきなさい」
「ありがとうございます、ルーミアさん」
ルーミアがミシンを片手に、大袋をもう片手に持ち、自分の部屋へと戻っていった。片手で持ち歩くとは、妖怪おそるべし。
式神契約は、いつでもどこでも使える術なので、そのままリビングでやってしまうことにした。空間形状が限定される結界術や、時間が限定される神卸術に比べて、その手軽さはありがたい。
「じゃあユズ、まずは……」
ルーミアと再契約した当時のことを思い出しつつ、手元の本を元に手順を記したメモを読む。この術で失敗したらさらに面倒なことになるので、これまた失敗は許されない。
とはいえ、実のところあの時ほど面倒ではない。ルーミアとは違い、元々契約を結んでいたものを更新する形をとるので、複雑な手順は必要ないのだ。二人で式神契約のお札に手を添えれば、あとは再契約をすればいいだけ。
「じゃあ、夢の中でユズが契約を強めたときにしたことを正確に教えてくれ」
「ふぇ!?」
「藍曰く、同じことをしないと契約のバランスがとれないらしい」
あの時も、俺が一方的にキスをしたせいで、再契約のときにもう一度ルーミアがキスをするはめになった。
ユズは一体何をしたのかと思えば。
「えっと、その、頬に、口づけを……」
「……ユズも?」
「あうぅ、これがいいってルーミアさんに事前に聞いていたので……」
ふむ、大方ルーミアが面白がって、キスが一番効率がいいなんて言ったんだろうな。実際、ただ手を繋いだりして結ぶ契約に比べれば結びつきが強く効率がいいのは間違いないのだが。
仕方ないので、俺はユズに目をつむって貰って、優しく頬にキスをした。口じゃないだけ、まだ平常心を保てる。正直、今の俺にマウストゥマウスの口づけはできない。
「んー、お、できてるな。これで完了だ」
「……お手を煩わせてしまいました」
「いやいいんだ。俺のためを思ってやってくれたことだしな」
ユズの再契約は、俺が夢の世界から戻ってくるための結びつきを強めるために行われたことだった。非があるのは百パーセント俺なので、責めるなんてお門違いである。
「では主様、今のうちにお昼ご飯を作りますか?」
「そうするか。あと呼び方、戻してもいいぞ」
「なんだかこの呼び方、妙に落ち着くんですよね。このままでお願いします」
ふむ、式神の考えはよくわからん。再契約は成功しているし、ユズが満足そうなので俺がとやかく言うつもりはないが。
ルーミアはこのまま作業を続けるようなので、今日はユズと一緒に昼食作り。寒いので、今日はラーメンとかにするか。麺はインスタントを使うが、スープと具はこちらで用意する。
「インスタント麺ってどこで買っているんですか?」
「紫の外の世界販売店で。あと、最近河童がインスタント麺の製造に成功したって新聞で読んだぞ」
紫が不定期に開いている外の世界のものを売ってくれる店。俺の所には必ず連絡をしてくれるので、そのタイミングで保存食系統を購入している。やはり、外の世界の物の方が圧倒的に物持ちがいい。
河童のインスタント麺は、一体どれくらいの精度のものが出来上がるのか。流通するようになってからが楽しみである。
「チャーシューは置いてあるのがあって、メンマは用意がある。スープは、ふむ、今すぐ作れるのは醤油かな」
鶏ガラとオイスターソース、それに醤油を入れて混ぜる。胡椒を混ぜつつ、お湯に少しのラードを入れて全部を混ぜてあげれば、簡単に醤油ラーメンのスープが出来上がる。
沸騰させすぎると香味が飛んで美味しくないので、沸騰しないくらいの温度を保ちながらスープを温める。その間にユズはインスタント麺を茹でてくれる。
「外の世界のものにはよく電子レンジでって書いてますよね」
「あっちじゃどの家にもレンジはあるからな。料理をしない家でもレンジだけはあったりする」
なんせ冷凍食品を温めるのに使うものでね。トースターや電子ケトルに比べて、レンジの普及率は非常に高いだろう。
そうしていい匂いがキッチンから漂い始めた頃、ルーミアが匂いにつられるように部屋から出てきた。
「いい匂いがするわね。ラーメン?」
「もうすぐ食べれるぞ」
「いただくわ」
ラーメンを入れる皿は人数分ある。どれも幻想郷に来てから購入したものだ。現代機器があまり絡まない分野だからなのか、焼き物は外の世界のものと遜色ないものが多く売られている。おかげで、幻想郷に来てからの方が食器の数は多い。
切っておいたチャーシューやほうれん草を乗せて、メンマを乗せれば簡単ラーメンの完成だ。
「「「いただきます」」」
朝に比べて一人少ない言葉と共に、ラーメンを啜る。うむ、目分量でスープを作ったが意外と普通に美味しい。
そんなラーメンを見つめつつ、ルーミアが笑いながら言った。
「すっかり、ユズも料理メンバーね」
「私は麺を茹でただけですよ」
「それでもよ。この家じゃ、料理ができた方が楽しい時間が増えるわ」
俺の方を見ながらそう言うルーミア。ふむ、一般家庭に比べれば、材料から作ることの方が多いとは思うが、それを楽しいと評してくれるのが、料理好きとしては嬉しい限りである。
ルーミアがこの家に来たばかりの頃は、家事の手伝いも必要最小限だったことを思うと、彼女も随分色々な仕事をしてくれるようになってくれた。本人は式神だからと言い続けているが、雰囲気は家族のそれだ。
「ちょっとご主人様、暖かい目をやめなさい。どうせ式神になったばかりの頃の私の態度を思い返してるんでしょ」
「おお、よく分かったな」
「それくらいわかるわよ!悪かったわね、ユズみたいにいい子じゃなくって」
ユズは吃音症こそ出ていたが、家事の手伝いはしてくれていたし、料理の手伝いもしていた。確かに、ルーミアに比べれば元々の育ちの良さのような部分が出ていたように思える。
とはいえ、ユズは記憶喪失で、ルーミアは幻想郷で放浪していたという前歴を考えれば、ルーミアの方が妖怪らしいと言えるだろうけど。
「ああそうそう。ご主人様はしないけど、一応私の部屋には立ち入り禁止って伝えておくわ」
「勝手に入ることはないが、裁縫か?」
「ご主人様には秘密なのよ」
俺には秘密で、式神二人で裁縫を頑張るらしい。ミシンを用意していたあたり、結構本格的に作成するようだ。
季節と先ほどちらりと見えた布の色から、なんとなく何を作ろうとしているのかは予想がつくが、それは言わぬが華である。
「食べ終わったら皿洗いは私がするわ。水、寒いでしょ」
ルーミアは闇を使い、直接手を触らずに皿を洗う術を手に入れていた。水が冷たいのは嫌だし、濡れるのも好きじゃないからだと。
なんとも便利な能力である。俺もその闇の力が使えるようになれば……
「いや、できるのか?」
そういえば、まだ検証をしていなかった。ミキから教えてもらった、継承の力とやらの。
技を増やすためには力を見せてもらう必要があるみたいだが、それとは別に夢の中で貰ったものが継承として記録されていると言っていた。もしかしたら、闇の力を使うことができるかもしれない。
「じゃあルーミア、頼んだ」
食べ終わった食器をルーミアに預け、俺はソファへと移動した。
さて、どんな感じに使えるのか、周囲に影響が出ない程度に試してみようじゃないか。
定晴くんが検証するようなので、何を夢の中で継承したのかまとめておきますね
幽香ー日傘 幽々子ー扇子 紫ー日記 ルーミアー式神リボン 依姫ー太刀
チルノー溶けない氷 早苗ー蛙の髪飾り こいしーリボン紐 フランー分身体