継承の力を試すとはいえ、さてどうすればいいのか。
ひとまず俺は記憶領域を元に、皆から貰ったものを取り出せるのか試してみた。しかし、どれもこれも掴むような感覚はあるのに出現させることができない。どうやら実体があるようなものではないようだ。
幽香の日傘や幽々子の扇子など、俺がそれを持つ姿が想像しやすいものを浮かべてみるが、俺の手に何かが現れることはない。
「主様、何を?」
ルーミアが皿洗いをしている間暇になったユズがこちらへとやってきた。傍から見たら、ただ手をグーパー繰り返しているだけに見えるから、変に見えても納得だ。
継承という力を得たらしいのでその実験をしているのだと伝えると、ユズがくいついた。
「私の能力も使えるのでしょうか!」
「どうだろうなぁ、ユズからは夢で何か受け取ったわけじゃないし……」
ユズがいなくなる時に、俺は気絶していた。そのため、何かを貰うことができなかったのだ。
ミキの口ぶりから、夢の中で貰う以外にも継承に記録する方法はあるみたいだが、模写の時と違って記録に触る方法が分からないため今のところは難しい。
「もうちょっとこの力を試さないと難しいな」
「そうですか……応援してます!」
ユズは俺に能力を使ってほしいのだろうか。確かに、ユズの真実を見る能力は持っているだけで非常に使い勝手の良い能力だとは思うので、使えるなら俺も欲しいのだけど。
ひとまず、継承の力をどうすれば発動することができるのか試行錯誤を繰り返す。
元々の模写は、簡単に言えばビデオテープに記録し、保存したり取り出したりするイメージで使うことができた。俺には三つのビデオテープが存在し、必要に応じて記録したり削除したりできるのだ。
だが、継承はなんというか、テレビを見ているような感覚だ。目の前に映像があるのでその物をはっきりとイメージできるけど、画面の向こうだから触れない。そんな感じだ。
「うーむ」
「ご主人様、また悩み事?」
ルーミアがささっと洗い物を終えてこちらへとやってきた。料理簡単食器少なめのメニューだったので、ルーミアの力をもってすれば十分もかからない。
俺はルーミアに、継承という力についての説明と、うまくいかないことを伝えた。
「それならもっと違うところに目を向けたらどう?」
「違うところ?」
「要は私があげたリボンとかが非実体として記録されてるってことでしょ。なら、見るべきはそのものじゃなくて、それが纏う力の方じゃないかしら」
うーむ、説明を受けてもよくわからない。だが、どうやらルーミアには何かしら察することができるところがあったようだ。
少し休憩すると、ルーミアとユズは二人で部屋に帰って行った。きっとこれから裁縫の時間だろう。
俺がここで力を使おうとしていたら、二人の気が散るだろうか。二人とも慣れないことをやるので時間はあまりないだろうし、俺が邪魔をしてしまうのは申し訳ない。とはいえただ外で練習するのは寒いしなぁ……
「いや、むしろ外に出よう。寒いからこそ外に出よう。うん、そうしよう」
俺は自分に言い聞かせて、もう一度上着を着て外に出た。昼になっても暖かくなることはなく、むしろ寒さは一層増したような気さえしてくる。
俺は空を飛び、かつてミキと戦う時に更地になった場所へと移動した。人里からも博麗神社からも離れているこの位置は、結局戦いの余波のせいで森の中にぽっかりと空いた穴のようになっている。
「魔術で暖かくなる方法あったよなぁ」
なんて思いながら、調査を始める。
取り敢えずルーミアの言葉を思い出す。見るべきは、そのものではなくその周囲か。実体があれば、それにどれだけ妖力が込められているかが分かるのだが、見ることができないなら正直よくわからない。
纏う力か、そもそも継承したとはいえそれだけで俺に妖力が移動するとは思えないし、そもそも継承ってなんだ。
「ここはもっと柔軟に……」
俺が手を動かしながら色々試していると、ふと頭上から声が聞こえた。
「春はまだですよー」
見上げると、そこには元気のなさそうなリリーの姿。春の妖精の彼女は春以外の季節だとあまり姿を見ることがなく、それに気性が荒くなっていることが多い。だが、今日のリリーはしょんぼりしているように見える。
「リリー!」
「定晴さん。こんにちはー」
声をかけると、ふわふわと降りてきたリリー。やはり、その姿からは日頃の活発な様子は見られない。大妖精を含め、妖精たちは日頃悩みなんてなさそうに快活に活動しているものだ。
どれだけ外にいたのだろうか、リリーの白い帽子の上に雪が少し積もりだしていた。俺はそれを手で払いのけつつ事情を聞く。
「リリー、元気がないな」
「春はまだ来ないのですよー。寒いですー」
「薄着すぎるんじゃないか?」
テンションが低い理由は、春じゃないからということらしい。まあいつも通りだな。
ただ、いつもよりも元気がないように見えるのは寒いからっぽい。リリーは防寒着らしい防寒着もつけず、いつもの服装でふわふわと浮かんでいたらしい。リリーの服は春服のひらひらしたものなので、こんな雪が降る日には辛かろう。
「というか、リリーにも家があるんだろ?寒い日はそこで過ごしているんもんだと思ってたんだが」
「私は冬眠なんてしませんからー。外に出ることだってありますよー」
なら猶更防寒着はつけるべきだと思うが……よく見ると少し震えているので、俺は幻空の中にあったマフラーを巻いてあげることにした。基本的に防寒着は俺のサイズなので、子供サイズのリリーには身に着けられないものが多い。
マフラーを巻いてあげると、えへへとマフラーをもふもふし始めたので、やはり限界が近かったようだ。
「そもそもなんでこっちに?」
「こっちから季節の香りがしたんですよー。夏の匂いと春の気配がしましたー」
リリーの嗅覚はよくわからないが、要は他の季節に引き寄せられたということか。
だが、この周囲で季節の気配がするようなものは見ていないし、その手の妖怪がいればある程度気づけそうだが、何も見ていない。
いや、待てよ?
「もしかして、これか?」
俺は、幽香の日傘をイメージしながら手を握る。やはりその手に日傘は出現しないが、リリーはその目を輝かせた。
「わぁ、夏の香りがしますよー!」
「ちょ、リリー!」
俺の手をがしっと握るリリー。子供の小さい手だというのに、その力は鬼気迫るものを感じる。
試しに俺が幽々子の扇子をイメージしてみると、リリーはとうとう俺の手に頬ずりをしはじめた。
「はぁぁ、春の気配がするのですよー」
「気配、するのか」
何も発動していないと思われていた継承だが、分かる人には分かるのか。この季節の気配というのが、ルーミアの言っていたそれが纏う力ということなのだろうか。
俺が継承の力を止めると、リリーがまたもやしょんぼりした。これに引き寄せられたということは、リリーがこっちに来たのは俺のせいか。
「悪い、なんかちょっと期待させちゃったみたいで」
「いえいえ、ちょっとの春の気配を感じることができて嬉しかったですー」
俺が実験をしていることを伝え、リリーには風邪をひく前に帰ることを勧める。マフラーは、外の世界で買った安いものなのであげちゃうことにした。
「ありがとうございましたー」
ふわふわと飛んでいくリリー。彼女が元気を取り戻すには、まだ数か月はかかる見込みだ。
だが、リリーのおかげで俺は少し元気が出てきた。継承の力の糸口というのは見えたような気がしたからだ。少なくとも、何も発動しているわけではなく、継承の力の気配のようなものは出ていることは分かったしな。
その後はずっと調査と練習の繰り返し。この出現する気配を、何かしらの力として放出する練習だ。
そうして俺は、夕方になるまでにいくつかの継承の力を使うことに成功した。
「ただいまー」
俺が帰ってくると、まだ二人は裁縫をしているようで、部屋の方から楽しそうな声が聞こえた。ユズと出会った当時に比べて、二人が随分と仲良くなってくれて嬉しく思う。
継承の力の修練は今日はこのくらいにして夕飯の準備を……と思ったところで、玄関の扉が叩かれた。この家にはインターホンがあるが、慣れていない幻想郷住人はノックしてくることも多い。
「はいはい」
「やっほー、定晴!」
扉の前にいたのはこいし。今日は一人のようだ。昼間に遊びに来ることは多かったが、こんな時間に来ることは珍しい。
今日のこいしはもふもふの上着にマフラー、ニット帽を被っており、全身暖かそうだ。リリーにもこれくらいの防寒着を着てほしい。
「どうしたんだ、こいし」
「えへへ。会いたくなったから来ちゃった。入ってもいい?」
「どうぞ」
人懐っこい笑顔を浮かべながら、こいしは家に入ってソファに飛び込んだ。
「二人は?」
「部屋にいる。今から夕食を作ろうと思ってたんだが、食べるか?」
「食べる!」
準備を始める前でよかった。まだ献立も決めてないから、今からならいくらでも修正が効く。
うーん、この人数でこの季節。冷蔵庫の中には野菜も残ってたはずだし、ちょうどいいか。
「今日は寄せ鍋にしよう」
「鍋!やったー!」
両手を上げてわかりやすく喜びを示すこいし。食材に関しては、それなりに余分に用意があるので問題はない。こいしも日頃人里で頑張っていることを俺は知っているので、こういう時に労わなければ。
俺が包丁を取り出すと、こいしが手伝いの構えになった。最近はちゃんと自炊をしているので、その腕を見せたいのだと言う。ここはひとつお手並み拝見といこう。
「とんとんとーん」
「油断して切らないようにな」
「任せて!」
集中こそ少し足りないが、包丁さばきはだいぶいいものになっている。危なっかしさはなく、仕事も丁寧だ。誰かに料理を教えてもらっているのだろうか。
ほとんどの食材を切り終え、こいしの仕事がなくなった頃、こいしは俺に神妙に話しかけてきた。
「定晴、昨日は大丈夫だった?」
「ん。ああ、今こうしているから大丈夫だ。助けてもらっちゃったな」
「いいの。あまり覚えてないけど、私も定晴に悪いことした気がするから」
夢の中でこいしとフランは俺に襲い掛かってきた。それは日頃のストレスに起因するものであったが、こいしはむしろよく頑張っている方だと思う。
俺は優しくこいしの頭を撫でた。帽子越しではあるが、こいしは目を細める。
「むしろ、俺の方こそ悪かったな。変に心配かけて」
「紫が来て、定晴が危ないっていうからフランちゃんと一緒に眠ったの。目が覚めたら、私もフランちゃんも泣いてたんだよ」
「それは……」
「でも、戻ってきたならそれでよし!定晴が元気なら、私はそれでいいの!」
にぱっと笑顔を咲かせ、こいしはソファに飛び込んでいった。
「まだまだ定晴とは一緒にしたいことが沢山あるんだから、勝手にいなくなっちゃだめだよー」
俺は、こいしから目を逸らし煮込んでいる鍋を見つめた。なんだか妙に気恥ずかしくなって、こいしを見てられなくなった。
俺はここまで誰かに思われているのか。なんだか今まで気にしないようにしていたことを、無視できなくなっているように思える。これも、俺の魂の、思考の変化ということなのだろうか。
「じゃあ二人を呼んでくるねー」
こいしはルーミアの部屋へとパタパタと走って行った。
誰もいないキッチンで、俺は気持ちを落ち着かせていった。料理は俺の気持ちを整えてくれる。
書いてる途中で気が付きました。ユズの目を輝かせることができない!(能力を使っているのか比喩表現なのか分からないため)