こいしに誘われたとおり、今日は人里に行くことにする。裁縫作業を中断し、ルーミアとユズも一緒だ。
晴れた冬の日は、人里にも十分な活気がある。幻想郷は結構雪が積もりやすいので、こうして足を取られずに歩くことができる日というのは意外と少ない。数少ない機会をものにしようと、子供たちが駆けまわっている。
「ルーミアは何か知ってるか?」
「いえ?昨日買い物に来た時も特に何も言われなかったけど」
人里でイベントがあるというのなら、少なからずポスターとか幟とかが立っていそうだ。それがなかったということは、人里単位のイベントではないということだろうか。
もしかしたら、冬の時期に合わせてこいしが何か用意している可能性もある。あまり予想しすぎては、ネタ潰しになってしまいそうだし、深く考えないようにしよう。
「そういえば、こいしの家は冬の間大丈夫なんだろうか。地霊殿育ちのこいしじゃ寒そうだが」
「流石にあの慧音がいるから凍えることにはならないと思うけど……とはいえ、小さな家で過ごすのは慣れてないだろうし、気にかけておいた方がいいかもしれないわね」
最初にこいしを家に案内したとき、ある程度の補修とかを行っておいたが、それでも完全に寒さを断絶できるはずもなく、地霊殿に比べればその差は歴然であろう。
なんせ、地霊殿には灼熱地獄跡を利用した天然床暖房なんてものが搭載されているわけで。囲炉裏やかまどの熱だけでは過ごしにくいだろう。
「この時期になると思うけど、定晴の家が外の世界の物でよかったって思うわ」
「外の世界の、家は、しっかり、してます!」
「それはそうだな。家具とかも外の世界のものだから、人里の家に比べたら随分といいものを使わせてもらってるよ」
当時、紫が俺を幻想郷に連れ込む形になったので、その代わりに家をそのまま持っていくということになった。あまり深くは考えておらず、便利だな程度の認識だったのだが、今思えば幻想郷で過ごすうえで破格の居住空間である。
もし人里とかで生活していれば……それはそれで面白そうではあるな。魔術である程度断熱できそうだし。
「さて、こいしの家はここだが……ふむ、気配が多いな」
こいしの家は、大通りから少し外れた路地のある。立地こそ悪いかもしれないが、妖怪のこいしが周囲に注意することなく生活できる空間としては、こっちの方がいいだろう。
そんな家に、いつもよりも多い気配。全員が妖力を持っており、というか、この妖力を俺たちは知っている。
「来たぞ、こいし」
ひとまず、扉をコンコンと叩く。まさか地上に彼女たちがいるはずもないし……と、扉を開けたのは、地底にいるはずのお燐。
「はいはいおにーさん。久しぶりだね」
お燐はたまに地上に上がってきて、日向ぼっこなどをしているのでまだ分かる。だが、扉の奥にいたのは、囲炉裏を囲んでいる珍しい彼女たち。
「あー!お燐、私が開けるって言ったじゃん!さぷらいずなんだから!」
「ごめんなさい、癖でつい」
「うー、寒いから早く扉閉めてー」
「毛布足りない?もうちょっと用意しておいた方がよかったかしら」
地底組、正確に言えば、地霊殿組がそこにはいた。特に、日頃地霊殿から出ることすらないさとりの姿もここにあるのは本当に奇妙なことである。
「ええそうでしょうとも。ひとまず、お空のために入ってもらえますか?」
中に入り、扉を閉める。どうやら何かしらの術が家全体にかかっているようだが、外の風は地獄鴉には堪えるのだろう。
俺たちも含めて、家の中には七人もいるので、流石にちょいと手狭だ。それを感じてか、お燐は猫の姿に、お空は小さい鴉の姿へとなってしまった。お燐のはよく見るけれど、お空の鴉姿は非常にレアである。
囲炉裏の周囲にこいしを含めて全員で座ると、お空はさとりの膝に、お燐はこいしの膝の上に移動した。うーむ、まさに一般家庭のような光景である。
「私たちは一般家庭ですよ」
「心を読んでくる主婦かぁ、幻想郷じゃ普通かね」
「そんなことないわよ。覚妖怪なんてそもそもほぼいないんだから」
俺のボケにルーミアのツッコミが冴える。それを見て、古明地姉妹はくすくすと笑いだした。
「お二人は見ない間に随分と仲良くなったようで」
「こんだけ長い間一緒に生活してるからな」
「あら、ルーミアさん。それは残念ですね」
「ちょっと心読まないでよ!」
さとりはいつも通り、ナチュラルに心を読んでくる。悪用とかはしないけれど、実に覚妖怪らしい行動だ。
そういえば、夢の中ではさとりに幼少時代のことを看過されたな。あの時は殺してしまうほどにイライラしてしまったが、今なら精神も安定しているし大丈夫だ。さとりは覚えていないだろうけど、なんとなく謝罪をしたい。
「ああ、夢の中ではちょっと暴走気味だったみたいですね。私、結構覚妖怪らしいでしょ?」
「ああ、とっても困らされたよ」
「あー、夢の中の話してるー。覚えてないんだから私を置いていかないで!」
俺とさとりの会話に、こいしが体で割り込んできた。バランスを崩して囲炉裏に倒れこみそうになったので、慌てて支えると、こいしはにこっと笑った。
「私も後から聞いたんだけど、本当にお姉ちゃん自身が会ったんだってね」
「わざわざ紫が地霊殿まで行ったのか?」
「いえ、実はあのときすでに地上に来ていたんです。地上滞在三日目ですよ、私たち」
それはなんとも驚きの話だ。地上を嫌っているさとりが、こいしがいるとはいえ地上に何日もいるというのは凄いこと。それは、さとりの性格という意味でも、地底と地上の不可侵条約があるという意味でも驚きである。
そんな長期滞在、よく映姫や紫が許したな……
「いえ、その」
「ん?待てまさか」
「そのまさかです。その、ちょっと秘密で……ね?」
てへっとさとりらしからぬお茶目な表情をする。だが、それで許されるようなことでもないだろう。
紫は、まあ夢の世界関係で遭遇しているみたいだからいいとして、映姫はそんな簡単に許されることではないはずだ。なんせ、こいしが地上に移住してくる際にもだいぶ様々な手続きがあったみたいだし。
「勇儀さんが色々と手回ししてくれたみたいで」
「つっても、映姫にバレずに過ごせるのなんて一日くらいだろ?」
「はい。本来はそうなんですが、勇儀さんからはむしろ一週間くらい地霊殿からいない方が助かると言われてしまい」
映姫は仕事に忠実で、定期的に地底にも訪れている。一週間もあけてしまえば、高確率で映姫の訪問時にバレてしまい、大目玉を食らうことになると思うのだけど。
「そこは勇儀さんを信頼することにしました。どうやら策があったようなので」
「その策はさとり的に効果的だと?」
「具体的な案は分かりませんでしたが、どうにも自信満々だったので」
鬼の自信はあまりいい指標にはならないというのは、俺がここまで過ごしてきて培った知識だが……さとりの方が俺よりも勇儀と関わっているし、きっと大丈夫だろう。
大丈夫じゃなかった場合、数時間に及ぶ説教がさとりたちを待っている。
「あら、私たちをここで目撃した時点でお三方も共犯ですよ」
「じゃあ今すぐ映姫に密告した方がいいか?」
「待って待って!お姉ちゃんの冗談だから!少なくとも、定晴たちに迷惑がかかるようにはしないよ!」
こいしがすかさずフォロー。さとりはにこやかにしている。
なんだか最近、さとりよりもこいしの方が大人に見えてきている部分がある。勿論、突然行動を始めてしまう無鉄砲さや神出鬼没な面では子供っぽさがあるけれど、こいしは一人暮らしをして自分で物事をしっかり判断できるようになってきているため、さとりばかりが大人ではない。
「ちょっと待ってください、私そんな子供っぽいですか?!」
「お姉ちゃんも地霊殿を飛び出して一人暮らしするー?」
「わ、私にそんな勇気は、ないです」
こいしの提案にすごすごと引きさがるさとり。なんとなくユズが親近感を覚えたようだ。
こいしが立ち上がり、大きく手を広げた。
「改めて紹介!地上に一週間滞在してる私の家族です!」
「しばらくの間よろしくお願いしますね」
「にゃーん」
お空は、さとりの体に顔を埋めているが翼をバサバサしているので挨拶をしているとは思う。
さとりが地上にやってくることは、当日までこいしも知らず、フランと遊んで帰ってきたら姉がいてびっくりしたらしい。因みに、さとりはさとりで、こいしの家に誰もいなくてオロオロしていたという。
数日とはいえ、地霊殿の皆が地上で生活をするなんて新鮮な気持ちだ。それだけ、こいしのことが心配だったのだろう。
そういえば、地霊殿にはたくさんのペットがいたと思うが、世話役がいなくて大丈夫なのだろうか。
「あの子たちも自分で世話ができるので大丈夫です。うちにいるのは、皆賢い子たちなんですよ」
「自分自身の世話ができるペットか。外の世界じゃ最強の生物だな」
「お燐たちがいなくて、帰って花瓶とか倒れてないかなぁ」
「……それは、信じましょ」
どうやら動物本能がないわけでもないようだ。地霊殿が荒れていないか心配になる。
「地上にいる間はここに?」
「その予定でしたが……実は別途お世話になっているところがあるんです。と言っても、慧音さんのところですけど」
「ここは私の布団しか用意がないもん。でもお姉ちゃんは毎日来てくれるよ!」
「あまり知らない人の家に行くのは抵抗があったんですけど、慧音さんは私が心を読めると知っても迎え入れてくれたので」
流石慧音、とても心が広い。
こいしの家は一人暮らし用のものなので、そこまで大きくはなく布団を何個も敷くほどの広さもない。慧音の家に寝泊まりできるのは、姉妹双方にとってもいいことだったのだろう。
「昨日は人里を案内してくれたので、今日はまた別の所を案内してもらおうと」
「だから定晴も一緒にー!」
「なら定晴だけ呼びなさいよ。なんで私たちも一緒なの?」
「え?んー、ルーミアちゃんとユズちゃんの心の中が面白そうだから!」
こいしが無邪気に笑い、ルーミアが戦慄している。
さとりの能力はオンオフできるものではないため、近くにいるだけで心が読まれてしまう。俺は日頃気にしていないが、心を読まれることを嫌がる人の方が多いだろう。ルーミアもその例に漏れず、心を読まれることは苦手なようだ。
「定晴さんの方が特別なので、ルーミアさんが苦手なのではなく、定晴さんが得意にしているだけかと」
ユズも、知らない人に対しては人見知りをして喋りも覚束なくなるので……いや、むしろ心を読んだ方がコミュニケーションが取れるかもしれない。ユズはさとりと直接会うのは初めてなので、どうなるのかちょっと楽しみになってきた。
こいしが防寒着を身に着け、外に出る準備をする。今日は、地上への旅行客を案内する日になりそうだ。