東方十能力   作:nite

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四百八十八話 月の知識欲

「ふきゃっ!」

「おっと」

 

永遠亭に突撃しようとしたこいしは、ちょうど扉から出てきた誰かとぶつかった。

反動でこいしはしりもちをつくように倒れそうになるが、出てきたその人が支えてくれた。落としてしまった帽子を優しく拾い上げ、こいしに渡しながら囁く。

 

「危ないわねぇ。気を付けなさい」

「ごめんなさーい」

 

頭の周囲に浮かぶ惑星、そして特徴的すぎるTシャツ。

ヘカーティア・ラピスラズリが、なぜか永遠亭から出てきたのであった。ちょうどこいしは彼女にぶつかってしまったようだが、その程度の衝撃でヘカーティアの体幹は崩れないらしい。

 

「ヘカーティア、なんでここに」

「ん?えっと……前に地獄に来てたわよね?」

「ああ。堀内定晴だ」

「あの私と今の私って違う私だから……ちょっと思い返すのに時間がかかったわ」

 

たしかヘカーティアは三つの世界ごとに違う体を持っているとかなんとか。地球と月とその他の異世界の地獄を司る……思い返してみても、やはりよくわからない。

 

「ちょっと月のことで用事があったのよ。もう終わったから行くわ」

「ぶつかって悪かったな。こいし、建物に突撃するのは危ないからやめときな」

「はーい」

 

頭の横にふわりふわりと惑星のようなものを浮かべながら、案内役もなく竹林へと入っていこうとする。神様とはいえ何の案内もなく帰ろうというのはまずいのでは……

 

「いいのよあの人は。瞬間移動もできるから気にしなくていいの」

「永琳、こっちに来てたのか」

「患者の見送りも医者の仕事よ。まあ、患者は彼女自身じゃないのだけど」

 

いつの間にやら永琳が玄関まで来ていた。その手にはカルテのようなもの、さらには試験薬のようなものもある。

そうこうしているうちに、ヘカーティアは竹林の奥へと消えて行った。瞬間移動ができるとのことだが……ミキのようなことをヘカーティアもできるということだろうか。そういえば、前に出会った時もいつの間にか現れ、いつの間にか消えていたような神様だった。

やはり、神様というのは往々にしてデタラメな連中である。

 

「それで、あなたたちは何しに来たのよ」

「永琳!私のお姉ちゃんを紹介するね!」

「へぇ?」

 

こいしの言葉に、永琳の目が鋭くなる。その視線の先には、お空の大きな翼の後ろに隠れたさとりが。

いつもはお空がさとりやこいしの後ろに隠れることも多いのだけど、何かさとりが苦手なものがあったのか、できる限り永琳の視界から隠れられるように、お空の大きな翼を盾にして縮こまっている。

 

「あら、嫌われてる?」

「お姉ちゃん、何恥ずかしがってるの!」

 

こいしがささっと移動し、さとりの腕を強く引っ張る。さとりは踏ん張って抵抗するようなことはしないが、それでもなんだか嫌そうだ。

 

「いたた、こいし、腕がちぎれるわ!」

「じゃあ素直に出てきてよー!」

「ちょっと待ってよ、ああいう人と顔を合わせるのは心構えが必要なのよ!」

 

どうやら覚妖怪ならではの悩みがある様子。その間に、お燐が気さくに永琳に話しかけた。

 

「永琳先生お久しぶりー」

「地獄の猫ね。元気かしら?」

「それはもう。あのお薬、ちゃんと効きましたよ」

 

どうやらお燐は永琳と面識があるようだ。聞くところによると、かつて地獄特有の病気にかかってしまったお燐を救ってくれたのが、永琳の薬だったらしい。

ただの薬ならまだしも、妖怪、それも動物妖怪に効く薬となると人里や旧都では手に入りにくい。そのため、わざわざ地上まで足を運んで、永遠亭特性の薬を手に入れたようだ。

そうして買い置き用の薬についてお燐が話していると、すぐそこの廊下を鈴仙が通りかかった。

 

「師匠、いつまで玄関で話してるんですか」

「それもそうね。皆、あがってちょうだい」

「お姉ちゃん、行くよー!」

「分かった、分かったから!」

 

鈴仙は雑務の途中だったようで、いつもよりも少し薄汚れた服を着ていた。そしてそのまま奥へと戻っていく。

永琳もその後ろをついていくように俺たちを案内してくれた。その間、どうにも緊張しているような様子のさとりのことをこいしがずっと引っ張っていたのが印象的だった。なんというか、嫌がる子を無理やり引きずる親のように見えて。

 

「優曇華は輝夜のとこね。じゃあそこのてゐ、お茶を用意しなさい」

「えー、なんで私がー?」

 

案内されたのは、縁側のようなところが見える部屋。応接間というよりも、もっと日常的な居間のような部屋だ。

そこから見える庭には、てゐが他の兎と遊んでいる姿が見えた。永琳から命令されて、てゐは嫌そうな顔で、やれやれと言った手をして首を横に振る。

 

「輝夜から言われた仕事もせずに遊んでいるからでしょ。その仕事を優曇華が代わったんだから、少しは働きなさい」

「ちぇ、はーい。んじゃそのボールは仲間たちのところに持っていくがいいウサ。喧嘩しちゃだめだからね」

 

てゐが遊び道具に使っていたボールを、因幡が竹林へと持って行った。どうやら仲間たちと遊ぶための道具を試していたようだが、それが暇つぶしだったからか責任感からだったのかは分からない。

永琳曰く、てゐは因幡たちをまとめるリーダーとして素質があり、そして責任感もあるということだが、日頃見ている分にはあまりそうは見えない。

 

「因幡たちを大切に思っているのは本当のようですよ。仕事をさぼりたかったのも本心みたいですが」

 

さとりからの注釈。こいしに腕を引っ張られた痛みが続いているのか、腕をさすりながらその第三の目はてゐを向いていた。

 

「ふーん、本当に心が読めるのね。不思議な器官だわ。地底に行くことはないと思ってたから、いい機会ね」

「え、ええそうですね。あの、だからそのあまり近寄らないでいただけると」

 

永琳が興味を示しているのは、さとりの根幹部分とも言える第三の目。これが向いていると対象の心を読むことができるので、さとりを覚妖怪たらしめる部分と言っても過言ではない。

それは体のどこからか伸びており、感覚もちゃんとあるらしい。となれば、確かにそれは体の一器官であることの証明であり、医者である永琳の興味を対象になるのも仕方のないことだ。

確かに、第三の目を解剖したらどうなっているのか、少し気になるような気がする。普通の瞳であれば網膜やらなんやらがあるが、果たして第三の目には……

 

「定晴さん、怒りますよ」

「おっと失礼」

 

いつの間にか、例の瞳は俺のほうを向いていた。どうも、必ずしも体の向きと第三の目の向きが一致しているとは限らないようで、いつの間にか心を読まれているということが多々ある。

 

「あの、永琳さんもそんなに内部を気にしないでください。私もよくわかっていないので」

「人体なんてブラックボックスに決まってるわ。だからこそ、解剖っていう技術が存在し発展してきたのよ」

 

どうやら内部構造が気になるのは永琳も同じようで、さとりは嫌そうな顔をしている。もしかして、医者だと言うことが分かっていたから嫌がっていたのかね。

 

「いえ、そもそも頭の良い人というのは心の中が複雑なことが多いので。情報量の多さで爆発してしまわないように、ある程度心構えが必要なんです」

「よく考える人の頭の中って怖いよねー」

 

さとりの言葉にこいしが同調する。こいしの意見は、かつてこいしがまだ心を読む能力を持っていたころの話だろうか。

てゐが持ってきたお茶を飲みつつ、永琳がさとりに色々と質問をしだした。さとりの負担にならないように、ひとまず単純な質問が多い……けれど、さとりの目が回っているような表情を見れば、今も永琳の頭の中がフル回転しているのはよくわかる。

 

「うん、まあ今日はこの辺でいいでしょう」

「ふぅ……」

「移動する前に姫に挨拶していって。それと、もし解剖してもいいっていう覚妖怪の知り合いがいたら連絡をちょうだい」

「いませんよそんな人!」

 

片手にカルテを持ちながら、永琳は手をひらひらを振りつつ自分の部屋へと戻っていった。今日の所は永琳の知識欲を満たすことができたと考えていいのだろうか。

 

「いえ、あれはまだまだ満足していません。このあと予定があるようなので、仕方なく退散したようです」

「そうか……月の頭脳っていうのは怖いな」

「まったくです」

 

疲れた様子のさとりを労いつつ、俺たちは輝夜の部屋へと移動したのだった。

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