輝夜とは一言挨拶をするだけだった。ただ、少しばかり気になることを言っていた。
曰く、最近少しだけ月が活発とのこと。さっき来ていたヘカーティアも、月のことでちょっと様子を見に来ていたようだ。昨日は翼の生えた月の民と遭遇しているし、なんだか少しだけ縁を感じる話である。
「姫様はいつも通りですけど、師匠はいつもより少し忙しそうなんですよね」
「永遠亭に仕事がまわってくることがあるのか?」
「月のことを実際に何かやるってことはないんですけど、やっぱりお師匠様の知能は今でも月で重宝されているみたいなので」
永遠亭からの帰り道、鈴仙に竹林を案内されながら歩いていた。月の民はあまり幻想郷に深く関わろうとしないけれど、永琳に会うために地上に来るほどの執念はあるようだ。
かつては色々あったけれど、今は依姫たちも比較的気軽に永遠亭に来ることができるようになった。その結果、永琳の知恵を頼るのも簡単になったようだ。
鈴仙はどうやら、月の頃の上司がたくさんやってくるせいであまり落ち着いた生活ができていないようだが……永琳がそこにいるから仕方のないことなのだろう。
「あら、鈴仙さんは月の仕事から逃げてるんですね」
「あうっ」
後ろから鈴仙の心を読んでいたさとりの言葉に、鈴仙の肩が跳ねる。どうやら図星だっt……いやいや、図星というか正しくないわけがないか。
「さとりさん、師匠には内緒にしてくださいね」
「ふふ、私が永琳さんに会うことも少ないので話すことはないですが……当の本人にはバレてるみたいですよ」
「……ですよねー」
遠い目で落ち込む鈴仙。なんとなく、永琳にバレているのは分かっていたらしい。さとりとは違う意味で、永琳にも隠し事は難しそうだ。
彼女の弟子を名乗っている鈴仙は何かと生きづらい部分も多いだろうが、月の英知を前にして何かを企むことができる人もそういないだろう。
「さとりさんは月のことはあまり?」
「そうですね。地底には月関係者がやってくることがありませんから。ああいえ、実は昨日のうちに月人に会ってしまいまして。とはいえ会話はしていませんから」
さとりの読心による会話スキップだ。鈴仙は思ったよりも早い会話スピードに少し面食らっているようだ。
「ああ失礼、こういうのに慣れてまして。大丈夫です、言いふらしたりはしませんよ」
鈴仙が口を開く前にさとりが会話を進めていく。いつもはある程度相手の会話を待つので、多分敢えて鈴仙の言葉を聞かずに話をしているようだ。
もしかしたら、単純に鈴仙のことをからかっているのかもしれないけれど。
「はい、こういう妖怪もいると覚えていてくださいね。あと定晴さん、あまり人の内心を察しようとするのはやめたほうがいいですよ」
「はいよ」
鈴仙を見ていたさとりが、こちらを向いてぼそりと付け加えた。俺が考えていたことは読めていなかったはずだが、それはさとり自身の予想だろうか。
さて、竹林を抜けるとそのまま鈴仙は人里に薬を売りに行った。冬のこの時期なので、薬の売れ時でもあるらしい。幻想郷では、ほぼ毎日のように永遠亭の移動販売が行われている。
「そういえばさとりは永遠亭の薬を使ってるんだな」
「ああ、はい。先生に直接出会ったことはなかったんですけど、旧都にはいい医者がいなかったので致し方なく……私が飲むというよりは、ペット用の薬ですよ」
なるほど、確かに獣医は旧都にはあまりいなさそうだなぁ。それに、鬼たちは治療とか言って酒を百薬の長とか言って飲むことを強要してきそうだ。しかも、ペットにも同じように酒を飲ませてきそうで……
なあ、さとり、どうして遠い目をしているんだ。冗談だよな。流石の鬼たちも、そこまで適当な処方はしないよな。
「先生の薬は苦いんだけどすごいよく効くんだよ。おにーさんはあまり薬とは縁遠そうだね」
「浄化があるからな。ウイルスとかは死滅するみたいだからな」
浄化の力を流した水を作ると、それだけで消毒用液体に変化してしまうからな。うちの式神以外にはまともに触れさせられない。
とはいえ、一応病気の種類によっては体調不良になることもあるし、薬を全く使わないということはないのだ。
「ふーん。その割にその力を使ってるところ見ないわね」
「お空はそもそもおにーさんとあまり話さないでしょ。まああたいも見ないけど」
「紫との約束で幻想郷じゃあまり使わないことにしてるんだ。最近はあまり信用できないから常時展開もしてないからなぁ」
先日あった異変で、俺の浄化の力がおかしくなってしまうということが分かった。要は、異常であることがずっと続くとそれが通常になってしまい浄化がうまく働かなくなってしまうのだ。
故に、最近は常時展開ではなく、魔法の森のような瘴気があるような場所以外では使わないようにしているのだ。そちらの方が、幻想郷にとっても健全だろうしな。
「あら、もしかして先日定晴さんが夢の世界に入ってしまったのってそのせいですかね」
「かもな」
さて、こいしの案内で竹林から移動している俺たちは、そのまま魔法の森へと入っていた。つまりまあ、浄化の出番というわけである。
尚、生粋の妖怪であるさとりたちに瘴気が全く効かないというわけではない。この森の瘴気に完全な耐性があるのは、この森で生きている野良妖怪や魔理沙やアリスなどの定住組だけだろう。それ以外の妖怪は、何かしら悪影響が出るとされている。
「ねえこいし、私たちをどこに連れて行くつもりなの……?」
「えへへー」
さとりの質問に、こいしは笑って突き進むのみ。だいぶ日は昇っているのだけど、こいしの幻想郷案内はまだ続きそうである。