結局その日も、そしてその次の日も、俺はこいしたちの幻想郷案内に付き合うことになった。家族だけの一家団欒を楽しめばいいと俺は提案したのだが、こいしがどうしてもと言い続けて、結局最後まで同行することになってしまった。
色んな人に出会う度に、こいしがはしゃぎ、さとりが心を読み、お燐が鳴いた。因みに、人見知りをしていたお空は、基本的に小さな鴉の姿のままで生活していた。
そうしていつしか、さとりたちが地底に帰る日になっていた。だが、こいしは寂しそうな表情は全く見せない。
「こいしが地上で楽しく過ごせているのは分かったわ」
「お姉ちゃんも、いつでも来てね!」
「地底の管理の仕事もあるから難しいけど……ええ、そうね。機会があったら」
さとりは今回、勇儀の何かしらの作戦によって、映姫の目から逃れる形で地上へと観光に来ていた。だが、元々さとりには地霊殿の仕事があるはずで、それをずっと投げ出しているわけにはいかない。
さとり自身の仕事はそこまで多いわけではないので、今回のように数日であれば問題はないものの、この頻度や期間が長くなれば、地底がどうなるか分かったものではない。さとりはこれでも地底を管理しているとても偉い妖怪なのである。
「定晴さん、これでもは余計です」
「そりゃ失敬」
地底まで送ろうかと提案したが、勇儀曰く帰りはこっそりしないといけないらしいので、今回は俺はこいしと同じく地上で見送る側だ。さとりが地上にいるということは結構な数の住人が知っていることだが、映姫にバレるわけにはいかないので皆に口止めをしたうえで、さとりたちも静かに帰ることとなっている。
見送りをするのは、俺とこいし、そして何かと人里で世話を焼いていた慧音だけだ。
「慧音さん、色々とありがとうございました」
「大人しくしてくれるのであれば全然歓迎だよ。私もまた出会える日を楽しみにしているよ」
この数日間、慧音はさとりたちのために色々と手回しをしていた。なんせ、こいしだけではさとりたちが飢えてしまうので。
慧音が人里で廃棄されるものを使った食事を作り、さとりたちに提供していたのは今では人里で有名な話になっている。流行に敏感な人里の住人は、早速それで商売を始めているというのだから商魂逞しいものである。
慧音が笑顔で送り出し、さとりたちが妖怪の山へと飛んでいく。次に来るのはいつになることやら。
「お姉ちゃんに楽しんでもらえたかな」
「あのさとりが騒いでたんだ。楽しかったに決まってる」
「えへへ、そっかぁ」
いつもは寡黙というか、あまりお喋りをしないさとりが、色んな人に出会うたびに心を読んで揶揄って。あれで内心楽しくなかったのだとしたら、さとりは役者になれる。
「定晴は楽しかった?」
「俺か?俺も楽しかったさ」
なんだかんだ最終日までずっと同行することにはなってしまったが。さとりを含めていつもとは違う面を見ることができるという点で非常に楽しかった。
やはり覚妖怪を前にしては、妖怪も化けの皮が剥がれるということで、いつもとは違う反応みたいなのも見れて面白かったのだ。文が実は腹黒いということを暴露されたときには、文々。新聞でさとりの悪口を息巻くほどに騒乱となったほどだ。丁寧な対応をしていない文を見るのは初めてで新鮮だった。
やはり心の中というのは誰にとってもバレたくないものだ。それでも、心を読まれたとしても最終的に許すことができる、それこそが今の幻想郷なのだと、さとりたちに伝え得ることができたのなら尚嬉しい。もっと気軽に地上に来ても、さとりたちをのけ者にするような人は誰もいないのだと伝えられたのなら……
「私はいつか地底に戻ることになるけど……その時、お姉ちゃんにいっぱい地上の楽しかったことを聞かせるんだ。そして、地上は楽しいところだってたくさん伝えるの」
さとりたちが飛んで行った方を見ながら、こいしが自信満々に、堂々とそう宣言した。
こいしと知り合って間もない頃、霊夢から聞かされていたことがある。こいしは地底の妖怪の中でも地上嫌いが強い妖怪だと。
だがこの姿を見て、そのような噂を信じる人は誰もいないだろう。どちらが好きという話ではなく、ただこいしは地上にもきちんと居場所を見つけて、安心できる場所であると信じているのである。
「さて、こいしはこの後仕事だ」
「そうなのか?」
慧音がそう言うと、こいしも納得している顔で、少しだけ疲れた顔をして頷いた。
「さとりたちの援助をする代わり、その分の仕事をする。そういう話になっていたんだよ」
「なるほど。まあ完全無償っていうわけないか」
「これでも人里はいつも物資不足ではあるからな。妖怪だしできることはたくさんあるさ」
そうしてこいしと慧音は人里へと飛んで行った。こいしの後ろ姿は、姉との別れを惜しむようなものではなく、また次に会うときへの期待を膨らませたものであった。
………
「そう、まあこいしが寂しそうにしてなくてよかったんじゃない?」
家に帰りその話をすると、ルーミアがそんな感想を述べた。
俺は、もっとこいしが寂しがると思ったのだ。こいしはどこまでいっても地霊殿の皆のことを愛していて、それが優先順位で最も高いものだと思っていたから。しかし、今日別れる姿を見て、こいしはその感情も卸せるくらいに成長したのだと分かって安心を……
「……」
「なんだルーミア」
「いいえ?ご主人様は相変わらずだと思っただけよ」
ルーミアに呆れた表情をされた。解せぬ。
「それより、本を読んでるけど裁縫は終わったのか?」
「はい。主様が外に出ている間、私たちはずっと裁縫をしていたので……昨日には既に完成していたんです」
同じくゆったりと本を読みながらお茶を飲んでいるユズが答える。
俺がこいしと一緒に毎日出かけていたこの数日間、ユズとルーミアの二人は裁縫作業をずっと続けていたのだ。どうも俺がいない方が作業がしやすかったようで、予定よりもだいぶ早い時間で完成させることができたらしい。
「あとはクリスマスをお楽しみに」
「そうだなぁ、俺も何か用意しておくか?」
二人が特別な衣装を作ったのだから、俺も何かしら用意をしておくべきか。とはいえ俺が何か衣装を着るのもどうかと思うし……ふむ、香霖堂で何か面白いものがないか探しておくのもありかもしれない。
クリスマスとなれば、紅魔館でのクリスマスパーティも勿論のことだが、二人に対してサンタプレゼントをするのも忘れてはいけないのだ。ルーミアは子供じゃないからとやんわりと断るようなことを言っているのだが、関係なく眠っている間に枕元に置いてやろうと思っている。
「んじゃまあちょいと俺は出かけてくる」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃいませ」
………
私たちだけが知る細い道を通って、こそこそと裏道から庭に入る。そのまま何食わぬ顔で館の中を歩き、私の部屋へと戻る。
部屋は荒らされた様子はなく、また何かしら詮索された様子もない。私が出かけたあの日から何も変わっていない。
「ふぅ……」
椅子に座り、地上でため込んだ息を大きく吐き出した。あまりにも長い間息をしていなかったような気もする。
こいしを見るために地上に行き、どたばたした数日を過ごして今。私は久しぶりの地霊殿をかみしめるように体を休めるのであった。
こいしの精神的成長については驚きもあれど、納得できる範囲でもあった。こいしは好きな人ができたあの日から、毎日のように成長し妖怪らしくなっているのだ。私たちが見ていない間に、地上での交友関係を作っていても何もおかしくはない。
定晴さんとの関係に進展が見られなかったのは姉として気になるところではあるけれど、それはこいしの選択だから突っつかないことにした。
「……」
それにしても、ここまで何もされていないとは思わなかった。この数日間の間に一度は閻魔様が訪問しているはずなのだけど、勇儀さんはどうやってそれを有耶無耶にしたのだろう。
まさか閻魔様相手にでまかせが通じるはずもないし、力業にしたって限度はある。そもそも、閻魔様は周囲の妖怪たちのせいで分かりにくいものの、あれでも結構な力と能力を所持している方なのだ。
うーん、勇儀さん大丈夫かなぁ。