「こうしてここを歩くのは新鮮ねぇ~」
「幽々子様、足元にはお気をつけください」
「少し浮いてるから大丈夫よぉ」
冥界から出た二人は、定晴を運びながら妖怪の山に訪れていた。ふわりふわりと移動する幽々子と、軽々と山を登る妖夢は山の上にある場所へと目指して歩いていた。
月では戦争が起きているが、幻想郷自体には特に変化はない。いつも通り哨戒天狗が飛び回り、たまに弾幕が山を覆う。幻想郷の管理は現在紫以外の賢者、つまり隠岐奈たちがやっているため特に大きな問題は起きていない。
「それにしても、なぜここへ?」
「ふふ、だってここには神様がいるじゃない~。ミキが手伝ってくれないなら、別の神様に頼むしかないでしょ~」
「ここの神様は回復の神ではないような……」
「日本の神様は意外と色々してくれるものよぉ」
現在は幽々子が定晴を背負いつつ、たまに出てくる妖怪を妖夢が切り捨てながら進んでいる。
最初は妖夢が定晴のことを運ぼうとしたのだが、どうしても体格の問題で持ち上げることができず、仕方なく幽々子が運ぶことになったのだ。幽々子もそこまで体格がいいというわけではないのだが、亡霊であるからかふわりと持ち上げてしまった。
妖夢は少しへこんだ。
「そもそも、まずはこういうのって定晴さんの式神のお二人に伝えるべきなんじゃ……」
「だったら、そもそもミキは私たちに言いに来てないわ。きっとあの子たちに伝えられない理由があるのよ。それに、紫が月に戦争をしに行ったのならルーミアあたりはついていきそうねぇ」
「……確かにそうですね。ですが、なぜ私たちなんでしょう。交流はありますけど、私たちよりよっぽど定晴さんと仲の良い人はいると思いますが」
二人は道すがら、なぜミキが自分たちに話をしに来たのかを考えていた。
幽々子はあまり考えていないようだが、妖夢は結構しっかり深読みをしている。定晴が起きていれば「多分あいつそこまで考えてないよ」と言うだろうところまで考えているのである。
「私たちにはまだ気が付いていない秘められた力が……?」
「絶対そんなことないと思うわよぉ」
幻想郷で行動をするというのであれば、博麗神社の面子が一番だ。仲の良さで言えば紅魔館の面々はよく定晴と交流をしているし、力もある。妖夢が聞いたのは噂だけだが、地底の妖怪にも繋がりがあるという。
そんな中、ミキが妖夢たちに話を持ち掛けてきた理由。それをはっきりさせない限り、妖夢はずっともやもやを持ったまま行動するしかない。
「ん~、ならこう考えましょう?私たちがもっと定晴さんと仲良くなれるから、と」
「もっと仲良く?」
「ええ、だって、私たちは定晴さんが幻想郷に来てからすぐの頃から交流があるのに、ただ剣術指南をするだけの繋がりしかないなんて寂しいと思わない?どうやら彼、まだ私の贈り物も使いこなせていないみたいだし、もっと仲良くしないといけないと思うのよねぇ」
「仲良く……え、あれ、幽々子様、いつの間に贈り物を!?」
妖夢が幽々子の言葉に反応し、何か言おうとしたとき、空から何かが落ちてきた。
黒い塊に見えたそれは、実際には黒い羽を持った天狗である。
「あややや、どうしたんですか、お二人がここに来るだなんて珍しいこともあるものですねぇ。これはスクープの匂いです!」
「ごきげんよう。残念ながら、面白い話はできないのよぉ」
手元にカメラ、顔には笑顔。品行方正射命丸とは彼女の弁。
あまり妖怪の山に立ち入らない二人のことを目敏く見つけ、こうして話を聞きに来たのだ。背中のボロボロの定晴のことも、改めて新聞の記事にするにはもってこい。
既に頭の中では色々と面白い見出しが飛び交っていた。あとは少しの事実と誇大をすれば話題性だけで幻想郷のトレンドをかっさらえる。
「あ、そうだわ、新聞で彼のことを書くのはだめよ」
「ええ!?なぜですか!」
「紫に消されちゃうから」
本気の顔で幽々子からそう言われれば、流石の文も少し後退る。
ジャーナリスト精神がうるさい記事を書けと怒鳴るが、冷静な理性が流石に賢者を敵に回すのはまずいと言う。
幽々子は紫とも密接な関係、嘘をついているようにも見えない。となれば、定晴を記事にすれば本当にその存在が消される可能性がある……が、それで踏み止まっていては記者の名折れ!
「で、でしたら匿名記事で発行をすれば……」
あくまで書いただけであり、情報提供者は他にいる。だから文は悪くないと主張するつもりだ。
だが、幽々子はにこりと笑って言う。
「その程度で紫を欺けるといいわね?」
「……ハイ、ソウデスネ」
幽々子の笑顔を前に、文は敗北した。
そもそも、定晴のことを記事にして消されるのは文ではなく幽々子である。なんせ、本来の定晴は紫のスキマの中にいるはずであり、こんなところにいるわけがないので。
なので、幽々子にはどうしても記事を作ってほしくなかったのだ。紫の好きな人に対する執着と伴う感情を正しく理解しているが故に。もし知られて逆鱗に触れたら、宥めるなんて言葉では取り繕えないほどの憤怒が幽々子に襲い掛かるだろう。
というわけで、文のことを脅して記事を書かせないようにしたのだ。それでも、文はなんとか話題を拾おうと努力している。
「で、ではお二人がここにいることなら!」
「んー、でもそうなると彼のことも拾わないといけなくなるでしょう?じゃあやっぱりだめよ。まだ死にたくないでしょう?」
「ぐ、ぐぐぐぐ」
死を操る冥界の主から「死にたくないでしょう」だなんて、最高の脅しである。死が今、目の前にある。
「分かりました、分かりましたよ!ちぇ……」
「明日とか、全部が終わったあとならいいわよぉ」
「読者は新鮮な情報を求めているんです!花果子念報じゃないんですから……」
悔しそうにしながら、文は飛び去って行った。あれだけ脅せば、ひとまず記事にはしないだろう。
幽々子もほっと一息。ここで定晴が紫に取り返されてしまえば、すべてが水の泡になる。流石のミキも、二度目は難しいだろうし、と幽々子は思う。
「幽々子様、目的地はもう少しです」
「ええ、頑張って山を登りましょう。登山は久しぶりで楽しいわぁ」
二人は山を登る。
月の一片が、またひとつ吹き飛んだ。