戦場は混沌と化していた。
少しずつ、新しい驚異的な兵器が姿を現す。配備に時間がかかったのか、最初からぜんぶが準備完了していなかったのはよかったが、こうして参戦してくれば大妖怪といえど油断はできない。
「このっ!」
ルーミアの動かした闇が、兵士の腹を抉るようにへこませ大きく吹き飛ばした。もはや、死なないレベルまでの加減しかできない。
月の兵士は頑丈だし、戦いが終わればすぐに回復できるだろう、それくらいの認識しかしていない。もし攻撃の手を緩めてしまえば、あっという間に波に飲まれることになるだろう。
「あれくるよ!」
萃香が大きく声をあげ、ルーミアが回避行動をとる。
ルーミアが元にいた場所にはクレーターができており、範囲内にあった岩が一瞬で蒸発してしまっていた。
「完全に殺す気ね!こっちは殺さないようにしてるってのに!」
「紫はまだなのかい!」
「まだ都の中で戦ってるみたい!」
「早くしなさいって誰か伝えてきなさいよ!」
幻想郷でも屈指の大妖怪、彼女らが大声を出しながら戦場を駆け回る。
動きを止めればすぐさま死ぬ。レーザーに貫かれたら抵抗もできぬままに殺されることが分かっているため、彼女たちも必死に逃げ回りながら兵士の数を減らすのだ。
少なくとも、戦場内の兵士がいなくなれば動きやすいし、兵器を動かしている人員たちも動かざるを得ないだろう。それに、大技を決められるようになるため、兵器を丸ごと破壊できるかもしれない。
だからこそ、ルーミアたちは頑張って一般兵士たちを吹き飛ばしているのだ。回復させないように、都から離れたところに山のように積み上げられている。
「っ……私は撤退!」
そしてとうとう、萃香が逃げ出した。分裂してダメージを軽減していたが、それでもレーザーにどんどん削られるので耐えきれなくなったのだ。
元々あまり敵を倒すことには貢献していなかったため戦場的には問題ないものの、勇儀たちが戦いに集中できるようにサポートをしていたので、それがなくなったときの瓦解は早い。
まず、レーザーに耐えかねて幽香が離脱した。大切にしている日傘が、レーザーの幾たびの攻撃によりとうとう折れてしまったからだ。そして次にルーミアが撤退した。主である定晴がダウンしているかつ霊力減少しているため、どうしても出力的に本気では戦えないのだ。物量を前にすると、ルーミアでは少々厳しいものがある。
そして、最後の一人になった勇儀は、それでもなんとか頑張っていたものの(戦いが好きなので満足できるまで暴れたかったというのもある)、それでも限界というものはあり、死んでしまう前にスキマに逃げ込んだ。
スキマは開きっぱなしだったが、そこから月人が追ってくるということはなく、離脱した面々はボロボロになりながら紅魔館で休息をしていた。
「はぁ、はぁ、ちょっと厳しすぎない?」
「紫ったらちゃんと対策したって言ってたわりに時間かかりすぎ。流石の私たちも死ぬのは御免」
萃香たちに与えられた仕事は時間稼ぎ。だからこそ、兵士たちを相手に時間をかけて耐えていたわけで、その間に紫が勝負を決めてくれることを願っていたのだ。
紫の話だと、依姫が相手でも数分もあれば行動不能にすることができるという話であった。神憑りをさせないための準備をきちんとして、依姫対策は十分していると紫は豪語していた故に。しかし、実際には三十分経っても紫から連絡はすることはなく、勇儀が退散したのはちょうど戦い始めてから一時間ほどが経過したころであった。
「でも、紫が倒れたら何かあるよね。つまり、紫はまだ戦ってるってこと?」
「時間をかけすぎよ!はぁ、日傘が……」
折れた日傘を前にしょんぼりとしながら紫を愚痴る幽香。戦闘用の頑丈かつあまり普段使いしないものではあったものの、それでも愛用していたものが破壊されてしまった悲しみというものはある。
「そういうの、河童に直してもらえばいいじゃない。もしくは、定晴が元気になったら作ってくれるかもよ」
「……そうね、定晴ならなんとかしてくれるかもしれないわね。なら一旦いいわ」
定晴が修理してくれるかもしれない、そう聞いて幽香は気を取り直すことにした。幽香の認識だと定晴にできないことはないので、傘の修理くらいすぐにやってくれるだろうと思っている。
実際のところ、日傘は特殊な生地が必要であり、戦闘用ともなればフレームも必要になるので定晴だけでは修理しきれないのだが……幽香はそんなこと知る由もない。
「紫様はまだ帰られないので?」
「まだ来てないってことは終わってないんでしょ。紫一人ならどこからでも帰ってこれるから大丈夫だとは思うんだけどねぇ」
飲み物を持ってきた咲夜が問い、萃香がやれやれと首を振りながら答える。
正直なところ、紫がここまで時間をかけて戦っているとすれば、紫と言えど勝率はあまりよくないだろうと萃香は思う。対策をしていたとはいえ、きっと何か別の要因があって戦闘が長引いているのだろうと。
スキマは非常に強い能力ではあるが、無敵でも最強でもない。例えば、今紫が相対しているであろう存在なんかは、スキマで飲み込もうとしても回避されるだろうし、スキマごと切断することだって本気を出せば可能なはずだ。だからこそ、萃香たちに時間稼ぎを頼んだうえで短期決戦を仕掛けたのだから。
「私は遊んじゃだめ?」
「妹様はまだ加減が……死者を出してしまうと、後々面倒なことになりますので」
「むぅ」
月への道として開きっぱなしのスキマを見ながら、フランは頬を膨らませた。今回、居残りとして紅魔館にいることになったことを不満に思っているらしい。
ここ数年は特にフランも成長しており、精神的にはとても大きく成長した。だが、それで加減ができるようになったかと言われると微妙なところで、例えば能力を使えばやはり一撃で破壊してしまうことになる。
今回問題を大きくしすぎないために紫が決めたラインは、双方で死者を出さないことだ。フランのように殺すことに特化している場合表に出すことはできない。今回、幽々子が冥界で居残りをしていたのもそれが理由の一つである。
「大丈夫かねぇ、紫」
………
「つまり、私たちが力を込めればいいのですね!」
「まあそれくらいなら容易いけどさぁ」
妖怪の山、守矢神社。
ニコニコしている幽々子と、息切れ一つない妖夢は、そこに住む風祝と神二柱に対して事情を説明していた。早苗なんかは、最初ボロボロの定晴が運ばれてきて本気で叫んでしまったが。
「定晴に神力って大丈夫なの?」
「ミキ曰く、問題ないらしいわよぉ。それに、彼と相いれない力の方が蓋になるって」
「じゃあ遠慮なく~」
話を聞いて、まず諏訪子が定晴に乗っかった。そしてそのまま、その身に宿る多大なる神力を定晴へと流し込む。
と、
「うっ、ごぽっ」
「さ、定晴さん!」
びくんと体が反応すると同時に、定晴の口から血がごぽりと流れでる。まるで死を早めているかのような状況に、早苗が顔を青くしながら定晴に近寄る。
「ちょっ、幽々子、本当に大丈夫なんだろうね!?」
「……大丈夫、彼はまだ死から遠いわ」
死期が見えているわけではない、それは死神や閻魔の仕事だ。
ただ、亡霊という身、そして今まで数多の魂を見てきた幽々子の目が、定晴の未来を見定める。確かに衰弱はしているだろうが、まだ死ぬほどではない。まだ、死なない。
「辛いでしょうけど、貴女もお願い。今やらないといけないの」
「幽々子さん……分かりました。定晴さん、失礼します」
そうして、早苗も定晴に力を送り始めた。少しずつ広がっていく血だまりと、いつになく真剣な幽々子の瞳が、事の重大さを物語っていた。