「がっ」
「はぁ、本気の本気だったようですね。でも、この中には通しません」
地面に倒れるは幻想郷の賢者。対峙するは、衣服をボロボロにし、頭から血を流しつつもしっかりと両足で立つ月の姫。
最初は確かに神卸しの妨害はできていた。だが、それは紫の期待していた完全封印ではなく、神卸に時間がかかる程度の妨害だった。結果として、依姫は神卸しを完了させ、紫は万事休すとなったわけだ。
神卸が完了するまでの間に紫はスキマの中に依姫を封印するはずだった。例え遅延でしかなかったとしても、神卸が完了する前に決着がつく戦いのはずだった。
だが、どうしてスキマに入らない。まるで逃げるように風が流れるかのように、依姫はスキマを回避し続けた。
「はぁ、はぁ……こんなところで、終わるわけにはっ!」
「誰であれ、怒りっていうのは長くは持たないものです。アンガーマネジメントを知りませんか?」
「この怒り、例え千年経とうと忘れるものですかっ!」
妖怪は人間の寿命の何倍もの長さを生きる。その中で、ただ一人の人間と触れ合う時間など、全体からすれば些細な時間でしかない。
それでも、その想いがなくなることはない。それが愛であれ、憎悪であれ、怒りであれ。
「でも、あなたが言ってることについては気になりますね。月からのレーザーなんて、私は与り知らないのですが」
「ふんっ、自分の国のことなのに何も知らないのね」
依姫もまた、この戦いには巻き込まれた側だ。突如として妖怪が現れ襲撃してきたから、正当な理由で防衛を行っただけ。
相手の言うことに対して思うところはあれど、攻撃をしてきたのだから正当防衛を行うのは正しい行動である。殺さなければ、戦いのあとでも話を聞くことはできる。話を聞くなら、勝ったあとでも問題ない。
「……定晴さんが狙われたって本当ですか?」
「本当よ!それに、それが月のものっていうのは分かってるの。あなたたちのものは、独特な気配がするから」
それは地球にはないものだからか、月の言う穢れが含まれないものだからか。月で作られたものや月人は、分かる人には分かる気配を纏っている。
だからこそ、紅魔館で攻撃をされたとき、月のものであると紫や永琳はすぐに結論づけたのだ。散々月のものを見てきた二人だから、どこから攻撃されたのかすぐに判明したのである。
「……逃げたいなら逃げなさい、別に追いませんし」
「っ」
「これ以上何かするというのであれば、私も仕事に準じてあなたを捕縛します。妖力を完全に封じる檻であれば、さしものあなたでも逃げられないでしょう」
紫の結界を操る能力は規格外であり、物理的に紫を確保するなど不可能に近い。
それでも彼女が妖怪である限り、妖力という縛りの中にあるのは避けられない。今までも何度も妖怪と対峙し関わってきた月であれば、妖力を完全に封印する空間を作ることも可能なのであった。
「でもっ、でもっ!」
「その強い執着、実に妖怪らしいですね。そこまで抵抗するのであれば、私はあなたを拘束し……」
と、言葉は続かなかった。
依姫は咄嗟に剣を構え、神を卸そうとする。しかし、紫の妨害は未だに続いており、いつものようにはいかない。紫もまたスキマを開こうとして、妖力が限界を迎えていたのかスキマは十全には開かなかった。月の都の中という環境もまた、紫から能力を使う自由を与えなかったと言えるだろう。
結果として、二人はどちらも百パーセント対応することはできなかった。彼女たちのような存在であれば、それでも大抵のことであれば対処することができるはずであった。
だが、それは無慈悲にも、準備不足を吹き飛ばす。
「がっ」
「あぐっ」
閃光。そう呼ぶしかないような光が、二人の体を貫いた。
それは月の兵器の光であった。しかしそれは、紫のみならず依姫にも牙を剥き、両者の体を大きく吹き飛ばす。
「な、なにが」
紫よりも負っていた傷が少なかった依姫が、その頭を動かして周囲の状況を確認する。視界の向こう側に紫が倒れているのが見えるが、今は彼女のことを気遣っている余裕はない。
確認すべきは光の発生源。それはまるで二人の真上から降り注いだようにも見え、紫のことを攻撃する意図をもっていたのであればだいぶ遅きにあれど、意味はある。だが、その光は依姫をも攻撃したのだ。第二射を警戒せずにはいられない。
「は」
その頭上には、今なお依姫たちに標準を向けたまま浮いているレーザー砲の姿があった。何かに特攻のあるわけでもなく、ただ単純な火力をぶつけるだけのレーザー砲。
それは、攻撃範囲が広すぎるが故に、ほとんど日の目を浴びることのないはずのものであった。都の中で使うなどもってのほかである。それではまるで、自国内で核兵器を使用するがごとし。
「なぜっ」
確かに、
「まずいっ」
兵器に光が収束し、第二射が発射される。依姫は回避することも能わず、ただ攻撃を耐えることしかできない。視界の先にいた紫のことなど、気にしている余裕はなかった。
数秒の間続くレーザー放射は、依姫の体を貫き、そのまま地面を抉る。いや、地面だけでなく周囲の建物や、依姫が守らんとした中央施設すらも砕いて崩壊させていく。
先ほど受けた攻撃は、あくまで試射でしかなく、本来の威力のニ十パーセント程度しかなかったのだろう。そうとしか思えないほど、先ほどの攻撃とは圧倒的に火力に違いがあった。
「あっ……がっ……」
依姫の意識が消える感覚がする。それは、体力が底を尽いたからか、それとも体自体が消えているのかも判断つかない。
熱いとも寒いとも思えぬ光の攻撃の圧力の中で、依姫の意識は闇の中へと落ちて行った。
………
その光は圧倒的であった。
宇宙から観測していれば、その光は月の都を丸々吹き飛ばしたようにも見えるだろう。トラック数台分の大きさしかない兵器の光が、それよりも何十倍も大きな都の八割を吹き飛ばしたのだ。
そして光が過ぎ去ったあと、そこには新たなクレーターが生まれていた。後世の名を、旧月の都跡クレーター。
一つの兵器が、一つの国とも言える都市を消し去った、大きな事件の顛末である。