「これは、なに」
「分からないわ。私たちも、誰も」
月、某所。
力の大部分を失い、既に開いていたスキマが閉じていることにも気が付かない紫は、月の民が見ているモニターを見ながら呟いた。
紫ほどの聡明な脳であれば、それが何を目的として作られたものなのかが分かる。それでも、理性がそんなはずがないとストップをかける。
「私たちの推測だと、これは……」
「まって、それは、だって」
月の一区画、裏側の範囲ではあるが、その境目ギリギリ。地上から観測されない特殊領域の中ながら、月の都も気が付きにくいギリギリの場所。そこにそれは建っていた。
塔のような見た目で、その側面には分かりやすく砲塔。爆弾のようなものも観測できるし、対空兵装も積まれている。そして何より、その周辺を玉兎たちが警備をするように守っていた。
「月は、戦争でもするつもりなの?」
「……賢者の一人が暴走をしたのかもしれません」
それは戦争兵器だった。そしてそれは、大量殺戮兵器でもあった。
現代兵器、というにしては物理学に反する建築様式。殺意しか感じない武器は、ただの重火器とは思えないような特殊な装置がついている。
「犯人は誰なの?」
「それがなんとも。私たちも捜索しているのですが……月の賢者数名と連絡ができなくなっています」
「……つまり、今の月の兵器の暴走はこれが原因だと?」
それは、紫がここに来る理由を奪い去る事実であった。
とはいえ、それで怒りを収めることはできない。気絶したことでだいぶ頭は冷えたが、それでも定晴を攻撃したという事実がなくなるわけではない。攻撃対象が月の都からこの正体不明の兵器になっただけだ。
「この巨大兵器を破壊すれば他の兵器は止まるのかしら」
「……貴女、いつもよりも焦っているように見えるわ。何があったの?」
豊姫が近づいて、紫の顔に手を添えた。
紫はいつも堂々と、平然と過ごす。時に妖怪のような獰猛さを見せることはあれど、それは冷静さを失うようなものではない。豊姫の中での、紫の印象はそうだ。
だが、豊姫の目には、今の紫はすごく慌てているように見えた。今すぐに解決しないと、大切なものを失ってしまうかのような。
「……はぁ、そうね。どうせすぐには動けないから、話してあげるわ」
現在の妖力、月という環境、そしてダメージのコンディション。正直なところ、ここで無為に飛び出したところでこの怒りを収めることができるとは思えなかった。
だから、紫は諦めて豊姫に何があったのかを話すことにした。周囲の玉兎たちに聞かれるのは恥ずかしいので、豊姫にだけ聞こえるくらいの声量で。
「だから、私は月に来たの。私の大切な人を傷つけたから」
「まず、ごめんなさい。私たちがしたことではなくとも、月の問題を幻想郷に持ち込んでしまったこと、そして定晴さんを攻撃することになってしまったことについて謝罪させていただくわ」
「謝罪じゃ許されるようなことじゃないわ。きちんと制裁をするまでは止まるつもりはないの」
と、本部の入り口に誰かが現れる。玉兎たちにつれられてやってきたその人は、片翼しかない羽を一度だけはためかせて紫を見つめた。
「サグメさん、どうされたんですか?」
いつものように固い口は閉ざされたまま。サグメは手話のように手を動かしてその意思を伝える。
「敵が動き出した……?依姫は起きてます?」
「……」
「そう……ひとまず、時間稼ぎを私がします。兵士たちに戦闘用意をさせて」
豊姫がキリっとした顔つきで周囲の玉兎たちに指示を飛ばす。
サグメもまた何かやることがあるのか、玉兎たちを伴って歩いて行ってしまった。紫からすれば、何も言わないのにわざわざここに来た意味はなんだったのだろうと思う。適当な伝言をすればいいだろうに……と、豊姫が紫に向き直った。
「あなたは幻想郷に戻ってください。ここもじきに戦闘区域になります」
「いいえ、私の目的はあれよ。定晴を傷つけた代償はしっかり払ってもらうわ」
紫もまた、攻めてくるのであれば滅ぼすだけだと戦意を露わにする。ただでさえ不完全燃焼なのだ。ここで引いていてはここまできた意味がない。
「……戦いに出るのは勝手ですけど、こちらの攻撃に巻き込まれる覚悟はしてくださいね」
「ふんだ。あなたたちの攻撃が当たるものですか」
狙われているのであればまだしも、流れ弾程度に被弾してしまうほど弾幕勝負はやっていない。
とはいえ、まだ紫が怪我をしているというのも事実で、少しだけ休息はとらないといけないかもしれない。
「少ししたら出るわ。さっきのところは勝手に使うわよ」
「ええ、ご自由に」
そうして紫は、目を覚ましたテントへと戻った。そうして眠っていたベッドに座ると、自分の体の状態を確認しつつスキマを開く。
眠っていた時間はそこまで長くないようだけど、スキマの中でも時間は過ぎる。最愛の様子を確認しておかなければ……と。
「あれ」
見つからない。自分の空間に。自分の領域に見つからない。
ない、ない、ないないない。最愛がいない。
「は」
敵はスキマをも超えてくる能力を有しているのか。否、であればもっと狡猾で確実に攻撃をしているはずだ。
よく見れば何かの残滓のようなものが見える。これは、この力は
「は、はは、はははは!」
………
「残念ながら、こちらからの移動手段は持っていないの」
「そうか……」
永遠亭にやってきた俺たちは、永琳たちからあまり喜ばしくない返事をもらっていた。曰く、月の民は自力で戻る手段を用意しているので、永遠亭から月に行く手段は何もないのだという。
今でこそ依姫たちが永遠亭に訪れるようになっているものの、月では輝夜と永琳は永久追放状態なので、月の地を踏むことはできないのだと言う。
「ま、月も私たちが移動手段を持つのは許さないってことねー」
「用意しようと思えばできるのか?」
「そちらも同じく、残念ながら無理ね。地と地を繋げる術を私たちは持ってないから」
一途の希望をもってやってきたわけだが、特に方法は見つからない。月の民が永遠亭に来るときは自前の手段でやってきているらしく、知識的なものすら手に入らない。
「妖夢、冥界が月に繋がってるとかそういううまい話はないよな」
「無理ですね。冥界はそもそもどこにも繋がっていないので……今みたいに幻想郷との境目があやふやになっていることの方が特殊なんです。私たちの冥界は、そもそも幻想郷の地ではないので」
紫のことを助けようにも、紫のもとにたどり着けないんじゃ意味がない。と、妖夢の話を聞きながら俺は一人の人物の姿が頭の中に浮かんだ。
冥界のように、特殊な世界を司り、そこは地球と月と異世界の三つを統括しているという。
「ヘカーティアなら月に行く手段を持ってるか?」
「……確かに、あの人なら何か方法があるかもしれません」
俺の提案に、妖夢は頭を悩ませながらも肯定をしてくれた。
ヘカーティア・ラピスラズリは地獄の神にして、その地獄は月にもあるのだという。実際に月に空間があるわけではないようだが、何かしらつながる道があってもなんらおかしくはない。
「でも、あの人は偏在する方です。どこに行けば会えるかは分からないですね」
「たしか前に出会ったのは彼岸のさらに下の方だったな。だが、あれは紫の能力で辿り着いたところで、そうじゃないならほぼ無限に落ちなければたどり着けないはずだ」
「どちらにせよ時間がかかりすぎるわね。彼女はたまに幻想郷の中を飛んでることもあるけど、幸運を願ってみる?」
幽香の提案に俺は緩く首を振った。そこまで運任せな作戦は立てていられない。勿論、たまたま出会うことができればそれでいいが、今はもっと確実に実行できる作戦を立てるべきだろう。
「……あの、少しいいですか?」
と、そこでおずおずと話を聞いているだけだった鈴仙が手を挙げた。大変体を縮こませながら発言をした。
「ヘカーティアさんは、多分この時間は地底にいると思います」
「仲いいのか?」
「その、ヘカーティアさんと仲のいい純狐さんって人がいて、その人から聞いてて……」
どうやら、あの女神さんもしっかり友人は作っているらしい。そして、又聞きのように鈴仙は情報を仕入れているというわけだ。
鈴仙はこういうところで嘘をつくような人ではないし、情報についても信頼できるだろう。
「なら地底に……」
「待ちなさい」
早速行動、と思ったところでルーミアに呼び止められた。
「例外的に許されてるのは貴方だけで、基本的に私たちは地底には行けないわ」
「あ、そっか」
「もし女神を見つけたら、地上まで来てもらってちょうだい」
ひとまず、他の皆は紅魔館に戻って待機し、その間に俺は地底に向かう。そういう作戦に決まった。
さて、あとどれくらい猶予はあるのだろうか。