地下間欠泉センターといえば、やはり核融合炉が置かれているのが特徴だ。外の世界のような超本格的かつ莫大なエネルギーを生み出すようなものではないものの、実験施設としては十分な設備を兼ね備えている。
とはいえ、大抵は休眠状態で、日頃は核融合炉の熱を逃がすために間欠泉が吹き出ているだけだ。極暑異変のときも、この場所は特に稼働していなかった。
そんな稼働していない施設の真ん中、間欠泉の飛沫を浴びる位置に浮いている姿が見えた。
「何やってるんだ」
「水飛沫を浴びるの、楽しいわよ」
「そうかい」
確かに、全身びしょぬれで楽しそうではある。吹き出る間欠泉は相当な温度なはずだが、女神ともなれば行水程度にしかならないのだろう。真冬にはちょうどいい水浴びというわけだ。
変なことをするやつだと思いつつ、似たようなことをしそうな連中に心当たりがあるのでそれ以上の感想は言わなかった。
「それで、何の用?」
「ああ、実は月に連れて行ってほしくて」
横から飛沫が飛んできて正直熱いのだが、ヘカーティアが動くつもりがないようなので仕方なくここで会話をする。火傷しそうだったので、先に結界を張っておいて正解だった。皮膚外傷は再生の力ですぐに治すことができるとはいえ、熱いのは熱い。
簡潔に事情を説明すると、ヘカーティアはよく考えてる様子もなくふむふむと頷いたあと親指を立てた。
「いいわよ!月の都に行けばいいのね!」
「そりゃよかった。じゃあ地上にt」
「それじゃあ月の旅ごあんなーい」
瞬間、眩暈。
俺の言葉を最後まで聞くことなく空間が歪み、同時にヘカーティアの姿も歪む。否、俺が歪んでいるのだ。
やはり話は聞いていなかったようで、俺のことを真っ先に月へと飛ばしたようだ。地上に他にいるからという話はしたはずなのだが、既に俺のことを月に飛ばすということでキャパオーバーだったらしい。
眩暈とふらつき、そしてなにより吐き気のようなものを感じること数秒。体験が最悪すぎて長い時間に感じられたそれは、実際には数舜の出来事であった。平衡感覚を取り戻して目を開けると、そこは月の表面。
生命の匂いがあまりしない、月の裏へと俺はやってきていたのであった。
「いやここどこだよ」
俺の記憶が確かならヘカーティアは最後、「月の都に」と言っていたはずなのだが、飛ばされたのはどこかの表面。クレーターの中にいるようで、ここから上がらなければ月の都の姿を見ることもできない。
女神からすれば月の表面など庭のように駆け回ることができるのかもしれないが、人間にとってはそれなりの距離がある。やはり、そこらへんの感覚を神を信じてはいけないな。正確に月の闇の門の前とかを指定すればよかった。
「いや、俺だけ飛ばしてる時点で、まともに交渉はできんか」
月に行きたいという要望だけが叶えられているのだ。一番の問題を解決できていると思えば、感謝せねばなるまい。
次に会ったら文句を言おうと決めつつ、俺はクレーターの上に向かって飛んだ。月の民が過ごすために空気がある程度あるとはいえ、地上よりも薄いので風はあまり役に立たない。かつて、俺が月の都に来た時に身体強化を主に使っていた理由だ。
そうして霊力による飛行をしてクレーターからあがると、やはりそこらへんに月の都は見えない。随分と大きなクレーターの中にいるせいで距離感が掴めないが、反対側だったのだろうか。
「月の都が丸々入りそうだなここ」
月の裏は月の民が過ごすために整備されているところが多く、このように大きなクレーターが残っていることは少ないらしい。あまりに大きすぎると、もはや均す作業が大変すぎるということだろうか。
周囲に気を付けつつ、俺は反対側まで移動する。だが、途中も含めて月の都を見つけることはできなかった。
「これは非常に困ったな」
月の都の方向ぐらいは分からないと正直難しい。月は地球に比べれば小さいと言うけれど、月の裏側だけでもオーストラリア大陸の二倍くらいはあるのだ。人の身で探すなんて不可能すぎる。
せめて立て看板でもあってくればいいと思うのに、近くには残骸のようなものしか見当たらない。多分だけど、何か実験だかの放棄区域なのだろう。人が来ることを想定しているとは思えない。
「ん?」
と、足元に何かが落ちていることに気が付く。それは、何か建物の破片。俺の記憶が正しければ、月の都の主要建築に使われている屋根のはずだ。
ということは、実験というよりも単純な放棄区域ということなのだろうか。月で戦争なんか起きるとは思えないが、居住に適さなくなった場所も存在するということだろうか。
その割にはあまりにも建築物が見当たらないが……そこまで徹底的に破壊されたということなのだろうか。
「とはいえ、それじゃまともなヒントにもならんな」
だが、帰ることはできないのだ。ヘカーティアがここにいないので、紫を見つけるか月の民の誰かを見つけないと地上にも帰れない。
ふむ……もしかしたら、ヘカーティアに頼るのは早まったのかもしれないな。帰ることもできず、月の裏で野垂れ死ぬ可能性もあるとなれば、もっと深く考えるべきだったのかもしれない。
「……まあ、ここにいても仕方ない……っ!」
身体強化、風、霊力を使いその場から離れるエネルギーを生み出しつつ、無効化を頭上に向かって使った。今度こそ仕留めるというつもりなのかもしれないが、仕留めることができる攻撃は視える。
「こいつか!」
俺のことを攻撃した正体は、クリスマスの日、俺を貫いたレーザー。幽々子の話だと月の兵器とのことだったが、やはり月に来れば襲ってくるか。
一台は妖夢が切り伏せたとのことだが、兵器がたったの一台ということはなかったらしい。機械というのは、量産に向いているというメリットがあるからこその兵器なのだ。
レーザーを無効化し、輝剣を構える。妖夢の師匠をしている身として、剣技で負けるわけにはいかない。
「よしっ」
身体強化で構えて……と、その瞬間周囲の景色が引き延ばされたように歪む。ヘカーティアか?
そして景色が元に戻ると、そこはどこかのテントの中であった。そして背後から声をかけられた。
「本当に、定晴さんなんですか」
「豊姫?」
最近あまり話してなかったが、聞き間違えることはない。月の民にして姫、そしておっとりとした雰囲気の中に鋭い気配がある姉妹の片割れ。
豊姫がなぜか奇妙そうな目で俺のことを見つめていた。