「なんだ、俺の顔に何かついてるか?」
不思議そうな豊姫は、我に返ると俺に早足で詰め寄ってきた。
「なぜここにいるんですか危篤だと聞きましたけど無事なんですかなんでですか!」
「まてまて落ち着け」
早口で捲し立てられて、流石の俺も少し後ずさる。焦っている、ように見えるがどうやら俺がどうなっていたかを知っていたらしい。やはり月の兵器のせいであるというのは間違いではなかったようだ。
とはいえ、ここで俺を攻撃するつもりもないようだし、豊姫の様子は少しおかしい。どうやら月は月で色々と複雑なことになっているらしい。
「何があったんだ」
「それはこっちのっ!……ふぅ、ちょっと取り乱したわ~」
いつものふんわりした雰囲気に変わる豊姫。大きく深呼吸をして、その身に纏っていた鋭い空気が薄くなる。もしかして、豊姫ってあの鋭い雰囲気の方が素なのか。この幽々子みたいな空気感というのは、対外的なキャラクターなのかもしれない。
「……私が聞いた話だと、貴方は昏睡状態だって聞いてたんだけど、どうしてここにいるのかしら」
「助けてもらったんだ。でも紫にそれがバレるとやばいから話をしに来たんだが……紫はどこにいるんだ?」
「――あぁ……そういう」
俺の言葉を聞いて、豊姫がまるですべてを理解したように目を泳がせた。
その反応を見て、俺もまたそのほとんどを察する。
「もしかして」
「行っちゃったわよー。もう」
なんてこったい。ふむ……まあ、紫がキレる相手はミキになるだろうから大丈夫だろう。ひとまず、紫は無事だったということだな。それが確認できただけでも十分だ。少なくとも、ミキに対して怒りをぶつけに行くくらいの元気はあったということだしな。
「スキマじゃないならどうやってここに?」
「ヘカーティアに飛ばしてもらって。本当は他のやつと一緒に来るはずだったんだが、一人で飛ばされちまってな」
「式神がいたんじゃないの?」
「月と幻想郷は次元の隔たりがな……」
式神通信というのは基本的には距離とかを関係なく式神と意思疎通が可能になるものだ。だが、その距離が物理的なものではなく次元的なもので遠い場合は通信ができなくなる。
幻想郷は大きく強い結界によって隔てられているために、幻想郷内部と外部での通信はできないのだ。紫のように自前で次元の壁を超えることができるのであれば可能だろうが、俺のような人間ではその壁を超えることはできない。
今でこそ月と幻想郷は比較的密接だが、それでも月と幻想郷の間には強い結界があるのだ。月に来た時点で式神通信は届かなくなってしまっている。繋がりが消えるわけではないが、召喚もまた難しい。
「紫の安全が確認できたならすぐに帰ろうと思っていたんだが……」
そもそも大人数で来ようとしたのも、こっちでまだ戦闘中だと思ったからだ。そうでないなら、俺一人で事情を把握して帰ればいいのだが……
俺は周囲を見渡す。いつもと違う場所の、いつもと違う雰囲気。月の民は結構いっつも忙しそうではあるものの、今のこれは忙しいというよりもピリピリしている。ずっと緊張状態というか……この空気は、大きな戦いをしている組織に似ている。
「何があったんだ」
「……折角来てもらったのだし、説明しましょう」
そうして、豊姫は月で起きたことを話し始めた。紫が攻撃をしたときにはすでに豊姫たちはこうして別の拠点を構築済みであったわけだが、戦闘に感化された第三者が兵器を使い月の都を破壊したせいでこうして臨時拠点を本拠点として使わないといけなくなったらしい。
紫と依姫は負傷したあとここで手当て。紫の方が先に起きあがったのは、偏に紫が妖怪という回復が早い種族であるからだろう。依姫も意識は取り戻したが、未だ集中治療中らしく面会はできそうにない。
「第三者か……」
「あれをどうにかしないと、私たちも平和を取り戻せませんが……どうしたものかしらねぇ」
過程で例の敵拠点らしきものも見せてもらったが、あれは確かに誰か一人が頑張ればいいというような代物ではなかった。それこそ、月の都が総意をもって攻撃しないといけないような状況だ。
「と、こうして説明している間に帰還の準備はできているわ」
「そうなのか、なんか悪いな」
「いいのよ。ひとまず帰って安心させてあげて?今は聖域にしか飛ばせないから、合流地点までは移動してもらうけれど、いいかしらぁ」
「大丈夫だ。俺一人じゃ地上に戻ることもできないからな」
流石に無酸素環境をどうにかする方法を俺は持っていない。無効化とかでどうにかなるようなものでもないからな。
本当は紫と合流して紫と一緒に帰るつもりだったのだが……既にミキのところに行っているのであれば戻ってくるのを待つしかないな。ミキも俺が起きていることは把握しているだろうから、冷静さを失っている紫から逃げながら説明をしてくれるだろう。
「それじゃあ装置のところまで……っ!何事!?」
突如としてエリア一体にアラームが鳴り響く。どう考えても非常事態の通知だ。
と同時にアナウンスが流れだす。
『敵性存在、行動を開始しました。対象……数え切れません!』
慌ただしくなる周囲と、焦ったように駆け出す豊姫。戦術的大将である依姫が動けない以上、豊姫が責任者として動かないといけない。
「……こりゃ帰れなさそうだ」
まるで示し合わせたように動き始める敵のことを考えながら、俺は豊姫を追いかけるのであった。
………
「……むすー」
「フラン、落ち着きなさい」
「だってー。お兄様ったらなんで勝手に行っちゃうわけ!?」
ヘカーティアによって定晴が飛ばされたころ、紅魔館で待機していた面々はなんともがっかりした様子で広間で座っていた。というのも、式神の繋がりが変わったことで定晴が月に行ったことをルーミアが察したからである。
とはいえ、流石に一人で行くつもりもなかっただろうし、ルーミア的には事故か神の気まぐれによるものだと思っているが……それはそれとして、フランはとっても不満そうである。
「通信とやらはできないの?」
「残念ながら、幻想郷の外とは隔たりが大きくて無理ね。繋がりの方向は分かるし、無事かどうかも分かるけど……召喚とかも難しいと思うわ」
「連絡ができないのは不安よね……定晴はまだ病み上がりなわけだし」
机に頬杖をつきながら幽香がため息をついた。強さを信じているルーミアたちと違い、基本的にずっと定晴のことを案じている幽香の心労はだいぶ溜まっている。
他の面々も、定晴が一人で月に行ったのを思い憂鬱そうである。
「はぁ、こういうときに問題に巻き込まれないでよ、ご主人様……」
空を見上げながら一人呟いたルーミア。
残念ながら、既に定晴が渦中にいることなど知る由もない。