「まあ待てって!」
「あああああ!」
時空と時空の狭間、それこそ「スキマ」と呼ぶような空間に一人の神と一人の妖怪の争いの声が響いていた。
「もう定晴は大丈夫だから、問題ないんだ!」
「何が大丈夫なのよっ!」
狭間から飛んできた電車が一両、ミキに衝突する。ミキはその車両をいとも容易く両断しながら、紫に対して束縛の魔法を放った。
だが紫はその魔法を弾き飛ばしてさらに大きな岩の塊をミキへと飛ばした。ミキにはやはりダメージが入らないが紫は諦めようとしない。その頭はもはや理性など吹き飛んでいる。妖怪の大切に触れた者を大妖怪は許しはしない。
「返して!返してよ!」
「もう自由だっての!」
まさかミキも、ここまで激昂するとは思っていなかった。否、ここまで冷静さを失うとは思っていなかった。
ミキの中のイメージ……のみならず、八雲紫という妖怪は基本的に冷静で頭が切れるという妖怪だ。一説によるとスーパーコンピュータよりも計算能力が高いとも言われ、何があろうと冷静に対処できると信じられている。
ミキが知る限りだと過去に紫が激昂した出来事として博麗神社の倒壊事件が挙げられる。実際にその時も怒りを見せはしたものの最終的に犯人たる比那名居天子は許されて今も幻想郷で過ごしている。そのため、今回もそれなりに冷静に対処してくれると思ったが……
「あああっ!」
全力に殺意が込められている弾幕が展開されると同時に、ミキの周囲の空間が歪んでその動きを拘束する。ミキは平然と空間の歪みごと切って脱出するが、その額には冷や汗が浮かんでいる。
ミキだからこそ問題なく対処できているだけだ。人間どころか、大妖怪であってもこのような猛攻を受けきれる可能性は低い。果たしてこの攻撃は、相手がミキだと分かったうえでやっているのか、それとも誰であっても同じように攻撃をするのか……
「落ち着けってのっ!」
ハンマーを取り出して、ミキは全力で紫の頭を殴った。その衝撃で紫は後方に吹っ飛ぶ。
相手がミキであっても、博麗神社破壊のときよりも何倍も怒っているようにミキには見える。となると、今の紫の優先順位は……いや、順位をつけるというのは間違っているのだろう。だが、幻想郷と天秤をかけることができるくらいには大切なものとなっている定晴のことを考え……
「あいつも、最適解を出せないと修羅場だな」
ミキは吹っ飛んだ紫に話を聞きに行くために飛んで行った。
………
豊姫は兵たちの指揮をしている隊長らしき人物と会議をしていた。俺はというと、戦うために自分にいつもよりも強めに再生をかけている最中だ。
一応言っておくと、途中で玉兎の一人に「帰る準備はできていますよ」とは言われたのだが……ヘカーティアがいない以上、一度帰ってしまうと月には戻ってこれない可能性が高い。月の問題は月で解決するべき、という意見には賛同するが、そこでじゃあ帰りますとさっさと逃げるのは俺にはできない。
善性とかそういう話ではなく、なんとなく今の戦力だけで例の敵を倒すことができるとは思えないのだ。紫もおらず、依姫もダウン中。月には戦略級兵器がいくつかあると言うが、それは相手にも同じこと。となれば、やはり戦力的にはこちらの方が劣っていると言ってもいいかもしれない。
「……」
「ん?」
俺だけで戦力を傾けることができるとは思わないが……なんてことを考えていると、ふと近くで俺のことを見ている月の民がいることに気が付いた。
片翼を持つ白い髪の彼女は……確か先日、聖域の食事処で出会った女性だ。さとり曰く不機嫌だとかそういうものではないらしいが、喋ることはないようだ。今も、じっと見つめられているものの何を伝えようとしているのかは分からない。
「俺も戦いには参加させてもらうぞ。怪我は回復中だけど、一応アンプルみたいなのは貰ったからな」
俺が戦闘に参加することを玉兎に伝えると、その子から回復用の注射器のようなものを貰ったのだ。
知らない薬を打ち込むのは怖いが、毒の類であれば俺には効かないし、月のものとなれば信頼度は高い。試しに注射してみると自然治癒力が上がり、体も軽くなった。戦闘には影響は少ないはずだ。
ということを伝えると、彼女は軽く頷いて立ち去った。ふむ、俺の意思確認だったのかな?
「定晴さん、聞きましたよ」
いつの間にやら会議が終わっていた豊姫がこちらに近寄ってくる。いつものロングスカートではなく、動きやすそうなパンツスタイルの豊姫の姿はだいぶ新鮮だ。
「戻らなくていいのかしら」
「少なくとも、依姫が動けるようになるまでは頑張るさ」
本当は少なくともルーミアだけでも連れてきたいところではあるのだが……月の回復力であればすぐに動けるようになるだろう。短時間であれば結界やらなんやらで前線を維持するぐらいの働きはできる。
依姫は突破力と攻撃力の最強剣士なので、依姫さえ起きてくれたらなんとかなるはずだ。
なんとかなるはずなのだが……となれば、今の今まで敵がそのままなのが気になる。依姫ではどうにもならない何かがあそこにはあるのだろうか。その場合、今の月の民たちは対抗策を用意しているのだろうか。
「敵の雑多兵に対してはこちらも兵士を送るわ。また兵器に対してもレーザーを用意してるの」
「それは敵の攻撃を突破できるほどなのか?」
「……なんとかしてみせるわ」
決意を感じる豊姫の返事に、俺は一抹の不安を覚える。
豊姫は俺の戦場における立ち位置とか作戦とかを色々と教えてくれて、俺もまたそれに対して意見を述べて現在進行形で作戦が変わっていくが……ふむ、俺は俺の思うままに動くべきかもしれない。
敢えて防御力を落とし、結界を解除すれば敵の兵器で死ぬことができるはずだ。なれば、敵の攻撃が俺に当たる前に回避することができるはず。回避できずとも察知して無効化なりで対処が可能だ。
俺は輝剣を装備し、豊姫の視界から外れるようにして一足先に戦場へと足を踏み入れた。