音が聞こえる。
それは戦いの音。傷が作られる音。霊力の音。衝撃の音。悲鳴、怒声、激励……戦争が始まった。
そして、俺は準備をしておいた力を解放する。俺から地面を侵食するように広がっていく暗闇が、兵士たちの足元を黒く染め上げる。そして……
「せいっ!」
暗闇の範囲内にいる兵士たちがまとめて足を折る。そのまま倒れこむように気絶してしまう。
やれたのは数十人ってところか。範囲的には本家にはまだまだ及ばないが、実践投入が初めてにしては上々だろう。まだ何が起きたのか分かっておらず不用意に近付いてきたやつらも、まとめて気絶させていく。
これが、俺の力である継承、その一つの【ルーミアの闇】である。そのまま、ルーミアの扱っている闇の力を俺も扱うことができるというもので、込める妖力によって範囲とできることが増える。消費するものが妖力であるために、式神と繋がっている今でないと扱えず、そこまでの量も使えないという欠点があるが、こうしてルーミアがいない状態でもルーミアの代わりのことができるというわけだ。
しばらくすると近づこうとするやつもいなくなり、軍隊の中にぽっかりと空間が広がる。そして、この罠を仕掛けたやつ……つまり俺のことだが……を探そうと周辺を探りだした。
気配遮断をしてはいるものの、姿が消えているわけでもなく、向こうからも見える位置に隠れている状況だ。長くは隠れていられないだろうが……まあ、奇襲としての役割は果たせただろう。
「邪魔するぞっと」
岩陰から飛び出し、魔術で道を切り開きながら兵士たちを薙ぎ払っていく。俺の襲撃に気が付いたやつらが俺に対して攻撃を仕掛けてくるが、結界を使いながら全速力で駆ける俺には追いつかない。月の兵器っぽいビームライフルみたいなやつが射撃されているのだが、そこまで威力は高くないようで輝剣で弾きながら走るには何も問題がない。
そうして塔の扉の前まで辿り着く。やはり予想通り、知らない素材でできていて斬ることができそうにない。周囲を結界で覆いながら試しているが、輝剣も魔術も通りそうにはないな。そうこうしているうちにも敵が寄ってくるので、扉を開く方法を見つけないといけない。
「もしかして、入ることは想定されていないのか?」
記憶をたどってみると、戦闘が始まってから今まで、一度もこの入り口は開いていない。そもそも、進軍しているのも塔の周囲に元々いた兵士だけだ。塔の中にもいるのかは不明だが、少なくともこの塔から何かが射出された様子もない。
追加戦力がないということが分かったのはありがたいことだが、塔の中に入れないというのは面倒だな。この基地を破壊なりなんなりで対処しなければ今回の問題は解決しないと思うのだが、流石に外からまとめて破壊するほどの力は俺は有していない。
と、後ろから攻撃が飛んできて俺の結界にぶつかる音がする。さらに追加でガリガリ音が響き、すぐに俺の結界が壊れそうになる。あまり悩んでいる時間もないみたいだ。ただ直感で決めつけているだけだし、一度試してみるか?無理そうなら、月の後続が来るのを待ってもいいし――
………
「その扉を開く力は、もうあるはず」
その音は、微かに、しかし確かに定晴の耳に届く。
………
ふと、何かが変わる。
なんとなく、なんとなくだが斬れる気がした。開くことはないけれど、道を作るだけならば、と。
「おらっ!」
輝剣を振りかぶり、両断するように縦に一閃。イメージは、ジッパーのように穴を開くこと。
すると、ずっと斬れるはずがないと思っていた扉はいとも容易く斬れ人一人ぶんの穴が貫通した。穴の奥には塔の一階部分が見えていて、誰かがいる様子はない。
「うっし」
結界が割れると同時に、俺は中へと飛び込んだ。兵士たちが俺を追って来ようとするが、一人分しか開いていない扉を無理に通ろうとして誰も入れていない。
俺は魔術を使って適当に穴を塞ぐ。近くにある素材を使って埋めたので、そう簡単にはこじ開けられることはないだろう。
「上だな」
塔の内部は螺旋階段がずっと伸びていて、二階と思われる場所はここから何十メートルも上に存在していた。どうやら、見た目ほど塔の内部は分厚くはないようだ。警備らしき姿も見えないし、もしかしたらこの塔を管理している者にすぐ出会えるかもしれない。
俺は螺旋階段を無視するように風を使って飛び上がることにした。螺旋階段って意外と疲れる割に登れないから、飛べるなら飛んだ方がいい。
「にしても、扉も使わないし何も置いていないなら、なんでわざわざ螺旋階段を設置してるんだ?」
………
「負傷者はいますが、死者はいません。戦略級兵器については配備中です」
「左右どちらからも進軍を確認。防衛設備を配備し足止めを行います」
「敵拠点付近にて何かしらの問題が発生した模様。一部の敵陣営が崩れています」
月の生き残りたちによる臨時拠点、その中央管制室。
簡易的なテントによって構築されたそれは、その実圧倒的な防御力を誇り、敵の攻撃を受け止めるシェルターとしての役割も担っていた。その場所で、リーダーとして抜擢されることになった豊姫は報告を聞きながら指示を飛ばしていた。
「……私もすぐに出ます」
「依姫、もう少し休憩してて。確かにあなたの攻撃力は魅力的だけど、これくらいなら兵士たちで対処可能だもの」
豊姫の傍には目を覚ました剣士が一人。未だに体の節々に怪我を残しておきながらも、いつでも戦いに参加できると準備中だ。例えそれがやせ我慢だとしても、依姫一人でこの戦いは大きく動く。
豊姫に制止され、椅子に座りなおした依姫は、テントの中に入ってくる一人の賢者に気が付いた。
「どうしましたか」
「……」
口元を抑えつつ、依姫に向き合う彼女は何も言おうとはしない。
彼女の能力はとても強力で、それでいて制御ができるものではない。だから、何かを問いかけても返事をしないというのはいつものことで、目や身振りで察しなければいけない。だから、今回もまた依姫は返事を期待せずに意志をくみ取ろうとした。
しかし、依姫の予想とは裏腹に、彼女は、稀神サグメは口を開いた。
「間に合わせるわよ」
サグメの声に、室内が静かになる。大声を出したわけでもないし、響く声だったわけでもない。だが、その声は室内を静まり返らせるのに十分な一言だった。
依姫はその一言に動揺し、しかし頭を動かして受け止める。
何が、誰が、何を、なんて聞く必要はない。否、それを明言させてしまうのは都合が悪いのかもしれない。だが少なくとも、今この時から何かが動き出している。
元々間に合っていたのか、それとも間にあうようになったのか、それは結果論からしか分からない。だがそれでも、サグメは月人として月のためを思って口に出したのだ。
「……豊姫、行きます」
「はぁ……分かりました。なら、ちゃんと補給班から回復用の装備を受け取っておくこと。次の前線部隊に合わせて動いてもらうわぁ」
運命が回りだす。