その後の階層もずっと何かしらの罠ばかりが続いた。基本的にはこちらを殺すための罠ばかりだったが、生憎とこちらの戦力がだいぶ整っているので、難なく通過することができた。
そして八階層に辿り着くと、そこで初めて階層に変化が見て取れた。
「天井たかー」
フランが見上げて声を漏らす。
そう、今まではとても狭い天井でしかなかった部屋が、ここに来て一階と同じように高い天井になったのだ。そして、階段は見当たらず、天窓のようなものが見えている。
つまり、ここが最上層。そして、ここに犯人が……
「でも、誰もいないわよ」
白い部屋には、何もいない。物資が置かれているわけでもなく、罠が設置されている様子もない。
「まさかただの張りぼてだって言うのか?」
この塔から敵が出てきていたわけではない。無駄に重装備な外壁と、やたらと多い敵兵がいるだけで、敵の首魁がここにいるだなんて誰も言っていない。
しかし、ならば騙す理由はなんだ。わざわざここまで準備するほど、塔の存在を主張する理由は……
『それは君のためだ。堀内定晴』
突然として部屋の中に声が響く。声の元を辿ろうとするが、まるで全方向にスピーカーはあるように響くせいで、どこから聞こえているのかを判別することができない。
音声自体も加工をしているようで、電子音声のようなノイズ混じりの声になっているせいで誰が話しているのかは分からない。向こうは俺のことを知っているようだが、俺に月の知り合いなど数える程度にしかいないので、俺は相手を知らない可能性が高い。
「誰だお前は」
『月の賢者の一人、月の未来を憂う賢者だ』
「月の賢者が随分とまあ大それたことをするもんだ。賢者っていうのは月の都に戦争を仕掛けてもいいのか?」
敵の正体は不明。賢者という言葉も、どこまで信用していいのかは分からない。仮に賢者だった場合、やはり俺に月の賢者の知り合いはいないので俺にとっては他人である。
豊姫の考察では、賢者の暴走による戦争だと言っていたけれど、賢者を騙る誰かがやっている可能性だってゼロではない。月だって一枚岩ではないようなので、素直に信用するのは命取りだ。
『私のお気に入りが、君をいたく嫌っていてね。殺すつもりだったが、仕留め切れていなかったようだ』
「お気に入りだと?」
『地上で見つけたものなんだが……いやはや、いいものだよ。私が接触しないのならば、穢れを気にする必要もないからね』
だめだ。これは情報を引き出せない。
自称月の賢者とやらは、まるでぺらぺらと自分のことを語っているように見えて、その実中身は何もない情報だらけだ。まるで情報を開示するようにして相手を満足させつつ、重要なことはすべて伏す。そういう話し方をするようなやつから情報を引き出すのは、少なくとも顔も見えていない状態では難しい。
つまり、こいつの語りには別の目的がある。となれば、その目的は……
「紫!スキマ開けるか!」
「ま、まだ解析が終わってないわ!もう少し、もう少しでクラッキングできそうなんだけど……」
「逃げるぞ!」
相手の話にもう用はない。この塔は、この塔こそが罠なのだ。敵兵を使い、大量の物資すらも消費しながらも、確実に敵を殺すための罠だったのだ。
ここに来て、俺の未来が見える。ちらちらと様々な記憶が頭を一瞬にして飛び交い、様々な可能性を潰していく。あまりにも数多の死に際を見せられ、俺は発狂しそうになるのを根性で押さえつける。狂気という人格を失った俺は、俺自身でこの苦痛に耐えなければいけない。
あまりの数、新しく狂気の人格が生まれそうだ。
「どうしたの定晴!?」
階段へと逃げながら、その間もずっと脳裏に流れる死に際の数々が俺の精神を蝕んでいく。
なんでここに至るまで死が見えなかったんだ。ここに来た時点で死が確定しているならば、塔に入ろうとする段階で死が見えていてもおかしくないというのに。まさか、この状況から生きて帰る方法があるというのか。
「定晴っ、ご主人様っ!」
階段を降りるでは間に合わない。やつは、レーザーはこの塔を上から下まで貫くように飲み込んでしまうから。
紫が、ルーミアが、萃香が顔をあげる。目には見えないけれど、塔のさらに上に感じる圧倒的な力を感じ取って。
「まずいまずい」
なんだこれ、どうすればいいんだ。
階段を降りる選択はなし。降り切る前に飲み込まれるし、無理して階層を進めば罠で死ぬ。壁を壊すことは不可能。様々な手法を試した結果、出れるような穴を開けることはできない。交渉も不可能。どれだけの言葉を使っても攻撃を止めることはできない。攻撃を防ぐこともまた不可能。俺一人なら無効化で防げるみたいだけど、皆を守れない。生き残ってしまいそうで死を選ぶのは精神的にやりたくない。
何だ、何をすれば、本当に俺だけしか生き残れないっていうのか、俺が死なないから死の未来が見えなかったと、そう言うのか。そんなものなら、俺は、俺は……
と、突然未来視が止まる。頭に流れる死の記憶が流れていき、ぷつりと止まる。
何だ。何が起こった?
『なぜだ』
賢者が攻撃を止めたわけではないらしい。だが、頭上から感じていた圧倒的な力がいつの間にかすっかり消えてしまっている。天井を見るが、ここから分かるようなことは何もない。
だが、天井に突然亀裂が走る。俺たちが攻撃をしても壊せない材質の天井が、ぱかりと割れる。
「定晴さああああん!!」
そして、降ってきたのは大量の残骸。そして、神の気配を纏っている依姫。それ、俺たちが全力で割ろうとして割れない素材なんですが。
「ご無事ですね」
「無事は無事だが、依姫の方が大丈夫か?怪我してるんだろ?」
「この程度、戦闘に支障はありません。そこの妖怪が復活しているというのに、私だけ寝ているわけにはいきませんので」
依姫が紫を指さし、紫はむすっとしている。どうやら、比較対象にされたのが不服らしい。一応、依姫よりも回復が早いという意味で褒めている……とは思うのだけど。
「上空に浮いていた兵器は切り捨てました。ところで首魁は?」
「残念ながらここは完全に罠だった。何もなかったよ」
「では脱出しましょう。そのまま飛んでください」
依姫はそのままジャンプのように天井へと上がっていった。凄まじい脚力である。
俺たちが外に出ると、塔の周囲には兵器が転がっていた。例のレーザーを発射するくそでかい兵器が機能停止状態で転がっている。
……え、妖夢これ切ったの?まじで?
「どうしました、定晴さん」
「い、いや……強くなったな、妖夢」
「ありがとうございます……?」
地上で起こっていた兵力のぶつかり合いに関しては、月の民の圧勝。賭博された敵の兵士たちは一括で豊姫の手で管理されている。
大きな被害もなかったようだし、大型兵器は依姫が斬ったもの以外は見当たらない。あの兵器、いつの間にか頭上にあったりするから怖いのだけど、今のところは問題なさそうだ。
「ひとまず戻りましょう。改めて作戦を考えなければ」
「分かった」
塔の攻略はできたものの、敵の居場所は分かっていない。ふむ、月の民でも正確に把握できていないとなると、どこに隠れているのだろうか。