「ルーミア、いけるか」
「ええ。むしろ定晴こそ行ける?ふらふらだけど」
「……」
敵は巨大な妖怪だけではない。目の前の自称月の賢者も残っている。
月の賢者の攻撃手段は不明。だが、例の巨大兵器を使ってくる可能性もあるうえ、小型化した兵器を持っていてもおかしくはない。レーザー銃なんかは月の一般兵も持っているものなので、遠距離攻撃に注意する必要があるだろう。
そして妖怪の方は……正直なところ対策がない。今の霊力量だと固有結界たる三千世界を作ることもできないし、純粋な浄化では出力が足りないだろう。体の大きさだけではなく、その妖力量も並の大妖怪以上のものがあるのだ。
「耐えるだけなら、いける」
「そ、なら頑張りましょ」
俺たちの勝利条件はこいつらを倒すことであるのは明白ではあるのだが、それは俺たちである必要はない。
先ほど上に戻した紫たちが目覚めて動けるようになれば、きっと依姫たちを連れてきてくれるはずだ。妖怪だと動けなくなるが、依姫たちなら浄化結界から何の影響も受けないだろう。妖怪の助っ人は頼りにならないが、人間であれば問題なく動けるはずだ。
だからこそ、紫が回復するまでの間耐えればそれでいい。尚、ここで逃げるという手はない。俺がここにいなければ、きっとこいつは動けない紫たちを狙うだろうから。
「っ!」
妖怪の触手が大きく横なぎに振るわれ、俺たちは大きく回避。そこに賢者からレーザーのようなものが飛んできたので、それを結界で防ぐ……が、レーザーは結界を易々と通過。さらに大きく回避を強いられる。
ここが広い空間でよかった。あの妖怪が動きやすいように広く作られているのだろうが、もし狭ければ回避もできずレーザーに殺されていた可能性がある。
「炎、氷、岩!」
牽制として魔術で作ったそれらを、妖怪と賢者に打ち込む。賢者は結界のようなもので完全に防ぎ、妖怪は当たっても効いた様子がない。
『ルーミア、先に賢者だ』
『ほんとに?妖怪の方が卸しやすそうだけど』
『賢者の方は近づきさえすればいける』
魔術の牽制により分かったことは、妖怪の方はタフで固いが、賢者は本人自体は普通の身体能力であるということだ。
勿論、あの結界は月で作られためちゃめちゃに頑丈なものだろう。俺の本気の剣でも貫くことができるかは不明だ。タフさで言えば、妖怪の体と同じくらい厄介なものだろう。
だが、結界というものに頼っているのであれば、近づいて無効化さえしてしまえば攻撃が通る。無効化に合わせてルーミアに攻撃してもらえば、賢者と言えどちゃんとダメージが通るはずだ。
『ならそれでいいわ。妖怪の方はどうする?』
『多分だが、今の俺たちじゃあの防御は抜けない。それに、賢者に無効化を使えば俺はいよいよ動けなくなる』
先ほどの継承の力に加えて、これまで散々戦闘を続けてきた身だ。多少休息はあったとはいえ、あれだけでは完全回復とはいかない。何気に、塔の最後の方で未来視が超連続発動したせいで精神力にも限界が来ているのだ。
だが、あの賢者さえなんとかしてしまえば、月の兵器がこれ以上稼働することを防ぐことができるだろう。そのあとにあの妖怪を依姫たちに討伐してもらえれば、それでいいはずだ。攻撃を躱すだけなら、ルーミアに頼んでなんとかしてもらえる。
『あの大きさなら階段の上まではこれないだろう。罠はあるだろうが、階段を駆け上がれば妖怪の攻撃からは逃れられるはずだ』
わざわざあそこまで大きな扉を用意しているということは、あの妖怪は体の大きさを変えるような芸当はできないのだと予想できる。狭いところに逃げてしまえばあとは安全だ。
俺たちの目的は、敵の攻撃を避けつつ賢者に接近。それを撃破したあと、この階層から脱出。賢者を放置することになるが、気絶して時間稼ぎになればいいので問題ない。依姫たちがここに来るまで、あと何分か、何十分か。
「やっぱり一緒に来るべきだったなぁ!」
不用意に敵の本陣にやってきた己を恨みつつ、触手を輝剣で弾く。あの時に比べて触手の硬度も上がっており、浄化併用でも切り落とすこともできそうにない。
残りの霊力量に注意しつつ、身体強化をブーストしていく。無効化を使えるほどの霊力が残っていなければいけないので、あまり使える霊力は多くはない。今はユズとの繋がりが弱く、回復速度が遅いのも拍車をかけている。ルーミアから貰いすぎるわけにもいかないので、ここは耐えるしかあるまい。
「ふん、黒い触手なんて、もう二番煎じなのよ!」
ルーミアの操る闇の触手が、妖怪の触手とぶつかり合う。強度は妖怪の方が高いようだが、それでも正面から打ち合うことができている。
どうもあの妖怪は俺を狙っているようで、ルーミアが打ち合っていてもずっと攻撃はこちらに飛んでこようとしている。賢者の言葉曰く、あの妖怪が俺を殺すことを望んでいるとのことだったが……あの時敗れたことが、そこまで恨みを買ったということなのだろうか。
「あんたの相手は私よっ!」
ルーミアが触手を防いでいる間に、俺は賢者に近付くことを試みる。
身体強化と風の併用。俺の最速移動方法で、賢者に急接近。手を伸ばしてやつに触れようとして……嫌な予感と共に手を引っ込め急停止をした。
「おっと、残念」
先ほどまで俺の腕があったところに振り下ろされる二振り。
見ると、賢者の横には、まるで妖夢の魂魄のようにふわふわと浮いている剣があった。機械仕掛けになっているようで、刃の部分以外はメカな見た目をしている。
「打ち合おうってか?」
「できることならなんでもするだけさ」
幻空から剣を取り出し、俺の二振りで相手の二振りと打ち合う。浮いていることもあって、剣自体はそこまで重いものではなく、弾くこと自体はそこまで難しくない。
だが、自動操縦なのかこいつが操縦しているのかは不明だけれども、俺の攻撃のすべてを捌いて反撃までしてくるせいで、やつの結界に触れることができるまで近づくこともできない。
「何をやろうとしてるのかは知っている!無駄だ!」
突如、賢者から衝撃波のようなものが発せられ俺は後方に吹き飛ばされる。同時にレーザーが飛んできて、剣で弾く。
だが、レーザーはそれで終わりではなかった。まるでガトリングのように飛んでくるレーザーに、俺は二振りでひたすらに弾いていく。もはや、どこに弾くかも考えている暇はない。ただひたすらに、正面から飛んでくるレーザーを弾いていく。
こんな芸当ができるのは、常時発動中の身体強化のおかげだ。視力も向上しているおかげで、俺は反応することができている。このまま霊力が尽きるまで防御一辺倒になれば、そのまま俺は蜂の巣にされることだろう。なんとかしてあいつを止めないと……
『ご主人様、跳んで!』
ルーミアの声に、疑問を挟む隙もないままにその場で跳び上がる。そこを妖怪の触手が通り過ぎ、諸共薙ぎ払っていく。
賢者のいるところまで薙ぎ払った触手を、賢者は結界で弾くように吹き飛ばした。その触手は反作用のように跳んだ俺のところに戻ってくる。
結界と剣でガード。それでも勢いは殺せず、俺は後方に吹き飛ばされる。壁に叩きつけられ、意識が飛びかける。
体が再生能力を使おうとするところを理性で押しとどめる。まだ大丈夫、まだ行ける。ここで再生に霊力を使うといよいよ戦闘行動自体ができなくなる。
『ご主人様!ご主人様!』
『大丈夫だ。まだ行ける』
通信ならまだ喋れるが、実際のところは口の中も血だらけでまともに喋れない。体が再生能力を使おうとしたのも間違いではないわけだ。
でも、まだ動けるはずだ。否、動かなければいけない。
立ち上がり、剣を握る。と、同時に左腕が妙に軽いことに気が付く。もしや左腕を損傷したかと思い見る。
俺が長年使ってきた、家宝の剣、それが根元から完全に折れてしまっていた。
……柄を幻空に片づけ、俺は輝剣を構える。ありがとう、よく戦ってくれた。
最後だ。これで決める。ここで決めて、あとは全部ルーミアに任せる。だから、ここですべてを。
身体強化、魔術、同時発動。体の節々が痛みを訴えるがねじ伏せる。残存霊力僅か。もはや輝剣の維持すらもままならない。
「かっ」
血を吐く。もういい、十分だ。
走る。レーザーが飛ぶ。弾く。弾く。弾く。左腕をやられる。もう何も持ってない。弾く。弾く。弾く。脇腹を抜かれる。支障はない。弾く。弾く。弾く。弾く。弾けない。
弾く。弾けない。弾けない。弾けない……触る。
「るー……みあ」
「たあああああっ!」
賢者の結界に触れ、ルーミアの声が聞こえると同時に、俺の意識は闇に落ちた。