Caligula - epilogue   作:ミツバチ

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Messiah Complex 3

「誰からのメッセージだったの?」

 

 琴乃からの問いに、スマートフォンの画面を見せることで返答する。すると笙悟と琴乃は二人揃ってできの悪い生徒を観る教師のような、呆れた風の、けれど親しみの想いに満ちた不思議な微笑みを浮かべた。

 

「こっちのシーパライソと向こうのシーパライソは構造が違うっていうか、ほぼ別物だものね。迷っちゃうのも仕方がないわ」

「とはいってもよ、地図を全部一から作らなきゃならなかったメビウスの中と違って、その辺の地理くらいこっちじゃいくらでもスマホで調べられるだろ。それに別に方向音痴って訳でもなかったろ? なのにどうして迷っちまったんだか……」

 

 たぶん、鼓太郎はスマホを手に入れてからまだ日が浅いんじゃないかな。まだそういう複雑な操作に慣れていないんだと思うよ。

 

「そうなのか? まったく……相変わらず手のかかる奴だ。しょうがねぇ、迎えに行くとするか」

 

 ―――待った。鼓太郎は俺が迎えに行く。笙悟と琴乃さんはここで他の皆を待っててくれ。

 

 さっさと歩き出そうとする笙悟を慌てて呼び止める。

 集合場所を無人にしてしまうのはよろしくない。この場の全員で移動した場合、鼓太郎や誰か他の部員と入れ違いになってしまう可能性が少なからず生じてしまうからだ。それに子供の巧を連れ回すのもよくないと思う。―――となれば、俺が鼓太郎を迎えに行くのが一番理に適っているといえるだろう。

 無論、俺宛にメッセージがきたから、というのも理由の一つではある。しかしそれ以上に重要なのは、探している人物を黒山の人だかりから見つけ出せるか、あるいは相手に見つかることができるかという点だ。

 笙悟を筆頭に、メビウスにいた時の姿と現実世界での姿が全く異なるという者は少なくない。鼓太郎もその中の一人だ。それと気付かず擦れ違ってしまう可能性はあまりにも高く、場合によっては迷子が二人に増えるなんて結果に終わることも十二分に考えられる。

 対して、俺の容姿はメビウスにいた頃とそう変わっていない。笙悟や琴乃が一目で俺だと分かったのだから、その点においては間違いないだろう。

 そして二人が俺を一目で見つけられたように、俺も他の部員達を見ただけで判別できるという自信がある。あとはアリアのサポートがあれば万全だ。

 

『うんうん、サポートならアタシに任せちゃって! GPSの情報をトレースして、しっかりYOUを鼓太郎のところまで案内してやんよ!』

「……って、もっともらしく言われてもな」

「いいんじゃない? 部長とアリアの言ってることも一理あるし、二人に任せてみたら? 正直、安心はできないけどね」

「安心できないからこそ、俺が行こうとしたんだけどな」

 

 ―――なぜなのか。

 

『ちょっと二人とも! それはいったいどういう意味よー!』

 

 アリアと揃って憤慨する。笙悟と琴乃のスマートフォンが激しく律動した。

 しかし二人はちっとも堪えた様子を見せず、肩を竦めてこちらの抗議を柳に風と受け流す。こうなっては前言の撤回は望むべくもない。

 

『むむむぅ……YOU! こうなったらアタシ達のパーフェクトな連携プレーでサクッと鼓太郎を見つけだしちゃって、二人の度肝を抜いちゃおうよ! OK?』

 

 OK! ()()()()()()()()()()()()()()、全力で鼓太郎の救援に向かうッ!

 

『GOGOGO―――!』

「いや、だからそれが駄目なんだって―――……って、行っちゃった」

 

 琴乃の制止(ツッコミ)を振り切って直走る。

 アリアによる外部の操作を受けたからだろう、スマートフォンの画面はWIREとは異なるアプリを立ち上げていた。見慣れた灰色の中に、最早見慣れて久しいオレンジ色の『!』が映り込んでいる。目的地の座標をUIで簡便に表したものだ。

 待ってろ鼓太郎、今行くぞ! マップを完成させてからだけど―――――

 

 

 ―――――?

 

 

 駆け出してから暫くしたところで、ふと立ち止まって周囲を見渡してみる。

 誰かに見られている気がしたのだが、気のせいだろうか?

 

 * * *

 

 鼓太郎は駐輪場からやや離れた場所にいた。

 

 動きやすいスポーティな格好をした少年に、やあ、と気軽に声をかける。彼は厳めしい顔でスマートフォンの画面を睨みつけていたが、こちらに目線を上げると、一瞬だけ驚いた風に目を丸くしてから嬉しそうに相好を崩した。

 

「へへ、久し振りだな、部長!」

 

 巴鼓太郎。

 

 気恥ずかしそうに頭を掻いてから、鼓太郎は手を掲げた。

 俺も彼に倣って手を挙げ、接近と同時に勢いよく互いの手を打ち合わせてハイタッチをする。メビウスにいた頃から何度かやっていた、十代の若者らしい気軽な挨拶だ。

 しかしメビウスにいた時とは違って、彼の肩の位置は低い。

 仮想空間であったメビウスの内部では、自らの望みを反映した姿を手に入れることができる。極端な例を挙げるなら、脂ぎっしゅな肥満体の中年男性が、小柄で華奢で可憐なゆめかわ少女になることも可能であるという訳だ。

 あるいは、死んだ友人の姿を再現することも。

 鼓太郎は大きくて強い体を望み、そして実際に天を衝かんばかりの巨漢としてあそこにいた。

 けれど現実での彼の身長は、自己申告によれば一四歳にして一五二センチしかないという。ちなみに今年度における同年代男性の平均身長は一六五センチだ。一三センチの誤差は、発育が悪いから、などという簡単な一言で済ませなれるほど小さくはない。

 明らかな栄養失調だ。

 そして実際に、彼は十分な食事を摂れていなかったと聞いている。いわゆる児童虐待だ。その事情を思えば、彼が自身の体格にコンプレックスがあったとしてもしようがないし、メビウスにいた頃と比べて縮んでいたとしてもそれを茶化すような真似は決してできない。

 

 などと、先程までは考えていたのだが。

 

 ―――大きくなったな、鼓太郎。

 

「だろ!? 現実に戻ってから牛乳飲みまくったからな! それに学校の部活でバスケ始めたんだけどよ、そしたら部長の言ってた通り面白いくらいに背が伸びだしたんだ! へへっ、このままいけば近い内に部長の背も抜いちまうかもな」

 

 きっとこの二年で十センチ以上は伸びたのだろう。彼の背丈は、俺に差し迫るほどに成長していた。入れ知恵の甲斐があったと誇らしい気持ちになる。

 ちなみに牛乳には骨を造り強化するカルシウムの他、成長ホルモンの分泌を促す多種のビタミンが多分に含まれている。そして十代の半ば頃の肉体は骨肉の発達が顕著で、その時分に適度な運動を取って体を鍛えれば、その分だけ成長ホルモンの働きは促進され背は伸びる。

 聞きかじっただけのにわか知識だったが――役に立ったのなら、何よりだ。

 

『いいよ鼓太郎! その調子で日本一でっかい本物のデカッチョになっちゃいな!』

「おうよ! 鼓太郎様なら余裕だぜ!」

 

 スマートフォンから聞こえるアリアの声に威勢よく頷く。

 彼もまた、メビウスにいた頃と変わっていない。その事実に懐古感にも似た安堵を覚えた。そしてそれは彼も同じだったようだ。

 

「二年振りだってのに部長もアリアも全ッ然変わってねぇな。……なんだかわかんねぇけど、いいな、こういうの」

 

 そう言って嬉しそうに鼓太郎ははにかんだ。

 口調はともかく、その笑顔に悪意的な感情は一切ない。本当に気持ちの良い表情をしている。だから俺の口角も釣られて上がってしまう。

 

 そういえば鼓太郎はどうやってここまで来たんだ?

 

「ん? ああ、原付で悠斗に送って貰って来た」

 

 ……あいつとは上手くやれてる?

 

「ああ、なんとかな。あいつもメビウスでの一件以来、憑き物が落ちたみたいになってるよ。今じゃ伯父さんや伯母さんの俺への扱いに抗議したりしてくれてる」

 

 ……なるほど。ということはその義両親からの扱いは変わっていないわけだ。

 どうしたものかな。悠斗の発言から児童相談所が動いたことで彼等は相応の社会的罰則を負ったようだが、しかし懲りてはいないらしい。であれば、もっと()()()()()()()()()他ないが……しかし、そうなると今度は鼓太郎と悠斗の生活が覚束なくなってしまうか……ままならないな。

 

「部長、なんか顔が怖ぇよ」

『感情のパラメーターがレッドを突っ切っちゃってるね。まっ、無理もないよ。アタシだって同じ気持ちだもん。前みたくメタバーセスから色々やってやりたい所だけど、でも鼓太郎の今後のことを考えるとそういう訳にもいかんのよね』

 

 どうやらアリアも俺と同じことを考えていたらしい。となれば話は早い。メタバーセスにいる彼女達の力を借りることができるのなら、比較的穏便にコトを済ませるプランが幾つかある。それを実行すればなんとか―――

 

「―――いや、させねーよ。動機がなんであろうと、俺はそういう悪巧みは認めねぇ」

 

 毅然とした面持ちで、鼓太郎が断言した。

 ……そうだった。幾ら仲間の為とはいえ、人を故意に陥れるのは悪いことだ。どんな理由であれ、それを彼が認める筈がない。彼の正義がそれを許す筈がない。

 ひどい失言だった、許してくれ、と心の底から頭を下げる。

 

「いや、そこまでかしこまらなくていーって! 形はどうあれ、俺を心配してのことだってのは分かってるからさ。なんつーかほら、今はその気持ちだけで十分だから」

 

 あたふたとしながら鼓太郎が頭を上げるよう促してくる。俺は暫し逡巡してから、躊躇いがちに顔を上げた。

 まさに穴があったら入りたい心境だ。

 今、俺の頭の中を埋め尽くすのはメビウスでの出来事だ。自身を虐めていた悠斗からのSOSを「助けたくない」と無視した鼓太郎に対して、俺は彼の父親を持ち出して諭した。お前の父親ならどうしただろうか、と。

 そんな偉そうなことを口にしておいてこのざまだ。

 きっとあの時―――鼓太郎が理不尽に憤っていたからこそ、俺は客観的にそう言えただけに過ぎないのだろう。自分がいい加減な性質であることは自覚していたが、まさかここまで無神経だったとは。思考そのものの是非はともかくとして、呆れるしかない。

 

 …………。

 

「…………」

『…………』

 

 気まずい無言の、間。

 それを破ったのは鼓太郎だった。彼はやや躊躇いがちに、ある葛藤を口にする。

 

「なあ部長―――本当の正義って、なんなんだろうな」

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