戦えるスキル構成なら辺りをうろつく動物たちは割と平気なんですけど、生産キャラには本当に怖いですよね…。
【もっこす奮闘記 採集編 湧き水の場合】
吹き抜ける風が、湿った冷たい空気となって肌にまとわりつく。
瀑布のしぶきと轟音を浴びながら、鍬を持ち直し、辺りを見回した。
めったに来られない場所なので、おのずと気合いが入る。
幸い、エルビン山麓の村まで行ける
その村には、
気温はやや低めで、昼間はともかく朝晩は肌寒い。雪が降ったり霧に視界を閉ざされたりすることも多い。
そんな気候の中、行商人がこの村を訪れ、様々な品物を仕入れたり売りに来たりする。
そのためだろうか、彼ら
そのような場所へ
だが、その道中には自然の脅威が待ち構えている。
平野部には、
戦い、追い払う
そんな危険を冒してまでやって来たのは、湧き水が目当てだった。
きっかけは、栽培を始めた
普段の栄養剤の使われ方と、料理をする親友からもたまに湧き水を求められることを考え合わせると、さしあたり、100から150本分も足せば充分だろうか。
この際、まとまった数を調達して来よう…と、一念発起して出向いたのだった。
そうして今、村を東西に隔てる川沿いを遡り、高台へ駆け上がって目的地へ着いた。
狼たちは流れのほとりにはおらず、大蛇とも遭遇せずに来られたのは、幸運だった。
改めて周囲の安全を確かめると、
3度、4度ほど掘り下げたところで、果たして透き通った水がこんこんと湧き出した。
土砂が入らないように注意しながら、持ってきた容器へ湧き水を詰める。
ここの湧き水は冷たく澄んでいて、
その作業を何度か繰り返した後、元通りに埋め戻してから次の場所へと移動する。
エルビン山脈は、険しい岩山がひしめき合う天然の要害だ。渓谷の豊かな恵みはひとえに、その地形あればこそだった。
ミーリム海岸からの湿った空気が山脈へぶつかり、雪や霧へと変わる。それが豊かな水資源となり、飲み水や農作物の源となる。
そして今、彼もそのささやかな恩恵にあやかっているというわけだ。
渓谷へ恵みをもたらした空気は中腹を駆け上がるうちに冷えて乾き、尾根に達する頃には容赦なく肌を刺すようになる。そびえ立つ山々の先に何があるのか…酒場でよく話題に上るが、はっきり答えられる者はいない。風の声が聴こえたとしても、山の尾根を目指すばかりの一方通行では、知りようもないだろう。
吹きすさぶ冷風と岩山だらけの乾いた土地。そのような厳しい環境の中に、
そこには、古代モラ族が設置した
ただ、その時のことは思い出したくない。道のりの険しさに閉口し、猛牛や殺人蜂、大蜘蛛や魔物たちから逃げ惑い、何度も足を踏み外しそうになった。さらには落石の恐怖もあり、生きた心地がしなかった。
1度だけの辛抱と思えばこそ達成できたようなもので、2度目はさすがに御免だった。
あざ笑うなかれ、物作りに心血を注ぐ彼にとって戦いは門外漢だし、野生の脅威は体力と気力だけでどうにかできるほど甘くない。彼はそれを骨身に染みて分かっているから、臆病で構わないと納得している。
そういえば…と、彼は鍬を握る手を休めて立ち止まり、汗をぬぐいつつ、切り立つ崖の上をしばし見やった。
腰をゆっくり回し、体をしばし安めながら、ふと思いをめぐらせる。
なぜ、あのような危険で不便な場所に、サスールの民は住み着いたのだろう、と。
素っ気なく、警戒心が強い。それが、一般に知られるサスールの民への印象だ。けれど彼は知っている。彼らが実は人情味に溢れ、懐も深いということを。
ただ、そんな彼も、出会った当初は途方に暮れたものだ。サスールの民は、よそ者と見なした者には文字通りつれなく、不信感を隠そうともしない。寒風と山肌に囲まれた気候、そして戒律が育んだ気質なのだろうが、信頼関係を築くにはどうしたものかと困惑したものだ。
そんな中、一人だけ友好的な笑顔を向けてくれる者がいた。
「ニクス金貨や銀貨を集めて来てくれたら、嬉しいな」
イ=オーフェンと名乗る銀髪の娘はそう言って、彼と住人たちを取り持つことを約束してくれた。
彼女が佇むのは、ややねじくれた幹と枝、そして針のような葉がびっしり生えた大木のたもと。その独特な形の木は、松、と呼ぶそうだ。
「ここ(松の木の下)で待ってるから」
住民たちの態度に落ち込んでいた彼にとって、それは救いの手に他ならなかった。
その後、
古代モラ族の技術には、本当に頭が下がる。これがまた自力で登山を強いられていたら、と思うだけで、胃の辺りが痛くなる。
イ=オーフェンは約束を守ってくれたようで、何度か届けた頃には住民たちの様子が明らかに変わってきた。
特に驚いたのが、以前なら話し掛けた時に無視した挙げ句、
「なんだ、いたのか」
とまで言っていた銀行員が、
「遠慮なく使ってくれ」
と微笑んでくれるようになったことだ。
さらには、特産品の販売価格を半額にしてくれる人まで現れた。彼らの暮らす気候風土や素材調達の難しさ、作る手間などを考えると、こちらが恐縮してしまう。
そうして初めて分かったのだ。彼らは決して冷淡なわけではない。認めた相手には、とことんまで胸を開く人たちなのだということに。
考え事をしながら作業を続けていると、滝の轟きに混じって重いものを引きずる音が耳へ飛び込んできた。
とっさに
自分がいるのは淵の東側。その斜向かい、流れ出す沢を挟んだ岸辺に大蛇がいた。
40メートルほどは隔てているだろうか。それでも重量感と威圧感に押しつぶされそうになる。
茶色のまだら模様が入った
今のところ気付かれていないようだが、下手に動いて音を立てたりすれば命はない。彼も含めてニューターはそこそこ大柄な種族だが、軽くひと飲みにされてしまうのは間違いない。
頭の形は丸く、毒蛇ではないだろうことは見当が付いたが、この際、それは何の慰めにもならなかった。
冷や汗が額を、それとは別の
大蛇は辺りを
じわりじわりと向きを変えてくるのは、気づかれたのか、それともただの偶然か。いずれにせよ、このままではまずい。
その時、にわかに空気が頬を打つ。
さらに身がこわばる。
心臓が喉元まで跳ね上がる。
しかし、それは西から吹く風。
彼が、大蛇の風下にいることを教えてくれた。
ほどなくして、大蛇がゆっくりを風上へ頭を向けた。
どうやら、気づかれずに済んだらしい。
"今だ!"
音を立てないようにしながら
自分が下草を踏む音さえ大きく聞こえる。1メートルの距離が遠い。静かに足を運ぶのが、こんなにも苦労することだとは。難儀しながら進むうちに、物音は徐々に遠ざかっていく。後ろを振り返りたくなるが、耳だけを研ぎ澄ませてこらえた。
"ありがたい、そのまま気付かないでいてくれよ…"
全身全霊で祈りつつ、彼は全力で忍び歩きを続けた。
山際に横たわる大岩の陰へ辿り着いたところで、彼は改めて様子を窺う。湧き水を掘っていた場所から、100メートル以上は確実に遠ざかったはずだ。
恐るおそる瀑布の方を
そこまで確認して、彼はやっと全身の力を抜き、大きなため息をついて汗をぬぐう。とたんに腰が抜けて座り込んでしまう。
本当に幸いだった。
もし物思いにふけって気づくのが遅れていたら、今ごろは大蛇の腹の中だったろう。
"ちょっと
頭をかきながら彼は反省し、気を取り直すと、集めた湧き水の量を確かめる。
120本分ほど、だろうか。もう少し集めたかったが、まだ大蛇が居座っているかもしれない。ひとまず目安となる数は確保できたし、今回はこれで良しとしよう。これ以上は、文字通りの自殺行為になるだろうから。
気持ちの整理整が付いたと同時に、腹が盛大に音を立てた。作業へ没頭し、サスールへと思いを馳せ、大蛇から逃げ出すその間まで、まったく飲み食いしてなかったのだ。自分の胃袋の現金さに呆れつつ、山の端に差しかかった太陽を眺めながら、遅めの食事に掛かることにする。
鹿肉を焼いただけの単純なものだが、程良く付いた網目と香ばしさが食欲をそそる。
本人はしきりに
「たいしたこと何もしてないよぉ」
と言うが、彼は料理や醸造はまったくの素人なので、誰かが作ってくれないと困るのだ。文字通りの生命線だと思っている。本当に、ありがたい限りだった。
口に入れた肉片を噛みしめる。凝縮された旨味がじわりと染み出てくるのが好きだから、飽きは来ない。それをしばらく楽しんでから飲み下し、やっと人心地がついた。
そうして1食分を平らげたころには、足元から影が伸びるようになっていた。
低い空へさまざまな
荷物袋を探る手が、はたと止まる。
「しまった…」
思わずつぶやきが漏れる。
まとめ買いした中から1本、持ってきたはずだったのだが…忘れてきてしまったようだ。
それは、負傷時には効果は出ないものの、家へすぐ戻れる優れものだ。今回のように
エルビン山麓の村まで戻れば、
夕暮れでは見通しが利かず、大蛇や狼、荒くれ
自衛手段も退避手段もない自分。
品物1つと、命1つ。あまりにも割に合わない引き換え条件だ。
薄暗く、肌寒くなってきた谷あいを眺めながら、彼は身を震わせる。
辺りの景色と空気が心を浸していく。ついさっきまで美しいと感じた景色は、今や、鋭く尖った氷の刃を並べたようだ。
しかたない…悔やんでもしょうがない、と自分に言い聞かせる。
夜明けを待とう…食べ物や飲み物はあるから。
暗く寒い気持ちの中、彼は覚悟を決めた。
その時。
やや離れた場所に、突如として光が湧いた。
幾重にも立ち上る、緑色に輝く輪。誰かが魔法で飛んで来る兆し。
今の彼にとって、それはまさしく、救いの
その中から、角と翼を付けた小柄な影が現れた。
良く見知った顔。
出かけていたはずの人物。
「あぁ、いたいた。遅くなってごめんよー」
吊り上がりぎみの目尻を下げ、申し訳なさそうに見つめてくる
思わず涙がにじむ。声が詰まる。
「来てくれて、ありがとう。ほんと…すごく、困ってたんだ」
腕で目元をぬぐった彼のしぐさを見て、相手は目を細めた。
「そかそか。じゃあ、ちょうど良かったんだね。さっそくだけど、送るよ?」
彼がうなずくと同時に、小さな送迎者は両手を高く掲げて呪文の詠唱に入った。
ややあって、紋様の入った高さ3メートルほどの白い物体が、目の前に浮かび上がる。
魔力で召喚された転移装置。これに触れれば、術者が指定した場所へ瞬時に飛べるのだ。
小さくて大きな救いの手に心底感謝しながら、彼は心地良い浮遊感に身をゆだねた。
家へ帰り着いたところで、本人は別れの挨拶もそこそこに立ち去った。所用の途中で書き置きを見つけ、飛んできてくれたらしい。だが、そのおかげで彼は無事に済んだのだ。大げさに聞こえるかもしれないが、命の恩人と言ってもよい。
わざわざ駆けつけてくれた優しい
魔法の心得はないが、折に触れて彼もいろいろ聞いている。
この世界では、
その主なものとして、4種類が挙げられる。
「私の場合、
と、当人は言っていたから、それを贈ろう。あまり量が多すぎても当人が保管に困るだろうが、喜ばれることは間違いないだろう。
幸い、売り子たちがお店をそつなく切り盛りしてくれるおかげで、収益も少しずつ出ている。当人に贈る分ぐらいは、すぐにでも出せる。
頼りがいのある店番たちは店主の帰りが遅いのを心配し、無事を喜んでくれた。お手伝いの女の子など、
「よかったぁ…ほんと、オオカミに、食べられてたらってぇ…」
と大泣きしてしまった。予想外の少女の反応に戸惑い、なだめつつも、彼はどこかくすぐったくなった。
そして彼らは、汲んできた湧き水の収納をやってくれると言う。月がだいぶ昇ってきた時間にもかかわらず、だ。本当に頭が下がるばかりで、胸が熱くなった。
仲間たちの好意へ素直に甘え、彼は、旅の商人が次に訪問する日取りを確かめる。
素材を仕入れる関係で、商人ともすっかり顔なじみになっている。薬の材料で触媒を買ったこともあるので、手に入るのは確実だ。ただ不思議なのは、触媒はもちろん、飲食物や空瓶、ちょっとした防具や生産道具まで、頼めば何でも出てくることだった。どこにそれだけの品物をしまいこんで歩き回れるのか、聞いてみたくはなる。
終わってみれば悪くない一日だったな、と思う。
不手際と危険に脅かされたが、その分、巡り合わせと縁のありがたさも身にしみた。それに、何とか目標も達成できたから、捨てたものではない。
なんとなく見上げた
理由は分からないが、時代は違っても時差はないことが多い。朝食後に家を出れば午前中に目的地へ着くし、夕方に現地を出れば夕食時には帰れる。
だから、
その不思議な繋がりを思うと嬉しくて、思わず笑みがこぼれるのだった。(了)
大変お待たせいたしました。
前回から、かれこれ7ヶ月ぶりの投稿になります。
実生活でいろいろあり、すっかり間が空いてしまいましたが、なんとかまとまりました。
前書きでも触れましたが、スキル構成によって、同じ状況でも危険度は各段に違います。
「それなら戦闘も生産もできるキャラを作れば」
といきたいところですが、そうは問屋が卸しません。
MoEは、レベル制ではなくスキル制です。
スキル構成によってキャラクターの性能は劇的に変わり、できることも違ってきます。
スキル値が低いと、できることが限られたり実用的でなかったりします。
戦闘スキルなら、攻撃が当たらない・威力の高い装備が性能を全く発揮しないなどの事態が起きます。
生産スキルなら、作れない・作成に失敗しやすい・修理すると傷むなどの現象が見られます。
ちなみに、1つのスキル値は最大100、スキル値すべての合計は850まで、という制限があります。
スキルは数十種類もあるので、いわゆる万能キャラは作れません。
上限に達した後、どれを高めてどれを下げるか、が悩みどころになります。
ここまで読むと、
「制限だらけでつまんねーなぁ」
と思うかもしれませんが、実は面白さにも繋がっているのです。
スキルは自由に組み替えられます。
新しい目的や使い方に合わせて、いつでも作り替えられるのです。
戦闘キャラが魔法使いになる、または歌って踊るアイドルに大転身、なんてのは珍しくありません。
変わったところでは、魔法使いなのに盾が使えたり、ドロップキックを浴びせてきたり…他のMMOでは考えられない(?)構成が実現します。
さらには、まったくのネタキャラにも走れます。
「爆弾男(女)」「フォールマン」「コスプレイヤー」「物好き」などなど。
文中の「彼」のように生産に特化したキャラだと、戦闘や魔法のスキルを取れない場合もままあります。
だからこそ、誰かの助け舟はまさしく天の恵み、救いの手。
"1+1" が "3" にも "4" にもなるのです。
制限が味わいになってるあたり、本当にうまくできてるなぁ、と思います。
あなたも、ぜひ一緒にダイアロス・ライフを楽しみませんか?
私だけではなく大勢の仲間が、現地にてお待ちしております。(了)