【MoE】 もっこす奮闘記   作:うにねこ

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出先で注文を受けて、槍(刺突武器)を作るお話です。

思ったより、内容が盛りだくさんになってしまいました。

あと……突っ込まないでくだされば幸いです。槍だけに。




【MoE】 もっこす奮闘記 武器作り編 槍の場合

それは、本当にたまたまだった。

 

 その日、彼は城下町ビスクの西地区(エリア)にいた。古代のダイアロス島(Ancient Age)で生産三昧(ざんまい)な彼が、島へ流れ着いた時代(Present Age)へ足を運ぶのは珍しい。

 この地区(エリア)には、1つの建物に2つの銀行が収まっている。敷地と間取りも広く、露店を開くのにとても都合が良い。そのため、多種多様な品々が並ぶことになる。食材、素材、武器や防具、装飾品、果ては骨董品や一見するとガラクタに思えるものまで。勢い、それらを目当てに人も集まるので、ビスクの中でもとりわけ(にぎ)やかな場所の1つとなっていた。

 そんな喧騒(けんそう)を避ける彼だが、その日は亜鉛と樹脂の買い取り露店を訪ねてきたのだった。彼の場合、亜鉛は肥料の、樹脂は接着剤の作製に使うぐらいなので、自然と貯まる。それをお金(Gold)()えようというわけだ。

 素材の使い道を買い手へ()いたことはない。立ち入った話になるし、野暮(やぼ)だと思うから。ただ、お互いの利益になるのは事実だ。相手は素材が手に入る。自分は土地の維持費(エンシェント コイン)を得る足しになる。それで充分だった。

 ちなみに、売買は交渉で決まるほか、買い値を掲げている店へ売り渡してもよい。もちろん取引価格は常に変わるし、競争があれば大きく動く。住居費を得るための一環として、露店の動向にはそれなりに目を配っているつもりだ。

 守銭奴(しゅせんど)を目指すつもりはないが、"ちりも積もれば山となる"という言葉もある。眠ったままの素材を換金できるなら、ぜひに、と思う。そのようなわけで、出入りする人に混じって銀行の扉をくぐる。

 

 雑多(ざった)な声が飛び交い、彼を取り囲む。

 「いらっしゃい、いらっしゃい。従者(ペット)経験と成長を促す粉(エクスペリエンス パウダー)が1つ3,200Gだよ~」

 「海水と木炭を売っていただける方、それぞれ70Gと40Gでお願いしますー」

 「あなたに寄り添う心(ビサイド ユア ハート)の首飾り、特価品で19,800Gです。銀行の利用枠を増やせるのも魅力ですよ~?」

 「うむぅ、あいにく仲間たちへの活力付与(グループ リバイタル)は見つからないか…仕方ない、出直そう」

 「旅の商人が20,000G? 東地区(エリア)ではもうちょい安かったんだけど?」

 

 そんなざわめきをかき分けるようにして、目当ての人影を探す。

 「こんにちは」

 彼が声をかけたのは、木綿(クロース)の服に身を包んだ、小柄な種族(エルモニー)の男性だった。魔神を呼び出す大きな灯り(ランプ)を頭に()せている。首や肩を痛めないかと他人事(ひとごと)ながら気になるが、目立つのは助かる。

 「おっ、兄ちゃん、まいどっ!」

 握手を交わしながら笑顔を向けてくる。友人と同じ種族だが、目の前のそれはまた一味違う。のんびりとか人なつこいとか言うよりも、快活な感じがする。

 「今日も亜鉛と樹脂(いつもの)を売ってくれるのかい?」

 ひとつうなずいて、彼は買い取り価格を尋ねる。これまたいつも通りだったので、亜鉛を20と樹脂を200ほど手渡す。しめて62,400Gの収入となった。知人の護衛戦士(ガーディアン)呪われた(スルト)鉱山で、動き回る屍(リビング デッド)を相手に半日あまり粘った成果を軽く上回る。こちらは取引相手がいないと稼ぎようもないが、かなり旨みのある話だ。

 「まいどありっ!…って、お金を払っといて言うのもおかしいか? とにかく、おかげさま。ありがとうな」

 お辞儀を交わしながら彼も応じる。

 「こちらこそ。いつもこんなに儲けさせてもらって悪いぐらいだよ。本当にありがとう」

 ついつられて、敬語を使うことを忘れてしまう。もっとも当人も"堅苦しくない方がいい"と言ってくれるので、それに甘えているが。

 

 そうして取引を終えて別れの挨拶をすませ、爪先(つまさき)を銀行の出入口へ向けた時だった。

 「あのー、すみません」

 耳へ入ってくる、柔らかな高めの男声(テノール)(きびす)を返したその先に、耳の長い種族(コグニートー)の男性が立っていた。水色の髪と若草色の瞳を持つ、そよ風を感じさせる雰囲気だ。鱗状の鋼板を重ねた鎧(スチール スケイル)を着込んでいる。ただ、その顔立ちに見覚えはない。そもそもこの大勢のなかだ。自分に呼びかけたのかどうかも判断がつきかねる。

 「私ですか?」

 問いかけると、長身をしなやかに折り曲げる形で反応があった。

 「急にお声掛けして失礼しました。木工や鍛治をされているかとお見受けしたものですから…」

 彼は創り手(ジェネシス)装備に身を包み、黄金の魔術《マジック オブ オーア》と呼ばれる耳飾りを着けている。それが相手の判断材料になったらしい。

 「はい、やっていますが…どうかしましたか?」

 ごまかす必要もないのでひとまず答え、続きを促す。

 「良かった……実は、刃の波打った短剣(クリス ナイフ)と、突くための細い剣(レイピア)を作っていただければと思いまして」

 作製依頼だった。出先でこのような話が舞い込んでくることは滅多にないので、少なからず驚いた。

 挙がった品目から察すると、この細面(ほそおもて)の青年は突き刺す武器をいくらか使い慣れてきたところらしい。どちらも作るのに手間はかからないが、銘入(めいい)り限定の注文だとすればそれなりに敷居は高くなる。すると、

 「品質(グレード)はこだわらないので、2本ずつお願いできませんでしょうか。価格はそちらの言い値で構いません。いかがでしょう?」

 願ってもない好条件だった。1も2もなく彼は承諾し、納入期限と連絡先、受け渡し場所を控える。

 「なるべくお待たせしないようにしますね。手元に材料も揃っているので、遅くても2日以内にはご連絡できると思います。ところで…」

 もう1つ、必ず確認しなければならないことがあった。材質だ。

 赤き幻の金属(オリハルコン)は手元にない。鉱石のそばへ寄るだけで身の危険があるという代物で、彼の体力では耐えられそうにない。紫の魔法金属(ミスリル)は少し持っているが、作製時の(くせ)が非常に強く、普段なら失敗するような加減で加工してやる必要がある。いずれにせよ、この2つの金属は入手困難なため現実的とは思えなかった。

 彼としては、耐久性と威力と軽さ、どれを重視するかで使う素材が決まると考えている。また、修理の素材をどのくらい手に入れやすいかも無視できない。

 それらを総合的に考慮して、彼は青銅(ブロンズ)を勧めることが多い。威力は鉄や鋼に一歩譲るが、長持ちし、軽い。素材も調達しやすく、修理費も安く済む。ただ、青緑がかった見てくれは好みが分かれる点だ。

 また、銀もよく()している。威力と耐久性は青銅(ブロンズ)と同等で、死んだはずのもの(アンデッド)に対しては力がより強まる。照り映える外観も魅力的だ。やや重く、荷物や戦利品を持ち運べる量が減ってしまうのは惜しいが。

 「なるほど…他の素材にはどのような特徴が?」

 問われて彼は、鋼をまず取り上げる。最も硬いだけあり、その一撃は他の追随を許さない。引き換えに(もろ)くて傷みやすく、寿命は銀や青銅の6割ほどだが、惚れ込む者は多い。

 また、黄金についても()れる。非常に重く、採掘量が少ないため費用もかさむ。しかし攻撃力と耐久性は高めで、生命力を強める不思議な効果も併せ持つ。

 そうした特長と難点を説明した上で、相手の出方を(うかが)う。ややあって、依頼人が口を開いた。

 「それでしたら、外見のこともあるので、銀でお願いできませんか?」

 「分かりました。波打つ刃の短剣(クリス ナイフ)細身の尖った剣(レイピア)、銀製で2本ずつ、確かにお引き受けしました。あさってには仕上げますので、価格はその時にご相談しましょう」

 片膝をついて(こうべ)を垂れながら、注文内容を復唱する。聞き間違いや勘違いをなるべく減らそうという、彼なりの工夫である。

 「はい。どうぞよろしくお願いいたします」

 先方も膝を折ってくる。同じような仕草でも優雅さが違う。無骨な武具に身を包んでいてもそれは変わらない。さすがは美貌で知られる種族だなぁと、少しうらやましくなった。

 

 ひとまずその場は別れ、忘れないうちに受注内容と連絡先を書き留める。こうなると善は急げだ。一刻も早く製作にかかろう。魔力の転移装置(マナ ポーター)を走り抜け、その先の坂道を駆け上がり、時を超える装置(アルター)へ飛び乗った。

 

 「ただいまー」

 足早に帰宅した勢いのまま玄関の戸を開け閉めする。派手な音が鳴り、売り場の男の子と女の子が揃って小さく飛び上がる。

 「あ、ごめん。びっくりさせちゃったね」

 誰に対しても素直に謝れるのは彼の取り柄だ。我ながら少し慌てていたかもしれない。少し落ち着こう。ふぅ、と1つ息をつく。

 「お、お帰りなさい…どうしたんですか?」

 鳩が豆鉄砲を食ったような表情のまま2人が見上げてくる。それに応えて、彼はことのあらましを語ってきかせた。途中で、いつものブドウ果汁でのどを潤す。

 「……というわけ」

 「へぇ~、そんなこともあるんですねぇ。すごいなぁ」

 少女も遠慮がちながら、

 「おめでとうございます」

 と頭を下げてくれる。一緒に喜んでくれる人がいるのは本当に良いものだと思う。より嬉しくなるし、やる気も出てくる。

 

 ひと心地ついたところで、中2階にある本棚へ足を向ける。製法(レシピ)を確認する必要があるのと、注文された武器の特徴を確かめたかったのだ。

 

 揺らめく炎に似た短剣(クリスナイフ)は、元々は儀式や祭りに使われたらしい。霊力が宿る、あるいは魔除けの効果があるとされていたようだ。(つか)には手を守る構造がなく、攻撃を受け止めるには向かない。ひたすら突くことに特化していると言えるだろう。その独特な姿には、傷口を広げて治りを遅らせる効果が潜むというが、鋳塊(インゴット)2つで作れる大きさなので殺傷力が極端に高いわけではない。

 かたや、細長い剣(レイピア)鋳塊(インゴット)を4つ使うぶん見た目より重く、貫通力も出る。諸刃(もろは)なので()ることも一応できるが、やはり突き刺すことに主眼を置いた武器だ。使い手の拳を守るほどではないが、攻撃を受け流せる(つば)が付くので実戦的に見える。

 また、発注者がこだわったように、銀は"しろがね"と言い表すほど光を白く(はじ)く。長く使うと黒ずむため時たま磨いてやる必要はあるが、見る楽しみが増えるのは間違いない。ただ、"(うるわ)しい姿"になるかどうかは、ひとえに彼の腕にかかっている。熱した銀の鋳塊(インゴット)をどれだけむらなく延ばせるか。冷えた後にできる多数の細かなへこみをどこまで(なら)せるか。そして何より、欠けやゆがみのない全体像に仕上げられるか。

 工程そのものは単純だ。銀の鋳塊(シルバー インゴット)を加工して刃と本体を形作り、綿の布束を握り部分へ巻き付けて完成となる。だがもちろん、手を抜くつもりはない。普段の彼は平和的で穏やかだが、ものづくりでは文字どおり()()男へと早変わりする。静かに、慎重に、細やかに。そして…ただただ、最善を目指して。それが彼なりの職人道、魂の在り方だった。

 

 気持ちを新たに、金床の前に立つ。

 灼熱した銀を、精魂込めて鍛える。打ち損じると完成度が大きく落ちる。しかし冷えてしまうと思うように整わなくなるので、時間との勝負でもある。音と手応えを頼りに延ばし、本体と持ち手を手際よく作っていく。おおよそ整ったところで、一気に水へつけて冷やす。

 立ち上る湯気。やっとこを持ち上げると現れる白銀のきらめき。表面を丹念に眺め、冷却時にできる凸凹(でこぼこ)を小刻みに叩いて平らにしていく。刃先や縁をヤスリで整える。持ち手の曲がりや太さの塩梅(あんばい)を確かめ、手直しする。

 最後に、手になじむ触感と滑り止めの役割を兼ねて、木綿の布束を握りへ巻き付ける。片手で布地を突っ張り、もう片方で武器を回しながら作業を進めていく。いくら切れ味が良くても柄布(つかぬの)がゆるいと威力が()がれてしまうし、取り落とす恐れすらある。そうなっては台無しなので、敢えてじっくり、引きつけながら行う。

 これを一度に2本ずつ、2種類ぶん繰り返していく。

 

 明らかに作業量が多く、根を詰めている様子だった。だが販売員たちは、遠目に見守るなり飲食物を置いておくなりに留めている。女の子が眉を(くも)らせて近づこうとするのを、仲間の小柄な男(エルモニー)が首を横に振って止める。こういう時の彼には、ねぎらいであれ気遣いであれ、声をかけるのは(さまた)げにしかならない。そのことを、周りの者はよく心得ていた。

 日はとうに落ち、お店を片づけて帳簿をまとめる時間となった。家主は相変わらず、わき目もふらずに仕事へ打ち込んでいる。

 やがて、周囲では販売員たちが、忍び足で玄関を出る者や長椅子(ソファ)で毛布にくるまる者、めいめいにその日を終えていく。その傍らで、時たま間をおくことはあっても、(つち)を振り下ろす音は鳴り止まない。高く低く、硬く軟らかく、さまざまな響きを奏でていく。

 結局、灯りは一晩じゅう絶えず、鍛錬の調べは夜通し続いたのだった。

 

 空が白み始める。鳥がさえずり出す。入れ替わりに、窓の明かりがようやく消える。

 火を落とした溶鉱炉と熱の取れた金床のそばで、大の字になっている職人(ジェネシス)が1人。起き出してきた少年が目ざとく気づき、自分の使っていた毛布を掛け直す。彼の寝顔はとてもすがすがしく、満足そうに微笑んでいた。

 叩き終えた注文品は朝焼けを受けてきらめき、辺りを照らす。光と陰、そして際立つ輪郭。4本とも会心の作に仕上がったことがはっきりと分かる。何よりも、(ひそ)やかながら製作者(彼自身)の名前が彫ってある。それはまさしく、手応えと自信のほどを示す証であった。

 

 静かに寝息を立てる家主を起こさないよう、少年は戸口に手を添えて扉をくぐり、販売所へと出る。朝の空気を吸い込みながら拭き掃除に取りかかる。陳列棚を磨き始めたところで遠慮がちな開閉音が聞こえ、お手伝いの女の子が顔を出した。

 「おはよう。寝られた?」

 小声での問いかけに、小さなうなずきがあった。…が、次の瞬間、あくびをかみ殺して涙を目尻に溜める。

 「ムリしなくていいよ? まだ少し早いから、ちょっと寝ておいでよ」

 しばらく見つめた後、

 「うん……ありがとう」

 一声告げて頭を下げ、もと来た扉をそっと通り抜ける。

 「あ、そうだ」

 後ろから呼び止められ、足を止めて振り返る少女。それに向けて軽く手を振り、少年は言葉を継いだ。

 「家主(あの人)を悪く思わないであげてほしいんだ。うるさかったと思うし、怖かったかもしれないけど、集中してただけだからさ」

 再び首を縦に振り、少女は戸の隙間へと消えた。

 「すごくがんばってたもんね…」

 そう言葉を残して。

 

 頬に(ぬく)もりを感じて、目を開ける。布ずれの音とともに起き上がり、軽くのびをする。窓の外には太陽があり、うららかな光を放っている。

 どうやら、依頼品の完成と同時に眠り込んでしまったらしい。床の上でのびるとは恥ずかしい限りだが…誰かがさりげなく毛布をかぶせ、敢えて起こさずにいてくれたらしい。そんな小さな心遣いが、起き抜けの心に温かく沁みてくる。

 毛布を畳み、空腹に悲鳴を上げる胃袋へ()()を入れて黙らせる。食事もそこそこに、新商品をためつすがめつ、念入りに確かめる。

 

 すっかり掛かり切りになってしまったが、満足のいく出来栄えになった。

 

 これなら、間違いない。

 

 毛布のこともあり、気分は爽やかで晴れやかだった。

 

 さて、発注者へ連絡を取らなくては…とぼんやり考えていると、外の声が耳に飛び込んできた。

 「いらっしゃいませ~。悟りの石をいろいろ置いてます~。いかがですかー?」

 

 そうだ。

 外出は、軽く水浴びを済ませてからにしよう。汗だくだし、あちこちも汚れている。臭いもきついだろう。

 そういえば、耳鳴りのような、羽音のようなものが周りを飛び回っているような気がする。視界の端にちらちらと黒い点が見えるあたり、どうやら本当に(はえ)がたかっているらしい。

 「……うげっ」

 気のせいではないと分かったとたん、顔がひきつってしまう。耳を澄ませる。話し声が聞こえる。まだ接客中らしい。

 

 …まずい。

 ここで姿を見せれば、お店の印象(イメージ)は確実に、絶賛()急降下する。それこそ、レクスール丘陵地(ヒルズ)にかかる女傑族(アマゾネス)が守る橋から飛び降りるに等しい。

 だから、顔は出せない。絶対にできない。雇い主(自分自身)が営業妨害をしていれば世話はないのだから。

 大げさと言うなかれ。悪い印象はひとたび付くとなかなか(ぬぐ)えない。そのくせ、良い印象はなかなか根付かない。彼はそのことを、骨身にしみて知っていた。だからこそ、これほどまでに神経質になるのだ。

 第一、雰囲気づくりにあれほど悩み、絵まで探し回ったというのに。売り子たちの努力へ感謝とねぎらいを込めて、ふさわしい1枚をやっと手に入れたのに。販売員(仲間)たちと協力しあってここまでになったのに。それを(みずか)ら崩すようなことは、断じてできなかった。

 …そして気づいた。

 よくよく考えてみれば、誰かが入ってくるのもまずいではないか! 汚れまみれ、汗まみれ、蠅まみれ…想像しただけで卒倒(そっとう)しそうになる。ひょっとしたら目の下に(くま)もできているかもしれない。

 …その時、救いの閃きが彼に差し込んだ。

 そうだ。

 2階の井戸を使おう。

 差し当たり、顔と頭、あとは手だけでも何とかしよう。毛布も洗っておこう。

 気配りを見せてくれたのが誰なのか。それは、小脇に抱えた毛布の風合いが教えてくれた。あの少年の成長ぶりが実感できて、我がことのように嬉しく思う。だからそこ、なおさら恩を(あだ)で返すようなことはしたくない!

 そうと決まれば…と、階段を脱兎(だっと)のごとき勢いで駆け上がる。井戸から水を汲み上げ、手洗いと洗顔に取りかかる。発注者へ連絡を取るのはそれからだ。

 

 「どうしたんですかぁ? 階段から落ちたりしてないで…」

 騒音につられて様子を見に来た女の子が、見上げた姿勢のまま身をひきつらせて(こわ)ばった。

 目に入ったのは、家主が()れ髪のままこちらを振り返る姿。そこへさまざまな偶然や条件が重なってしまい、蛇に(にら)まれた(かえる)のようになったのだ。

 目の隠れた乱れ髪。

 井戸の手前に立つ男。

 ()れそぼった頭からこぼれ落ちる水滴。

 引き結んだ口元。

 高く見上げ、見下ろされる角度。

 そして、顔の凹凸(おうとつ)に合わせてランプの光がつくる影。

 

 こわい。

 

 まるで、井戸の中から這い上がって来た人のように見えたのだ。

 「ひ…あ…や…」

 身を震わせ、みるみるうちに目が(うる)んでいく。あわてて彼は前髪をかきあげ、目をしばたたかせる。

 「わわわ、ちょ、ちょっと待って、泣かないで! お願い!」

 両手を胸の前で振りながら、押しとどめようとして足が出てしまい…その先に段がなかった。派手な断続音を立て、水しぶきを頭から()き散らしながら階下まで一気に転げ落ちる。

 顔と頭を洗っている最中に声をかけられて振り向いただけだったのだ。不機嫌そうに見えたのも、目や口に水が入らないように力を込めていたから。場所と状況と傾斜と陰影とが、ある意味で芸術的にかみ合った結果だった。

 「ったたたた…」

 今度は苦痛に顔をしかめる彼の横で、少女が腹を抱えて笑い転げている。体を真っ二つに折り、先ほどとは別の涙を浮かべて。

 「あはっ、あはは…ご、ごめんな、さい、だって、ひっく、噴水みたいでおもしろかったの、きゃ、ははは…」

 どうやら、髪の毛から(しずく)の飛び散る(さま)が、彼女の勘所(ツボ)にはまったらしい。

 今泣いたカラスがもう笑う、とはよく言ったものだなぁ、と思う。

 "まぁ、痛い思いはしたけど…笑ってくれたし、臭いもハエも取れたから良しとするか"

 苦笑いと安堵の混じった表情を浮かべながら、彼は濡れた頭を手ぬぐいで包み込んだ。

 

 髪の毛が乾くのを待つ間に、見積もりを出しておくことにする。たたき台を作っておけば交渉しやすいからだ。

 当然だが、価格設定は作り手によってまちまちになる。彼の場合、材料費と作製難易度、そして品質から算出している。手間賃は相談して決めてきたが、"安い"とよく言われる。奉仕しているわけではなく、ふんだくろうとしない性分(しようぶん)のせいだろう。買い手が恐縮して多めにくれることもあり、そんな時は彼も(かしこ)まってしまうのだった。

 ただ、他の職人とあまり売値が開かないように注意してはいる。彼は出かけることが多いが、それには価格調査の意味合いもあった。

 自分は、いわば"真の達人"とでも呼べる人たちに比べれば、まだまだ慣れていない。それだけ未熟だ。そう自覚している。

 しかし、商売は商売だ。

 そんな思いや価値観に付け入られ、足元を見られることは避けなくてはならない。自身自身のためにも、仲間のためにも。

 

 どういうことか。

 

 お金(Gold)と作品のやりとりは、意地と見栄と欲望の駆け引きでもある。心を許せる間柄(あいだがら)ならともかく、初対面、あるいは為人(ひととなり)が不明な相手に"お求めやすい"価格を提示するのは、作り手としての自殺行為に等しい。

 「安くて高品質なのが当たり前」

 「頼めばまたすぐ作ってくれる」

 と買い手が思い込む危険性があるからだ。

 そうなれば厄介なことになる。気軽に装備を使い捨て、気安く次の装備を要求するだろう。そして、少しでも価格や品質に不満が出れば、

 「ぼったくりだ!」

 「前は安く売ってくれたじゃないか!」

 「けち! へたくそ!」

 と、さも当然のように主張し、罵倒(ばとう)することは充分あり()るのだ。他の生産者にも(から)んで難癖(なんくせ)をつけても不思議はないし、彼自身が同業者から目を付けられる恐れさえある。そうなれば、正直、たまったものではない。

 だからこそ…

 "お金(Gold)の重み"はそれなりに必要だ。

 品物の価値を表す形として。

 そして何よりも、

 「わざわざ作りたくない、売りたくない」

 と思う買い手を()()()()()ために。

 

 (いま)だに安めに価格を見立ててしまう彼ではあるが、そういった体験を通して、適正価格の重要性を意識するようになった。手間賃を話し合う形なのも、手間賃の相場が分かりにくいのと、買い手の人柄を少しでも見抜こうという理由からであった。

 

 そういったことを検討した上で、提示する額面を定める。"少し高いかも?"と感じる設定だが、そのぐらいで実際はちょうど良いのだということを、彼は経験から学んでいた。

 人が()いのも考えものだなぁ…背伸びをしながら、つい苦笑いが漏れる。

 けれど、争いたくはないのだ。

 取引相手とも、商売仲間とも。

 そこは揺るがないし、そんな自分が好きだった。

 

 作製した武器が、すべて銘入り品質(Master Grade)に仕上がったこと。それを受けて、およその見積額を次のように出したこと。装備を受け渡すために、こちらへ来るということ。その際に手間賃の相談をしたいこと。

 手紙には、そのような内容がしたためられていた。

 「素晴らしい…」

 形の良い唇から呟きがこぼれる。切れ長の目をさらに細めながら、満足そうに微笑む。こんなに早く、しかも4本とも最高品質で来るとは。

 生産のことはよく分からないが、早く見られること、そして身に付けられるのは実にありがたい。

 攻撃の速さと射程の長さを見込んで、突き主体の武器を選んだ。とは言え、槍のような()の長いものをすぐに使いこなせるはずもない。力もまだ弱い。まずは突き出す動きを覚えるのが先だ。短剣で練習することにした。

 最近、手持ちの小さな短剣(ダガー)馴染(なじ)んできた。同時に力不足も感じてきた。腕や足腰も少したくましくなった。鎧も新しく調(ととの)えた。武器も、少し大きく重いものを試したい。今ならきっと扱えるはずだ。

 しかし、見て回った常設店舗の()()()に驚かされた。銅製品ばかりで、しかもろくな手入れがされていない。品数(しなかず)も少ない。当てにできない。これは困る。

 人通りの多い場所なら、装備の相談に乗ってくれる人もいるだろう。そう考えて城下町ビスクの西地区(エリア)へと赴いた。そこで助言をもらい、次に使える武器を教わった。作れそうな人を探すうちに、親方の服装と、鍛冶師がよく付けている耳飾りが目に入った。何かの品物を受け渡しながら談笑している。

 温厚そうな雰囲気だし、声もかけやすそうだ。自分の勘を信じてみたが、図に当たったらしい。説明の分かりやすさ、仕事の早さ、細やかさ、実直さ。示された金額も思ったほど高くない。手間賃は相談でと書いてあるが、短期間で作り上げてくれたし、向こうの希望に()いたい。ただ、預金の残高が厳しい時は、お詫びしてこちらからお伺いを立てよう。直感に従うなら、あの作り手(ジェネシス)がつれない態度を取ることはないはずだ。

 そう心を決め、ゆっくりと到着を待つことにした。

 

 お金(Gold)の入った袋を受け取りながら、彼は内心、胸をなで下ろしていた。

 受注した時の約束どおり、先方はすんなり支払ってくれた。手間賃についても、優雅な仕草と笑みを絶やさず出してくれたところを見ると、預金高の心配は要らないのだろう。

 青年は新品の武具をさっそく手に取り、具合を確かめている。飛び跳ねたりこそしないものの、足取りや動きに弾みを感じるあたり、どうやら満足してもらえたようだ。

 「お世話になりました。またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします」

 片膝をついて別れの挨拶をする。こちらもつい、同じようにして返す。

 最後に手を振り合って、その場を別れた。

 

 けっこういい買い物になったな。

 金額もそれなりにかかったが。

 足が出ずに済んだのは幸い。減った残高は、新しい装備を活用すれば取り戻せる。いや、増やせる。何より、この美しい装備が自分のものになった。何者にも代えがたい喜びだ。

 槍を手足のように使いこなすその日まで、たった今この手に収まった武器たちは活躍してくれる。実に頼もしいではないか。

 ものづくりのことは分からない。

 だが、ものの重みは伝わった。

 あの人に頼んで、良かった。

 人混みに消えた"生みの親"へ、青年はもう一度、手を振った。

 

 改めて振り返る。

 あの時、あの場所で、たまたま居合わせた。それがなければ今回の話もなかったのだから、不思議で奇妙な巡りあわせだった。

 次のご縁があるかは分からないが、あるといいな…と思う。

 小さな出会いが、後から見れば大きなきっかけになっていた…そんなことが、世の中にはたくさんある。この話もそんなきっかけの1つになっていたとしたら、ありがたいし、嬉しい。

 

 さて…ちょっと疲れたな。

 

 帰ったら、まずは心行くまで眠るとしよう。

 

 ちょうど日も暮れたことだし、時間的にも良さそうだ。

 

 さて、玄関 戸が顔面を張り倒す

 「えええええぇぇ!?」

 「きゃああああ、だ、だいじょうぶですか…」

 

 開く扉と、近づく彼。

 ()()()()な"めぐりあい"だった。(了)

 




お読みくださり、ありがとうございます。

「槍、出てこないじゃん!」
というツッコミをいただきそうですが、ゲームの仕様上、こうなりました(汗)。
もし気になる方は、"MoE" "槍" で検索してみると、分かると思います。

今回は、あっちへふらふら、こっちへよろよろ、収拾のつかない文章になってしまいました(大汗)。
とりあえず公開しましたが、いろいろ手直しすることになりそうです。
少しでも内容や文脈が整理できるといいなぁ、と思います。

M(M)aster o(o)f E(E)pic には私書箱(メール)機能がありません(2018/08/21時点)。
実際には、個人宛チャット(Tell機能)を使ってやりとりすることになります。
「電話」に相当するアセットや施設がないので、文中では「手紙」の形を取りました。
まさか、心の声(テレパシー)で交信するわけにもいきませんし(笑い)。

このような読み物を書く場合、どうしてもある程度の現実性が必要になってくると感じているので、苦心、もとい工夫のしどころです。

まだまだ未熟な筆者ですが、今後とも応援をいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。(筆者 拝)
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