ブエナ以外のウマ娘達は、これまで何度もレースやトレーニング重ねて来ているので、ある程度自主性に任せても大丈夫だろう。
しかしブエナはまだデビューすらしていない。なので、今の内にトレーニングのやり方や体調管理、調整方法などを教えていこうと思う。そしてその代わりと言っちゃなんだが、この世界について教えて貰えれば何とかなる筈。
「今のところ、ヨレたりとかコーナリングのトレーニング十分出来てるみたいだな」
「はい。走るときに変な癖が付かないようにって、前のトレーナーさんが色々教えてくれたよ」
「だったら後は、レースを有利に進められるようにする為のトレーニングだな。このトレーニング結果を見る限り、スピードは天性のものがあるみたいだし、贔屓目無しで考えてもなかなかのものだ」
「本当!? ありがとうございますっ!」
そりゃそうだろ。なんと言っても年度代表馬にもなった程の馬が元になってるんだし。トレーニングの進め方次第では、元の世界より強くなれるかもしれない。今から楽しみだ。
ブエナには、後ろからのレース展開は間違いなくものに出来ているので、自在性を身に付ける為にスタートの練習と、前目でレースが出来るように粘り腰を身に付ける練習をこなしてもらった。そしてトレーニング終了後、ブエナから「リギル」とか「スピカ」とかのチーム事情を更に詳しく教えて貰った。
とりあえずウマ娘というものを知る上で、この2チームのことを知らないのはあり得ないことらしい。大きなレースになればなる程、この2チームに所属しているウマ娘が上位を争い、一時期のウイニングライブはリギルとスピカのウマ娘ばっかりだったとか。
「私が言うのもなんだけどさ……トレーナーさんって結構世間知らずだったり?」
「やめて!」
だってしょうがないじゃないか! 前の世界ではあり得なかったことがこの世界では当たり前になってるんだから。それに、俺が興味を持っているのはウマ娘自身であって、チームとかライブとかそういうことにはてんで興味が湧かない。
まあ、トレーナーを続けていく内に色々と慣れてくるんだろう。今は自分のチームのウマ娘達が、きちんとレースで結果を残せるようにバックアップしていくだけだ。
つーか、何だかんだみんな良い娘で本当ありがたい。着任してすぐの俺の言葉をあれこれ聞き入れてくれるとは、正直思ってなかったし。絶対反抗されると思ってたから、こればっかりはただただ意外である。いや、反抗してほしい訳じゃないけどさ。
2月、ムーンの復帰初戦である京都記念当日。真面目な委員長タイプのムーン、俺が言ったトレーニング内容にやや不満を抱きながらも、ちゃんとその通りに行ってくれた。
「鶴崎トレーナーのことを信じていない訳ではございませんが……本当にあのようなトレーニングで大丈夫だったのでしょうか」
「大丈夫大丈夫。ムーン、お前が思っている以上に実力はハッキリしている。だから安心して、いつも通りに走ってこい」
「分かりましたわ」
この相手関係で負けるようなら、もちろんそれまでの実力ってことだが、それだと去年1年間クラシック路線を戦える訳がない。
「アドマイヤムーン先頭でゴール! 復帰初戦を見事勝利で飾りました!」
「とても強い勝ち方でした。これまでの後方からのレースではなく、中団よりも前に位置取っての展開が上手くハマりましたね」
結果として、ムーンは危なげなく勝利を収めた。いやまあそれは良いんだけどさ、何であの人が解説やってんの? この世界に転生したの、俺だけじゃなかったの? ずっとそればっかり気になって、あんまりレース見てなかったんだけど。
「鶴崎トレーナー!」
「おおムーン。見事な勝ちっぷりだったな」
「今までとは違うレースの方法を教えて下さった鶴崎トレーナーのお陰ですわ」
「謙遜すんな。勝ったのはムーンの実力だ」
「そんな……もったいないお言葉ですわ」
うっわ、普段強気なお嬢様キャラの赤面とか可愛過ぎる。ヤバい、これだけでご飯3杯食えるし、トレーナーになった甲斐もあったってもんだ。
「本当にありがとうございます。それと、トレーニング内容を疑うような言動を取ってしまったことをお詫び致しますわ」
「気にしなくて良いってのに……ああもう! ムーンは可愛いなあ!」
「ち、ちょっと!」
我慢出来なくなり、思わず頭をわしゃわしゃと撫で回しつつ、思い切り抱き締めてしまった。身体の柔らかさとか人間そのものじゃん、これ。
「い、いい加減にして下さい!」
「げふぅ」
ビンタされました。
「トレーナー、ムーンの奴すげー顔真っ赤だったけど何やらかしたんだ?」
「何もねえよ」
「じゃあトレーナーの右頬に紅葉が咲いてるのは~?」
「何もねえよ!」
結局ウイニングライブが終わってからもムーンの機嫌が直ることはなく、他のチームメンバーからの質問をひたすら躱す羽目になった。
でも顔を赤くしながらのムーンのウイニングライブは、反則級に可愛かった。多分今日のライブで更にファンが増えたに違いない。
「ムーンのことはともかく、次はスリープ、お前の番だ」
「おお~」
「なーんか気の抜ける感じだけど、こいつ本当に大丈夫なのかトレーナー?」
「普段は普段、レースはレース。切り替えがちゃんと出来るのなら、俺は何も言わんよ。それが出来ない場合は、もちろんそれ相応の扱いをさせてもらうがな」
「……」
「スリープさん、黙っちゃったよ」
むしろそういう感じに持っていける方が、こっちとしては役得だから男冥利に尽きるって感じなんだけどな。へっへっへ。
「おいトレーナー。人様に見せられないような顔してっぞ」
「へい」
恐らく覚えていらっしゃる方などいないと思いますが、久々の更新となりました。別作品を含めても2ヶ月半ぶりの更新、遅くなりまして本当に申し訳ありません。
不定期更新は変わりませんが、少しでもお読み頂けるのならこれ幸い。それではまた。