「おいスリープ! 寝てないで早く走ろうぜ!」
「……ええ~、まだ走るのぉ~?」
「まだって、お前トラック2周ランニングしただけじゃねえか!」
「……だって私スタミナ無いから、スカイさんみたいにそんな何回も走れないよぉ~」
「じゃあトレーナーからしばかれても良いってことだな」
「……!! ずるいよそれは……」
3月。
次のレースに備えて、スカイとスリープはトレーニングに励んでいるのだが、何かにつけてのんびり屋なスリープは、トレーニングあまりやりたがらない。全くやらないって訳じゃないんだが、どうにもやる気が出ていないようだ。
まあ、その為にスカイを同伴させてトレーニングさせているんだけど、そのスカイもなかなか手を焼いている感じだな……。本番でヘマしなけりゃ良いけど。
「鶴崎トレーナー」
「おう、どうしたムーン」
内心心配しながらトレーニングの様子を見ていると、ちょうど自主トレを終えたムーンがやってきた。
「私の次のレースについてなのですが……」
「どうした、何か気付いたことでもあったか?」
「いえ、その……」
いつも理路整然としているムーンにしては、珍しく口籠っている。まあ、理由は俺なんだろうけど。
「海外への遠征のことか?」
「! ……気付いていらしたのなら、最初から仰ってほしいですわ」
「ムーンの性格上、自分の口で言いたいんじゃないかなと思っただけだよ」
「ズルい返答ですわね。……鶴崎トレーナーの仰る通り、今月末に控えているドバイでのレースのことで少し」
先月の京都記念を圧勝したムーン、本人はスカイと同じく4月に行われる大阪杯への出走を考えていたようだ。しかし俺がいた世界、史実通りなら次走はドバイターフだったはずだ。実際、スピードよりもパワー型であるムーンなら、海外でのレースの方が合っているのではとも思ったので、出走登録をしたという訳だ。
「まあ、誰だって初めての海外遠征というのは不安になるもんだ。でも俺はお前に勝てる見込みがあるから出走登録をしたんだ。理由は至ってシンプルなもんだよ」
「ですが……私はこの日本でですらGIレースを勝っていません。海外へ行かれたウマ娘といえば、エルコンドルパサーさんや、アグネスデジタルさんなど、日本で活躍された方ばかりではないですか。鶴崎トレーナーのお気持ちは嬉しいですが……私にはどうしても自信が持てませんわ……」
そう言うと、ムーンは俯いてしまった。俺がどれだけ勝てる見込みがあると、自信を持っていたとしても、結局走るのはこいつらウマ娘達なんだ。俺の言葉だけでは、確かに自信を持てという方が難しいのかもしれない。それでも、だ。
「ならばムーン、考え方を変えよう」
「考え方、ですか?」
「何故、日本で活躍しないと海外に行ってはダメなんだ?」
「簡単なことです。自国というのはホームグラウンドです。そのホームグラウンドで活躍出来ずに、より体力も精神も使うアウェイの場で活躍出来るとは思えないからですわ」
「でもさ、日本で産まれたけど、海外へ籍を異動させたウマ娘もいるだろ?」
「それは……」
「しかもそれで活躍したウマ娘だって少なくはない。何事にも自分にとって、向き不向きというものは存在する。それでまあ……言い訳じゃないけど、ダメだったとしても得られるものはゼロじゃないと思うぞ。日本では見られないレース展開だって起こりうる。それを身をもって経験出来るというのは、貴重なものだと思うし」
「……そう、ですわね。申し訳ありません、弱気になりすぎていたみたいです。私、精一杯走って参りますわ」
「元気になったみたいで良かったよ」
内心ヘソ曲げられないかドキドキだったけど、何とか説得出来て良かった……。しかし……前いた世界でも、サラブレッド達はこういうことを考えたりしていたのだろうか。正直、その日のコンディションとかは多少なりとも分かってたけど、前々からの感情とかまでは、あまり気が向いていなかったかもしれないな……。
「何とマジックボンバー1着でゴールイン! 他の有力ウマ娘達を尻目に見事な差し切り勝ちです!」
「道中でしっかり脚を溜めて、ロスのないコーナリングが展開にハマりましたね。まさに好競走とはこのことです」
スリープが出走した500万下のレース。断然の1番人気に推されるも、スリープは2着に敗れた。
「……はあ……はあ……こんなの……くそっ」
他のウマ娘達がウイニングライブの準備に向かう中、未だにコース内で佇むスリープ。その表情は、いつもの眠そうなダルそうな顔ではなく、目の前のターフを悔しそうに睨み付けていた。
「だからスリープのやつ、ちゃんとトレーニングしろって言ったのに……」
俺の隣ではスカイが呆れた表情でスリープを見ている。
「スカイ」
「何だよトレーナー」
「スリープのこと、任せて良いか?」
「任せるって……ライブ見ねえのか?」
「別に見ても良いんだけどな。このレースで、スリープ自身が何を感じたのか、自分自身の言葉で俺に言ってきてほしいなと思ってな」
「なるほどなあ。ま、いいぜ。その代わり今日の飯、ニンジン多めで頼むぜ」
「お安いご用だ」
ここで腐っていくってことはないだろうが、負けて悔しいって感情は、絶対に大切にしたほうが良い。俺は何度も何度も負けてきた男だからな。その悔しさは、誰よりも知ってるつもりだぞ、スリープ。
「……トレーナー」
「どうしたスリープ、こんな時間に」
時間は21時を回っている。晩ご飯も終わり、今はそれぞれ自由時間となっている。
「……ごめんなさい」
「は? 急にどうしたんだ」
「……今日のレース、絶対勝てるって油断してた。今までもこうやって負けることがあったけど、今日は……今日だけは凄く悔しかった。何で負けたんだろう、何でトレーニングしなかったんだろう、何で今まで負けたのに何も思わなかったんだろうって。……だから、真面目にレース出来てなかったから、ごめんなさい」
「……その悔しいって気持ちを忘れなければ、お前はもっと強くなれる。その上でちゃんとトレーニングをするのなら、もっと楽しいとも思えてくる。だから、今日のレースの内容については何も言わない。次に活かしてくれるならな」
「……はい」
キッカケ1つで大きく変わるもんだ。スリープにしても、ムーンにしても、その小さなキッカケに気付けたことが大きいと思う。俺はその後押しが出来れば良い。
「だがなスリープ」
「……は、はい」
「何も言わないけれど、何かはさせてもらう」
「……へ?」
「今日から1週間、俺に毎日添い寝してもらう」
「……そ、添い寝!? や、やだよぉ~! 睡眠は1人で取るのが1番なんだからさ~!」
「これに懲りたら、2度とあんなレースをしないことだな」
「……トレーナーのバカ! ちょっと感動したのに!」
「うるせえ! ほら、大人しく俺の抱き枕になりやがれ!」
「……た、助けてぇ~!」
翌日、お互いに目覚めスッキリでした。
皆さんお久しぶりです。そして感想及び評価ありがとうございます。
もうすぐ有馬記念ですね。私はオジュウチョウサンは買わないつもりです。