不朽のモウカ   作:tapi@shu

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閑話一

「それにしても、予想以上に早く片付いてしまったね」

 

 あらゆるフレイムヘイズに全く存在を察知させずに、常として星空にあり続けるのは『星黎殿』。ここは``紅世の徒``の集う巨大組織の一つ``仮装舞踏会(バル・マスケ)``の人には知られざる本拠地である。

 この本拠地の、とある変人の部屋の前で三つ眼の妙齢の美女がただ一人佇んでいた。

 彼女の名は``逆理の裁者``ベルペオル。この``仮装舞踏会(バル・マスケ)``の大幹部、『三柱臣(トリニティ)』の一角である。彼女は三つ目を使い、ありとあらゆるものを見極め、``仮装舞踏会(バル・マスケ)``内においては軍師の役割を担っていた。

 その彼女が先んじて考えていたのが、つい先日ばかり起きた『大戦』のことだった。

 十六世紀末。勝者はフレイムヘイズ。

 本来であれば巨大な力を持つ``紅世の徒``である``紅世の王``のベルペオルは、同朋の負けに怒りなり、悲しみなりを思う必要性があるのかもしれないが、そのような念はない。

 むしろ、自分たちが出向く必要がなくなり、皮肉にもフレイムヘイズに感謝しているほどであった。決して口には出さぬところではあったが。

 無論のこと、この感謝すらも彼女にとってはあまり意味のないものである。

 

「もっとも、長引いたとしても私たちが参戦する必要は義理でしかなかった。大変喜ばしいことにこちらで先に必要だった事実を掴むことが出来たからね。よく捕まえられたと自分ながら褒めてやりたいね」

 

 あらゆる現象を読む彼女にとってそれは誤算であったが、喜ばしいこととした。

 今も、先ほど出たばかりの部屋からは奇声が飛び交っている。やけに語尾の長い、うざったらしい奇声が。

 ベルペオルはこの声にはいつも二重の意味で悩まされていた。

 

「まあ、いいさ。あとは巫女が何とかやってくれるだろう」

 

 何も、いつも自分が相手する必要がない。その気楽さからほぼ全ての責任を巫女へとなすりつけた。別段問題があるわけではない。急遽調べなければならなかった事は既に、ベルペオル自身が彼とお話をした後なのだから。

 その際になんだか色々文句を言われたので、つい必要以上のこともしてしまってはいたが、自業自得だろうと割り切っている。

 ベルペオルは次に思考するべき事柄があるので、変人の話を思考の外へと追いやる。

 考える事自体は先程から、変わらずかの『大戦』のことではあるが、今度は同朋の事ではなく、討滅の道具と忌み嫌うフレイムヘイズの事だった。

 ここ``仮装舞踏会(バル・マスケ)``では訓令と称し、新しく来た``紅世の徒``達には、色々な教えを施している。

 それはこの世界で生きるための常識的なことであったり、教訓であったりする。

 人を喰った後はトーチを残せ。さすればフレイムヘイズから逃れられん。などの、同朋に無駄な被害者を出さないための所謂、処世術である。

 これは無駄に人に被害を出し、自分たちにその火の粉が降らないようにするための術でもあった。

 ``仮装舞踏会(バル・マスケ)``はかつてより、訓令を広げることで巨大な組織を維持し続けていた。その行いを見れば、先の『大戦』の``とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)``の『都喰らい』を含む、数々の行動は``仮装舞踏会(バル・マスケ)``にとっては真逆とも言える暴挙にしか見えない。ベルペオルにとっては愚挙の一言に尽きた。

 数々の同朋も失ったが数々の討滅の道具も消すことが出来た。

 ``紅世の徒``の一人としてはこれは悲しみ、そして喜ぶべきことでなければならないが、真の目的を考えるに素直にそう感じることは出来ない。

 

「それに懸念事項も増えた」

 

 これが何よりも面倒だと考えている。ただの苦難であればベルペオルは望むところだと、心を弾ませるものなのだが、噂話では少し理由が違ってくる。

 

「いやだね、この噂話が誰かの知略某策なら楽しいのに」

「所詮は噂話、その程度ではやはりベルペオル様相手では役不足ですか」

「おや、珍しいね。あんたから話しかけてくるなんて」

 

 ベルペオルの呟きに反応したのは、蝙蝠のような羽を背中に一対はやし、尻尾が後ろに細く伸び、二本の角があり、角のように尖る耳のある黒髪の男。一見でこの世の者ではないのが分かる容姿だった。

 ベルペオルに媚を売るように低姿勢だが、その紳士な雰囲気からは取り入ろうという気配はなかった。

 

「フェコルー」

「いえ、私も多少ながら興味がありまして」

 

 フェコルーと呼ばれた異形の者は、この『星黎殿』を平時から防衛と管理を担当する。実質は現在会話の相手をしている『三柱臣(トリニティ)』の一角のベルペオルの副官で、十分に『三柱臣(トリニティ)』次ぐ``仮装舞踏会(バル・マスケ)``の権力者と言える。

 声色は優しいというよりは弱気に聞こえる。

 当人の姿勢を含め、とてもじゃないが巨大な力を持つ``紅世の徒``の王には見えない。

 

「いやね。噂話は噂話で実に面白気はあるんだよ。一部の同朋の中じゃ、誰が一番に狩れるかなんて言い出す奴もいるぐらいだ」

「そのようですね」

 

 フェコルーも興味を多少ながら持っていたので、ある程度のそこらの話は聞いている。初めに聞いたのは約百年前で、当時では嵐と共にやって来て嵐のように去っていく変わり種のフレイムヘイズがいたという程度のものだった。

 今では、その噂がどう飛んだのか、その嵐に巻き込まれればフレイムヘイズに傷を誰としてもつけることは叶わず、かの``九垓天秤``をも退けたという物。

 あまりにも飛躍しすぎている。

 この話自体を信じるものは少ない。フェコルーもベルペオルも信じている訳ではなかった。

 ただ事実として『大戦』の立役者の一人であるということは否定出来ないというのが、両者の見解だった。決定的な違いは、フェコルーは噂の自在法を聞いて自身と何かが重なったのか興味を持ち、ベルペオルはこの噂の行く先を見つめていること。

 

「これで私たちの大命がブレることでもないし、本当に些細な事ではあるんだけどね」

 

 憂いは無いが最近のフレイムヘイズにしては、やはり変わっているので注意は必要だろうがとベルペオルは心中で付け加える。

 

「わざわざ刺客を向けるほどでもないさ。今は、目立つべきでもないしね」

「私見ですが、自在法自体は非常に興味の対象です。話しに聞いたら自在法の名に``嵐``がついてるのが実に」

「ああ、真名かい``嵐蹄``フェコルー」

「なんとなく通じるものがあるかなと。ほんの戯れですが」

 

 同じ嵐を冠る者として、なんとなく興味があった。さして重要性はないが、長きに渡る生きる道のりには些細な遊び心も、自分の心に余裕をもたらす処世術でもある。退屈は``紅世の徒``をも殺す。

 楽しまなければこの世にわざわざ危険を冒して顕現する必要もない。

 ``紅世の徒``の誰もが、この世界の一つ以上の理由と目的を持ってやってくるのだ。それは、温厚に見えるフェコルーだって同じである。

 目的達成までの道のりと時間は非常に長く、こういった小さな面白味も長く生きている醍醐味の一つでもある。

 小さな話題や噂話も紅茶のシフォンケーキに、ビールのおつまみに、お茶の和菓子となる。

 だからこそ、かの噂話もこうやってベルペオルやフェコルーの耳にも届いた。

 

「今、対処を決めるようなことでもないね」

「そうですね」

 

 二人の間に沈黙が訪れた。

 静かな時間で、二人は自分の考えに耽っていると、ベルペオルに一つの疑問が浮かぶ。

 静かなというのが引っかかった。

 フェコルーが訪れる前までは、奇声が目の前の奇っ怪な部屋から常に出ていたはずなのだが、それが全く聞こえない静寂だった。

 問題に気がついたときには、部屋のドアが開き、中から一人の少女が現れた。

 

「おじさまは行ってしまわれました」

 

 全身を完全に包みそうな大きなマントを纏い、大きな帽子を被っている少女が、無機質な声で言った。声と同じように無機質で感情の読み取れない表情だった。

 

「新しい実験が呼んでいるとか」

「はあ……教授は全く、それでは巫女に監視を頼んだ意味が、いや、それは責任転嫁か。そもそも絶対に逃がすべきじゃないなら私が監視するべきだったね」

 

 深い溜め息はしたものの、さほど失敗とも思っていないかのように明るく言った。

 

「ま、別にいいさ。一仕事はやってくれたんだしね」

 

 ベルペオルの顔は一つの目的を達成できたかのように晴れ晴れしたもので、今回に限り教授にお咎めはなかった。

 

「さて、これから先どうなるか」

 

 楽しそうな笑みを零し、その鋭い瞳は遥か彼方を見つめていた。

 ``炎髪灼眼の討ち手``はもういない。その相方だった``万条の仕手``も行方不明。

 数多くのフレイムヘイズにとって英雄で、``紅世の徒``にとっては最悪の討滅の道具は先の『大戦』の終と共に命の灯火を消した。

 イレギュラーだって少なくないのだが、ベルペオルはその事象の全てを本当に楽しんでいるようだった。

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 強大な国が一つ滅びかけようとしていた。

 時代の流れというのにはあまりにも呆気無さ過ぎたが、その国はただでさえ長すぎる歴史を刻んでいた。近年にいたっては、``嵐``が突如と巻き起こったり、いきなり``何も存在しない``場所が領内に現れたりと、散々な目にあっていた。

 崩壊するのは時間の問題となっていた。

 兆候こそ数百年前からあったが、十七世紀から雲行きがさらに怪しくなっていた。そして、十八世紀になると千八百年もの栄華を極めていたローマ帝国はついにその長い歴史を閉ざすこととなる。

 しかし、それよりも少し前。国が倒れるには数多くの理由がある。

 人が倒れてしまえば、国が倒れる。国と人とは運命共同体。

 十七世紀には多くの人々が死に、また生活が困難となった。それの多くの理由は再建を図ろうとした国の重い税金と、重なるようにやってきた長い飢饉の幕開けだった。

 人一人が生きて行くのすらも厳しくなり、とてもじゃないが子供を育てるなんてことが出来る余裕がなくなる。自分の命一つでさえ保つのがやっとなのである。育てるのにも、生むのにも時間もお金もかかる子供なんて面倒が見られるわけがなかった。

 口減らしの始まりである。

 大人は自分たちだけが生きるために、幼い子供を殺したりすることによって、なんとか食を得ていた。

 そんな時であった。噂が流れるようになったのは。

 

『森に人を捨てると消えてなくなる』

『これは妖精の仕業だ。悪しき心を持つものが消えてなくなる』

 

 森を探索しれども死骸は見つからず。足跡さえも見つからない。時折、狂ったような声が森から聞こえてくる。

 そんな摩訶不思議なことが起きるようになった。

 それは神隠しなのか、それとも何か人の知れない化け物でも存在しているのだろうか。

 分かっているのは人が消えることだけ。絶対に消えて無くなってくれるので、後腐れなく別れることが出来るので、そこに人を捨てるものが後を絶たなくなったことだ。

 誰の陰謀かも分からないのに、人は無知ゆえにそれをいいように利用した。

 次々に森の中に消えて行く子供。騙されて、森の中へと置き去られた大人もいた。中には、領主に罰として、魔女でないことを証明したくば、森に行き帰ってくるという一種の魔女狩りもあった。

 そして、一人の少女と少年の人生もまた、そんな不条理なものの礎となろうとしていた。


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