不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第十三話

 彼の手に掛かればこの世の全ての現象は実験の対象へと移り変わる。

 彼の目からはこの世界のありとあらゆるものに興味は尽きることなく、研究対象にも困らない世界である。

 彼もまた、彼以外の彼と同じような存在と同じで自分の思うがままに自由気侭に、自由奔放に、傍若無人が如く一生を生きている。やりたいことを思うがままに出来る人生が楽しくないわけがなかった。

 自身に力があったのも彼にとっては幸運だった。

 彼以外にとっては不幸だった。

 無駄に力があるから彼の暴走を止められるものはこの世界には少なく、ついには同朋からすらも嫌悪されるようになっていた。

 だが、そんなのは彼にとっては関係なく。

 ただ自分の研究のみに、己の強大な力を費やし、時間を振った。

 今日もまたある一つの実験へととりかかる。

 奇っ怪で耳障りな声を奇声のように叫ぶように。

 助手の``燐子``と共に。

 

「ェエーックセレント! ようやぁーく、この素ん晴らしぃー実験にぃー手を出ぁーす事が出来ましたっ! あんのどっかのまぁーずいっ、こんの世にぃー存在すら認めたくない、栄養のなぁーいっキノコのように、嫌いなベルペオルから逃れぇー、この日ぃーがやってきましたっ!」

 

 声の主、``探耽求究``ダンタリオンは、喜色の目と、今より少し古い親方のような職人のエプロンを付けた身体全体で奇妙な動きをしながら喜びを表した。

 奇妙な動きというのは、人間的な身体をしているのに、ありえない方向へとネジ曲がっていたり、首をなんども回している。百八十度周り背中の方を向き、さらに同じ方向へ百八十度周り元の位置に戻る。それだけでなく、先程まで普通の手だった物が、何故かドリルに変形し、ギュインギュインと唸らせている。

 その光景だけで、彼が異常者であることが目に分かる光景であった。

 

「長かったですね、教授。ベルペオル様と毎日会っていた時なんてぐっひひはひ(ちばかり)」

「嫌ぁーな事を思い出させるんじゃぁーないですよー?」

「ふひはへんふひはへん(すみませんすみません)」

「科ぁー学者は、過去は振りぃー返らないのですよー? 明日はいぃーよいよ、待ちわびた実験の日っ! いつにもましてこのドリルゥーが回るというものですねぇ」

「教授のドリルは別に実験に関わらずいつも回っていっはふひはへん(ますみませんー)」

「余計ぇーな事は言うんじゃないですよ」

「…………」

「ドォーーーミノォーーー!! 返事をしなさぁーいっ!」

「ひははひひひ(いたたいいい)」

 

 ``教授``と呼ばれているダンタリオンは大きさにして二メートルを越し人ではない機械で出来た身体をしているドミノが何かを言う度に、手についているドリルで何度もつついた(抉った)。

 ドミノは``燐子``である。``燐子``は``紅世の徒``が、この世の物体に存在の力を吹き込むことで生み出す下僕であり、このドミノは``燐子``でありながらにして、自らの主であるダンタリオンの助手でもあった。

 このドミノ自体もダンタリオンの実験の成果の一つであり、正式名称を『我学の結晶エクセレント28-カンターテ・ドミノ』と言った。

 

「それにしても、たくさん人が集まりましたね」

「んんんんなぁーに、世の中に不満をもぉーつ人間は多いですからねぇ」

 ドミノが今回集まった人間のリストを見て言った。

 そのリストにはかなり多くの人間の名前が書かれていおり、一人一人の詳細事項までもがあった。身長や体重に始まり、この実験に参加することになった理由や、理由に至るまでの経緯など、よくここまで調べたものだと感心するほど事細かに載っていた。

 年齢は生まれたばかりの赤子から、死ぬのを待つしかない老人まで男女関係なしに。理由は千差万別で、捨てられたところを拾われたや、興味関心でなど様々。

 あまりにも多すぎるので、パッと見で分かるのはたくさんの人間の協力者が集まったという結果だけだった。そして、それは尚も増え続け、ドミノは引っ切り無しにそこへと追加分の人間の情報を書きこんでいく。

 中には人間ではなく、単語で『犬』『猫』などと書かれたものさえもある。

 本当に誰かれ構わず実験に協力してもらうようだった。

 

「なぁーにが、原因で要因になぁーるか、わからないですからねぇー?」

「失敗は出来ないということますですね」

 

 ドミノがリストを作成する傍らでは、ダンタリオンは謎の機械を弄る。その機械は彼とドミノ以外の者が操作することが絶対にできず、また説明することも不可能な物。なにがどうなってああなっているかは、下手すればダンタリオンですらも理解しきれていないかもしれないものだった。

 本能で、こうすれば出来るという半ば直感でそれは形作られていく。

 なおも、誰も寄り付かない森の中でこの二人の作業は続く。

 誰にも気づかれることもなく、ひっそりと。けれど確実に、その日は近づいていた。

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 十八世紀、ボルツァーノは神聖ローマ帝国の南の端に存在する都市だった。次々と領土を失っていく神聖ローマ帝国の中でボルツァーノは、ハプスブルク家の歴代当主に継承される城下町でもあった。

 ハプスブルク家は神聖ローマ帝国内だけに留まらず、各方面のお受け取親密な関係であり、次々と後継者を輩出する大貴族であった。そんな王家にかなり近い者が治める街として貴族も多く、比較的賑やかな街。

 近辺を敵対国に挟まれているからこそ、あらゆる人物が流れつく街でもある。それは世を賑わすオーケストラであったり、大道芸人であったりした。

 貴族たちの娯楽には困らず中にはやって来た芸人を子飼いにするものまでいた。彼らにしてみれば、周辺が敵国に囲まれている危機感よりも、遊び場としての認識でかなり楽観視していた。だから、備えなどしているはずもなく、いざという時の行動は全くできない。唯一の救いは、その貴族の重要さから常に軍が在中していて、守兵には事欠かないことくらいだった。

 だが、飢饉が起きてしまうとその利点の全てがまるまる裏返ってしまう。守兵の多さや裕福な食事を取る貴族、この街の人の多さが余計に食料の危機を招いてしまう。

 飢饉を襲ったのはこの街だけでなく、ヨーロッパ全体であるためどの商人も余分な食料は持ち得ていなかった。食料が少ないので僅かな食料をめぐることとなり急激な値上がりが始まる。

 いくらお金を沢山持っている大貴族と言えども、これには堪えた。最初は市民の血税によって、今の贅沢を保ち続けようとしたが、国は元から疲弊している。国が疲弊しているということは市民も既に疲弊しきっているということだ。もはや市民からは絞りつくした状態となり、いくら横暴の限りを尽くしていた貴族といえども一時的にとは言え多少の裕福を抑えざるを得なくなった。

 そうなると、節約術として口減らし使われたのだった。食料を必要として、お金がかかるのだから、元から絶ってしまおうと考えたのである。

 その対象は子飼いにしていた芸人であったり、次男以下、長女以下の家の後継者以外の子どもたちであったりした。

 芸人は主に貴族からのお金が収入源であり、子供たちは親がいてこそ生きていけるのであって、貴族たちが彼らに施しをしなければ彼らは生きてはいけない。

 

「これがローマ帝国内における今の情勢らしいね、モウカ」

 

 一人にして二人の異能者が大広場で一息をついていた。大広場には彼らを置いて他に人の姿は無く、人目を気にせず話をしていた。

 

「さっき俺が話してたしゃべりたがりな酒屋の店主によるとね」

 

 首元から聞こえるウェパルの陽気な声にモウカは答えた。

 

「庶民が未だにこの地を離れてないのも貴族のおかげね。なんというか皮肉なものだ」

 

 十八世紀は貴族が衛生に一際、注目を置いている時代である。そしてこの街は衛生に気遣う貴族がいるおかげで、他の街のように道に死体が転がっているなんてことはなく、人が死んで臭う腐敗臭もない。今のこの街に残る唯一と言ってもいい、庶民がこの街に残る理由でもあった。

 尤も、お金もない、職すらも失いかけている庶民にはここを脱して一からやり直すという気力も尽き始めている。元は活気があった街も、段々と廃れてきている。

 普段は人が絶えず、お客さんに困っていないはずの酒屋でさえも、がらんとした様子だった。お客さんがいないせいで、店主も暇だったようでモウカにいろんな世間話をし、モウカは暇つぶしと情報を手に入れることが出来た。

 物価が上昇して、残り少ないお金だけに料理や飲み物の値段が高かったことだけがネックだったが、情報料と思い込むことによってモウカは自分を納得させる。

 現地の情報を得るというのは非常に大切な事だ。フレイムヘイズだからという理由だけでなく、モウカは基本的にはお淑やかに人生を送りたいので目立つことが厳禁である。常人とは逸した力を持っていることがバレてしまえば、騒ぎとなってしまう。

 騒がしい人生はとてもじゃないが、モウカの目指す平穏無事とは遠い

 モウカが懸念していることの一つは、自分自身がトラブルメーカーになることだ。

 過去の『大戦』では、直接の要因と今では言わないが、引き金を引いてしまった一人であるのは間違いない。何れは起き得たものではあるが、やはり偶発的に発覚するのと、人為的に発覚するのでは大きな差がある。責任感の問題も変わってくる。

 モウカは自身がそう言ったトラブルに巻き込まれやすい体質であるのは自覚している。そのトラブルも大体が生死に関わるもので、容易な覚悟で乗り越えられるような物じゃない物ばかりだった。

 

「私たちみたいなのが言えることじゃないけど、本当に人生どう転がるもんか分かったもんじゃないよね」

「本当に全くその通りだ」

 

 モウカは力強く何度も首を縦に振った。

 その姿はどこか切なさを感じさせ、過去の出来事に思い浸っているようにも見えた。充実はしていたかもしれないが、決して楽しいわけではなかった過去を。

 思えばずいぶん遠くへ来たものだとありきたりな台詞を内心浮かべた。

 

「ん! なに!?」

 

 ガサッという物音で、現実に引き戻されたモウカはかなり慌てふためきながら、周囲を警戒する。

 立ち上がってキョロキョロしながら、戦闘態勢ではなく逃走態勢を取り始める。キョロキョロしたのは、音の発生源を確かめるという要素よりも、この場から逃げるルートを確認するための意味が強い。

 

(モウカ、落ち着いて。ただの人間だよ)

「え、ああ、なんだ。ビックリした」

 

 ただの酔い潰れかとホッと息を吐き、ようやく落ち着きを取り戻す。モウカはそのまま目線をやって来た酔い潰れていると思われる、人物へと移した。

 風貌はまるきり旅人である。コートを羽織り、帽子をかぶり、暗闇のせいでいまいち顔は見えないが、体つきから男であることが分かる。ただ、一つ奇っ怪なのが、彼のコートから何やら木のようなものがはみ出している。

 興味本位で近づき、それを確認すると人形だった。木で作られて、上から糸で操るタイプの人形である。人形劇に使われる物で、この旅人風の人間は人形劇を旅して回る芸人なのかもしれない。

 

「この不況な世の中で酔い潰れるって相当のお金持ちか」

「やけ酒だよね」

 

 相手が平常ではないので、ウェパルは警戒せずに神器『エティア』より声を発する。

 彼女からすれば声を聞かれても面白いことが起きそうなので、構わないのだがモウカがうるさいのでたまには彼の意思を尊重しているに過ぎない。

 ウェパルはどこか面白気な雰囲気を漂わせ、彼女の顔を見ることが出来ればにぃっと楽しい玩具を見つけたような悪戯な顔をしていることが安易に想像できる声だった。

 

「うーん、やけ酒ぽいよね。なんか呟いてるし」

「ええと、なになに……」

 

 

 俺はあいつらにとってなんだったんだ。都合のいい時に呼び出し、大量のお金を与えてもらったから相応にお返しをして、住み込みまでして子飼いになったのに、自分たちの生活がちょっと苦しくなったからって切り捨てやがって。俺は使えなくなった人形か。

 と酔い潰れている男は丁寧にぼやいた。

 一回一回はごにょごにょとしていて、何を言っているか理解できなかったが、永遠と同じことを繰り返すので翻訳をすることが出来た。内容が無いようだっただけに、モウカとウェパルはやっぱりねと声を合わせて言った。

 一人にして二人は、この人物に同情を抱くが、

 

「転落人生には同情するけど、俺も似たようなもんだよ。殺されたり、死んでないだけマシだというのに」

「普通の人間はこんなもんだよ」

 

 今にも欝だ死のう、と聞こえてきそうな男の前でモウカは自分よりも弱い人間を見るような眼つきで言った。

 

「生への執着の強すぎるのと、果たしてどちらの方がまともなのか……」

 

 二人は居心地の若干悪いこの場を後にした。『まあ人生色々さ』という言葉を残して。

 

 

 

 

 

 彼らが去った後、酔い潰れた男の脳に直接声が流れる。

 語尾を無駄に伸ばした聞く者が聞けば、その声だけで嫌味を言いたくなるこの世の者ではないものの声。

 

 そして、彼はまた一人の人間を誘う。


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