不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第十五話

「なんだよ、つれねえな。男じゃないのかい?」

「そうは言ってもね。危険な橋は渡るべからずってね」

 

 おっちゃんが少し苦渋の顔をする。

 石橋を叩いて渡るということわざがあるが、俺はそれでも安心出来ないので、尚も慎重に慎重を期す。一パーセント程度の危険だと判断出来れば渡ることもあるだろうが、危険な可能性が二桁もあればお腹いっぱい。その橋をわたることはしないだろう。

 十パーセントなら多少は考えるのかもしれないだろうが、十回に一回落ちる可能性があるって、なんだかんだで高い確率だと思うので、迷いはするだろうが渡ることはない。

 そんな俺がおっちゃんの言うあからさまな危険に自ら飛び込むなんてことはまさに自殺行為である。分かり得る情報を元に考えると、この仕業は仮に``紅世の徒``じゃなかったとしても、厄介ごとには変わらない。

 おっちゃんはなおも、栄誉、名誉、地位、男のロマンだろうと俺を必死に説き伏せようとするが、そんなのはのれんに腕押しである。

 有名になれる? そんなものはいらないんだよ。有名になった結果が、百年に及ぶ逃走劇になったのだから、もう懲り懲りだ。

 地味だっていいんだ。そこに安全があれば。

 危険だって本当は歓迎なんだ。命の心配がなければ。

 ちょっとのリスクは背負うべきだ。人生に刺激は大切である。

 ローリスクローリターンこそが理想的だ。

 俺はおっちゃんの言うことはもはや半ば無視を決め込み、食事に手をつけることにする。これ以上の話は無駄だ。危険が俺のすぐ隣を歩いていることを教えてくれたことには感謝するが、どうしてそれに首を突っ込む様に誘導するのか分からない。

 これ以上は俺が聞く耳を持たない事を悟ったのか、おっちゃんも自分の仕事に戻っていった。

 すでに配膳されているご飯を頬張る。

 少し冷めてしまったようだが、それでも美味しいのは本当に美味しい料理の証なのだろう。パクパクと食べ進めていき、並べられていた料理の大半を食べ終わると、正面には神妙な顔をしたおっちゃんが座っていた。

 雰囲気が少し変わっていた。

 また懲りずにとは思う。

 

「散々、同じ話ですまねえが、本当に興味はないかい?」

「悪いね。興味はあるが、冒険はしない主義なんだ」

 

 藪をつついて出てきたのが蛇ならまだマシなのだが、今回は虎が出てくる可能性だってある。それは何としても避けたい。

 この場合の蛇というのは``紅世の徒``で、虎は``王``の事だ。今までの経験上、並大抵の``紅世の徒``なら俺は比較的余裕に逃げられることが分かっているが、``王``となるとどんな不足な事態になるか分からない。強力な力を持つ``王``というのはそれ程に厄介な相手なのだ。

 それだけに出会う確率も低く、追われていた百年の中でも``王``との遭遇は二・三回程度だった。しょっちゅう遭っていたら身が持たない以上に、フレイムヘイズだってもっと激減しているだろう。``王``だってフレイムヘイズに会わなければ、それに越したことがないのだからお互い様な話だ。

 今回の件だって一緒で、俺はこの世界を荒らす``紅世の王``を倒す使命感は無いどころか、あったとしても討滅できるだけの力がない。

 逃げることにしか能がない無力なフレイムヘイズであることは百の二乗倍、万も承知だ。あまりにも自分の力に理解が及び過ぎているくらいだ。

 

「そうか……なら兄ちゃん、もう一つ話を聞く気はないかい?」

「ん? その消失事件のか?」

「全く無関係じゃないがそれじゃない。とある少女のお話しさ」

 

 俺はきっと今すごく嫌そうな顔をしているに違いない。対照的に、ウェルははなまるな笑顔を浮かべていそうだ。

 これは面倒そうだな。非常に面倒そうだ。

 その話を聞くと後に引けなくなる可能性があるような気がするのは気のせいだろうか。

 

「聞く気がないといったら?」

「兄ちゃん、お金持ってないんだってな。このお店は良心的でな。俺の気持ち次第で、値段が変わるのさ。コロコロとな。まるで俺の気持ちと同じでだな」

 

 足元をみるぞ、と半分脅しのようなものだ。

 なんだよこのおっちゃん。さっきまでのとても人の良さ気ないい人だと思ってたのに、とんだトラブルメーカーじゃないか。美味しい物を作ってくれる人は例外なしにいい人だというのが俺の持論だったのに、それを否定しなくちゃいけないじゃないか。

 俺がこの世で警戒する人種が幾つかある。

 一つは、言うまでもなく主人公のような奴。

 物語の中心になる人物は確実に迷惑なトラブルを首から引っさげていたり、ゴキブリホイホイのように厄介事を誘い引き付けてしまう。ゴキブリも厄介事も似たようなものだ。幾つ解決しても、引っ切り無しに次から次へと生まれてははい出てくる。一つ、事件があったらもう一つ事件があると思え。一つの出来事が起きたら、一つで済まないと思え。

 主人公が側に入れば必然と脇役も数々の難事件に巻き込まれるものなんだ。俺はそんな主人公の相方は御免被るよ。勿論、主人公なんてのも最悪だ。逃げてても奴らは追いかけてくるんだからな。

 もう一つ、厄介事を持ってくる奴。

 自身の抱えている事情を説明し、手伝ってくれなんて言う奴だ。恋愛相談がそれの最たるもの。今回は恋愛相談ではないとは思うがこれが当てはまるだろう。

 面倒なこと極まりないのだが、そんな最初からあからさまに面倒事を掛け持っているのはまだマシで対応の仕様があるのだが、お助けキャラだと思ってたキャラが気付いたら厄介事の種、胞子だったなんてことは最悪だ。気付いたら自分が巻き込まれていたなんてことになっていやがる。主人公さん並に面倒くさ言ったらありゃしない。

 そして、今回はまんまとこのパターンだった。

 便利な料理を作ってくれる情報屋だなんてとんでもない。とんだ厄病神だった。

 でも、お金が無いので逆らえないのもまた事実。死んでも生き返ってもお金に縛られる人生って悲しいを通り越して笑えてくるよ。

 

「分かったよ。聞くだけ聞く」

「おう、ありがとうよ」

(こうしてモウカは巻き込まれていくのであった)

(変なナレーションをつけるな。縁起でもない)

 

 おっちゃんの都合の良い返事が帰ってきて笑顔になったが、すぐに真剣な表情に戻り、口を開く。

 

「これは不幸な鍛冶屋の娘のお話さ」

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 少女の話は最後にこう締めくくられていた。

 『やっと夢が叶う』と。鍛冶屋の少女と言われた時点で、誰かは分かってはいた。この街に来て初日に出会った子のことで間違いはなかった。少女の名前をリーズ・コロナーロという事は初耳だったが、もともと浅い付き合いになる予定だった。

 俺にとっては、たまたま訪れた先の少女Aにすぎなかったのだから。知る理由すらもなかったのだ。

 おっちゃんにとっては我が娘のように可愛がっていたというのは、彼女の事を真剣に話す様子からも十分に伝わってくる。彼の言葉で言うならば『娘を愛さなかった父親替わり』のつもりであり、本当にそう思っていたのだろう。育ての親という奴だ。

 深い愛情が言葉の中に感じられる。

 昔話のように、または思い出話のように語った少女の話は、なるほど確かにお涙頂戴だったのかもしれない。俺が泣くということはなかったけれど、聞く人が聞けば泣いてしまうようなそんな話だった。

 悲劇のヒロイン、なのだろうか。

 まあそんなのはぶっちゃけどうでもいいんだ。

 重要なのは、そんなおっちゃんの長話に付き合わされておっちゃんは一体俺に何を伝えたかったのか。俺に一体何をさせたいのかだ。

 おっちゃんの顔を睨む。

 食事も終わったし、この街にはなんだか厄介事が付き纏っていそうなので、そろそろ潮時だろう。今日中にと言わずに、今からでも早急に撤退したい。

 そんな俺の思惑を知らずに、おっちゃんの話はまだ終っていなかった。

 過去話を終えて一呼吸を入れてから、睨む俺の目線に重ねるようにして真剣な眼差しで俺を見つめ返して言った。

 

「おかしいとは思わねえかい」

 

 何が、とは返さない。

 それくらいの理解力は俺にだってあるつもりだった。おっちゃんの言いたいこととは彼女の『夢が叶う』というのがおかしい事だということ。あまりにも不自然すぎるということだった。

 おっちゃんの娘溺愛の様子からしたら、夢が叶うという娘の言葉には肩を抱き寄せて、一緒に涙を流し合うくらいのシチュエーションが合ってもおかしくなさそうなもんだろうが、彼はそれを素直に喜べないでいた、というよりは訝しんでいた。

 彼女の夢とは『女性騎士になる事』であり──そこの夢に到るまでの経緯は先ほど散々聞かされたので記憶に新しいが一先ず置いておき──それは俺が以前会って上から目線ながら見立てた上では、ほぼ実現不可能な事だ。まして、会った日から大して時間も経っていないのに、劇的な変化がない限りそんなのは無理だ。いや、劇的なんて言葉でも無理。到底到達不可能な領域。

 それこそフレイムヘイズにならない限り。フレイムヘイズならその程度は余裕で出来る。

 でも、俺には無理だけどね。説得力ないな。

 ならば夢が叶うというのはどういう事だというのだ、という疑問が浮かぶ。

 おっちゃんだって何も馬鹿じゃないだろう。いくら愛する娘だとしても出来ることと出来ないことくらいは常識的に見極めることが出来るはずだ。出来るからこそ、今違和感を感じている。

 彼女の『夢が叶う』ということはそれだけおかしな事なのだ。

 

「おかしいだろうね。絶対に何か裏があると言って間違いはないと思うけど、それが俺にどう関係するのという話だよ。何かな、そのリーズとか言う子をつけて裏を調べろということ?」

「そういう訳じゃないんだが、ここで絡むのがあの話だということだよ」

「あの話?」

「そう。人が消えるという森の話さ。この森に消える前の人の中には、前日までまるで浮かれ気分でいる奴が居たそうだ。そんな奴が急に次の日には消えて皆驚いたのだとよ」

「浮かれ気分、上機嫌でね。次の日に失踪。失踪しそうにない奴が消えるのが不可思議ということか」

 

 昨日まではあんなに笑っていたのに、次の日に自殺していたみたいな話だろう。

 それは確かに驚くが、だからどういう……ああ、そうか。

 

「その失踪自体が目的。森の中に用事があったらとしたら、と言いたいのか」

「そうなんだ。リーズの奴が帰って来ないんだ」

「帰ってこない? いつから?」

「昨日から。あいつにとって身内ってのは俺と親父しかいない。寝泊まりできるのは実家とここというわけさ。そのどちらにも昨日一回も顔を出していない。なら、正確には一昨日から行方知らずということか」

「ん、一昨日?」

(モウカが会った日だね)

 

 これは本当に色々やっちまった感がある。

 全てはこの街に訪れた時から始まっていたとしか思えない。初日の鍛冶屋がその原因の最たるものだが、まさかあの少女がここまで俺の旅路に影響するなんて思いもしなかったよ。せいぜい、出来の悪い刀をくれた女の子程度の接点だったのに。

 いつの間にやら事情は絡まって、俺にもこの事件というか厄介事の粉が降りかかり始めている。

 危険だ。これは危険色。赤色、レッドゾーンなんてレベルじゃない。

 いやいや、まだ他人事だ。今のうちに回避をすればなんとかなる。

 

「何か、心あたりがあるのか!? そ、それなら是非教えてくれ!」

「ないよ! 全然ね! それよりもう帰らなくちゃいけないんだ。悪いね、この話はここまでだ」

「そういえば、昨日来たときは刀を持ってたな。どっかで見たことある下手くそなものだったが……」

「気のせいだよ。気のせい。ほら、今持ってないじゃん」

「持ってた気がしたんだが。そうか、引き止めて悪かったな。本当はさがすのを手伝って欲しかったのだが」

「それは俺じゃなくてもっと他の人にでも」

「この街で……この街であの子に関わろうとするものはいない、からな」

 

 おっちゃんの顔に影が指す。寂寥感を感じさせる。

 この暗い表情を見ると並の人間なら助けてあげなくちゃとか、手伝ってあげたくなるのだろうが、そんなのは俺にとっては知ったこっちゃないというのだ。罪悪感だのはとうの昔に置いてきた。そんなことよりも、今は自分に襲いかかろうとしている厄介事のほうが重大だ。

 俺はもうフレイムヘイズだから関係ないよね、ということではない。

 自分の持っている厄介事は自分で解決してね、と事故解決をおっちゃんに求めているわけだ。

 

「ごめんな。おっちゃん」

 

 一応心からの謝罪の気持ちだが、自分で言ってても白々しい言葉だと思う。本当の所は、こんな厄介事押し付けるなと思っているのだから。この瞬間にも少女を見殺しにしようとしているのだから。

 だからといって俺が何か出来る問題じゃなかったのだ。

 少女がまだ唯の家でだというのなら、俺も探し出すだけなら吝かではなかったかもしれない。あくまでももしかしたらの話だ。断言はできない。だが、今回はおっちゃんの言うとおりにあの不思議な、不自然な現象が関わっているとなれば、俺は自分の身をまず護らなければならない。

 あの現象は``紅世の徒``による可能性が少しでもあるのだから。そんな可能性があるのなら、迂闊な行動は取れない。

 誰だって自分の身は可愛いんだよ。俺にとってはそれはより顕著に、ね。

 

「ああ……ああ! いいってことよッ。初めから期待なんてしてなかった。そうだよなあ。こんなご時世、簡単に手を差し伸べてくれる奴なんていないよな」

 

 刺のある言い方だったが、不思議とその言葉は俺の心に突き刺さらない。

 それよりも何を今更と思ってしまった。

 昔なら、それこそフレイムヘイズになるよりも昔、この時代に逆行するよりも昔だったなら、一体その言葉はどれほど俺の胸に痛みを味合わせていただろうか分からない。決して、善人で、良い奴だったなんて自信はないけども、痛かったに違いない。

 だが、俺に、今、その痛みは分からない。全く伝わない。

 残るのは胸糞悪さ。自分のこの慈悲のない行動からくるものではない。何で、おっちゃんにここまで言われなくちゃいけないんだと攻める心。

 少し余分にお金を渡し店を出る前に、もう顔をそちらへ向けることもなく、背を向けたままで「悪いね」とだけ言葉を残して店を出て行く。

 出た直後、店の中からテーブルを強く殴ったような音が耳に届いた。心には全く響かなかった。

 

「行くよ、ウェル。これからはしばらく気ままに旅でもしようかな」

「後悔は?」

「ない」

「うん。じゃあ、行こう。どこまでも生き続けて、どこかへ行き続けよう」

 

 しかし、その旅路は初っ端から躓くこととなる。


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