不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第十六話

 行く道を塞いだのは、声だった。

 

『むむ、むむむむむーっ! フレイムヘイズですねぇ? それもまさか私が昔ぃーに、追っていたあぁーの``晴嵐の根``の契ぇー約者ですかぁ?』

 

 妙なところで溜めて伸ばすこの口調、忘れるはずもないあの男の声だ。大嫌いな男。

 ``紅世の徒``は基本的に皆嫌いだ。どいつもこいつも血気盛んで、見ていてその溢れる活気と存在感に恐れるというよりは、俺が巻き込まれないか否かを恐れるのだが、総じて奴らはフレイムヘイズを見つけたら撃って出るんだ。

 『討滅の道具がッ!』『俺の野望を阻止しようというのかッ!?』と血走った目(持っていない奴が多いが絶対に血走っているだろうと俺は思う)をして、恨めたらしく、憎らしく、時にはいい獲物だと喜色を混じらせて言うのだ。叫んだ後は、後は簡単だ。俺を襲って野望を阻止、または討滅させられるという危険性を消し去ろうとする。

 撃って出なければいいのにと心底思う。普通のフレイムヘイズなら確かに、``紅世の徒``の野望を阻止しようとするだろう。復讐者が多いフレイムヘイズは``紅世の徒``の良し悪し関係なしに逆恨みで全て滅するという危険思考の奴も多い。使命を一番にしてる奴は、危険ではない``紅世の徒``を見逃したりするが、歯向かえば勿論討滅する。

 こうやって客観的に見てみると``紅世の徒``がなりふり構わずフレイムヘイズと知ると否や襲ってくるのは分かる気がする。彼らにしてみれば、フレイムヘイズがどんな動機で動いていても関係なく、単純に自分たちを襲ってくる敵に違いないのだから。

 俺が``紅世の徒``と見るやいなや、面倒事と決め込んで逃げるのと大差はない。中には善良で、俺の手助けをしてくれるようなのも存在しているとは思うのだが、それを確認するよりはなりふり構わず逃げるほうが手っ取り早いのだ。

 そう、手っ取り早い。

 フレイムヘイズにとっては``紅世の徒``を巨悪として討滅すると定めてしまったほうが手っ取り早いし、``紅世の徒``からすればフレイムヘイズを敵と定めて攻撃して撃退するほうが手っ取り早いのだ。

 でも例外というのは存在するわけで、

 

『困りましたぁー、実験をやぁめる訳にいぃーきませんからねぇー。妨害されたらたぁーまったもんじゃないし、でも、目ぇーの前には、今すぐにでも実験してみたい対ぁ象がいますからねぇ。んーんんんん?』

 

 遠話の自在法を用いてどこからか話しかけているようだ。

 すぐ近くにいないということで、少しほっとした。どんな``紅世の徒``にも勝つ手段の持っていない俺では、戦闘になるという状況そのものが最悪だ。戦闘は事前に避けて、未然の行動が俺にとって重要なのだが、事この``紅世の徒``の前ではそれが通用しない。

 予想、予期、読みというのが全く通用しない奇天烈過ぎる存在。超が付くほどの変態。

 ああ、こんなヤツにであってしまうとはなんとついていないのだろうか。神はこの俺を見放した、と割と冗談ではなく大声に空に向かって叫びたい。本当に最悪。最低最悪だ。

 

「モウカ、逃げるなら早くしないと」

「逃げた先に変な罠ないとは限らないよ。経験上」

「経験上はここで立ち止まっている方が危険だってば!」

『だめでぇーすよー? 逃げられて仲間を呼ばれたぁーら、私の偉ぃー大なる、今世紀最大の崇高ぉーなる実験が『強制契約実験』が失ぃー敗するかもしれないのですからねぇ?』

 

 失敗したほうがこの世界の為なんじゃないか?

 この疑問はこいつが行う実験に関わってきたフレイムヘイズや``紅世の徒``の双方が抱く感想だと思う。出来れば失敗して、存在ごと消えて欲しい、この世から跡形もなく、居た事実すらも無くなって欲しいものなんだが。そこまで贅沢は言うまい。誰かこいつ討滅してくんないかな。

 この時ばかり、本当に今だけは真剣に思う。

 こいつを倒せない自分の力が憎い、と。力なんて贅沢かもしれない。なら、こいつとだけは最悪でも出会わないような遭遇率でも操作する自在法が欲しい。欲しいけど、その為だけに時間を費やすのも馬鹿げているというか、負けた感じがするから嫌だけど。これも同じく誰か作ってくれないかな。

 

『ェエーキサイティング!! ェエークセレント!! 素敵でぇービューティフルーな、素ん晴らしいことが今、頭の中にぃー思い浮かびましたよー! あぁーとは、このボタンをポチっと押すだけでぇー』

「ウェル」

「……何?」

「すごく嫌な予感がする」

「奇遇だね。私もだよ」

 

 何だこの茶番は、ボタンを押したらどうなるって言うんだ。禄でもない事が起きるのは既に確定事項ではあるが、何が起きるか分からない恐怖が身と精神を蝕む。

 こんなにもボタンという響きが危険だったなんて知らなかった。俺が思いつく限りでボタンといえば、玄関のチャイムや、アニメや漫画の緊急脱出装置や、爆発ボタン……ば、くはつ?

 爆発オチなんて言葉が頭によぎり、敵がそう言ったのが好きなタイプの輩というのだけに真実味が増す。

 冷や汗がたらりと額からこぼれ落ちる。

 あのギャグは捨て身のギャグだ。ギャグ補正という天からの贈り物があってこそギャグとして成り立つものであり、ギャグ補正も無しにそんなオチを持ってこようものなら、それは笑いを起こすようなネタにはならない。起こるのは笑いではない惨劇だ。

 付き合ってられるかそんなもの。

 俺はまだ死にたくないんだ。まして爆発オチで死ぬなんて、絶対に嫌だ。

 ウェル急いで退散を、と言おうとした時だった。

 時は既に遅く、間に合わない。

 俺が行動しようとするよりも早く敵はボタンを、

 

『ポォーチット!!』

 

 押してしまった。

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 良い話には裏があるとか誰かが言っていた気がする。この良い話というのは、おそらくは利益の出るような話を指すのだろうが、今回の件で思い知ったのは、良い物語にも裏が存在することだ。文面では綺麗で、とても透明感のある世界なのに、裏ではドス黒く、ドロドロだったと言った風な話だ。

 

「俺はどんな話でも半信半疑で、まるまる信じるなんてことはしないけどな」

「捕らえようによれば慎重だけど、裏をとると全てに怯える子犬みたいな存在だよね」

 

 ウェルは俺のことを面白おかしく子犬などと表現したが、それは違う。

 子犬は時に、主人のために、自分の為に吠えることもあるが、俺は吠えない。黙って無言で、その場をそっと離れて自分の身を護ることに専念するだけだ。相手に逆らうほどの勇気など持ち合わせていない分、犬のほうが余程俺より立派だ。

 勿論、この話も裏をとると『身を弁えている』という都合のいい解釈になる。

 物は言いよう、なんという素晴らしい言葉だろう。まさに俺のような弱者に相応しい言葉だ。

 そして、俺は弱者だというのに、

 

「自在法が発動するというか最後のあれまではまだ疑い半分で、そうじゃなければいいのにと思ってたのにやっぱりあれだよね。名前すら言いたくないな、あれは」

「約二百年振りだよね。前にあったフレイムヘイズ……ええと、名前忘れたけど言ってたよね『百年に一度会えばもう懲り懲りだ』って」

「二百年間会わなかったことに感謝するべきなのか。たった二百年でまた会ってしまったことを嘆くべきか」

 

 彼──面倒、厄介、うざいの代名詞とも言える``紅世の徒``の``王``。それがここにいるのが確実と分かった。分かってしまった。分からされてしまった。

 

「違うか。``紅世の王``に会っただけですでに嘆くべきなのだから、どう考えても感謝するべきことじゃないね」

「私としても濃すぎるのは、ちょっと……ね」

 

 ウェルが珍しく萎えた声をあげた。

 あらゆることに興味を持ち、面白そうなことには猪突猛進で、今回の``紅世の王``との違いが俺からすればあまりないように感じるウェルだが、そのウェルすらも今回は白旗のようだ。それほどまでに厄介な相手。厄介という範疇に収まるのかさえ怪しい相手だ。

 かの``紅世の王``の名を``探耽求究``ダンタリオン。通称、教授

 この世界でも歩けない隣の世界でも奇人変人の名を欲しいままにしている巨大な力を持つ``紅世の王``である。

 幾度も奇っ怪で、他人には理解しがたい実験を行ってはあらゆる人物に迷惑をかけては懲りずにまた繰り返すという、俺にとってはこれ以上ないほどに最悪な相手。

 絶対に関わりたくない人種に新たに『ダンタリオン』の枠を別枠で設けたいくらいに、嫌だ。嫌いだ。こっちくんなな奴。

 二百年前のことがトラウマとして蘇るあの声は絶対に忘れられない。まだフレイムヘイズになって早かった時期に出会って、逃げ切れた自分を今からでも褒めてやりたい。褒めたからと言って現状が変わるわけでもないが。

 最悪だ。本当に最悪。下手したら大戦なんかに巻き込まれるよりも、教授の実験に巻き込まれる方が何が起こるか分からない分嫌だ。大戦はよかったよ、明確だったからね。何がしたいのか何が起こるのかも分かることができたし、意図がつかめた。

 でも、今回の敵はそうはいかない。誰にとっても訳がわからないと匙を投げる超ド級変人だ。

 事逃げる、戦うという点において重要なのは相手の意図を汲み取ること。逃げる際に敵の思惑を知ることが出来れば逆鱗に触れたり、妙なことを知らなければ敵も下手に追いかけたりもしないものだ。戦う際には逆にその意図からどうやって阻止をすればいいかを考えればいい。

 どちらにとっても相手の思考を多少なりと読むということが重要だ。

 戦うことも逃げることも強引に力技で出来ないこともないが、スマートにやれるのならそちらの方が楽ができるってものだ。しかし、目の前の敵はそれが通用しない。

 

「さて、どうするか。本当にどうするの? どうすればいいの?」

「私に聞かないでよ……」

 

 二人して困惑を隠せないでいる。

 今すぐこの場を早急に逃げて、あの声が聞こえない安全圏まで行きたいのだが、現在逃げ道は謎の自在法によって見つからない。

 ボタンを押しても爆発することはなかったので、ある意味では最悪の事態を避けることは出来たと言えるのかもしれないが、今はそれ以上の面倒事になっていると言っても過言ではなかった。

 発動した自在法はおそらく強制転移系の物と、結界系の空間掌握型の自在法。

 強制転移によってこの森へと連れてこられて、森自体が教授の自在法の中となっているようだった。

 迷いの森とでも言うのだろうか。この出口のない迷路のような森の中をグルグルと迷うことしか今は出来無いでいる。

 脱出方法は幾つか試してみた。

 空を飛んで空中からの脱出を試みたが、空に上がれば上がった分だけ木が伸びていき、そもそも森という存在そのものか抜け出せなくなっている。ならば自在法『嵐の夜』で森ごと吹き飛ばしたろうか、という俺にしては珍しい攻撃的思考で自在法を発動させたが森は無傷。

 全くもって対策が分からない。結果として歩いて出口を探すより他ないのだが、この森に本当に出口があるのだろうか。

 名のある自在師でも教授の自在法を紐解くのは骨が折れるどころか、理解すら出来ないことも多々あるというのに、こんなフレイムヘイズの端くれのような俺に解決出来る問題ではなかったのかもしれない。

 せめて、教授の目的が分かれば、などと不可能だと思っていながらもやけになって相手の心理を読もうとしたが、教授相手にそれは馬鹿のする行為、全くの無意味だった。教授の行動パターンが分かれば誰も苦労しないのだ。

 どうしよう、なんとかしなくちゃという思いだけが募っていく。

 相手の術中の中というのは、本当に居心地が悪い。これでは、敵が俺に対して奇襲のし放題どころか、この謎の自在法によっていつ殺されるかも分からないのだ。この自在法はおそらく攻撃性は無いとは思うのだが、教授だから人食いの植物がいてもおかしくないような気もするので警戒は緩められない。

 常に『嵐の夜』を小規模周りに発動させ、守備の要とする。これならば敵の奇襲には最も早く反応できるだろう。

 しばらくの対応はこれでいいとしても解決策が思い浮かばない。

 普通のフレイムヘイズなら自在法を発動させている``紅世の徒``の討滅が当分の目標になるはずなのだが、

 

「俺に教授が倒せるはずがないし」

「ただの``紅世の徒``すらも討滅できないモウカが``探耽求究``なんて無理だよ無理。屈指のフレイムヘイズだって撃退がやっとなんだから」

 

 相手を倒して解決というフレイムヘイズの選ぶ解決手段は俺には選択できないとなると、自力によるこの自在法の脱出を試みるより他ない。一番脱出の可能性が高かった『嵐の夜』はすでに失敗している。

 残った自在法は『色沈み』と『青い世界』と『宝具探し』だが、どれも意味がなさそうだ。

 なんだこれは酷いもんだな。一度罠に嵌められたらこんなにもあっさりと俺の人生は詰んでしまうのか。

 敵の自在法に対する抵抗力の無さが一番の原因かもしれない。今後の自在法の模索はここらへんからするとしても、まずはこの状況を打開しなければ次はない。

 

「どうしてこんな目に合うのか。やっぱりあの時おっちゃんの話を聞かなければよかったよ」

「聞かなくても変わらないんじゃない? むしろ、最後まで話を聞いたからこそ``紅世の徒``の存在には気付けたようなもんだし。それにしても、モウカっていつも後悔ばかりしてるよね」

「いいんだよ。人生なんて後悔で出来てるんだから。後悔して、後悔して、後悔して最後は悔しい思いをしながら死ぬんだよ。でもさ、一度いいからそんなのとは無縁で死んでみたいんだよ」

「それがモウカの生きる理由ってわけね」

「色いろあるまだまだ生きたい理由の一つ。だから今、俺はここで死ぬわけにはいかないんだよ」

 

 ここで死んだら後悔が残るじゃないか。

 あの時おっちゃんと話さなければよかった。あの時鍛冶屋によらなければよかった。あの時街に行こうなんて思わなければよかった。あの時だって……

 そんな思いを残して死ぬなんて冗談じゃないんだよ。

 俺は何からだって逃げるさ。

 後悔だって振り切って逃げてやる。

 

「だから、絶対に教授からも逃げてやる! 俺の逃走力をフル活用にしてな!」

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