不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第十九話

「えー、ごほん。フルカスにはあとで聞くことがあるとしてだ。フレイムヘイズについて俺が少しだけ教えよう」

「私としては今すぐにでも``盾篭(じゅんろう)``の言ってた『大戦の立役者』について聞きたいんだけどなー。面白そうだし」

 

 俺は面白そうというよりはその話の発生源を確かめたい。もし仮に、そんなまるで称号のようなものがこの世界に広がっているのだとしたら迷惑千万。やめて欲しい。俺はあの戦いでは自在法を使って自分が生きるのに必死だっただけで立役者となるような活躍なんてなかったはずだ。

 それだけじゃない。

 あの大戦においての最も目立ったのはかの『炎髪灼眼の討ち手』マティルダさんと『万条の仕手』ヴィルヘルミナさんだ。その他にも強力な打ち手がいてサバリッシュさんやカールさんなど、そんな恐れ多い人物たち、猛者たちと同列に並べるような『立役者』だなんて勘弁して欲しい。

 無益な戦いを生むだけだ。

 ……いや、待てよ。

 上手くいけば、その恐れ多い活躍のおかげで``紅世の徒``が俺から遠のくということも可能なのではないだろうか。これは一考の余地ありか。

 この称号を利用するか、それとも破棄するか。

 どちらにせよ俺の真の実力がバレれば仮染の脅しも出来ないし、必然と破棄されるのでとりあえず静観がいいところなのかもしれない。ウェルなんかは喜んで言いふらしそうだけど。

 

「ウェル、話を進ませてくれないか?」

「あ、ごめん。滅多にないモウカの活躍できる場面だもんね」

「うっさいわ」

「二人は本当に仲がいいのね。なんだか羨ましいわ」

 

 独特の含み笑いをしながらリーズが言った。

 顔にはそんな羨ましいそうな表情なんて浮かんでいなのに、言葉だけは真実性が帯びている。

 仲がいいことが羨ましいね。あのとある鍛冶屋の少女の話によれば、今まで彼女にはそんな人がいなかった、だから彼女は人との交流を、愛を父親に家族に求めたという話だったからな。

 これは当然の羨望なのかもしれない。

 ま、俺にはそんなの関係ないんだがな。

 彼女は所詮は他人。俺はいつだって自己中心的で、いつだって自分の命が一番惜しいんだよ。悲しい過去を持ってるからって同情する余裕は俺にはない。

 

「リーズだってフレイムヘイズなんだし、長く生きればいつかフルカスとそんな仲になれるかもしれないんだから気にするな」

「そのフレイムヘイズというのをそろそろ教えて欲しいんじゃない」

「そうだった……簡単に言うなら、どう言えばいいのかな」

 

 不死者という言葉が浮かび上がったが、これは少し話が突拍子すぎるかもしれない。俺ならそんなことをいきなり言われても、はあ? と気の抜けた返事をしてしまうだろうな。どうすれば伝わりやすいか。

 この世界のバランサーだと言ったほうが早いのかもしれない。あのとんちんかんな``紅世の徒``の``王``である教授を見た後なら、ああいうのを倒すのが仕事だよといえば理解しやすいだろう。あれほど分かりやすい``紅世の徒``の典型は俺の知っている内ではいない。

 あれの場合は典型的であると同時に、異端でもあるのだけどね。

 

「``紅世の徒``っていう、ついさっきまでへんてこな奴がいたの分かるだろ?」

「うん。私を騙した奴でしょ。許せないわね。この私を……」

「……なんか怒ってる場所がおかしい気がするが、置いといて。ああいうこの世界で自由気侭に遊びまわっては迷惑かけてる奴らを討滅するのがフレイムヘイズの役割なんだ」

 

 ここからさらに具体的に教えるには``紅世``の解説と、``紅世の徒``の有り様や『フレイムヘイズ』の生き様の解説をする。``紅世``とこの自分たちが生きている世界を平和に保つためのバランサーであることや、彼らが何のためにこの世界へと渡り、どうやってこの世界で好き勝手暴れるのかを教えれば、大体のレクチャーは終了する。

 俺がメインで話をしながら、ウェルやフルカスが補足をする形で話を進める。リーズは時折、疑問に思ったことを質問をして、返すというやりとりが行われた。

 実に円滑かつ効率的なフレイムヘイズ講座であったと俺は自負する。

だというのに、肝心の生徒役のリーズはこの話を聞く前の少し期待するようなそれでいて強気な表情など欠片も残っておらず、今は暗い表情をしていた。まるで今までのすべてが無駄だったかのようなそんな諦めきった顔。そんな顔をした原因はだいたい予想はできていたが、それを気にせず俺は最後の締めに入る。

 

「──だからフレイムヘイズはある種の正義とでもいうのかな。そこまで威張れることじゃないけどね」

「使命を背負ってとか言っては自分たちが正義だって掲げてる。でも、実際はほとんどが復讐者なわけだし。フレイムヘイズが本当に生真面目に正義だって主張するなら笑っちゃうよ。ね、モウカ?」

「それを俺に言うか、俺に。最もフレイムヘイズの使命に縁遠い俺に」

「ふむ、我も例外になるわけだ。あの``探耽求究``のおかげでな」

「強制的な契約だっけ?」

「たくさんの同朋が死んでしまった」

「それは……」

 

 かなりの悲劇だったのではないかと思う。

 ``紅世``からこの世界に来るのは賭けの要素がかなり大きい。どんな``紅世の徒``であろうとも強大な力を持つ``紅世の王``であっても無闇にこの世界へと渡ろうとすれば彼らの存在が消えてしまう。

 教授のこの実験は、自分たちと同じ種族である同朋を大量に死に至らしめた実験であり、単純に巻き込まれた人間だけでなく``紅世の徒``にとっても悲劇そのものではないか。

 

「嫌な出来事だっただろうね」

「我が契約者は自身のことで目を塞ぎ耳を塞いで知らなかっただろうが、無事契約した者もまともなことになってなかった」

 

 俺が来た頃にはすでに死屍累々。

 そこらに丸焦げの死体が転がっているし、首がない死体や、明らかに自分で首を閉めて死んだ死体まであった。

 俺が吹き飛ばした人物も発狂していた。教授が撤退して見逃してくれたなら、彼も生きているだろうがあの様子じゃフルカスの言うとおり、まともな事にならないだろう。目を見て分かったのは、自分の異常たる力に取り憑かれていた。あの様子じゃ、フレイムヘイズとしての使命は愚か、バランスを保つどころか崩してしまう行動に出るだろう。

 己の力を思う儘に振りまいては被害を出して、``紅世の徒``同様にフレイムヘイズに討滅される。

 簡単に思い浮かぶ末路だ。

 

「今となっては俺たちに出来ることはないからね。被害にあった彼らには悪いけど、どうしようもないの一言に尽きるよ」

「ふんむ、我もどうかしようという訳ではない。こうして契約してしまった以上は、彼女が望む限りはそうあるべきと定めるべきだ」

 

 とても潔よい回答というか、物分りのいい``紅世の王``のようだ。

 これが滅多にいないが教授みたいな偏屈だったり、ウェルのような異端だったらリーズも大変だろうが、これなら特に問題もなくフレイムヘイズとしてやって行けるだろう。

 彼女がどれほどの器を持っていたかは知らないが、俺より下回る討ち手にならないのは確実だ。俺は自分こそがフレイムヘイズの強さでは最底辺だし。

 討ち手としては絶対に弱い俺でもこうやって生きて行くことが出来るのだ。強い生への執着と、諦めないことが何よりも重要。結局、心のありようなんだと思う。

 人間もフレイムヘイズも``紅世の徒``もそれはなんら変りない。

 

「私の望む形……ね」

「使命に熱心になってもいいし、あの教授を一発ぶん殴るとかでもいいと思うよ。好きにするといいさ。世を乱さない限りはね」

「そうそう! 自由に我侭にありのままにってね! モウカを見習いなよ。本当にフレイムヘイズかって疑問を持ちたくなるから」

 

 そういうのはほっとけよ。

 いいんだよ俺は。契約した時から俺の揺るぎない信念「死なない」と「人生の謳歌」は、未だに変わらず存在しているんだから。死なないはこうして生きていることで信念を貫いてはいるけど、未だに謳歌はしきれてはいない。

 謳歌する前にいつもこうやってなんらかの事件に巻き込まれてるせいなんだけどね。

 いい加減対策を考えたほうがいいかもしれないな。

 ``紅世の徒``に絡まれるということにしてもそうだけど、敵の自在法とかに対しても。教授との戦いで痛感したのは、ただ逃げるためだけの自在法だけでは相手から逃げられないこともあること。時には敵を妨害して、敵の自在法を封じて、完封して逃げる必要性が出始めてきた。もしくはその前に段階、巻き込まれたり敵に見つかる前の段階でやり過ごすという手を考えたほうがいいかもしれない。

 課題は多いな。この歳になってこうもやるべきことが多く、フレイムヘイズとして完成されていないのは珍しいのではないかと思う。普通のフレイムヘイズと比べようがないんだけど。

 

「本当はこの力で騎士になりたかった。父様はもう私のことを覚えていないから、それは意味を成さない。私は……私はどうやって生きたらいいの?」

 

 言葉こそ荒らげてなかったが迫真のものだった。

 どうしようもない気持ちの掃き溜めを吐いたような。さっきまでの溜まっていた鬱散を言葉にしたような言葉。

 俺は彼女がこうなることは予測できていた。いたのだが、思わず声を失ってしまう。他人の絶望を目の辺りにするということを初めて形にして見た気分だった。

 

「…………」

「それは我が契約者が決めることだ」

 

 不純な動機というわけではないけど、俺よりはロマンのある契約だったのは間違いない。ロマンのあった彼女の契約のケースもまた異例中の異例。元来のフレイムヘイズの有様とは遠すぎる壊れた形の契約。

 リーズがフレイムヘイズになりたかったのは騎士になれると思ったからで、その騎士になりたいというのは一心に父に認められたかったから。けれどもフレイムヘイズとなってしまったら騎士になることは出来ない。フレイムヘイズになることはつまり、この世の理とは別れを告げて別の存在となってしまうこと。こうなってしまったら今までと同じ世界で生きて行くことは不可能だ。無理に生きていこうとするなら、その異質なフレイムヘイズ故の特性がいずれ壁となって現れるだろう。

 不変にして普遍ではない存在なのだから。

 

「時間があるんだからのんびり決めればいい。んと、俺の役割はここまでかな」

「…………」

 

 元より深く関わり合うつもりもない。

 それが俺のポリシーだといえば、なんだか格好良いがそういう訳ではなく、単に俺の生き様というのもまた他人には理解しがたいものであるだろうことだと思ったからだ。

 それ以上に、俺が生きる上で他人がいたら非常に俺が生きづらいというかやり辛いというか、兎に角俺が窮屈な生活を強いられることだってありえる。俺は自分が一人でこうやって生きているからこそ、こうまでして自由奔放にやって行けている可能性は多分に含まれているだろう。

 

(それでどうするのこの子は?)

(ん? ああ、別にここに置いていくというか、放置?)

(ふーん、それでいいんだ。ここで慰めの一つや二つしたら、好感度上がるかもしれないよ?)

(俺がそういうのをしないって分かってて言うんだよね、ウェルって。でも、そうだね)

「何か、困ったことがあったら『外界宿(アウトロー)』に行ったらいいと思うよ。フレイムヘイズの先輩方もいるしね」

「体よく追い払う、と」

(言葉を濁したのにそういう事言うなよ)

 

 否定はしないけどさ。

 復讐をし終えたフレイムヘイズのたまり場のような場所。それが外界宿だ。

 俺も数度か寝る場所を提供してもらえると思って尋ねたことがある。俺が行った外界宿が悪かったのか酷く寂れていている場所で、これなら安い宿屋を普通に借りた方がましというような場所だったが、フレイムヘイズとしての知識程度なら手に入るだろう。他のフレイムヘイズとの交流という意味でも十分の意義を持つ。

 たとえほとんどのフレイムヘイズが一匹狼で、こちらと友好的に接してくれなくても、見も知らない他人よりは顔程度は知っている仲のほうがあとあと何かの助けになるかもしれない。打算である。

 斯く言う俺はあまり外界宿とは関わっていない。初めて行ったときの印象が悪かったというのもあったが、俺の戦闘スタイルというか生き様が普通とはズレているので、下手に他のフレイムヘイズと交流を持って齟齬を持つと面倒だからだ。無駄に知名度が高くなってるらしいというのも理由の一つであったりもする。

 

「それじゃあ俺達はそろそろ旅立たさせてもらうよ。一箇所に留まってたんじゃ、いつ誰に襲われるか分かったもんじゃないからね」

「もうすぐ他のフレイムヘイズたちも騒ぎを聞きつけてやってくるだろうしね。私も厄介事は勘弁だよ」

 

 教授の件はおそらく近いうちにフレイムヘイズ、``紅世の徒``の双方の元へと通達が送られるだろう。

 そうなれば、使命を持たず世を荒らすだろうフレイムヘイズが生まれる可能性を考慮して、それを討滅しにくるフレイムヘイズがやってくるのも時間の問題。``紅世の徒``に限ってはその状況を興味本位で近づいてこないとも言い切れない。

 ここら一体の街はしばらく荒れるのが眼に浮かぶ。そして、争いの元になりそうなこんな場所に身を置くという選択肢は俺にはない。

 さっさと身を隠して今回の事件とは無関係を装うのが、安泰への一番の近道だろう。

 

「どいつもこいつもさ、私がフレイムヘイズとしてこの世にいるのが不思議でならないみたいな事言うし」

「そりゃ……ウェルを知ってるやつだったら皆そう思うだろ」

「それをモウカが言う資格はないんだよ?」

「そうかもしれないけどさ。まあいいや。そんな訳でここでおさらばだ。リーズにフルカス」

 

 ウェルのは愚痴が始まったらいつ終わるか分からないので強引に話を切りつつ、別れを告げることにした。

 

「お主らとまた会える日を楽しみにしてるぞ」

「またいつかね。ほら、ウェルからも一言」

「──え。ああ、別れね。リーズ、フレイムヘイズだからってあまり気負う必要ないんだからね。モウカを見れば分かるけど自由に生きればいいんだよ」

 

 ウェルが珍しく真っ当な事を言っている。

 これは明日は雪どころか嵐がやってくるな。

 ウェルは``紅世の徒``には意外と辛辣なことを言うが、実は人間には優しい一面を持っていたりする。その一面を見せるのは滅多にないことだけどね。

 本人が言うには『暇つぶし相手にはちゃんと好意を返さないとね』だそうだ。

 

「``盾篭``は……頑張れば?」

 

 うん、辛辣だ。

 単に言葉が思いつかなかっただけかもしれないが、平坦で感情のこもっていないその言葉はやはり投げやりなものだろう。ある意味、``紅世の徒``と敵対するフレイムヘイズには向いていたのかもしれない。

 契約者たる俺が俺なので討滅するなんてことはなさそうだが。

 

「…………」

 

 リーズは無反応だった。

 何を考えているのか、もはや意識がどこか遠いところへいってしまっているのか。それは彼女本人以外は知ることは出来ない。勿論、俺やウェルがそこへ干渉しようなどとは考えない。彼女がこのまま何も目的も見い出せず、ただ惰性に生きて行くとしても知った事ではない。

 今この場で慰めようとも思わない。

 一人できちんと考えなさい、お母さんじゃあるまいしそんな丁寧に律儀に答える必要はない。

 リーズは運が悪かったのかもしれない。

 助けられたのが俺ではなくて、サバリッシュさんならこんな時に助け舟を出していたのかもしれない。

 でも、現実ってやつは不条理で理不尽なんだよ。俺がそうであったようにね。

 別れはすでに告げた。

 だから、『堅槍の放ち手』には背を向けて、この街を出て行こうと一歩踏み出した時だった。

 今までずっと無反応だったリーズがぽつりと言葉を零した。

 

「そっか。そうだよね。自由に、だよね」

 

 何かを悟ったかのような言葉だった。

 明るいようなそれでいてどこか切なげな声色。

 

「ならさ……私にその生きる意味っていうのを教えてくれてもいいんじゃない? ねえ、生の亡者さん?」

 

 振り返って見た彼女の瞳は、先程まではなかった忌々しい光が宿っていた。

 そして、同時に確信する。

 これはどう考えても面倒事に巻き込まれたなと。

 

(なるほど。あの教授でさえも向こうへ回して、彼女が真のラスボスだったわけね)

(うっさいわ!)

 

 なんでいつもこうなるんだと頭を抱えたいよ……


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