不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第二十話

 すでに使命を終えて腐れてしまったフレイムヘイズの溜まり場と化しており、大した機能性もない『外界宿(アウトロー)』ではあったが、各地のフレイムヘイズが時々立ち寄ったりするので自然と``紅世の徒``絡みの情報は集まるものだった。そうやって手に入れた情報を取り纏めたりするわけではなかったが、求められれば資料を作り情報を提供してくれたりもする意外と善良的な組織ではあった。

 片手間で作られた程度の資料であるため、また元の情報がここのフレイムヘイズの主観性に基づいた物のために、上手く纏められておらずに情報錯誤が起こっていたり、信憑性を欠くものであったりしていて無いよりはマシというものではあるが。

 普段ではあればモウカもあまり外界宿を使わないタイプのフレイムヘイズではあったが、さすがに自分が大きく関わり今後が気になる事件ではあったので、わざわざ資料を取り寄せた。

 モウカは教授が行った『強制契約実験』における被害とちょっとした伝記となりかけている取り寄せた資料に目を通す。

 眉間に皺を寄せて低くうーんと唸る姿は、外見に似合わない老練さがあり彼の実年齢が見た目相応でないことを珍しく表していた。

 

「やっぱりすぐにあそこを離脱して正解だったか」

 

 ボルツァーノを離脱して一月程経過してようやく情報が手に入るようになり、書かれた資料の芳しくない内容に人知れずモウカは唸っていたのだった。

 その芳しくない内容とは『フレイムヘイズ』による一般人への荒らしと、荒らしたフレイムヘイズの討伐状況。強制契約実験時に無理矢理契約させられて、フレイムヘイズとなった者たちの末路が描かれている。

 その一つ一つは、世を乱すフレイムヘイズを討伐してやったという討滅した側の自称正義の鉄槌自伝だが、主観であるがゆえに戦いの有様をありありと知ることが出来た。誇張だと思われるものもしばしばあったものの現場の雰囲気を掴むには十分なものだった。

 

「みたいだね。モウカの逃げ足の速さも中々のものだったけど」

 

 モウカの首に下がる青い球体のみが高価そうに見える、無骨な首飾りから彼に異能を授けた``紅世の王``であるウェパルがいつもの陽気でちゃかすような言葉を告げる。

 モウカは内心自分の好判断に満足気に頷かせながらも、逃げ足は褒め言葉さとウェパルに誇らしげに返した。

 相変わらずの光景。数百年と乱れのない二人の遣り取りが、この場が平和であることを示していた。

 モウカとウェパルがゆったりと過ごしている横では、一人の少女が剣を上から下へと剣を振っていた。飽きずにそれは何十何百何千と数時間に及び続いている光景。

 モウカはその少女へと全く目線を向けようともせず、無いものかのように扱っている。

 

(ねえ、モウカ。そろそろ何かしてあげてもいいんじゃない? さすがにこの私でもちょっと可哀想に見えてきたよ)

(何かって何さ。彼女本人に俺は『自由にしたらいいんじゃないかな』と言ったら、彼女が勝手に『俺に生きる意味を教えてもらう』とか言い出しただけじゃないか。だから俺は否定はしないよ。でも、俺が素直にそれに答える必要はない)

 

 そもそも生きてるだけで素晴らしいことだというのに。

 声にならない声でモウカは愚痴を零した。

 彼女、強制契約実験で偶然助けたが為に着いて来た厄介者のリーズというフレイムヘイズ。生きる意味を失ったというリーズにモウカは何も示さず、自分で見つけろと自分は無関係を決め込むつもりだった。

 だのに、モウカは非常に面妖な事に付き合わされていた。

 ここ一ヶ月、モウカとリーズの間に一言の会話もないほど他人と言えるのにも関わらず、まるで一緒に旅をしているかのような状況下に置かれていた。何度となく着いてくる彼女を振り払おうとしたがピタリと着いて来て離れず、かといって下手な自在法の使用は無益な争いを生む元と成りかねないので使うことに踏み切れずにここまで来てしまっていた。

 モウカに言わせれば面倒の一言で、ウェパルに言わせれば早く面白い展開にならないかな、楽しみなのにの二言。

 彼からすればウェパルとの気楽な旅(こういうとウェパルが調子にのるのは眼に見えているので口には絶対に出さないが)をこれからもして行きたい。という建前はさておき、リーズが足手纏いになることを危惧していた。

 言わずと知れたモウカの生き方というのは、一部の大戦などの例外を除き殆どの場合が一人でいた時分に成功している。今更、逃げるときの人数をたった一人とはいえ、増やすことはリスクを背負うことに繋がる。下手を打てば、一人では逃げきれた事象が二人に増えたことによって逃げれないことが出来てしまうのかもしれないのだ。

 

(二人になったときのメリットだってあるのは分かってるけどさ)

 

 逆に、人数が増えれば今までになかった逃げ方というのが出来る可能性だってある。一人では逃げれなかった事象を協力することによって逃げきれるように、というのも十分にありえることだった。

 モウカからすれば重要なのは、平和に生きることが出来るか否か。生活臭があり、時々危機に面して人間味あるスリルと人生を送ることが出来るかである。

 この条件が満たされるのであれば、リーズが居ようが居なかろうが今のところはモウカには不満はない。けれども、目の前の存在はその条件を満たすかどうかを当てはめて考えてみると、満たす可能性もあれば満たさない可能性も考えられ、思考はいよいよ深みにはまり判断がつかなくなっているのをモウカも感じていた。

 これが俗に言うマンネリ化とかいう奴なのか、と資料に目を通し終わり御礼の手紙を書きながら何度目か分からない溜息も零し、今日初めてリーズを見る。

 会った時と変わらない焦げたような金色の髪は『清めの炎』で、元の色を取り戻したからだろうか以前に比べて少し輝いていた。白人らしさに少し欠けた白すぎない肌。顔は幼さを残す造りで、いつも温厚そうな柔らかい表情をしているが、時折思い出したかのように意地悪そうな笑みを浮かべたりするが、今は剣を真面目に振っているため顔の表情は真剣そのもの。身長はさほどモウカと変わらないはずだが、華奢な体が幾分か小柄に見せていた。

 モウカには慣れ親しんだ人のいない森の中は、リーズにとっては絶好の鍛錬場なのかもしれない。

 リーズを見やって再び溜息をし、モウカはようやく重い腰を上げてリーズと決着をつけようと決心をしたその時だった。

 

「これは……!?」

「一ヶ月平和だったのにお疲れさん、モウカ」

「本当だよ。ま、仕方ないさ。それならまた逃げるだけ。どうやら気付いたのはこちらだけみたいだから」

 

 人一倍敏く、フレイムヘイズ二倍も``紅世の徒``に警戒心を抱いているだけあって先に敵を感知した。

 規模は? 大したことない。場所は? まだ遠いね動いてない。と流れるようなやりとりをモウカとウェパルは交わし、今のうちにと逃げの体制を整えた。

 

「今なら自在法も必要な──」

「待って!」

 

 ウェパルとの最終調整の相談をしようとしたモウカの声を遮るように、張りのあるやや甘めの声が遮った。一ヶ月前に助けた時の最後に言った『ありがとう』という言葉以来に聞いたその声はどこか新鮮さを感じさせ、そういえばこんな声だったっけと懐かしさも呼んだ。

 声のした方向へと目線を配ると、しかとモウカの黒い両目を見つめる琥珀色の瞳があった。

 

「待つって?」

 

 試すかのように先を促す。

 

「私に実践をさせてほしい」

「それはつまりリーズが``紅世の徒``と戦うということだよね。別にそれは構わないよ、勝手にやってくれたまへ。俺達はその間に逃げるから」

 

 モウカの答えは非常に冷たいものだった。

 だが、その答えもリーズは予想をしていたのかすぐにモウカの逃げ道を塞ごうとする。

 

「相手は強くないのでしょ?」

「そうだね。モウカなら余裕で逃げれるレベル」

「余計なこと言うなよ」

「なら、私が戦うのを見てから逃げるのも可能じゃない?」

「……ウェルが余計なことを言うから」

 

 ウェパルの先走りの発言に文句を言いつつも、逃げれることを肯定をする。

 その程度は訳ないと誇ることでもないのに誇らしげに。

 

「ここ一ヶ月見て分かったけど、貴方は自分自身は戦いたくないタイプの人でしょ」

「争いなんて大っ嫌いさ」

「それなら自分の代わりに戦う相方って欲しくない?」

(これはあれか、売り込みって奴なのか?)

 

 経験したこと無い彼女の言い振りに動揺しつつも思考する。

 モウカは戦いたくないというのは勿論だが、戦う力が自身にないというのも理解している。攻撃手段は素人丸出しの蹴りや殴り、切れ味の無く叩きつけることにしか使えなさそうなリーズから貰ったショートソード。攻撃の自在法は辛うじて『炎弾』が出来る程度だが、彼の属性に合わないのかひ弱で、これに力を注ぐなら他の自在法に力を回す。

 ``紅世の徒``に合えば自然と選択肢は巻くというもので、正面から戦い合うということをしない。

 だが、もし自分の代わりに戦える人材が手元にあったとしたら?

 

(なるほど。それならリーズと一緒にいる利点はある。だけど……なぜ、俺と一緒にいる必要性がある? 前に言ってた生きる意味と関係あるのか?)

 

 リーズの提案に頷きつつも、不可解な点に頭を傾げた。

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

「ど、どうよ!」

 

 ぜえぜえと息を切らしながらリーズは誇らしげに言った。

 彼女の戦闘時のイメージだろうと思われる騎士甲冑には大小多数の傷が多くある。左手には大きな盾を持ち、右手にはサーベルを持ったその姿だけは騎士そのものであったが、盾にも大きな傷があり、サーベルは折れている。

 見るからに壮絶な戦いの後そのもので、苦戦しましたと自ら明かしているようなものだった。

 だというのに、彼女はやりきった感を出して、良い戦いだったわと今にも言いそうな表情だ。

 勿論、``紅世の徒``をしっかり討滅したのを自身の目で久々に見届けたモウカは、自分には出来ないことをやった彼女には一応の称賛は送る。

 

「で、デビュー戦にしては中々なんじゃないかな!?」

 

 引き攣った顔で言葉もしどろもどろになりながら。

 リーズの戦い方はモウカの見てきたフレイムヘイズ、``紅世の徒``を問わず一番荒々しいものだった。

 鎧の中が女の子とは思えないような攻撃方法。まずは左手に構える盾を全面へと押し出しながら敵へと接近する。当然敵は抵抗するために、最も簡易な攻撃の自在法である『炎弾』を放った。

 盾はその『炎弾』を見事にリーズの身体を守る。『炎弾』が存在の力が分解されたように消えたため、盾には自在法に対する何らかの自在式が打ち込んであるのかもしれない。

 接近してからは盾で相手の視界を封じ、敵の攻撃を盾でうまく牽制しながら、盾で殴りつけたりサーベルで刺すような確実に攻撃を与えていく地味な戦い方だった。それだけに時間がかかり体力消費が激しく、盾や甲冑やサーベルの傷が多く見られた。

 武術の心得のないモウカから見ればその戦ってる様子は、盾やサーベルで無理矢理攻撃してボコしているような力任せな戦い方。

 実際は地味ではあるが意外と高度な戦いをしているのに、かつて見た『炎髪灼眼の討ち手』のような派手な戦い方ではなく、理解できるような戦い方の知識も大してなかったので、「こんな強引な戦いが女の子の戦い方かよ」という見当違いな感想を抱いていた。

 

「……そう。なんか反応が怪しいけどいいわ。それなら相方としては合格点でいいということでしょ?」

 

 息を既に整え、フルカスにもう装備はいいわと声をかけて戦闘態勢を解くといつもの服装に戻る。簡易でいてあまり清楚とは言えない当時の小市民の服装。

 それを確認して、一応青いローブを纏っていたローブを消し、モウカも普段の旅人のような服装になる。

 

「え……ああ、そういう事になっちゃうのか。でも、あれじゃね」

「戦い方は置いとて、``紅世の徒``しかもあんな弱小相手にそれだと気が思いやられるよね」

 

 正直言えば期待はずれだったと言外に二人は言った。

 しかし、忘れてはいけないのはそんな弱小相手にも逃げる気満々だったのは、このフレイムヘイズである。

 

「お主らは我が子に少し期待しすぎじゃないのか?」

 

 まだたった一ヶ月前にフレイムヘイズになったばかりだというのに。まだ自在法もまともに使えるようになっていないフレイムヘイズにそれは酷なものだと、リーズに異能を与えているフルカスが擁護をした。

 フルカスの言い分は二人にも十分理解していることではある。自分たちのフレイムヘイズになりたての一ヶ月は、ずっと``紅世の徒``から隠れ潜んでは逃げるための自在法を編んでいたのだから。

 隠れ潜んでいるのは今も変わらないが。

 

「だからといって足手纏いが一緒だと困るのは俺たちだからさ」

「うん、困るのはモウカだけだけどね。私は中立だよ。むしろ面白い方の味方」

「おい、裏切り者。ここは『私も無理』とか言って話を合わせろ」

「無理だよ、モウカ。それは私には絶対にできない! だってそれが」

「ウェルの存在意義、か? なんで、こんな厄介なのと契約しちゃったんだろ」

「私じゃないとモウカと契約しようなんていう``紅世の王``はいないと思うな」

 

 気付けばリーズとフルカスのことなどお構いなしに二人だけで会話をし始める始末だった。

 

(本当に仲いいわよね)

(ふむ、我が子もこういった関係を望むか?)

(私は別に……でも)

 

 こうやって楽しく生きていけたらどんなにいいだろうか。

 リーズがモウカと一緒にいてみようと思う意味は、この二人の有り様というのが最も大きかった。

 リーズが求めるものは、目の前のこの二人のような理解し合える存在なのかもしれない。

 だから、少しこの二人を、もう少しこの二人を、

 

(見てみるのもいいかもしれない。そうすれば生きる意味も……)

 

 それは純粋な憧れかもしれなかった。

 ただ、

 

「あ、ちなみに私は賛成だよ。少しハンデがあったほうが緊張感があって楽しいと思うしね。最近のモウカは逃げるのに手馴れてきてつまらないし」

「私は足枷扱いなのね……」

 

 ウェパルとはあまり仲良く出来る自信はリーズにはなかった。


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