``紅世の徒``に追われていない期間というのは結構ある。
フレイムヘイズの多くは自身の復讐相手を見つけるために、次から次へと``紅世の徒``を探したり追ったりするものだが、それは復讐心に身も心も支配されて、それにしか頭の回らない者がすることだろう。そうではないフレイムヘイズ達はのんびりという訳ではないにしろ、比較的自由気侭に過ごしている輩は多い。
見た目が変わらなかったり、容姿が幼い頃に契約して幼かったりするので一つの街に違和感なくいられる時間は平均して十年程度らしいが、それは俺も変わらない。
俺の旅路とは死なないための逃亡記そのものだが、本当に死から逃げたいのなら誰もいない孤島ででも過ごせばいいし、自分の力をフル活用して海の中にでも住めばいい。
いずれは海の中に自分のための都市を作りアトランティカ伝説……なんてのはさすがに冗談だが、そういう生き方も選べないでもないということ。
そんな生き方なら俺は迷わず死を選ぶけど。生きているのに死んだような生活は、俺の生き方ではない。選ぶことはないだろうけど。
ともすれば、俺の日常というのは人間のそれと全く変わらないというのが実態である。
不眠でも大丈夫だが睡眠をとる。夜に寝て朝に起きる。
最近ちょっと挑戦したみたが、食事を全くとらないでいても大丈夫だった。だけど食事をとる。これは娯楽なので外せない。
時々得体のしれない奴らと戦うことを除いたり、ちょっと人外な能力を除けばこんなにもフレイムヘイズは人間らしいというのが分かる。だから、そんな俺の日常は人間と変わらないのだ。
今日も今日とて朝早起きして、何も開拓されていない忽然と広がる草原へと赴き、優雅にコーヒー……は少し苦手なので紅茶を飲み、大変平和で好ましい日を送っている。
草の匂いが感じれるほどに俺の心はとても安らかだ。
「ああ、なんという素晴らしい平和。``紅世の徒``に会わなければこんなにも幸せになれるのだから」
ビバ平和。最高だぜ平穏。なんて今にも叫び出したい気分だ。戦い戦い戦いの日々は俺の望むものとは程遠いのだから、こんな日が毎日続けばいいのにと思う。結構切実にだ。
今日は珍しくウェルを、借りていた宿に置いてきてある。彼女といるのは退屈はしないのだが、なんというのか女性独特のうるささがあるというか、たまにはちょっと距離を取りたくなる時もある。
倦怠期か、などと一瞬思ってしまった自分にちょっと自己嫌悪。俺たちは夫婦じゃねー。
俺とウェルは共犯者であり、協力者であり、相棒であり、相方であるが、夫婦でもなければ、愛しあった仲でもないのだ。誰が嬉しくってあんなヘンテコな奴。
「そうよね。あのウェルっていう``紅世の王``はちょっと変よ」
「ふむ、あれは遠き``紅世``でも特上の変わり種だった」
「かわりだねって、どういう意味?」
「変わり者っていう意味だよ。てか、なんでいるし」
スコーンをつまみながら独り言を呟いてたら、それに対する返事が俺の後ろから返って来た。
後ろも振り返らずに実はそんなに頭の良くない彼女の疑問に答えると、彼女はふーんと特に関心も示さずに、貰うわねと軽く断ってから俺の隣りに座りスコーンを一つ取り一口で食べた。
せっかく一人で平和を浸っていたのに。
不満気な顔を顕わにしながらも、口には出さず、疑問の言葉のみを投げかける。
「それでどうした?」
俺が知っている限りのリーズは、あまり自分から何かを行動しようという類の性格じゃない。余程のことがあるか、なにか気になることがない限りはいつも傍観の姿勢を保っている。一緒にいるようになってからもそれは変わらず、時々ぼそりと呟くことがあっても積極的に俺とウェルに絡んでくるなんてことはなかった。
俺とウェルも別にリーズを遠ざけていたわけではないが、気付いたらそんな形で落ち着いていた。
その彼女が俺が一人になっているところに、顔を出すのが珍しい。
お金が裕福というわけではないので同じ宿屋の同じ部屋に泊まっているのだから、俺がわざわざ一人になっているというのを知らない訳でもあるまいに。
ウェルには聞かれたくない理由でもあるのだろうかと無駄な詮索をしつつ、彼女の言葉を待つ。
「ここ一年ほどだけど一緒にずっといたじゃない?」
「そうだな。最初の頃なんて、こんな強そうじゃないフレイムヘイズが何の役に立つかと思ってたんだけど。意外な使い道ってのがあるんだな」
リーズの契約したフルカスの能力の一つなのか、彼女は存在の力自体から武器を創り出すという力──自在法がある。作れる武器はたった二種類の剣と槍だったが、それを元にお金を手にするのは容易かった。
武器が売れるのではなく鉄が売れるのだ。
地域によっては鉄が取れず高く売れる。強国が列強し、いつ戦争が起きかねないこのご時世は、特に売れる。ある程度同じ場所で売りすぎると訝しがられるが、限度を弁えていれば問題は起きない。現に起きないでいた。
そもそもこの創り出す自在法だが、彼女が戦いの度に剣を消費するせいで生み出された自在法であった。その創り出された剣自体も大した性能ではないのですぐに壊れてしまう。
あれだ。リーズにはあまり刀を打つ才能がなかったからだろうな。絶対に口には出さないが。
「酷い言われようじゃない。貴方にとって私はそれだけの価値なの?」
「正直に言えばそうなるな」
本当に酷いわねと大して気にした風もなくリーズは笑った。
俺も少しはそんな待遇ばかりで悪いとは思っている。少しだけど。変える気はないけど。
「で、それは今日の目的とは関係ないんだろ」
「え、分かる?」
「これでももう二百……三百年だったかは覚えていないが数百年生き続けてきたんだぞ」
それぐらいの観察力は嫌でも上がるさ。ま、それ以上にリーズの、ふふこれはまだ前夜祭みたいなものよみたいな顔してたから、俺じゃなくても見抜けただろうが。
長い年月で鍛えた観察力というが、実際にはその数百年もの日時は全て逃げるという一つのみに費やしてきたもので、時にそれなりには人とも関わってきた程度のものであった。特にこれといった語るべき日々というのはその中にはなかったが、意外と平凡で、普通っぽい日々がそこにはあった──にはあったが、どこか馴染めていない感じもあった。それはなんとも言えない感覚で、今までの日々はあんなにも忙しなく、生命の危機にひんしていたものだったが充実だけはしていたのだろう。適応力半端ないななんて呑気に思ったが、これってこのままこの世界で生きて言ったら戦いがないと生きれない身体に……
それってヤバイよねと思い始めたのが最近だった。
数百年という年月は下に恐ろしきかな。
「実は貴方を……ころ──」
「あー、殺すためとかそういう冗談いらないから」
「……フルカス、私ってそんなに分かりやすい?」
「ふむ、とりあえず驚かしてやるぞという思いは我にもかなり伝わってきてたな」
この子ってそういうタイプの子だったっけと今までの彼女の行動を思い起こすが、そういえば全然しゃべったことがないな。まともな会話がないというか、自在法の練習を教えてくれといった時も、俺は分からんからとウェルに丸投げしたり。
今までの戦いとかを教えて欲しいとか言われた時も、覚えてない、思い出したくないからと全部ウェルに丸投げしてたような気がする。
もしかして、これってコミュニケーション不足というやつなのか。思えば、俺はフレイムヘイズになってから人と(ウェルは人ではないので除外)会話することが非常に少なくなっていた気がする。
余程の理由、例えば情報収集だとか、話しかけられればという受けの態勢ばかりで、自分からというのシチュエーションがあったかどうかを思い出せない。思い出せないほど過去にあるのか、そんな場面はなかったのか分からないが。
これは駄目だ。
そうか、俺が平和に帰路して、人間社会に馴染めなかったのはこれが理由かもしれない。
つまりリーズはそのことをなんとなしに伝えようとしてくれたという可能性がある。
今日、ウェルを除いて会話してきたのは、俺がウェルにからかわれない様にする対策か、はたまた俺がウェルに頼らない様にするための対処法なのか。
「ま、まあいいわ。そんなのは関係ないのだから。今日こうやって貴方一人に聞きにきたのは純粋に、私はあいつが苦手だから。何か言ったらからかわれそうじゃない。貴方みたいに」
「内容によると思うけどな。リーズをからかうかどうかは俺には分からんよ」
ただ、面白そうな展開にするのは間違いないと思うけどな。
口には出さなくても伝わる彼女の含み笑いの声。
ププ、という笑い方が嫌に似合うのは、果たしていいことなのかどうなのか。
「私ってさ。フレイムヘイズとして──」
「どれくらいの強さなのかなって?」
「え、もしかしてモウカって未来予知か何かの自在法があるの?」
「ふむ、我が子よ。おそらくだが、以前からしばしば自在法の練習中に呟いてたの聞かれてただけじゃないのか?」
「フルカスの言うとおり、練習中に『私の力はどれくらい……』なんて言ってたのがたまたま聞こえたから」
「盗み聞きじゃない」
「一緒にいるんだから聞こえちゃうんだよ。知られたくないことなら油断しないこと」
やっぱり、リーズって分かりやすいよ。
顔に出ている云々よりは、行動と言動が真っ直ぐで筋が通っているから簡単に先が見通せてしまう。初めて出会った時のあの街では、きっと完全に警戒仕切っていて、誰にも心を許さない状態だからあんなふうな演技(?)が出来ていたのかもしれないが、今はそんな厚い壁を感じなくなっている。
リーズが完全に俺に心を開いてくれたというわけじゃないと思うが、それなりに気安い関係にはなったということだろう。あまりしゃべらないけど、お互いに一緒にいても違和感を感じない程度には。
いつまでも違和感を感じていたんじゃ一緒に旅なんてできるわけ無いしね。フレイムヘイズにとって男女間というのはそこまで意識することじゃない。特に年行った長年者なら。それでも、人間とは全く違うわけじゃないから、出来る時には出来るらしいけどね。
過去の例でフレイムヘイズ同士じゃないが、``紅世の王``と契約者たるフレイムヘイズ間の恋なんてものはある。傍迷惑だった大戦が、最高にして最悪の例だろう。
もうあんな戦い二度と起きちゃいけないよ。起きても次回は参戦しないで済む方法を必死で模索するさ。
リーズにも教えてやりたいよ、あの大戦の戦場を。
どんな強さがあっても生き残れないかもしれないあの戦場を。
「強さなんていらないさ」
「それはなに? 強くない私への慰めっていう意味?」
「純粋な強さなら、リーズは既に俺より強いよ。というか、最初から強いし。俺なんて``紅世の徒``を一体も討滅したことないからな」
「え……そうなの?」
「そうなんだよ。別に強くなくたって生きる分には今のところはどうにかなってるからね。今後は分からない」
攻撃手段を作らないといけないというよりは、相手の自在法に対抗する手段を探さないといけない感じだ。
自衛するための自在法を今もなんとか形にしようと試行錯誤しているが、当然のことながらあらゆる自在法に対抗できる万能な物が出来上がらない。
攻撃に対する自在法なら防御できる自在法や命中させなければいいので、『嵐の夜』があれば十分に補えるが、妨害系の自在法には相性が悪い。この間の教授のような特定の区域や、特殊な能力を持つ自在法の類に対処できない。
今ならばと、リーズを見る。
「なにかしら?」
「うーん」
彼女の力をうまく使えば``紅世の徒``の討滅だって可能になる。
俺の自在法は奇襲と相性がいいのは既に大戦にて実証済みだ。俺が環境を整えることによって他のフレイムヘイズが獅子奮迅の活躍をし、俺が影から応援するのが当時の戦法だった。大戦以降は逃げることにしか使用をしていなかったが、彼女が強くなれば俺にも利益が巡ってくるわけか。
ともなれば『リーズ育成プロジェクト』の発動も頭の隅に置いておく必要があるな。一番はやはり『リーズ盾化プロジェクト』だが、彼女にもう少し役に立ってもらうという意味では少しも変わらない。
「そうだな。やっぱり強さは必要だよ。ああ、言わなくてもいい。『一体どっちなのよ?』だろ。つまりだな、ただ生きていくには強さはいらないが自由に生きていくには強さは必要なんだよ。『分からないわ』って顔だな。いちいち驚かなくていいよ。本当に分かりやすいな。だからな、何が言いたいかと言うと──」
──俺はリーズに期待してる。
俺がこの先も安寧に生きて行くためにね。
強力な討ち手が生まれるのは実にいいことだしね。
その分、俺への負担が減るんだから。
「そうね。期待に答えるのはやぶさかじゃないわ」
リーズは誇らしげに、自信ありげにはっきりと言った。