不朽のモウカ   作:tapi@shu

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閑話二

 その一団を襲ったのは``紅世の王``であった。

 人間は``紅世の王``に対する抵抗手段など持ち得なく、否応なしに一人、また一人と存在をまるごと喰われていく。

 気づけばものの数分で一団は壊滅と化してしまう。

 名誉も地位も、今まで築いてきたものの全てと一緒に全てが喰われてしまう。

 ``紅世の徒``は人間の築きあげたものなど簡単に引き裂いてしまうような存在だった。

 しかし、人間もまたずっと為す術もなくただ喰われるだけではなかった。数多の存在の欠損によって世界に歪みを発生させると、危機感を持った``紅世の王``がそれを防ごうとこの世の``歩いていけない隣``からやってきた。

 彼らはただこの世界に顕現するだけでは、存在を維持できない。その為、この世の``歩いていけない隣``である``紅世``にも届くほどの、``紅世の徒``に関する強い感情を抱いた人間に自らの力を与え、使命をも与えることによって世界の歪みを広げてしまう同朋を伐とうと試みた。

 強い感情、その多くは憎しみであり悲しみである。

 ``紅世の徒``によって不幸にも消し去られてしまった存在を認知し、不条理な``この世の本当のこと``を目の当たりしてマイナスの感情を抱く。

 そして、そんな人間の感情を辿り着いた危機感を抱いた``紅世の王``と契約した、この世の不条理に対抗する手段を持ったものを『フレイムヘイズ』と呼んだ。

 フレイムヘイズの成り立ちはとても歪で、その誰も彼もが世界の危機感ではなく、己の復讐心にて成り立ってしまっている。

 フレイムヘイズが復讐者の代名詞と言われる所以である。

 成り立ちこそ強力な感情の起状によるものだが、彼らフレイムヘイズは復讐者と言われると同時にバランサーとしての役割も担っていた。尤も本来のフレイムヘイズの存在理由はその役割の``紅世の徒``による世界の歪みを防ぐためある。

 これはあくまでも契約した``紅世の王``のこの世界での目的であってフレイムヘイズとなった人間にはあてはまらないことが多々ある。

 大体の人間は自身の不幸から自ら望んで``紅世の王``と契約したので、自分と同じ不幸を味合わせないようにと考えるフレイムヘイズも多いが、兎にも角にも敵を討ちたいと考える者も少なくはない。

 いつだって考えるのは自分の身の回りのことで、自分のことばかりに囚われた考え方をする。彼らが一人一党と言われる理由の一つでもある。

 過去、幾度かの災厄には手をとりあって戦ったことこそあるが、それ以外での組織だって行動というのは皆無であった。

 そこまで追い詰められないと手を握ろうとしないフレイムヘイズだったが、その彼らが近い将来に皆で情報を共有し組織として機能することが可能になるとは、フレイムヘイズが生まれてから数千年、誰も夢にも思わなかったのである。

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 ドレル・クーベリックは祖父の代より受け継がれるクーベリックオーケストラに誇りを持っていた。彼の祖父も父も彼も揃ってヨーロッパ中に名の知れた指揮者であった。

 しかし、欧州に鳴り響くオーケストラは父の代を最盛期として、ドレルの頃には酷い経営難であった。彼の親たちに比べてドレルが指揮者として劣っていたわけではない。オーケストラとしての質自体も下がったという訳でもなく、彼らの演奏を見た観客はいつだって大喝采だった。

 だというのに、何故経営難に陥ってしまったのか。

 誰も彼もが音楽だけでお金を手にしているわけではない。オーケストラを副業としているものだって幾人かは必ずいた。ドレルのように一家揃って職がそのまま音楽家というのも決して少なくない訳ではない。

 どちらにせよオーケストラとして活動するには何事もお金が必要になる。

 ドレルは一人の音楽家、指揮者としてならお金を貰って生きて行くことは出来るが、クーベリックオーケストラとしては、厳しい立場に立たされるようになった。

 全ての原因は神聖ローマ帝国の崩壊である。

 十八世紀までは国こそ衰えたものの、なんとか欧州周辺の王権を握ってはいたが、十九世紀にはついには耐え切れずに国が落ちてしまった。

 国の崩壊における影響は様々なところに出る。

 まず、国が崩壊する要因、正確には解体された要因だがこれは戦争による敗戦である。

 俗に言うナポレオン戦争で敗れた神聖ローマ帝国はフランスの属国とされ、解体された。

 戦争が一つ起きれば、お金は全て国に行く。民は疲弊するのはもっての外で、最終的には国自体も疲弊していく。困難な戦争ほど追い詰められていくものだ。

 当然ながら娯楽にお金を費やすことなど出来なくなる。

 ドレルもその荒波に飲まれる形となったが、彼は自らの経営術を用いてそれを乗り切ることに成功する。

 オーケストラという大規模の集団、音楽というお金の排出度を考えると相当に儲けなくてはいけないが、それをものの見事に乗り切るほどの神がかり的なオーケストラという職業に付いているのが不思議に思えるほどの経営術だった。

 この経営術は、元より大きな集団を取り仕切る者として責任感の強いドレルが、組織の扱い方や運営の方法を生真面目に勉強し、オーケストラを使って試して身についたものであった。

 

 『人間は必死になれば、何事もなす力がある。ようは使い方次第ということ』

 

 とは、人間としての生前にドレルが残した言葉であった。

 一世一代の逆転劇を見せ、ドレルは自身の誇りであるオーケストラを守り抜いた。

 彼にとっては大切で、この世で二つと無いかけがえの無い場所を。

 もし、ここで、このオーケストラで一生を指揮棒を振るだけに生きていけたのであったら、彼にとってはこれ以上無いほどの幸せであっただろう。彼の憧れて尊敬した父や祖父のように、最期まで拍手喝采を好み全身に受けて、命を見送られたら本望だったであろう。

 

「な、なんだこれは」

 

 この世は不条理な物に溢れかえっている。どこもかしこもが不幸だらけで、人生の最後までを幸せで居られる人物など居ない。それどころか、人生の最後こそが不幸で終わるものばかりだった。

 本望で死ぬことなど叶うわけはない。

 幸せな死なんてものは存在すらしない。

 不都合がまかり通って、ありえない現象が平気で起こり得る。

 人の常識など、ないも同然だった。

 

「ありえないありえない。人が喰われるなんて……ッ!?」

 

 いただきますの言葉も無しにそれは平然と人を喰い散らかす。散らかって残るのは存在の滓だけで、人間味は全て飲み込まれて消えてなくなっていく。

 ドレルが目にしたものは、その人がその人である存在証明が喰われるという現象。

 起こったのは今夜の公演のためのリハーサル中だった。

 最初に気付いたのは指揮者であるドレル。突如として一つの音が無くなったの気付き違和感を抱き、次に気付いたら人が存在ごといなくなっていた。

 周りは違和感を感じていない様で、平気で演奏を続けている。その様子におかしいのは自身の耳かと一度疑うことをやめた。

 内心では歳をとったものだとややショックを受けながら。

 だが、次に目にしたのは、ボヤけた何かが自分の友人を丸呑みしている姿だった。

 それを見て狼狽し、思わず指揮を止めてしまった。

 急に止まった指揮に彼の友人は、訝しげにドレルを見る。

 不可思議な現象には全く気付いていない。逆に気付いたのは、

 

「貴様……見えるのか……」

 

 姿も満足に見えないが、恐怖の対象となっているボヤけた何かだった。

 言葉を発し、確かにドレルを見ながら言った。 

 

──化物だ

 

 ドレルは自分の中にある語彙からその言葉で何かを表した。

 人によっては悪魔や妖精、中には神や天使と言い出すものもいるかも知れないが、ドレルは確かに『化物』とそれを認識した。

 人を存在事丸呑みをする真正の化物であると。

 化物はまるで笑ったかのような気配で、言葉を続けた。

 そこで見ていろ、と。

 貴様の友が、仲間が、家族が死んでいく様をじっくりと見ているがいい、と。

 眼の前の出来事の衝撃で、ドレルは身動き一つとれないどころか、言葉すらも出せないでいた。

 あまりにも現実離れしたその光景を見て、平然としていられる人間なんて居ない。

 化物は見せつけるかのように、一人ずつ丁寧に、丁寧にドレルの仲間を葬っていく。

 時には、頭から、腕から、足から、上半身から、下半身から、左半身から、右半身から、内臓から、分解してから。

 演奏会場はたちまち血が飛び散ることはない人間の解体ショーかのようになっていた。存在そのもの解体だから血がでないだけで、その様子がありありと見えてしまうドレルにとっては、想像を絶する最悪な光景。

 彼の居場所が無残にも消えていくさまを見せつけられ、最後にはドレルがただ一人残されてしまう。絶望に陥っているドレルを化物はほくそ笑むように眺めてから、満足したのかその場を離れていく。実に愉快な公演だったと言葉を残して。

 

「く……くそ……」

 

 絶望の淵から意識を取り戻したドレルを襲ったのは、当然ながら深い悲しみと喪失感だった。

 彼は自分の力で維持していた自分の場所を全くの無抵抗で明け渡してしまった、自身の無力を嘆き。今まで築きあげてきたものを簡単に失った喪失感に囚われた。自身の人生の全てを賭けてきた場所が奪い攫われ壊された怒りは小さなものじゃなかった。

 

『聞こえたわよ! 貴方の想いが!』

 

 耳に障る甲高い声が怒り心頭のドレルの耳に届いた。

 不思議とその声がドレルに冷静さをもたらしてくれる。

 そして、彼女はもたらす。

 

『くー、あんな奴むかつくわよね! どう!? 貴方さえ良ければ力を』

 

 半永久的な時間と、彼の理不尽な運命を覆す力を。

 これが後の世に響き渡る異形のフレイムヘイズ『愁夢の吹き手』の誕生だった。

 

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 復讐者が復讐を完結することは容易ではない。

 その理由は単純な復讐者の力量の問題でもあるし、巡り合わせという意味合いもある。

 ``紅世の徒``はこの広い世界で自由に歩き回っている。その自由気ままな彼らに、復讐相手たる``紅世の徒``の一人をピンポイントで見つけるなどという行為は、難儀という言葉でも足りないほど難しい。それだけでなく、自身の手での復讐となると難易度は格上げされる。他のフレイムヘイズによって討滅されてしまっている可能性が高いからだ。

 その``紅世の徒``が復讐相手だから譲ってくれ、なんてことはもちろん出来るわけがない。そもそもフレイムヘイズ同士でのやり取りは最低限以下でしか行われていないのだから、復讐相手が今も現存しているかさえも知るのは困難だ。

 外界宿でも知名度の高い``紅世の王``なら、もしかしたら居場所を特定できるかもしれないが、その手の輩はフレイムヘイズを多く殺して名が知れている事が多いので、討滅するのも一苦労な上、他のフレイムヘイズと復讐相手が重なっていることだってありえる。

 フレイムヘイズの中には復讐相手すら分からないというのも居たりする。

 

「埒があかないかな」

 

 ため息混じりに言ったのは『愁夢の吹き手』ドレル・クーベリック。

 まだまだここ数年で契約したての新人フレイムヘイズだった。

 その彼の呟きに反応するように、ステッキ型の神器『ブンシュルルーテ』から耳に障る声が聞こえる。

 

「くー、全然見つからないわね! どこに隠れてるのやら! 隠れてるんなら出てきなさいよ!」

 

 ドレルに異能を与えし``紅世の王``である``虚の色森``ハルファスが、挑発混じりに言った。

 いい加減変化のない現状に苛立ちを隠せないでいる態度だった。

 ハルファスのそんな態度とは裏腹に静かな姿勢を保っているドレルは、そうだねと軽く返事をしながらも考える。

 ドレルもこのままではいけないと思いながらも、対策を思いつけないでいた。最初こそは力を上手に扱う練習をしながらも、ヨーロッパを探索していれば見つけられるだろうと高を括っていたが、そう易々といかないことをここ数年で思い知る結果となった。

 だが、それでもただでさえ実力不足で復讐相手にも勝てない可能性もあったので、鍛錬期間ということで納得させていたが、それもだんだん限界へと近づいてくる。

 そこで、フレイムヘイズの組織であるという外界宿の力を借りようとしたものの、これがてんで役に立たなかった。

 ドレルはそもそもあれは組織には値しないと声を高らかに文句を言い、フレイムヘイズももっと協力しあえば復讐も簡単になるだろうにとぼやいた。無論、自身の復讐にしか目のいかないフレイムヘイズの耳には届かなかった。

 ドレル自身も復讐者であるからあまり強くは言えず、彼自身もとにかく今は自分のことに集中することにした。

 ただドレルの目は明らかにその先を見ていたが。

 

「外界宿も組織としては全然意味がなかったけど、一つ面白い話は聞けたよ」

「珍しいフレイムヘイズの事よね?」

「そう、遭遇することすらも珍しいと言われてるフレイムヘイズ」

 

 そのフレイムヘイズに会うことは至極困難だと言われている。

 ``紅世の徒``が近づけば意図も容易く討滅すらもせずに追い払うことが出来る実力者。されど、同じフレイムヘイズですら彼の名が上がることになった大戦以降見ることが出来ず、百年前に手紙が外界宿に届いて以来音信不通。ヨーロッパにいる可能性が高いということのみが分かっている。

 ある意味では幻とも言われてるが、その本人の性格はどうやら風変わりであると言う噂がある。

 曰く、大戦でたくさんの仲間を救うためだけに力を尽くした心優しきフレイムヘイズだとか。

 曰く、教授の被害にあったフレイムヘイズを保護したとか。

 憶測はとどまることは知らないが、この噂だけでも他の復讐一辺倒のフレイムヘイズより期待が持てるとドレルは睨んだ。

 

「アテもなく探すよりは誰かに協力を求めたほうがいい。尤も、その協力者に会えないかもしれないけどね」

「でも、やるのよね?」

「うん、そうしないと彼らは報われないから」

 

 ドレルは彼を探すことへと方針を変える。

 彼──『不朽の逃げ手』と呼ばれるフレイムヘイズを。


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