不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第三話

「いつまでそうやって戦いから逃げ続けるの?」

「いつまでも逃げ続けられるものなら逃げ続けるさ」

 

 ただし逃げているものは、正確には戦いからではなく死からであり、本質的に戦いとは人の死を大量に生み出すものなので結果的に避けているに他ならない。

 人の死なない戦いなら率先して戦う……なんてことは天と地がひっくり返ったとしてもありえないが、ただ、貴重な人生の経験だというなら一度や二度は味わってみるのも悪くないかもしれない、と思うところはある。

 現代に生きていたときはそんな争いなどは無縁だったが、過去に来て以来、争いはとても身近に感じてきた。実際にフレイムヘイズになった今だって、今まで以上に争いに近い場所に身を置いている。だからと言って慣れたなんてことは無く。根では争いが苦手な現代っ子的な感覚は抜け切れていない。

 死んでも『俺』という深層があるという証明のようなもので、言うならば存在証明そのものとも言える。

 

「思ってないけどさ。死にたくないじゃない?」

「うーん、私もできる限りこの世界を堪能したいというのはあるんだけど。別にモウカが死んでも新しい契約者を見つければいいだけだしという感覚だったんだけどね」

 

 息継ぎをするように一瞬間を置いてから、

 

「でも、残念ながら今はそうは思わないんだよね。変わった人間と契約できたし」

 

 カラカラと笑うように言った。

 

「変わってる?」

「とっても。他のフレイムヘイズと会えばすぐに分かるよ。会う前に殺されなければの話だけどね」

 

 フレイムヘイズの生存率は特別低いわけじゃない。それは己が内に巨大な``紅世の王``を持ってるからであり、それは並大抵の``紅世の徒``程度では存在の力の物量自体は到底及ばないからだ。

 俺の力も例に漏れずそうらしいのだが。問題はその力をしっかり使いこなせるか否かであり、存在の力を使いこなせるものは優に千をも越える月日を生きることも可能らしい。長生きすればするほど生存率は上がる。

 逆に、使いこなせないものはあっという間に消えて無くなる。

 存在が無くなるのだ。全ては無かったことになる。

 嫌だ。ある意味死より怖い。存在が無くなるということは、この世界に生きた証が無くなること。

 普通の死を求める俺にとってそれは……普通では無い死を迎えるのと同義だ。死に場所を探しているのではない、単に理不尽や不条理に負けて死ぬのが嫌なのだ。

 

「それなら長生きしようよ。私がしっかり補佐してあげるよ。そして、生きるのに疲れたときに死ねばいいじゃない」

 

 精一杯生きて、老衰で死ぬというのは一種の憧れだ。

 天寿を全うできるのはとてもいいことのように思える。

 

「でも、正確には死ぬのは俺だけだよね?」

「さあ、わかんないよ。私が一緒に死んで上げるかもよ?」

「冗談を言うなって。恋人じゃないんだから」

「もしかしたら恋心を抱くかもしれないよ?」

 

 それこそ冗談を、という話だ。今こうしてウェルと話している間も、彼女は楽しそうに笑いながらしゃべるだけ。そこに真面目さや誠実さは全く感じられず、ただ会話を楽しんでいるだけだった。

 会話を楽しむ……という点に関しては俺も一緒だったりもする。

 過去に遡って以来。奴隷のような待遇に近い肉体労働を強いられていたので、こうやってしゃべるのは楽しい。とても久々の経験だ。

 もっとも、その奴隷のような肉体労働さえも、貴重な体験だったのかな? と今では思っている、思うことができる。それを強いていた人たちはすでに亡き人なのだけれども。

 

 

「そういえば、俺を喰おうとしてた``徒``はどうなったのかな?」

「知らない。別に向こうでの知り合いというわけでもなかったし、勝手に消えればいいよ。関係ないし。どっちにしろあんなに人が消えたら他のフレイムヘイズが黙ってないから大丈夫」

 

 トーチも置かないような``紅世の徒``じゃ長生きはできない。とウェルは呟いた。

 これぞ弱肉強食の世界というべきか。弱きものは消え、強きものは生き残る。しかも、その単位は桁外れであり、強ければ未来永劫──なんてのも夢じゃないのだろうか。

 「長生きなんてするものじゃない」そんな言葉を聞いた事はあるが、なら実際に俺が経験してみて判断してみたいものだ。ちなみに今の俺が出す答えは、長生きできるなんて羨ましいだ。

 

「そんなことより、ほら鍛錬鍛錬!」

「鍛錬のどこが楽しいのだか……」

 

 文句を言いつつも、自らの存在の力を自在に操る鍛錬を始める。文句は言ってるが、実は楽しんでいたりもする。今までは出来なかったような未知の力を操れるのだ。楽しいと思わないはずがない。さらに鍛えて上手くいけば、生き残る確率も上昇するのだ。逃げるためには止めるわけにはいかなかった。

 存在の力を自在に操る事ができれば、身体の強化はおろかありとあらゆる自在法を使えるようになる。現在使えるのは、すでに実戦で実証済みの『嵐の夜』と『色沈み』の二つのみ。

 両方とも攻撃系の自在法ではなく、まさに逃避用の自在法だった。これはウェルの特性の助長もあって可能となる自在法。自在法は基本的に術者の意思を反映し、具現化する力だが、ある程度の``紅世の王``の特性も関係してくる。その点ではどうやら、俺とウェルの相性は絶妙らしい。

 俺が死から逃げる手段になるという意味で。

 

「やっぱり変わってる」

「何が?」

「フレイムヘイズは徒から逃げるための自在法を、わざわざ編んだりしないから」

「やっぱり復讐のため?」

「それも一つ。もう一つは私には無いけど、``紅世の王``は同胞の暴走を止めるための使命とやらをもってフレイムヘイズになるものもいるのよ。つまり……」

「両方共に敵を倒すことを前提としている?」

「そういうこと。それを使命としてやたらに燃えてるのが……有名なのであの堅物だけど。あいつの事語ってもしょうがないかな。こっちにきて幾らかは丸くなってれば良いけど」

「ふーん、ようするにウェルは不真面目ってことでいいのかな?」

「どうしたらそういう見解になるのかな。別にいいけどさ」

 

 そのセリフは暗に認めたという事になるのでは無いだろうか。

 ウェルと他愛のない話をしながらも、存在の力を練る。まだまだ完全に扱い切れはしないけど、日々その成果は出ているように思える。それも全て、邪魔者がいないからだ。

 三ヶ月ほど前まで追いかけられていた``徒``の姿はもう無く、安心して海のそこで練習が出来る。

 

「この間まで追いかけてきたあの徒はなんだったんだろう……」

「……口に出すのも嫌な奴、ということよ」

「意味が分からない」

 

 自在法『色沈み』は、自らの炎の色である海色と一緒の色のところに沈む事ができる。つまるところ、海の中に沈み、身を潜める事ができる。海の中では地上と同じように身動きが出来る便利な自在法なのだが、身を潜めるといっても決して存在の力の発現を阻止できるわけでは無い。

 よって海の中で自在法を使えば気付く輩はいる。だが、わざわざこんな所まで討ちに来るような奇特な奴はそうそういないので、比較的安心して鍛錬できるというものだ。

 安全第一。我が身が一番。保険は大切。

 二重三重の守りを固めて身を固める事に集中する。

 安全な海の中での鍛錬。

 とは言うものの、ずっと海の中で鍛錬というわけにも行かないのが現実である。フレイムヘイズである俺が海の中で行動できるという事は、当然ながら徒だって出来る可能性があるのだ。

 フレイムヘイズに安住の地は無い。といえば嘘になる。別段、徒だってフレイムヘイズと戦いたいわけではなく、自身の欲望を満たす為に人を喰らう。ただ、それを妨害しようとするフレイムヘイズがいるから、あえなく向かい撃つ。

 中には、その同胞殺しを逆に殺してやろう何て考えるようだが、そんな奴は少数に過ぎないらしい。

 人と同じ。人の数だけ考えがあるように徒の数だけ考えがある。たくさんの考えがあれば対立を生み争いが起きる。人の戦争と同じ。

 

「姿形は人とは違うけれど、私たちと貴方たちは非常に似通った存在なのよ」

「中には契約した人と恋仲になってしまった徒だっているし、普通の人間と徒で恋に落ちたのもいる」

「徒と徒同士ってのも、普通にありえるしね」

 

 

 本当に近い存在。ただ規模が違うだけ、存在の在り方が違うだけでほとんど同じような存在。

 なら、逆転の発想もあるのでは無いか。

 

「つまり、その徒と人間から成り立つフレイムヘイズもまた同じような存在だと?」

「全くもってその通り」

「なら、フレイムヘイズの俺が普通に生きるのもおかしくないのか」

「理屈はそうだけど……色々と壁はあるよ」

 

 それはそれで、とある種のやる気が溢れてくる俺はやはり変わり者なのだろうか。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 ここ数年。これといって``徒``との大規模な戦闘は無いが、いくつかの衝突は経験した。だが、どの戦闘でも基本的に逃げに徹する事で大した怪我も無く、無事に生にしがみ付く事ができている。逃げた数は数知れず、海の中で襲ってくるタイプの``紅世の徒``達、``海魔(クラーケン)``に襲われては逃げるを繰り返す。

 逃げてはいるものの活動場所は以前と変わらず、拠点をヨーロッパ内としている。もっと詳しく言うならば神聖ローマ帝国の付近である。

 理由の一つが、ローマ帝国の付近に入れば時代を感じ取れると考えたからだ。本来のフレイムヘイズは時間を気にしないものらしいが、俺はそこら辺を自分の年齢が分かるうちはきっちりかっちりやりたい。

 ローマ帝国付近で戦った徒の内、いくつかは巨大な力を持つ王だったようだが、その王を相手でも逃げ切ることが出来るということは、自在法『嵐の夜』は逃走用としてはかなりの性能を持つのではないかと自負している。

 だが、逃げることが出来た一番の理由は徒が『逃げるフレイムヘイズ』というのを知らなかったのが大きいとウェルは高くなりかけていた俺の鼻を折った。

 未経験。未体験。前例の無い行動を直前にして、最大限で最高の対応を出来るものはそうそういない。

 フレイムヘイズになって数十年。それでもフレイムヘイズとしては赤子同然の俺が、この世界を平然と闊歩しているような王を相手に普通は対抗できるはずも無いということ。まして俺が稀代の自在師ということでもなく、天才的な武を持つ一騎当千でもない。そういった理由(条件)があったからこそ、俺は無事に逃げ切ることが出来たということ。ただそれだけに過ぎないのだ。

 

「結局のところ、自分の力がこの世界でどの程度のものなのかは分からない」

「それこそ徒を相手に戦えば嫌でも分かるよ?」

 

 確かにその通りだが……戦ったら負ける可能性もあるわけで、死ぬ可能性もあるわけで、やはり無理に、無茶に戦う必要は無い。

 さすがに自身の安全が揺らぐような事があれば、戦わざるを得ないかもしれないが。あくまで自衛。謙虚に堅守を貫くべきだ。

 やはり日本人は謙虚につつましく保守的に考えるべきだ。俺ほどの保守的な日本人も珍しいかもしれないが。

 まぁ本当に戦いからは身を遠ざけ、ただ長生きしたいだけなら表で活動することなく隠居生活を楽しめばいいだけの話。

 しかし、そんなの楽しいと言えるのか?

 そんなヒソヒソ隠れて怯えるのが普通といえるか?

 普通に生きるなら自分が生きていることを誇って、胸を張り、堂々と生きるべきじゃないのか?

 つまりそういう事なのだ。心の奥底ではそこはかとなく平和を望んでいるものの、多少のスリル感を味わったり色々な経験をして退屈ではない人生を送りたいのだ。

 矛盾しているような二つの複雑な気持ち、とで言うべきか。

 

「じゃあさ、``徒``と戦うのに別の目的をつけない?」

「というと?」

「``徒``が作る宝具という便利な道具があるのは教えたよね」

「正確には``紅世の徒``と人間が共に望んだときに出来る物体、だっけ?」

「大体そんな感じ。宝具とはまさに神秘の塊。この世界に数多くの宝具があるけれど、その全てを知るものはいないし、全てを活用できるモノもいないんだよ」

「……それで」

「その貴重な物を集めるのはどう? 私個人としてはとても興味があるのだけれど」

 

 神秘な道具、この世界に数多にあるのだからその中には俺にとってもありがたい力を持つものも存在しているかもしれない。そう言われれば、確かに宝具を集める為に``徒``と戦うのは理に適っているように見えるが、その実はそうではない。

 これは俺と同じように宝具を狙う物もいるという事を示しており、俺が仮に``徒``から宝具を手に入れたとしても、逆に狙われる可能性もある。

 新たな戦いの火種となりかねないもの。

 

「それこそ逆のことも考えるべきじゃないかな。その戦いの火種を手に入れる(奪う)ことによって、新たな火種を消すことだってできるかもしれない」

 

 火種は新たな火種を生むだけでなく、より大きな火種を生む前に消せる可能性も秘めている。そうウェルは語ったのだ。

 正論ではある。

 現状では、今のような情勢なら俺はいつまでも逃げ続けることが出来る可能性は高い。その自信も少しずつ出てきている。だが、これから先に大戦が起きてしまったのなら、そうはいかなくなるのは明白。

 もし大きな戦いでフレイムヘイズが負ける事になれば、生きづらくなるだろう。それだけならいい。しかし、予期せぬ自体、この世界そのもの消滅とかに繋がる可能性だってあるのだ。

 ``紅世の徒``の暴挙によってそれが起こり得る可能性があるからこそ、フレイムヘイズは同胞を殺している。

 仮にも世界が消滅したら、生きるどころじゃなくなる。そうなると、自然と大戦にはフレイムヘイズとしては参加せざるを得なくなり、よって死の影が付き纏うようになる。

 俺としてはそれも望んでいない事。

 となれば……

 

「別に今考える必要も無いよね?」

「そうね。時間はたくさんあるのだし、ゆっくりと考えたらいいかも」

 

 保留、という結論を出す。

 何も今すぐ決めるべきことじゃないさ。

 そう軽く考えた。時間はまだまだいくらでもあるんだから、と。

 

 

 

 

 

 

 だがしかし……時代がそうはさせてくれなかったのである。


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