不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第三十四話

 嫌々ながらも移動手段を考える。

 時は未だに十九世紀前半。海を渡る手段と言えば、船が一般的だ。少しの距離なら気球を使って空路もありだったのかもしれないが、どう考えても今に時代の技術が日本まで届くことはないだろう。となると選択肢は船一択となるの。

 海は危険がいっぱいだ。何を常識的なことを言っているだと思われるかもしれないが、想像している以上に危険であるのを理解してほしいところ。

 船の技術は、現代社会に比べれば劣ってしまうのは当たり前なのだが、すでに蒸気機関は完成しているのだ。沈没などの、船の技術そのものによる危険性というのは薄い。

 危ないのは、そう、``紅世の徒``だ。

 海を縄張りとしている総称``海魔(クラーケン)``と呼ばれる``紅世の徒``たちが、海には放たれている。クラーケンは海の怪物という意味合いなので、まさにそのまんま。奴らは人間の乗る船を襲うことを主としている、海賊紛いのような厄介な奴らだ。

 船が沈没しようが、俺は無傷でいられるだろう。何と言っても『水』という性質の濃いことが、海色という炎の色にまで反映されているフレイムヘイズなのだし。過去、数年にも渡って水の中を棲家にしていたことだってある。正直な話、船に乗らずに海の中を歩いて行くなんてのも容易な訳だ。

 『色沈み』を使えば比較的安全に日本に渡ることだって夢じゃない。

 ならば何故そうしないかといえば、理由は一つ。リーズを連れていくことが出来なくなる。俺一人なら、確かに海の中を行進しようが、浮遊の自在法で空を飛ぼうが安全策は幾つも練られる訳だが、リーズがいるとどうしても交通機関に頼らざるを得ない。

 海の中はまだしも、空ならリーズをずっと背負っていくのも出来なくはないのだが、不慣れな空をいきなり荷物を背負ってというのは危なすぎる。リーズの安全、だけなく自分にとっても安全性を求めるならやはり空はないだろう。長距離を移動するのにも向かないしな。

 これで海路で行くのは決定的。

 残すはリーズの問題だ。

 今回、俺が日本に行く理由は謎の失踪をしたフレイムヘイズ──大戦の時にも大変世話になった戦友『極光の射手』カール・ベルワルドの行方と原因を調べるためだ。

 大戦では一番槍として、勇猛果敢に戦い。フレイムヘイズの中でも指折りの一人だ。俺なんて足元にも及ばない強い人、である。

 それほどまでに名を馳せた強い人の行方が知れないということは、ほぼ確実に殺されたと考えるのが普通だ。フレイムヘイズを殺し得る存在は間違いなく``紅世の徒``。人間の可能性もあるが、彼ほどのフレイムヘイズなら手違いがあってもその可能性はゼロだろう。

 残るは必然と``紅世の徒``になる。それも``王``である可能性が極めて高い……というか絶対そうだろう。他に考えられない。

 ドレルにも``紅世の王``で確定だよと意見を申し立てたのだが、彼が言うには、

 

『現在、日の本において強力な``紅世の王``が出現したとの情報は得られていない』

 

 とのことだった。

 ドレルの情報網が、今現在どの程度のものか分からないが、嘘を言っているようには見えなかった。

 ここから分かるのは、如何様なフレイムヘイズを相手にしても隠匿し得る実力を持つ``紅世の徒``がいる可能性と、それ以外の可能性だけ。

 そして、ドレルはそれ以外の可能性が高いだけに、調査をして欲しいとのことだった。これは外界宿からの命令のようなものだった。

 あれ、ドレルは俺に余計なことをしなくていいと言ったじゃないかと俺は彼に異議を唱えたが、これは余計なことじゃない、必要なことだと押しきられてしまった。

 俺がゾフィーさんに究極の二択を突き付けられて、どうしようもなくて困ったから軍師のドレルに解決策を教えてもらおうと思った矢先の裏切り。つまり、俺にとってトドメみたいなもの。

 

(これだからフレイムヘイズは! もうリーズしか信じられない!)

(あれ? 私は?)

(何を言ってるんだ、ウェル。お前が一番信用は出来ないんだぞ?)

 

 信頼関係はあるけどね、と言外にだけ匂わせておく。余計なことを言うと調子づくから暗喩しかしないのさ。

 信用ならない人ばかりで、疑心暗鬼になってしまうのもしょうがないことだ。

 とはいえ、ドレルの言うことだって本当は理解している。

 今回の件で、有名なフレイムヘイズ(誠に遺憾ながら俺のこと)が外界宿の言う通りに動いて、成果を残した暁には、外界宿の有能性というのをこの世界に示すことが出来る。

 ドレルの野望にまた一歩近づき、俺の平和な未来への一歩ともなる。

 だから、日本行きはかなりの危険は孕んでいるとは言え、将来に向けた有効打でもあったわけだ。ハイリスクハイリターン。虎穴に入らずんば虎児を得ず……は、少し違うかもしれないが、虎穴というのは絶妙だな。一騎当千のフレイムヘイズを食う虎なんて相手にしたくないが。

 とりあえず、日本に行って無理そうならでっち上げでもいいから、危険地帯からの早期撤退が俺の生存への道だ。

 そして、ここでリーズの問題が出る。

 十九世紀前半。千八百年代ということは、

 

「日の本って、鎖国してなかったかな」

「さこくってなによ? 食べ物じゃないことだけは分かるけど」

 

 聞いたこともない言葉に頭を傾げるリーズ。

 少し考える素振りをしてもすぐに諦める様子を見て、諦め癖がリーズにつき始めてるんじゃないかと、育ての親(フレイムヘイズとしての)はすごく不安だ。

 全く、誰を手本にして生きてきたんだか。

 

「政策であることまでは察せなくてもいいけど、もうちょっと察せるようになろうな」

 

 鎖国とは日本の江戸幕府が日本人の海外への流出を禁止し、外交や貿易を制限した対外政策の事。外国が日本へ行くには江戸幕府が許可した国からいくしかない。どちらにしろ、海路で行くなら陸繋ぎで中国に行ってから海に出るので、入国制限はあまり気にする必要はない。

 ドレルもこの事については、コネがあったのか問題ないと言っている。むしろ、交通手段までも援助できる、というのを宣伝できるので是非とも利用して欲しいとも言われたぐらいだった。

 安全が確保されているなら海の旅も大歓迎なんだけどね。

 ドレルのおかげで入国自体に問題はない。だが、リーズはここからが問題なのだ。本人が船がダメかも知れないと弱音を吐いていることがじゃない。鎖国という閉ざされた空間においての外国人という存在が問題なのだ。

 俺が欧州にいると容姿に違和感を感じられるように、リーズが日本へと行けば同じようなこと、もしくはそれ以上のことが予想される。

 欧州内では、肌が黄色のは珍しいが、黒い髪はさほど珍しいわけではない。普通にありえる髪の色だが、日本ではリーズのような金色の髪をした人などまずいない。いや、絶対いないかと聞かれても俺には答えられないが、俺が知っている限り金色が地毛の日本人は見たことがない。

 これが国際化された日本なら、リーズの髪の色に多少は興味の対象で見られるかもしれないが、今の日本だとどうなるか分かったものではない。

 物珍しいで済めばいい。目立つだけならまだいい。個人的には良くないけど。

 奇異の目で見られるのは当然として、異国の民と言われ数々の問題が起こるかもしれない。

 俺が知っている江戸時代の日本では、外人と日本人の間で大きな事件が幾つも起きている。それも外交に影響が出るだけでなく、歴史に影響が出るほどの、だ。

 リーズが今の日本に行き、どういう扱いを受け、どういう影響を日本が受けるかだなんて想像つかない。

 ある意味``紅世の徒``よりも危険性が高いかもしれない。

 

「リーズはここに残った方がいいかもし──」

「断るわよ」

 

 俺が言い切る前に、リーズが確固たる意志を含んでいる言葉で俺に迫った。

 リーズの行動に眼を丸くしていると、リーズが言葉を続けた。

 

「絶対に連れて行ってもらうわよ」

 

 リーズは離さないとばかりに俺の手を握る。

 

(ありゃりゃ、モウカもずいぶん好かれたもんだね)

(茶化すな)

 

 愛着、みたいなもんなんだろうな。

 百年間以上も一緒というのは、半永久的に生きることが出来るフレイムヘイズとはいえども、十分に長い期間だ。

 愛着の一つや二つ湧いてもおかしくはない。

 俺は頭を掻きながら、

 

「……うん、よし、分かったよ」

 

 リーズを連れて行くことにする。

 まあ、足手纏いになるようなら、愛着だとか今までの思い出だとか関係なしに容赦なく置き去りにするけどね。生きるためにはどんな非常な選択だってするさ。

 だが、元より俺にとってリーズは戦力として必要なのだ。今回はもしかしたら回避の出来ない争いが起こるかもしれない。俺はなんとしても回避しようと行動をするが、任務が任務だけにそうはいかない。

 ……最悪は途中で任務を投げ出すということまで考えてあるので、万が一にはならないようにはするが。

 戦闘になる恐れを考えれば、やはりリーズの存在は欠かせない。俺の盾にも矛にもなる貴重な存在だ。決して捨て駒じゃないよ?

 本人も断固として着いて行きたいようだし、ここは彼女の意思を通してもいいだろう。

 そうなると、現地での対応を考えなくてはいけない。

 髪の色を誤魔化す自在法でもあればいいのだが、そんな需要のないような自在法はないだろうな。あとは姿そのものを誤魔化す自在法か。幻術を得意とするドレルの自在法にはその手のものがありそうだが、日本にいる間ずっと保持は不可能だろう。となれば、帽子を被ったりして隠すしか、そもそも人目につかないように行動するか。

 カツラでは今の技術じゃ完全に隠蔽は無理か。上から被せる程度のものだろう。髪の色を染めるのは、こっちのほうがカツラより完成度が低いかな。

 

「あー、そうか。隠すなら瞳の色もか」

「モウカの言う通りに、黒黒な人ばかりだったら、リーズの青い瞳も目立っちゃうね」

「目立っちゃ駄目なの? ……って、聞くまでもなかったわね。貴方は目立つの嫌いだったわね」

「あってるけど違うぞ」

 

 会話が一応成り立っているので、訂正は面倒なのでしないでおく。リーズに一から理由を説明してたら日が暮れてしまう。

 瞳の色を誤魔化す方法なんて、自在法かカラーコンタクトしか思いつかないよ。サングラスはまだないし、かけてたらかけてたで目立つし。

 俺の頭では八方塞がりだ。

 こうなったら諦めてお忍びの旅をするしかないようだ。闇に紛れ、人の目を欺く、隠密の旅。なんだか忍者みたい。久々に新しい経験出来そうだな。

 あんまり楽しみじゃないけど。そんな無謀な事はしたくなかったけど。

 しょうがないなとボソリと呟いてから、リーズに真剣な表情を向ける。

 

「大変な旅になるけど、それでも?」

「行くわよ。どこにだって、どこまでだって」

「ふむ、今更だな」

「そうそう、いまさらいまさらー」

 

 とは言うものの、すぐに出発できるというわけではない。

 船の準備などの手続きや、そもそもその船の出航する港までいかないといけないし、海に出た後の対策だってまだ決まっていないのだ。やるべき事が多々あって、それら全てが完了してようやく日本へと旅立つことが出来る。

 今までのお気楽な旅ではなく、今回は正式な外界宿からの任務、依頼だ。言うなれば、確たる使命を持って、目的と目標を持った旅だ。

 手続き自体はドレルに任せて、俺は海上での``紅世の徒``の対策を考える。

 無論、撃退ではなく逃げることを前提に考えた対策だ。

 一に遭遇しないように工夫し、二に出会っても逃げられるように作戦を練り、三に最悪のケースにおける対策を考えておく。

 遭遇しないようにするには存在の存在そのものの秘匿が最も適切だろう。船自体が奴らにバレなければ襲われることは絶対にない。だが、俺にはそのような自在法はない。『青い世界』と『色沈み』の連続技を使えば隠匿率は高いのだが、実物を消す訳ではないので視認されれば関係ない。なおかつ船は一応人間の物。自在法に巻き込んでいい通りはない。巻き込むのは自分のみが本当に危なくなった時の最終手段だ。

 ドレルから、船の責任者の中にフレイムヘイズ側の人間も仕込んでおくので、ある程度は許容できるという話は聞いている。となれば、俺が敵の位置を知らせて、予め迂回するというのは無難なところだろう。

 燃料や海流の問題もあるので絶対に迂回できるとは限らないし、向こうが本気で襲ってくれば回避は不可能。

 そうなれば逃げるための手段に出るしか無い。

 船を巻き込むわけにはいかないので『嵐の夜』の複数発生型で、対応するしか無いだろう。この場合は、``紅世の徒``だけに被害を被るような精密なコントロールを必要とするが、自信があるから大丈夫だろう。

 海上じゃなければ、リーズに打って出てもらうのが一番の安全策なのかもしれなかったが、出来無いものはしょうがない。

 そして、最悪のケース。『嵐の夜』で防ぎきれなかった場合は……何もかも捨てて、単身逃走。

 これしかないね。

 これなら絶対の自信を持って言える。逃げ切れると。

 リーズは余裕があれば回収する。

 たぶん、こんな状況にまで追い込まれるようなことがあれば、リーズの生死は分からないと思うが。

 しょうがないんだよ。生きるためには多少は意地汚くならないと駄目なんだ。そうしないと、この不条理な世界では、あまりにも死は近すぎるのだから。

 無論、日本についても厄介事が起きそうなら、率先してリーズに押し付けるよ。

 今回の旅は、それほど切羽詰っているし、危険なんだと俺は思っている。

 なんで、わざわざ強敵がいる場所へと突っ込まなくちゃいけないんだか……

 ため息ばかりしてしまう。

 

「何も起きなければいいけど」

 

 俺の言葉にこの場にいる全員が頷いた。

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

「最近おっかねえだよ」

「んだ、どうしたんだ?」

「いんやさ、偶然耳にしたんだけんども、人を斬っては捨てる鎧武者がいるという話があったんだ」

「侍様かね?」

「違う違う。なんでも、今の将軍様の繁栄を恨んで現れた織田信長の怨念だとか言うんださ」

「ほほお、怖かね、怖かね。それよか、俺んの娘のちかちゃんが可愛かねー」

 

 畑の耕す作業の休憩中に世間話に花を咲かす二人の影で、スカーフのような物を付けた老境の男が盗み聞きをしていた。

 所々に出てくる名刺の将軍や鎧武者という言葉には首を傾げつつも、人を斬るという鎧武者の話に必要以上の興味を示していた。

 

(軍師殿の命令が来たと思ったらこんな極東にまで飛ばされるとは。いや、それでも軍師殿直々の命令。ようやく回ってきたこのワタクシどものチャンス)

 

 逃すわけにはいかないと胸中で決死の思いを込めて呟く。

 『三柱臣(トリニティ)』の一角であり、彼らのような役割の直属の上司からの命令で、彼はこの地へとやってきた。わざわざ、その軍師が気にしなくてはならないほどの事件がこの辺境の地で起ころうとしている。

 命令を受けた男は正しくその意味を理解し、そしてその危険性をも理解していた。

 それ故に、慎重に慎重を重ね、いつも以上の警戒を持って、その五体にまでなる自分自身を利用し尽くして情報を得ようとしていた。

 

(それにしても、何が起きるというのですかね)

 

 彼は知らない。

 後に起きるであろう``紅世の徒``とフレイムヘイズの双方を巻き込むことになる、嵐が起きることを。何も、まだ……


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