不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第四十一話

 この欧州の地から、古き故郷日本へと不本意ながらも赴き。その赴いた地で、史上最悪の危機と、不幸に巡り合ったものの、生には見事にしがみつことに成功する。

 帰りの船がないと聞かされ、ドレルに一言物申そうと、再び欧州の地へ返り咲くために中国はシルクロードの道を辿った。その道中に数百年振りに、本来では決して手を取り合うことの出来ぬ``紅世の徒``の友人と再会した。

 そこで教わったのが封絶だった。

 封絶への対策に頭を悩ませながらも、真っ直ぐにドレルの居る外界宿へと歩み、数ヶ月というのんびりした旅をした。

 そうして帰ってきた西の地、西欧に。

 長かった。帰ってくるまで本当に長かった。

 俺のここまでの旅は涙無くしては語ることは出来ないし、ウェルの笑い声無くしては語れないだろう。

 山越え、谷超え、海渡り、死地を跨ぎ、生死を彷徨った。

 生死を彷徨ったのは、ちょっと過剰描写な気がするけど、いいんだ。これぐらいの脚色をしてなにか問題があろうか。いや、ない。少なくとも、あの地へと強制的に向かわせたドレルには文句を言わす権利はない。

 ドレルは黙って俺の話(愚痴)と文句を聞いて、それ相応の物を対価として寄越すべきだ。食べ物ならよし。金貨でも喜んで。

 と、古汚い机の上に幾つもの書類を載せているドレルの執務室で、本当にそう言った。そうしたら報酬として、しばらく野盗紛いの事をしなくて済むようにと、金銭の援助と食糧の補助をしてもらうことになった。

 要望が素直に通って拍子抜けしたのだが、ドレルが言うには最初からそうする予定だったとのこと。

 それはつまり、俺が帰ってきたら報酬を渡す予定だったのか?

 疑問を口には出さなかったのだが、俺の表情から察したのか、ドレルは理由について簡単に教えてくれた。

 

「外界宿はフレイムヘイズのための組織。金銭面の援助や、その他の支援などをする予定だったのは君も知っての通りだろう。これもそれの延長線上のことだと考えてくれ」

 

 報酬を貰ってしまっては、文句も言いづらくなってしまう。けれど、報酬を貰わずに文句を言ってずらかるのも、どうかと思うし、ならばと素直にその報酬を頂いたのだが、非常に文句の言いづらい状況になってしまった。

 いやね。どうしても文句が言いたいかといえば、対価が貰えたんだから別にいいか、なんて気持ちもあるんだ。我ながら安いとは思うが、目に見える得があれば拾ってしまうものだろう。

 それに、

 

「こちらに不手際があってすまない……」

 

 心のこもった謝罪の言葉を聞いてしまっては、文句など言えないじゃないか。

 そういった行為をされてまで糾弾できるほどの地位や勇気を持っていないし。何よりも、結果的には命を失ったわけじゃないからね。

 俺もかなりおかしな部類に入るとはいえ、フレイムヘイズの一員。自分の行く先々に危険が待ち受けていることこそ常であり、覚悟だってある。直視したくない現実ではあるんだが、さすがにこの俺とて現実からは逃げることはできない。せいぜい目を逸らせるだけ。

 目を逸らせば一時的に平穏は保てるかもしれないが、その後に待っているのは生との永遠の別れ。本当に生き残りたければ、確りと現実を見て『逃亡』を達成するしかない。

 故に俺は目の前の現実とは毎日戦っている。

 

(という風に言うと、逃げてるだけなのにカッコよく聞こえるから不思議だね)

 

 ドレルの封絶拡大化の詳細を語ってくれているのだが、俺は封絶の対抗策をリャナンシーの先駆けのおかげで生み出している。なので、あまり話に興味がなく、ドレルの話を話半分にウェルに話しかけてみる。正直な話、そういう込み入った話は俺ではなく、副官とかにしてくれと思う。俺はなるべく関わりたくないのだし。

 リーズは久しぶりのこの外界宿に、どうやら気に入った場所があるようで、俺のことを置いてすたこらと行ってしまった。

 ドレルが言うにはここが欧州最大の外界宿──にしたらしく、規模はなかなか大きいので雰囲気のいい場所の一つや二つはあるのかもしれない。

 

(私には必死に『逃げる』行為をカッコよく装飾しているようにしか見えないよ)

 

 語尾には人を馬鹿にしているような笑い声と共に、ウェルは軽やかな声で言った。最後には、だけどそこがモウカらしくて実にいいよ、最高だよ! と褒められてるのかどうか判断しにくい言葉を残して。

 いや、ウェルが発声源なんだから、この場合は前提材料を考慮せずに、俺をからかっていると判断するのが妥当なところか。

 経験を元に、ウェルの言葉の意味を紐解いていると、

 

「だが! 予期せぬことが起きた」

 

 ドレルが急に声を荒らげて、強引に自身に注目を集めようとした。

 俺とウェルはいきなりのことで、訳が分からず『は?』と気の抜けた声を出してしまう。

 その言葉が引き金となり、俺とウェルが話を聞いていない証明となった結果、ドレルの契約した``虚の色森``ハルファスが耳に触るような高い声で、怒りを顕わにする。

 

「もーっ、なんなのこの二人! 全然ドレルの話を聞いてないじゃない!」

 

 その言葉は否定できなかったが、興味のない話を延々と聞かされるのは、こちらとて遠慮したいところだった。報酬を得た今、他にやりたいことは特にはないけれど、長旅から帰ってきた後なので少し落ち着きたいところだ。

 だというのに、ドレルときたらずっと話ばかり。世界情勢の大切さ、情報の大切さは身に染みてはいるけれど、今は急を要する時じゃない。そんなのは暇な時間な時にでもやればいいんだ。

 ……今が暇な時間と聞かれればそうかも知れないけど、とりあえず気分ではないので後に回して欲しい。

 俺は言葉には出さずとも、顔にそれらの思いを浮かべていた。所謂、不満そうな顔。

 

「ハルファス落ち着いてくれ。すまなかった。そちらも旅の後だというのに、こんな長話を。ただ、早急に小耳に挟んで欲しいことがあって、このような話をしてることは理解して欲しい」

 

 極めて真面目な表情でドレルはこちらを見た。

 早急に、なんて言うぐらいだから想定外の問題が起きたのは間違いないことだろう。

 それを俺に話すということは……え、まさかとは思うが、また俺が何かしなくちゃいけなかったり、問題解決に俺を当てるなんて事はないよね。

 そんなことなら俺は逃げるよ? この場から全力で。

 

「早急に、ね」

 

 それでも、話だけは聞いとくべきだ。

 もしかしたら、重要な情報がそこにはあるかもしれないし。問題というからには、問題となっている場所もあるはずだ。逃げるにしてもその場所を聞いて、避けやすくしてからでも遅くはあるまい。

 早計は死を早めることに繋がりかねないからね。

 

「封絶のフレイムヘイズへの使用推奨の件に関しては、先ほどまで話した通りだが」

 

 俺たちはあまり聞いていなかったわけだが。

 彼の契約した``紅世の王``にまた怒られかねないから、俺は横槍の言葉は口にしない。

 今も『聞いてなかったくせに』『ドレルのこと無視してたくせに』と恨みがましく言っているし、これ以上の刺激はよくないのだけど、こういった状況を彼女が見逃すはずが、

 

「私たちは聞いてなかったけどね」

「クーッ! ドレル!!」

 

 ないよね。

 絶好のからかう相手が目の前に転がっているのに、時と場合と人(?)を選ばないウェルが我慢できるはずがなかった。

 あーあ面倒くさい、と俺は思わず頭を抱える。

 これでは一向に話が進まないので、お互いに苦労しているなと顔を見合わえてから、俺はウェルに黙っているように言い、ドレルはもう一度ハルファスに落ち着けとなだめた。

 場に静寂が戻って、ドレルが咳払いをして話を再開する。

 

「幾つか問題がある。一つは君にも協力をしてほしいところなんだが……そう嫌そうな顔をしないでくれ」

 

 協力の文字を聞かされて瞬時に嫌な顔を浮かべてしまったようだ。

 それもしょうがないだろう。というか、そもそもの要因は目の前の人物のせいだ。俺は何もしなくてもいいはずだったのに、日本へと半強制的に飛ばされて……

 駄目だ。また話が戻ってしまう。

 ウェルに我慢しろといっておいて、俺が出来なかったら支離滅裂だ。ここは顔に出しても、言葉にはせずにドレルに先を促す。

 

「``海魔(クラーケン)``と言えば、君なら理解してくれるかな」

「……まあ、ね」

 

 俺が日本へ、しいては海を渡ることへ渋った理由の一つである``海魔(クラーケン)``の存在。

 海を縄張りとする``紅世の徒``の通称であることは、いいとして彼奴らは人間の船を襲う。時には形振り構わずフレイムヘイズがいても襲ってくるが、彼らも馬鹿じゃないのでフレイムヘイズが船に乗っていれば大体は見過ごすらしい。最近知った常識である。

 俺はてっきり、水の中に住んでた時の常識から、襲ってくるもんだと思っていたのだが、そうではなかった。中途半端に知ってたので、正しい情報を知ることが遅れてしまった。反省せねば。

 どおりで日本の往復の経路では遭わなかったはずだよね。

 フレイムヘイズが居れば、あまり襲われず、居なければかなりの確率で人間の船が襲われるという事態を無視するには、やや多きすぎる問題だとドレルは言うのだ。

 そこで、近年囁かれているのは彼らの殲滅戦をしようとの話。

 その話を俺に振るのは納得の出来ることだ。

 俺の力と特性を生かせば、海上戦はほぼ制することができるだろう。イレギュラーが起きない限りは。

 それに、この話も悪い話じゃない。

 俺自身も海の上を自由に行き来出来るようになるなら、行動の範囲は自然と増えるし、海上戦自体も俺はただ自在法を使って安全圏にいればいいだけ。殲滅戦と称するなら、それなりのフレイムヘイズたちも集うだろうから安心と言えば安心かもしれない。

 それでも俺は保守的な考えの元にドレルには、考えとくとだけ返事をしておく。

 俺の返事に頷くと、次が本命なのだがと前置きをしてから、眉毛を八の字にし不機嫌そうに言う。

 

「予期せぬ事態。口に出すのも腹立たしい出来事が起きそうになっている」

「腹立たしい出来事?」

「そう。遠からず、いや、近い内に起きると私は見ている」

「もーっ! なんで皆してドレルの邪魔をするのかしらね」

「しょうがないことだよ。それにこれは、封絶の拡大にも決して無視できない出来事だしね。予期せぬ事態とは──」

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 大航海時代は、だいたいルネサンスと同時期に起きた世界の大変動の一つだ。

 俺がこの世界へと逆行した十五世紀も、その大変動のまっ最中ではあったのだが、俺は当時から生きるためだけに必死であり、今以上に余裕もない頃だったので、周りを見ている余裕もなく、特にこれといって歴史を垣間見る機会もなかった。

 ルネサンスは一言で言えば宗教革命であり、大航海時代を一言で言えば新大陸の発見だ。そう、かのコロンブスが発見したというアメリカ大陸の発見はこの頃の出来事だ。コロンブスと言えば、コロンブスの卵の話でも有名だろう。

 彼は元々はインドへの別ルートの発見のために航海に出ていたのだが、その折に偶然にも新大陸を発見しまった。その為に原住民は、初期はインドだと思っていたコロンブスたちがインドにあやかってインディアンと名付けられた。

 原住民からすれば、その名も不名誉であるし、新大陸などと言われるのも侮辱に値することだろう。原住民が怒らないはずもない。そして当然、そんな原住民の中にもフレイムヘイズは居た。

 古くは``紅世の徒``を神と敬い、神(``紅世の王``)と契約して神の使いと自らを名乗り、大地の子を守ってきたと自負する強大な力を持つフレイムヘイズだ。

 彼らが自分たちが守ってきた子らを侮辱されて、怒りを顕わにしないはずがないのだ。

 だが、人の世の流れに関与することはフレイムヘイズとしては、禁忌に当たること。

 フレイムヘイズは``紅世の王``と契約したことで、人間を超越する異能者であるのだが、契約の際に人間の世の理から外れることを条件の一つとしている。契約者は己が一生の全て``紅世の王``に与え、捨て去る。つまり、人間社会との完全な死別と同義なのである。

 それに例外など無く、例外など許されない。

 俺の知らないほどの過去は分からないが、少なくとも今は禁止されている。

 よって彼ら、アメリカに古くからいるフレイムヘイズは、我が子のために人間社会へと牙を向くことを許されず、他のフレイムヘイズたちの懸命な説得により、彼ら不承不承ながらも牙を削いで解決した……はずだった。

 ドレルが言うには今は一発触発の危険な状態だというのだ。

 一体何がきっかけで、沈静化していたことがぶり返したのか。

 

「一人の人間の懇願、とでも言うべきなのか。詳しくは、まだ把握していない」

「人間が助けてくれ! って、命を捧げたらしいわよ」

「命を……ねぇ」

 

 考えさせられる出来事だ。

 アメリカで起きたインディアンとの諍いは現代では、白人と黒人の差別という形に変わって、未来でも社会問題でもなっていた出来事。

 未来でこそ、そう言った問題はデモなんていう形で比較的平和的な抗議になるのだが、いまはそうはならない。もっと直接的に、暴力的に解決しようとしかねない。

 そして、その先導に立ちかねないのが、彼ら神とまで呼ばれたフレイムヘイズたち。

 俺は彼らの心情など知ったこっちゃない。

 だが、彼らが人間との戦いに出て、アメリカ合衆国を潰す行動に出るならば、同じフレイムヘイズが止めなくてはならない。

 その様子を第三者から見れば、ただの身内同士のいざこざ。

 全くもって馬鹿馬鹿しいこと。

 世間一般的には身内の恥さらしとも言うべきこと。

 俺はドレルの言葉を聞いて、やれやれと言った感じに呟く。

 

「ああ、これだからフレイムヘイズってやつは……」

 

 嫌なんだよ。

 無論、俺のこの言葉の後にはウェルの口から『モウカもその一員でしょうが』との正論が飛び出すことになった。


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