「よ、久しぶりだな。何年ぶりだっけか?」
張りのある声。可愛いなんて形容詞が全く似合わないが、カッコイイとは思われそうな芯の通った声。女らしさはその口調、声質からは感じられにくく、声だけを聞けば同性としゃべっているような感覚に陥る。
その実、目を開ければ十分に美しいという形容詞が付けれるだけの美人であるのだが、尖すぎる目とドスの効いている雰囲気がその美しさに近寄り難くしている。もう少しお淑やかに、せめて口調だけでも可愛くすればモテそうなんだが、俺はその言葉を一生言うことは出来ないだろう。
彼女のお怒りに触れれば、俺なんてちっぽけな存在は線香花火のように儚く消えて行ってしまう。
彼女、レベッカ・リードとはつまり、俺にとっては中々に付き合いづらい人種ではある。だが、それを抜きにして見れば、男らしいさっぱりした性格を持つ彼女とは意外と良好な関係は持てそうではある。俺の甘い算段かもしれないが。
「いや、違うんじゃないかな。数十年振りだと思うなあ」
のんびり間延びした男の声が、レベッカの金色のブレスレット──神器『クルワッハ』より聞こえる。
レベッカとはまるで対照的な雰囲気を感じさせる言動であるが、どことなく感じさせる適当さ加減はレベッカと同じ匂いがする。雰囲気こそ正反対なのかもしれないが、中身は意外と同じ穴の狢なのかもしれない。
「違う、数百年ぶりだ」
「相変わらず適当なんだねー」
この大雑把さこそ『輝爍の撒き手』レベッカ・リードとその契約した王``糜砕の裂眥(びさいのれっせい)``バラルの在り方だった。
百年単位で会っていなのに数年振りなんて聞かれたら、普通なら記憶障害なのじゃないかと疑ってしまうところだが、時間の概念に囚われないフレイムヘイズのため、覚えてないのは仕方のないことかもしれない。俺は覚えていたんだけどな。
俺がレベッカに会うたびに思うのは、彼女の服装の中での一番のオシャレがその神器である金色のブレストではないかというもの。レベッカの服装が決して貧相なものではなく、装飾されていない動きやすさ重視のシンプルなものであるだけなのだが、その服装に金のブレスレットは結構目立っていた。
俺の地味な神器とは大違いだ。
あまり目立ちたくない俺にとってはそれがお似合いなんだろうけど。
「細かいことは気にすんなって」
レベッカは小気味良い笑いで返した。
言うほど気にしていない。彼女たちの大雑把さを再認識だけだし、むしろ俺たちの事を覚えていたことのほうが驚きに値する。
自分で言うのも何だが、俺は人の記憶には残りづらい類の人格や雰囲気、容姿を持っていると思う。欧州では珍しい黄色人種で黒髪は少し印象深いかもしれないが、それだって希薄な存在感しか出していないので記憶には残りにくいだろうに。
(それにだ。レベッカに名前を覚えられるのって良い事に入る部類なのか?)
(目を付けられてるって考えると、良い事には見えないよね)
良い事には見えないと言いつつも喜色を隠そうともしないウェルは、やはり何かのトラブルに巻き込まれることを期待しているのだろう。
ウェルはこう言うものの、単純に名前を覚えられただけの可能性も否定できない。こんな大雑把な性格をしているレベッカだが、以外にも交友関係が広い。名前を覚えることが友達の第一歩と言うのなら、名前を覚えられることは良い事に入るのではないだろうか。
友達になった結果、面倒事に付き合わされるようになれば、良いことではなくなってしまうが、そんなふうに考えてしまうと友好関係が誰とも結べなくなってしまいかねない。
ドレルを友人の位置づけになったのは少々失敗だったが、俺には頼れるともリャナンシーだっている。きっとレベッカとお友達になることも悪いことじゃない……はずだ。
一番の友が``紅世の徒``と言い切ってしまうフレイムヘイズは俺ぐらいなものだろう。
「ところで、その隣のお嬢ちゃんをオレに紹介してくれよ」
「そういえば名前も聞いてなかったねえ」
レベッカの一人称である『オレ』もまた彼女が男らしく見える要因なんだろうなと思いつつも、彼女の言葉に促されてリーズの紹介をする。
俺がレベッカと初めてあった時はまだ大戦後間もない頃で、リーズとは出会う前だった。それ以降もお互いに欧州を拠点としているからか、外界宿で何度か世間話程度なら交わしていたがリーズとのご対面は初だ。
レベッカにはリーズのことを話の種にもしたことがあったので、リーズが自己紹介を済ますと『そうか! お前が噂のフレイムヘイズだな!』と一人大きく頭を上下に振って納得した表情をした。
噂といっても、俺がレベッカにしたリーズの事は大して話していないはずなのだが、連れがいるフレイムヘイズが珍しいのでよく覚えていたらしい。俺の名前を覚えていたのもそれが原因なのだろうか。
俺とリーズのペアは一匹狼体質のフレイムヘイズにしては確かに物珍しいものなのかもしれないな。
「『オレ』──女性らしさ──ない……これなら問題ないわね」
「うん? 何が問題ないんだ?」
「いえ、別に。一緒に戦う仲間として問題ないと言っただけ」
旅の仲間としては彼女は目立ちすぎてしまうが、戦う仲間としてはリーズの言うとおりレベッカは文句なしに問題はない。彼女以上を望もうとすれば、それこそ俺の窮地の知り合いで言えばサバリッシュさんやヴィルヘルミナさん、あとはかの最古のフレイムヘイズを頼る他になくなってしまう。
レベッカを強さの基準で言えば、現在のフレイムヘイズの中で間違いなくトップクラス。それも限りなくトップに近いかなりの上位の強さを持つ人だ。俺とは両天秤になる。
俺は一体レベッカのことを思考し始めて、何回自分がめっちゃ弱いって再認識しているんだろうと、ふと疑問に思ったが深く考えるのはこれ以上はよしておこう。自虐にしかならなさそうだし。
「何? あんたはオレの実力に疑問を持ってた口か?」
リーズの言葉を悪い風に解釈、というよりは喧嘩腰に解釈し始めたレベッカ。
口調の悪さといい、少々短気なところも前に会った時から全く変わっていない。成長してないな。精神的に。
これがなければもうちょい付き合いやすい性格なのに。
俺は苦笑をしてから、今にも拳を奮って実力を示しそうなレベッカを止めに入る。
「レベッカは、名前は強いって有名だけど実際には会ったことない奴の力は信じられる?」
「絶対無理だね。自分の目で確かめてからじゃないとな」
「信じられるのは自分で確かめた情報だけだよなあ」
「リーズが言いたいのもそういうことさ」
「ならここで実力を示せばいいんだな」
喧嘩っ早いよ。もう少し落ち着いてくれよ。
そう強気に突っ込みをレベッカに言うこともかなわず、俺は内心ビクビクしながらもまあまあと声をかけて落ち着かせる。どうどうと言ってしまえば『馬か!』の言葉と同時に爆発を食らっているだろう。言葉は慎重に選ばなければならない。下手な言葉は相手の導火線に火を点けることになりかねない。
個人的にはレベッカに暴れ馬のイメージは結構しっくり来るとは思うんだけどね。
「ここで無駄な力を使うのはよしてくれ。戦場で是非ともその力を発揮してくれよ」
俺のためにも、とは言葉には出さない。
レベッカの戦い方は炸裂にして強烈。爆弾魔呼ばわりされる所以は、火力が命と言わんばかりの爆発。あるいは爆撃にある。
その戦い方は見た目も騒がしくも華やかで、戦ってる最中までそんなに目立たなくてもいいだろうよと思うほどに目立ってしまう戦い方。
普段の俺なら絶対にペアを組みたくない、近づくのすら嫌な戦い方なのだが、今回に限って言えばおれはそれに期待している。
自分が目立つことを期待している。
「言われるまでもないね。任せな!」
白い歯を見せて自信満々にそう言い切るレベッカ。
ホント、頼りにしているよ。俺の未来のためにもね。
◆ ◆ ◆
ハワイまでの道のりは船で行くことになる。さすがのレベッカでもフレイムヘイズとしての常識は知っているため、飛んでいくなどという暴言が出ることはなかった。その代わり、頻りに船での移動を面倒くさいと文句を垂らす。
船での移動は、行動をかなり制限されるため、レベッカにとっては苦痛なのだろう。二十世紀初頭の現在でも未来の豪華客船ほどではないが、客の暇を潰すことを考えた船は存在するのだが、これは今も未来も変わらずお金がかかる。
今回の旅路は、外界宿からの要請だけあって経費はすべて向こう持ち。さらに統制下を図るためにも移動のほとんども全てが外界宿が担当している。今乗っているこの船も、勿論外界宿から出したものだ。旅費はかからず、食費もかからないが、その代わりにレベッカの言うとおりそこそこ束縛されてしまっている。
早い移動を目的とされたこの船は客船と言うには遠く、貨物船に近い物である。
文句を言うなら外界宿、ひいては交通などを管理しているピエトロに直接言うんだなと言って、レベッカを落ち着かせた。その鬱憤を含めて、是非ともハワイでの戦いで発散して欲しいところだ。
最近の話題になっているのだが、移動手段が実はもう一つ生まれつつあったりする。
飛行機。かの有名なライト兄弟である。
飛行機を誰が最初に発案して設計図を書いたかは色々と諸説あるところだが、俺が飛行機のことを初めて知った時の記事では、ライト兄弟の文字が書いてあった。もうそんな時期かと少し感慨深くもなった記事だ。
鳥のように自由に空を飛びたいと願う人は多く、それがもうすぐ叶うといったような記事だった。
ピエトロなんかも新しい交通手段として飛行機の可能性を信じているようだ。ドレルから聞いた話が、飛行機事業にお金を投資する話もあるという。
近い未来、飛行機が乗り放題になる可能性があると思ったら、自由に空を飛べる俺でも割と胸がドキドキする。死ぬ前、小市民の一人でしか無かった俺にとって飛行機とは結構高価な乗り物だったからね。
今乗っている船のほうが疎遠な乗り物だったけど。
物思いにふけながら船の甲板に立っていたら、船内の冒険からリーズが帰ってきた。
「普通の人間が多いわね。少し驚いたわ」
「一応、全員が外界宿の関係者だけどね」
昔は暇なフレイムヘイズだけが務めていた外界宿だったが、ドレルやピエトロらの努力の結果、組織化されるまでに至った現在では、構成員の大部分を占めているのがフレイムヘイズではないただの人間である。
組織化するにあたって、協力してくれるフレイムヘイズが少なかったのも人間を構成員に入れた理由の一つだが、フレイムヘイズの絶対数だって決して多くはない。組織の効率化を考える上では、人間の協力は不可欠であった。もちろん、ただの数合わせという訳でもない。
フレイムヘイズはすでに逸脱してしまった者だ。異端者であるし、時の流れから置いていかれ、世界の仕組みから外れた者。だのに、世界の情勢や人間の常識が無ければ俺たちはあまりにも人間社会で目立ってしまう。人間社会の情報がなければふとした拍子に``この世の本当のこと``を露見してしまうかもしれない。
そういった情報を手に入れるにも人間の協力は不可欠であり、これらの事を含め、外界宿では人間の構成員化を積極的に進めたのだ。
とは言っても、人間の構成員の多くが何らかの形で``この世の本当のこと``の事を知ってしまい、それらの隠蔽のためといった薄暗い事情もあったりもする。さらには、そんな``紅世の徒``に怒りを覚えた人間が``紅世の王``と契約してフレイムヘイズとなる、フレイムヘイズ候補だったりもする。
俺の言葉にリーズはううんと首を横に振ってから言う。
「そうじゃない。殲滅戦と言いながら、この船に乗っているフレイムヘイズの数が少ないから言ってるの」
「うむ。軽く数えたが、十は超えてないな」
「そんなもんじゃないか?」
「私は思ったより多いと思ったよ?」
俺とウェルの言葉に目を丸くさせて驚く。
フレイムヘイズの絶対数はほんとうに少ないのだ。いくら外界宿が殲滅戦をすると宣言し、参加者を募った所で集める数は限られている。
「今いるのが全員じゃないよ。ハワイに行くのはほぼ全員揃ってるけど」
「だからってたった十人程度のためだけに船を出すの?」
「うーん。そこら辺の経費関係はわからないけど、たった一人で数百人分の戦果を出してくれる人がいるからな」
レベッカ・リード。おそらく今作戦の最大戦力だろう。
彼女一人いれば、そこらの有象無象のフレイムヘイズを百人連れて行くよりよっぽどいい。彼女は``紅世の徒``さえ倒せればそれだけで十分に機嫌も取れることだしね。
ハワイに行く際には、一度アメリカ大陸で降りて乗り継ぎをする。アメリカ大陸と言えば、大地の四神が外界宿管理をしている。彼らが直接参戦してくれれば、それこそこれ以上の人員の補強なんていらなくなるのに、彼らはすでに関わることをやめてしまったから、参戦は絶対に無理だろう。
となればやはりレベッカが今回の作戦の一番の強者になる。レベッカとのタッグが決まっている俺は今作戦で一番の安全区域になることだろう。
殲滅戦はかなりの広範囲で行われる。予定地は太平洋や大西洋と大きく括って二方面に分かれ、そこから各地域ごとに分散される。その地域の一つが、俺とレベッカの向かっているハワイであり、一番``紅世の徒``の犯行が大きくなると予定されている激戦区だ。
常の俺なら、死の匂いが強すぎる戦場で、絶対に行きたくないと泣き叫ぶところだが、レベッカがいるだけでこの安心感。敵が強くないのも知っているため、そこまでの危機感は抱いていない。
「VIP待遇ってやつじゃないかな」
「貴方よりもすごいってこと?」
「当たり前だよ。当たり前。俺は底辺だしね」
リーズは俺の言葉を首を傾げながら、どこか納得しなさそうな表情した。
俺とリーズだって戦闘力で考えれば、リーズのほうが圧倒的に上だ。
レベッカと俺を比べれば俺は霞むなんてレベルではなくもはや見ることはできない、ミジンコ以下のような存在になってしまう。
「まあいいわ。貴方が自分をどう思っていようが。それよりハワイに行くのがほぼ全員ってどういうことなの?」
「あれ、説明してなかったっけ?」
「ふむ、聞いておらんな」
「言ってないよ」
「言ってないわ」
「……そっか」
皆に頭ごなしに否定され、少し心にぐさっときたがわずかに沈黙するだけに止めた。
「ハワイの殲滅戦に参加するのはたった四人、というよりは四組か」
「四組? それって私と貴方とあいつと後一人ってことじゃない」
「その通り! それで後一人とはアメリカで合流予定だ」
今作戦のレベッカに続く戦力『骸軀の換え手』アーネスト・フリーダーとの合流である。
俺がハワイ殲滅戦にあまり危機感を覚えていない理由そのニでもある。