不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第五十一話

 『ドレル・パーティ』の一員でもあるパウラ・クレッキーは、彼女の組織の長とも言える人物の部屋へと訪れた。

 入口の前に立つと、軽くノックをし自身の名を明かして中に入ることへの許可を問う。するとすぐに、部屋の主から許可が出る。許可を得たことでパウラが、失礼しますの一言をかけてから部屋に入る。

 部屋に入りすぐに眼に入ったのは、中央でこれでもかと部屋の主であることを主張している長。ドレル・クーベリックその人だった。

 ドレルは、部屋の中央に客人を出迎えるかのように配置してある両腕を伸ばした程度に長い木製の机と、それとセットであるかのような木の椅子に座っている。机には何段にも積み重ねられた資料が乗っているが、散らかっている様子はなく、机の上は小奇麗に整理されている。

 ドレル自身も、資料の一つを手に取っており、深い皺を寄せながら目を細くし資料を食い入る様に見ているが、やがて資料から目を離し顔を上げ、先ほどまで資料に向けていた強い光の宿る目を、パウラへと向けられた。

 パウラはその視線を受けると、ビクッと身体がわずかに震えたのを感じる。

 未だ慣れない老人の尖すぎる視線は、体と精神が双方ともに小さく気弱なパウラにとっては心臓に悪いもので、それが素直な身体に反応として出てしまう。

 身体の反応はそれだけに収まらず、見られている今この瞬間も手汗が止まらない。

 

「報告かな?」

 

 その優しげな声を聞いてようやくパウラは緊張から解き放たれた。

 優しげな声と同時に、先ほどまでの眼光も優しい色に変わったからだ。

 ふぅと誰にも聞こえないように息を吐いて緊張を解きほぐすと、自らの契約する王から『大丈夫?』と音にならない声で心配される。パウラもいつも通りのその声に安心しながら、『なんとかね』といつも通りに返す。

 ドレルから向けられる強い光も悪意のあるものではないことは十分に承知ではあるのだが、その光の強さには思わず怯んでしまう。

 パウラは自身のあまりの気弱さに自分自身に呆れるが、治らないものは治らないし、怖いものは怖い。ドレルの行動や考えには舌を巻き、感心し、尊敬するものであるし、組織運営のなんたるかを自分に説いた師匠でもある。あるのだが、やはりあの眼光だけは慣れないものだった。

 あれだけ鋭い目をしているのに、彼自身は戦闘は得意としないというのだから驚きだ。

 

(これで戦闘に不向きなんだよね……猛者って言われるフレイムヘイズだと一体どうなっちゃうんだろ)

 

 外界宿という多くのフレイムヘイズの交流する場にいながら、彼女はその気弱な性格から、あまり外部のフレイムヘイズと接して来なかった。いつも彼女は、自分の部屋にこもって事務処理をするか、部下から報告を受け取り、それをドレルに伝達することしかやらない。その為、事務処理能力は『ドレル・パーティ』の中でも一・二を争うほどのものだが、コミニュケーション力はからっきしとなってしまった。

 よって、あらゆるフレイムヘイズと接する機会の多くなる外界宿に居るにもかかわらず、猛者と言われるような凄腕のフレイムヘイズと出会うことはなかったのである。

 

「はい、報告です。モンテベルディ様より、初戦は明日とのこと」

「そうか、ついに始まるんだね」

 

 ドレルは遠くを見るように言い、沈黙が訪れた。

 きっとドレルが見ているのは、初戦が始まるという場所。アメリカのことを思い浮かべているのだろう。

 ドレルが予てより言っていた、これから長く続くであろう戦の第一戦。それの火蓋が切られようとしているのだから、ドレルの言葉が深く重くなるのは当然のように思える。

 パウラもドレルを見習うように目を瞑り、想像する。

 思い浮かべるのは遠く離れた新大陸。

 大地の四神とまで呼ばれるフレイムヘイズ屈指の実力者が治めている土地であり、少し前に思い出すのも嫌になるような醜い争いがあったばかりの場所。多くの同胞らが、かの大地の四神の怒りを鎮めるために身を捧げた。

 それでようやく訪れた僅かな安寧の後、今回のような事が起きる。

 ``海魔(クラーケン)``の一斉討滅の第一陣ハワイ解放戦。一見してみれば世界中に居る``海魔(クラーケン)``への宣戦布告なのだが、その実は『封絶』をよしとしない集団『革正団(レボルシオン)』への警告だ。

 まるで宗教のような奇妙な広がり方を見せる集団は、非常に危険で厄介。今回のこの警告を受け取らないようであれば、全面的な戦いになるのは明白となっている段階まで来ている。

 これから始まろうとしている戦いはただの前座のように見えるのだが、そうではない。

 特にハワイ解放戦に至っては、今作戦(``海魔(クラーケン)``一斉討伐)の要となっている。

 これは警告(見せつけ)なのだ。

 我々『フレイムヘイズ』を敵に回したらどうなるかを奴らに教えるために。

 ドレルも言っていたが、そうなるとハワイ解放戦を敵に如何に印象づけるかが重要となる。

 

「……圧倒的な勝利。敵に見ただけで怯えさせるほどの結末が好ましいんですよね?」

 

 突然のパウラの言葉に、目を瞑って沈黙を作っていたドレルの口が開く。

 

「そうだね。それが好ましい。そして、それが可能な猛者を向かった」

「……『輝爍の撒き手』レベッカ・リード様と『骸軀の換え手』アーネスト・フリーダー様」

 

 外界宿にほぼ引きこもっているような状態であるパウラでさえも、レベッカの武勇伝は耳に届く。

 彼女に睨まれたものは爆発するという。

 それはパウラが聞いた噂の一つだがこの噂が流れた時、大半のフレイムヘイズは噂を疑うことなく、あいつならやりかねないと頷いていた。中には欧州一の猛者と言う者さえ居る。

 それほどに桁が外れた化物。

 そのレベッカと肩を並べるようにして立つフリーダー。

 レベッカほどの派手な武勇伝は聞かないものの、彼はよく外界宿に出向くため、為人はむしろレベッカよりよく知っていた(パウラは猛者と聞くだけで、自分の執務室に引きこもってしまうので会ったことはない)。

 性格は、フレイムヘイズには珍しく慎重にして堅実。ただ力を振るうだけではなく、頭を働かせることの出来る指揮官としても活躍できるタイプのフレイムヘイズであり、その為人から組織運営も可能とドレルが見るほど。

 その力のほどはパウラはあまり知らないが、レベッカと肩を並べても遜色ない活躍をすることからも、実力は十分にあると予測できる。

 ああ、一体どんな恐ろしい風貌しているのだろうか。

 想像しただけで体が震えてきたパウラだったが、ドレルが契約した``王``の``虚の色森``ハルファスの高い声によって現実に戻される。

 

「あーっ、あと『不朽の逃げ手』も行ってるんだよね!?」

 

 ハルファスから出たその名を勿論パウラも知っていた。知らないはずがなかった。

 外界宿それも『ドレル・パーティ』に属していれば、誰もが知っている名。彼がいなければそもそも『ドレル・パーティ』は存在することはなかったであろう、一番の協力者。

 それだけではない。

 彼の噂は先程のレベッカの武勇伝を凌ぐ勢いで、外界宿に幾つも伝わっているのだから。

 

(それに……あの子を預かってくれた人)

 

 パウラにとっては最も新しい記憶の一つ。

 自身に手に余るフレイムヘイズを一時的にとは預り、一旦帰ってきた時のあの子は少し晴れやかで、ちょっとだけ明るくなっていた。

 パウラの預けた時の内心では、戦々恐々としていたのだ。

 彼についての噂はどれも猛者のそれであり、噂を聞いて想像をすればするほどパウラの中では恐ろしい外見で、性格はその外見と釣り合うものであると思い込んでいたのだから。

 しかし、ドレルや帰ってきた子の話を聞けばどうも違うらしい。

 

「そうだね。私も正直驚いたよ。彼の参戦は見込めていなかっただけにね」

「そうなのですか?」

「うん。積極的に争いごとに顔を出すような性格ではない。それよりもむしろ」

「避けるような方、でしたっけ?」

 

 疑問符がつくのは、未だに信じられないから。

 聞いた性格によれば、今まで聞いた噂が嘘になる。噂が真実であるならば、聞いた性格が嘘になる。どちらかが正しいのかはパウラは分からない。

 ただ……

 

(大戦で活躍できるような人なら、性格は置いといても、すごい力の持ち主なんだろうなあ)

 

 実力が偽物であるとは思わなかった。

 

「彼には彼なりの考えがあるのだろう。こちらとしては戦力が増えてありがたい」

「そう……ですよね」

 

 パウラは再び目を閉じる。

 無茶な願いを聞いてくれた、まだ見ぬ恩人の無事を祈って。

 

「……しかし、彼にはあのことを教えるのを『ついうっかり』忘れてしまったな。ハワイ『解放戦』の意味を」

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 空はどこまでも青く、雲一つない晴天だった。アメリカは西海岸沿い、海は穏やかで、風も吹いておらず、耳にはただ波しぶきの音だけが届く。これから戦乱の幕を開けようというのに、その気配を微塵も感じさせないほどで、フリーダーは自分たちのこれからの行いが場違いであるかのように錯覚させられる。

 しかし、その美しいとさえ言える光景は、仲間であるリーズの『封絶』の言葉と同時に姿を変える。

 世界は紅へ。

 

「大きさはこれで十分?」

「十分? これは広すぎじゃないのか!?」

 

 『堅槍の放ち手』リーズが張った封絶は、ここからでは果てが見えず、ハワイ諸島まで続いてしまうのではないかと疑ってしまうほどに大きい。

 昨晩の作戦会議では、どうやって``海魔(クラーケン)``共を呼び寄せるかについての議論もあった。``海魔(クラーケン)``はこの広い大海原のどこかに存在している。だが、正確にどこにいるかは把握されておらず、過去に人間が襲われた地点を起点にして地道に探すしかない。

 フリーダーはそれを含め、人員が必要だと訴えたのだが、それを『不朽の逃げ手』モウカは必要ないといったのだった。

 彼は続けて、説明するよりも見たほうが早いと言い、結局は詳しい作戦は決められずじまい。レベッカは楽しそうにしていたが、フリーダーとしては不安と不満が残っただけ。

 その理由の一つとしてはフリーダーは『不朽の逃げ手』のことを噂でしか知らない。

 フリーダーがまだ``紅世の王``と契約したばかりの時、参戦させられたあの大戦にも同じく参戦し、名を馳せたらしいことは知っているが、それ以上のことは知らない。

 噂からすれば凄腕らしいが、彼の戦いを目で見たわけではないから信じられない。

 何も分からないまま。

 

(それに、強いフレイムヘイズ特有の覇気というものもない。溢れ出る存在をあまり感じられない)

 

 実際に目にし行動を共にしているのだが、噂のような歴戦のフレイムヘイズとは思えなかった。むしろ、契約したばかりの新人の方が、まだ力を感じさせてくれる。それほどまでに、彼からは力を感じなかった。

 その彼が自信満々に平気だというのだ。

 不安を感じないほうがおかしい。けれど、彼の作戦を無碍にも出来なかった。

 発言からは自信を感じ取れるし、それ以上にフリーダーにも有効な作戦を思いついていなかった。頭にあるのは自身の得意とする自在法で、海底に自分に模した人型の爆弾で爆破して攻撃するレベッカのような、力技の作戦しか思い浮かばなかったのだから。

 レベッカのようなという時点で、この作戦を進めるきもなかったし、何よりこれは作戦といえるほどのものでもない。手詰まりだったのだから、彼が行おうとしていることをやるだけやらして、失敗したなら諦めて力技で突破すればいい。

 フリーダーとしてはその作戦には納得行かないものがあるものの、結果的に成功すれば無問題だ。レベッカには隊長だからとか説いたものの、現状の戦力で出来ることはあまりにも限られている。

 そう思って、自分を納得させたというのに。

 眼の前の光景は何だ。

 馬鹿みたいに大きい封絶を張って、何をしでかそうというのだ。

 

「広すぎるって言われてもさ。``海魔(クラーケン)``はハワイ本島とアメリカ大陸の間で一番目撃されてる。なら、その間を封絶で囲って無理矢理にでも戦場を作ったほうが手っ取り早くない?」

「手っ取り早いかもしれないが、だ。それでは臆病者の奴らは出てこない」

「あと、さすがにハワイまでは封絶張れてないと思うわ。めいいっぱいやったつもりだけど、あと一回は張り直しが必要じゃない」

「それならそれでいっか」

 

 ``海魔(クラーケン)``は船にフレイムヘイズが同乗していると襲ってこなくなるような、姑息な奴らだ。こんなにも正々堂々と封絶を張れば、封絶内に入ってしまった``海魔(クラーケン)``は当然警戒し、出てこなくなってしまう。

 そうなれば、こちらからわざわざ出向いて戦うしか余地は無くなり、``海魔(クラーケン)``の得意分野である海の中での戦闘にもつれ込むことになる。

 それは力の差があったとしても危険な戦いだ。

 フリーダーが避けたかったことの一つである。

 それを彼は平然とやってのけた。

 だというのに、彼の表情は変わっていない。ことの重大さが分かっていないのか。それほどまでに、猪突猛進で馬鹿だというのか。

 

「き、君は──」

「それでどうすんのさ?」

 

 フリーダーが惨事に苦言を呈そうとするのを遮るように、フリーダーもよく知る女性が彼に問うた。

 心底楽しそうに、笑いながら。

 

「どうするってこうするのさ。ウェル、俺たちの十八番行くぞ」

「よし、任された!」

 

 風が吹いた。

 風はやがて強くなり、モウカを中心にして渦を巻き始める。渦の中心が大きくなり、フリーダーたちも囲みきる。渦の中心には風はなく、時間が止まったかのような空白だった。渦は眼に見えるほど大きくなり、その強さを増していく。中心部分が広くなっていくのと同時に、渦も規模をどんどん増していき、その渦の勢いはハリケーンを彷彿させるほどになる。場を風が支配していた。

 この風にフリーダーは見覚えがあった。

 忘れることも出来ない強烈すぎる戦火の中。この風はありとあらゆるものを無視して現れた。``紅世の徒``、フレイムヘイズを関係なしに全てを暗雲の嵐の中へと包みこんんだ。

 当時のフリーダーはその状況に驚くばかりで、何が起きたかは理解できず、いつの間にか生きながらえていた。気付いたら嵐がやって来て、去っていったら危険も去っていたのだ。

 あの時のように雨は降ってはいないが同じ風だった。

 

(じゃあ、あの時の嵐は)

(そ、そういうことだよね?)

「やっぱりな、オレはそうじゃないかと前から思ってたんだ」

「本人に聞いても、思い出したくないとか言われて、話を拒否られてたもんねえ」

 

 フリーダーが気付いたようにレベッカも同じ所に気付いたらしかった。

 驚いているフリーダーとは違い、レベッカは溢れんばかりの笑顔だった。

 

「さーて、前進だ」

 

 風の渦が動き出す。

 渦の前に海は無意味だった。海を抉るように進んでいるせいか、モウカの歩く場所は全て陸地になっていく。水が風によって巻き上げられ、海中なんて存在は全て吹き飛ばされる。渦の全てが海の中に収まると、それはまるで渦潮のようになる。

 今いる場所は海底であるはずなのに、封絶によって赤く染められた空が見える。

 

「『嵐の夜』渦潮バージョンって感じかな」

 

 起きている現象は過激で、とてつもなく大きな力を発揮しているというのに、その声はどこまでも平凡だった。

 リーズがサッとモウカの前に立つ、と同時に赤い空に影が現れる。

 

「ほら、おでましだよ。みんな仕事して仕事ー」

「フリーダー君!」

「分かっているよ」

「やーっと、お楽しみな時間だ」

「それじゃ楽しむとしようか」

「貴方はあまり前に出ないで!」

「お主はそこで自在法を維持してれば良い」

 

 ハワイ解放戦。

 圧倒的な力を誇るフレイムヘイズによる``紅世の徒``の殲滅戦が始まった。


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