不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第五十三話

 改めて感じさせられることは、俺が実戦力としては成り立たないことだ。俺の用いる自在法は、全体に作用を及ぼすものが多く、個人単位の自在法は『色沈み』ただ一つ。単一戦力としては、俺を今日一日を通して護り抜いてくれたリーズよりも下の下。

 レベッカ、フリーダーと欧州指折りのフレイムヘイズがいるのだから、余程の事態が起きなければ、俺が危険な場面に出くわすことはない。

 それはすでに証明されているようなものだ。

 俺が『嵐の夜』を用いて渦潮を作り、海を行進初めてそろそろ一日が経とうとしているが、危険を感じたことは一回もない。

 繰り広げられているのは、圧倒的実力差のせいか、残忍と思えてしまうほどの殲滅戦。``海魔(クラーケン)``が俺の自在法にまんまと引っかかると、現れた瞬間に爆発、爆発、爆発の嵐。逃げようものなら、爆弾付きの土人形が行く手を塞ぎ、これまた爆発。

 お前らの頭の中には、何かを爆破させることしかないのかと思わず突っ込みたくなるような、爆破ぶりだが、突っ込むことはない。特にレベッカに爆弾魔と直接言えば、導火線に火をつけるという物。それこそ自爆みたいなもんだ。

 俺とレベッカの関係は比較的良好なもの。彼女はかなり強いのでこの良好な関係を維持しといて損はないので、わざわざ怒らせる必要もないというものだ。

 一応、美女の部類に入るしね。

 フリーダーとも交友関係を作っておくに越したことはないが、彼は頭がいい。レベッカなら口八丁で調子づかせて、協力を仰ぐことも出来るかもしれないが、フリーダーはそうはいかないだろう。逆にドレルが俺を利用するように、利用されかねない。

 ならば、利用価値の点ではレベッカに劣る。調子に乗らせすぎると制御できない欠点もあるが。

 

「どうしたの、考え事?」

 

 時間はすでに夜。

 空と同じ真っ暗に染まっている海の上にこの船は停泊していた。大型船ではないが、各フレイムヘイズに部屋が与えられる程度には大きさのある、土で作られた船だ。

 この船は、フリーダーの自在法によって形作られたもので、フリーダーが言うには土人形と同じ原理で出来ているらしい。

 俺の知っているフリーダーの力は硬質変化。土人形はそれを応用し、爆発性を帯びた物しているとか。

 芸達者な能力なことだ。硬質変化というくらいなのだから、自身の硬質を変化させ、固体から液体への形態変化などもお手の物なのだろうか。液体になったら敵の攻撃とか、無効化できそうだよね。

 ……ちょっと羨ましい能力かもしれない。

 詳しい原理とかは説明されていないので分からないが、戦い方の説明を聞いて思ったのは爆発性を付け足すあたりはレベッカの影響なのかなと。なんだかんだで仲いいよね、二人。やっぱり、ケンカするほど仲が良いという言葉はこの世界の真理っぽい。

 とまあ、そんな感想は置いとく。

 真夜中の甲板で、これでもかと星が輝く夜空を見ながらボーっと今後のことについて考えていた俺に、よく知る声が話しかけてきた。

 

「それとも、``海魔(クラーケン)``が怖くて寝れなかったとかじゃないわよね?」

「あははー、まさかー」

「……わざとらしい、笑い方ね」

 

 戦いの興奮が冷めなくて寝れなかっただけだよ。血が滾ってしょうがなかったからね。もう``海魔(クラーケン)``を見る度に、震えが止まらず、嬉しさのあまり涙も出ちゃったくらいだ。

 久々の戦いだったからね。しょうがないよね。

 

「私は隣の部屋からウェルの笑い声が聞こえてきて、うるさいから目が醒めたのだけど?」

「何が面白かったのかな。分からないな。うん、全然分からない」

 

 俺が海の上で怖がるはずないじゃないか。俺はあれだぞ。この戦いが終わった頃には、海の魔神とか、海の王様って言われて、『モウカ様は海の覇者だ』と噂されるようになるんだぞ。そんな俺が海を怖がるわけがない。

 ついさっきまで``海魔(クラーケン)``を目のあたりにしてきており。出てきた``海魔(クラーケン)``のどれもこれもが、人の形とは程遠いもので、見るからに恐ろしい様だったのは、決して俺が寝ていない理由ではない。

 だって、そうじゃないか。俺は``海魔(クラーケン)``との戦いの間に危機は感じていない──俺の命を脅かすようなことはなく、危険なこともなかったのだ。

 ほらな。``海魔(クラーケン)``が恐れる対象にはならないだろ。

 人を丸呑みできそうな大きすぎる口、丸くてギザギザな歯がぎっしり詰まっていて、『ぎしゃーぎしゃー』という意味が分からなすぎる鳴き方とか、唾を吐いたら地面が溶けるとか、もう……夢に出てきそうじゃないか。なんなのあれ、気持ち悪いなんてレベルじゃなかったんだけど。

 ``海魔(クラーケン)``といえば、神話に出てくるタコの化物じゃないのかよ。あれでは謎の生命体だよ。見ただけで正常な人ならあまりの光景に目を背けたくなるような醜態だったぞ。

 そう、だからこの感情は恐怖ではなく嫌悪なのだ。

 

「ふーん……別にいいわ、答えなくても。理由なんて気にしてないし」

 

 必死に言い訳を考えてた俺の時間をリーズは言葉で無意味なものとさせた。

 遠慮というものがない。

 

「それにしても凄いわね、自在法って。こんなことも出来るなんて」

 

 俺に向けていた視線を下げ、ポツリと呟いた。

 彼女の視線はきっとこの土船を見ているのであろう。

 

「土は汚れるから遠慮したいなんて思ってたのに、実際にはそんなことはなくて、むしろ程良い硬さで気持ちがいいわ。おかげでさっきまでぐっすり眠れてたし」

「形質変化って便利な力だよね。こういう応用力に長けているのは、色々と使えるよ」

「貴方だって、日中に見せてた自在法は凄かったじゃない。惚れ惚れするような力だった」

 

 俺の顔を直視する。

 その瞳はどこか輝いていているように見え、尊敬を感じさせる。

 

「お褒めに預かり光栄。でもね、そんな大したことじゃないんだよ。存在の力の量はリーズに比べれば多いかもしれない。でも、その程度。世の中にはね。ビックリするほどの怪物が居るんだよ」

 

 レベッカも十分に怪物ではあるが、やはりフレイムヘイズ側で挙げる怪物といえば、『炎髪灼眼の討ち手』を語らずには語ることは出来ない。

 『炎髪灼眼の討ち手』は一つの自在法で軍隊を顕現させ、その軍隊を率い、指揮を取る。彼女はたった一人にして多勢である。それだけではない。顕現させられた軍の中の一人一人が``紅世の徒``を打ち破るほどの力を持っている。

 一人にして群(軍)。

 一人にして覇軍。

 また、それほどの軍を顕現させるのだから、討ち手自身の実力はその軍を上回るものである。

 まさに規格外の強さだった。

 そして、彼女には付き添うようにして、もう一人のフレイムヘイズが傍らに必ずいた。

 それが『万条の仕手』。

 『戦技無双の舞踏姫』と称される圧倒的な戦闘技能を持ち常人を超越する器用さで精密極まりない戦い方をする彼女は、一個人にして軍を打ち破る力を持っている。

 当時、欧州最強と名高かったかった二人のフレイムヘイズ。その頃には全盛期の『極光の射手』カールや『震威の結手』ゾフィーさんが居たにもかかわらず、最強の名を欲しい侭にしていたのだ。

 どれほどの規格外さがわかるだろう。

 といっても、

 

「リーズには分からないか」

「む……何がよ」

「いやね。昔に俺が助けられた、偉大なフレイムヘイズの凄さをいくら説いたって、本当に意味で理解はできないだろうと思っただけだよ」

 

 その頃を生きていた者にしか理解の出来ない話だろう。

 特に大戦の話はいくら話をしても、俺が当時感じていた恐怖を知ってもらうことはできない。

 ああそうか。その大戦は、これほどまでに強いフレイムヘイズであった『炎髪灼眼の討ち手』が、自身の身を犠牲にしてでもしないと収まらない戦いだった。そう考えれば、あの戦いの無謀さや危険度が天を突破するほどのものだったことが分かるな。

 俺……よく生きてたな。

 その大戦のラスボスであり、黒幕の``棺の織手``の化物さ加減もよく分かるというものだ。

 

「私、馬鹿にされてる?」

「したつもりはないよ。そうだな。強さを見るならレベッカもいいけど、確実に生きてると思う幼いおじいさんあたりでも見れば分かるな」

「幼いおじいさん? 若いおじいさんなら思い当たる人がいるのだけど」

「ドレルじゃないよ。もっとすごい人」

 

 古代より生きている最古のフレイムヘイズだからね、その人。

 本気の姿なら、俺の『嵐の夜』なんて物ともしないだろうしね。良かったよ、敵じゃなくて。

 

「そう、いつか会ってみたいわ。ねえねえ、もっと色々と聞かせてくれない? 貴方からこうやって``紅世``関係について聞く機会ってないもの」

「そう……だったかな?」

「だって、あまり話したくないでしょ? 貴方が恐怖する``紅世``の世界のことなんて」

 

 これでもそれなりに気を遣ってるのよ、とリーズは慈愛を感じさせる表情で言った。

 ほんのりと心に染み渡る優しさだった。

 ``紅世``に関わって碌な事はなかった。でも、``紅世``に関わることはなければ、生き残ることも出来なかった。それを考えれば``紅世``はただの恐怖の対象だけではないのかもしれない。

 これを考えると結果的に、助けてくれたウェルに感謝することになりそうだ。無論、感謝はしているが、口にしたことはない。

 

「なるべく避けたい所ではあるけどね」

 

 噂をすれば影。

 日本では使い古された言葉だけに、真実味は濃い。

 とは言え、今は気分がいい。

 なら、たまには雑談に興じるのも悪くない。

 

「たまにはいっか。それで、何が聞きたいの?」

「貴方が逃げたい``紅世の王``トップ5」

「一位は教授」

「……」

「……」

「即答ね」

「当たり前だ」

 

 間を開けずに答えたことにリーズは呆れながらも、出てきた回答には納得する所があるからか、素直に同感ねと言い、お互いに気持ちを共有した。

 二人共実体験を踏まえているのも大きいだろう。

 リーズは『フレイムヘイズ』にされ、俺はその現場に巻き込まれた。更に以前には、延々と追いかけられたことすらもあった。いつだって言うし、いつまだって言う。教授は俺のトラウマだ。

 

「予想通りすぎ。じゃあ2番目以下は?」

「うーん、どうだろう。多分有名所になるな」

 

 遭遇したことのある``紅世の王``は少なく、戦ったことのある``紅世の王``は更に少ない。

 その為にどの程度の脅威度かが、誰かの経験談や情報でしか知る由がないのだ。結果、よく耳にする有名所ばかりになってしまう。フレイムヘイズの間において有名ってことは、未だに討滅できないほどの手練であることを示す。

 

「昔から存在してるだけに力として怖いのは``千変``シュドナイとか、``千征令``オルゴンとか」

 

 彼らは``仮装舞踏会(バル・マルケ)``の一員であり、片や『三柱臣(トリニティ)』と呼ばれる重役、片や組織屈指の戦争屋だ。``仮装舞踏会(バル・マルケ)``が組織として直接、フレイムヘイズと対立することはここ数百年起きていないが、この二人は``仮装舞踏会(バル・マルケ)``内においても、特殊であり、趣味で戦闘に赴くことがある戦闘馬鹿だ。``千変``は正確にはちょっと違うようだが、俺にとっては同じだ。

 実力は数百年、もしくは千年以上も前から証明されているほどの持ち主。

 逃げに特化している俺でも、対峙するには怖すぎる存在。

 

「あとは``壊刃``サブラクとかかな」

 

 こいつも個人の趣味が転じて『殺し屋』なんて言われている存在だ。

 もうその通称だけで十分怖いじゃないか。

 そして、彼の場合は彼の使う自在法にこそ真の恐怖が隠されている。俺が出会ったらほぼ死亡級の自在法。

 

「誰もかれも聞いたことある名前ね。あと一人は?」

「後一人ね……」

 

 ``紅世の徒``含めなら、あと一人絶対に敵に回したくないのは居るんだけど、``王``となると……

 

「あ! そうか、あいつがいる」

「誰?」

「ウェル。``晴嵐の根``ウェパル」

 

 感謝もしている。

 でも、逃げれるものなら逃げたいよね。

 夜は静かに更けていった。

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 ハワイまでかかった時間は二週間。戦闘の数も思ったよりは多くはなく、戦っていない間の移動速度は、早くもなく遅くもなく(それでも人間が普通に歩くよりはかなり早い)の、比較的ゆったりした進行速度ではあったが、きっちりかっちりと``海魔(クラーケン)``の討滅は行った。主にレベッカとフリーダー、たまにリーズが。

 リーズの場合は、レベッカとフリーダーが相手してズタボロになった奴に槍を放って止めを刺していた。楽しそうにリーズがそれを行うものだから、俺にも一回やらせてくれと、リーズの作成した槍を投げさせてもらったんだが、どうやら俺には槍投げの才能はなかったみたいだ。結局、俺が``海魔(クラーケン)``を葬った数はゼロ。リーズにも劣る結果となった。

 この戦いに参戦する前の覚悟が何だったんだと思うほど、スムーズに行き過ぎた``海魔(クラーケン)``の殲滅は、ハワイ諸島に到着していよいよ大詰めとなる。

 

「このあとは各島に潜んでる雑魚を蹴散らせばなよかったんだよな?」

「島ごと爆破してしまえば、楽が出来てなお爽快。張り合いのない連中ばかりだったから、ここらで一発やりたいもんだよ」

「滅多なこと言うな、バカ爆弾共。これではあとを任せるのが不安になる」

「だ、大丈夫だよ、フリーダー君。レベッカちゃんたちだけなら確かに不安だけど、もう二組ついてきてくれるんだから、ね?」

 

 その言葉につられて、フリーダーがこちらをに見る。レベッカを任せることへの罪悪感と不安感が入り混じったような表情だった。

 フリーダーも言う通り、彼のハワイ殲滅でのお仕事はここまで。彼は此処から先は、ハワイ以後の太平洋に潜む``海魔(クラーケン)``の一斉討滅の準備をしに行かなくてはならない。本来であれば、今作戦の隊長の一人のレベッカもそれに同行、またはフリーダーと同じ仕事をなさなければならないのだが、御存知の通り事務仕事にはからっきし向かない性格をしている。

 その為、仕事は全てフリーダーが背負い込むことになり、ここで早めの離脱をしなければならなかった。

 俺個人としては、最後まで付き添って欲しかった。俺を護ってくれる戦力として期待しているからでもあるが、レベッカを抑えるには長年の付き合いのあるフリーダーが適任だ。

 俺では彼女を抑えられない。

 

「期待には答えられそうにないと思うよ」

 

 正直に答える。

 俺の答えは予想をしていたのか、フリーダーは苦笑いをした。レベッカは、そんな俺らを鋭い目付きで睨みつけて、何が気にくわないんだとでも言いたそうだ。レベッカの勇猛ぶりは、戦いでは非常に頼りになるものではあるが、発揮する場面を弁えて欲しいものだ。

 言った所で焼け石に水だろうが。

 俺とフリーダーは二人して、やれやれという動作をするだけに留め、もはやレベッカに忠告をすることもしない。

 

「不安は残るが……心配していても始まらないからな。殺り過ぎることはあっても、殺られることはないだろうし。俺は先に欧州に戻り、準備を進める。報告もついでにな」

「み、みんなはここをお願いね! あと、くれぐれもホノルルの件も忘れないでおいてね?」

「ホノルル?」

 

 ホノルルといえば、ハワイ諸島の中でも随一の都市部であったはずだ。

 過去に``紅世の徒``との争いの末に、外界宿が出来たという話も小耳に挟んだことがあるが、一体何の話だろうか。

 

「わーかってるよ。あーあ、面倒だなあ。やっぱり島ごと爆破するか」

 

 フリーダーの不安を募らせるような言葉をレベッカに、フリーダーは再び呆れたような表情をしてから、俺の方に視線だけ向ける。その目は『頼んだからな』と縋るような目。

 俺に視線を送ってからは、実際に口に出して「あとは頼んだ」と言葉を残して、ハワイを去って行った。

 せっかくハワイに来たのに、観光も出来ずに次の仕事へ行く後ろ姿は、どこか現代の日本のサラリーマンを感じさせた。

 フリーダーが去っていくと、レベッカは邪魔な奴が居なくなったかと言い、せいせいした表情をしていた。俺にとって、その表情はとても危険なものにしか見えなかった。

 ブレーキ役のフリーダーが居なくなったことにより、この後の討滅に何らかの影響が出るんじゃないかと戦々恐々としていたのだが、その予想に反し、殲滅は緩やかに、さらに過激に進んでいく結果となった。

 戦場はレベッカの爆笑と彼のパートナーたる``王``の挑発が飛びかう。

 フリーダーという枷がなくなったから、それともここに出てくる``海魔(クラーケン)``の好戦的な態度に釣られたのかは分からないが、俺とフリーダーの不安が杞憂だったのかもしれない。

 だから、一安心していたのだ。

 レベッカが上機嫌に``海魔(クラーケン)``をバッタンバッタンと殲滅していき、行程は当初の予定をはるかに上回るペースで進んでいる。

 この調子ならば、``海魔(クラーケン)``の脅威はすぐに取り除かれ、俺の悲願も無事に達成することが出来ると確信していた。

 油断はしていない。日本でのミステスの件があっただけに、こういう時こそ一番危機に陥りやすいことを学習していたから。

 俺が全力で注意を、警戒をしていても、その出現を予知することは出来なかった。

 一瞬だった。

 俺もレベッカもリーズも、``海魔(クラーケン)``の殲滅を終え、今日の仕事を終わらせた所でその瞬間はやってきたのだ。

 封絶と共に絶対不回避と名高いあの自在法が──


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