不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第五十五話

 最初は激痛。身体のどこから痛みが来ているかも分からないくらいに痛覚が混乱していた。おそらくは色々な場所からやって来ていたのだろう。痛みの声をあげていない部位のほうが稀有なのかもしれない。

 俺自身は体を動かすことは出来ず、痛みからくる度合いでしか自分の怪我の具合が分からない。

 身体を動かせないのは、痛みからなのか、四肢が潰れてしまって言うことを聞かないのか。どちらにしろ、身体がまともな状態ではないことは明らか。

 よく、悲鳴を上げなかったものだ。自分自身を褒めるというか、純粋にその事実に驚く。まさか声が出せないわけがあるまいし。我ながら、ここ一番の根性はすごいなと感心する。その上で、ここまで傷ついてなお、死んでいないフレイムヘイズ、不老で不変の身体にも感謝だ。

 フレイムヘイズではなければ、こんな自体に巻き込まれることもなかったのかもしれないが、今更そんなことに思考を割いてもしょうがない。

 怪我が治っていないはずのに、痛みが消える。

 ──否、鈍くはあるが身体が痛みを訴えていることは分かるのだが、麻痺したかのように感じなくなった。幸か不幸か、それとも死の直前なのか。でも、悪くはない。

 痛くないのなら、身体は動かせなくとも、頭を働かすことが出来る。

 生き残るための算段をつけれる。

 痛みに全ての思考を割かれていた時と違い、今は外の音を聞こえてくる。

 

「だい、じょうぶ?」

 

 心配の色が濃いややかすれたような声だった。

 おそらくはリーズだろう。ウェルが俺を心配することは、考えられないから。

 声の主について考えていると、ヒステリックにも似た声が聞こえた。

 

「大丈夫だと思う!? モウカのこの姿を見て、本当に? そりゃーね、いつものモウカなら笑い飛ばすよ? そんな怪我で、泣き喚くなんてモウカったらひ弱なんだから。ひな鳥じゃないんだから、ぴーぴー鳴くなって、笑いながらおちょくるよ! でも……でも!」

「そ、そんなの私だって分かってるわよ……」

 

 これはどういうことだろう。

 あのウェルが。愉快主義で、俺の涙を見るのが生きがいで、俺と逃避行を共にするのが趣味なあのウェルが、珍しく本気で俺のことを心配している。

 貴重な体験、だな。叱咤激励してくれたあの日に並ぶ、貴重な日に今日はなりそうだ。

 心配をしてくれるみんなを他所に、そんな場違いなことを思う。いや、こんな時だからこそかな。

 みんなの気持ちはありがたくて、嬉しくて、倒れている場合じゃないと決心できる。

 

「貴方起きなさいよ。いつもはふざけてばかりの、ウェルがこんなに必死なんだから」

 

 ああ、全くもってその通りなのだろう。

 

「モウカ、死んじゃダメだよ。モウカが死んだら、私が──」

「生き返らす、なんて言うなよ?」

 

 麻痺の影響のせいなのか、ひどく眠気が襲ってくる。だが、眠気に必死に抗い、重たい瞼を強引にでも持ち上げる。気を抜けば、すぐにでも目を閉じて、意識を落としてしまいそうだ。

 でも、死ぬ訳にはいかない。

 まだまだ生きていたい。『少なくても』なんて言葉は使わずに、『いつまでも』生きてみたい。生きるのに飽く日が来るまで。

 事の真偽を確かめたい。

 例えば、俺は逆行した人間だ。なら、今この時代に生まれ、生きるだろう『自分』は果たしてどうなっているんだろうか。どうなるのだろうか。

 遠い昔に仮説した``宝具``のせいで俺は過去に飛ばされたのだろうか。それとも、ここは俺の元いた世界とは全くの別世界なのだろうか。

 だから、まだ。

 

「死なないんだから、生き返らすなんて出来ないぞ?」

 

 俺の言葉に目に見えて驚くのはリーズ。目を大きく見開いて、これでもかと丸くする。やがて、クスっと優しく笑う。フルカスはほうと感心した声を。

 沈黙をもって驚きを表しているのはウェル、だがその沈黙も長くは続かず、すぐに笑いへと変わる。

 高笑い。でも、いつもと違ってそこに騒々しさも、鬱陶しさもなく、耳障りではなかった。

 

「そうだよね。そう。うん、それでこそモウカだよ!」

「だろ?」

 

 にやけようとする。上手くいったかは分からない。

 

「でも、これだけは言っておくよ?」

 

 そう言って、実に愉快気に。いつも通りにウェルは告白した。

 

──私が飽きるまで、モウカが死ぬのは私が許さない

 

 絶対に、と。

 俺の意思など問答無用のウェルの決定だ。

 俺に拒否権なんてあるはずがなかった。

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

「これが『スティグマ』、ね」

 

 怪我が広がる感覚を覚えたからか、血のにじみ出ている右肩をそっと手で触りながら、確認するような言い草だった。リーズは痛みで傷の広がっていくのが分かるようだが、俺は痛みで知ることはすでに出来ず、直感からまた一歩死に近づいたなと感じるばかりだ。

 リーズは自分の怪我を見やってから俺へと視線を注ぎ、まずいわねと苦虫を噛むように言った。

 『スティグマ』は時間が経つに連れて、症状が悪化する自在法。今の俺の怪我を放置するだけでも、十分に危険だというのにそれがこれから先、更に悪化していくと考えれば致命的と見える怪我具合なのだろう。

 治癒の自在法や自然治癒を促してみたものの、治る兆候が全く見られない。『スティグマ』の厄介たる由縁は、怪我を悪化させつつも回復もさせないこと。一方的な状況不利を常に敵側に押し付けてくることだ。

 とは言え、この自在法はあまりにも有名すぎる。

 ``壊刃``サブラクが殺し屋の異名を勝ち取る程に、フレイムヘイズを殺し周っているせいで、本来は万もの戦法の形を取る``紅世の徒``に対し、その場その場での応戦を求められるフレイムヘイズにも関わらず、サブラクの情報は事前に手に入ることが出来る。情報があるということは、サブラクに殺された者は多いが、生き残った者も少なくないことを表している。

 生き残った彼らが一様に言うには、サブラクには逃げが有効であることだ。

 謎の多い不破の自在法『スティグマ』であるが、破れてはいないが一応の対応策が見出されて入る。それが、効果範囲からの離脱。サブラクの戦線からの逃亡、である。

 戦線であった街、または封絶の範囲外へと逃げることに成功した場合、その時点で怪我の悪化が収まり、サブラクの追撃にあった者はいないという。

 俺はこの時点までの話は、すでにリーズでハワイまでの道のりで話しており、俺の怪我の度合いを見て、先程から逃げることを勧めている。

 俺も逃げたい気持ちで一杯なんだけど、自力であることすらもままらない状況なんだよ。と、言えば、

 

「じゃあ、私が背負っていけばいいでしょ?」

 

 いつも手持ちの包帯を俺に優しく巻きながら子供をさとすように言うリーズは、怪我を負って精神的にキツい俺にとって聖母のように輝いて見える。

 だが、その言葉に頷くわけにはいかなかった。

 

「俺は、今まで考えてきたんだよ」

「何を?」

「生きる方法を」

「え……?」

「もちろん、その方法の中には俺の嫌う``紅世の徒``への対応策もあるんだよ」

 

 一番いい生きる方法は、戦闘をしないこと。戦うことは尤も死に近く、俺にとっては死刑宣告に等しい。その次善策として、常に``紅世の徒``と遭遇をしないように気を遣い、あまつさえ面倒事に巻き込まれるのを嫌う。

 次に考えるのは、面倒事を消しに行くこと。後に自分の障害となりえそうな事柄があるなら、それよりも前に自分自身が動いて、種を除いてしまえばいい。この場合、今回のように面倒事に巻き込まれることもあるが、最悪の状況に至るよりはマシになるはずだ。これは、正しく先を読む力が必要になる。

 この二つは俺の行動基準である。

 けれども、こうやって頑張って避けようとしても、避けられない自体に陥ることはままある。今回のこれもそうだが、大戦の時もそうだった。ならば、``紅世の徒``自体の対策も必要だ。

 全ての``紅世の徒``への対策は不可能であるが、そもそもそれは必要ない。

 過信と取られてもおかしくはないが『嵐の夜』があれば、大抵の``紅世の徒``からは逃げ果せられる実力があると、実績と経験から自負している。

 だからこそ、真に対策が必要なのはそれを物ともしない怪物級の``紅世の王``である。リーズには俺が特に恐れていると言った``紅世の王``たちがその実例。

 教授が堂々の一位に輝いたのは、対策が取れそうにないからだ。奇っ怪な自在法を作り、予測不可能な行動をとる教授に、対策が存在するはずがない。

 しかし、教授には無理でも自在法自体に対策は出来るのではないだろうか。元は『封絶』の対応策として考えていたものだが、広く捉えれば自在法そのものへの対応策へともなる。これが出来るようになれば、例え教授の理解不可能な自在法であろうとも、物によっては予防策が引けるようになる。

 そして今回。

 ``壊刃``サブラクの『スティグマ』は教授とは違い、どういった効果があるかは知れ渡っているものだ。

 出来ることなら対策を、と俺が考えていないはずもなかった。

 

「『スティグマ』が不破と言われる原因について考えたことがあるんだよ」

「治癒系の自在法が効かないからじゃない? 貴方も言ってたし」

「うむ、実際に効かなかったしな」

「重要なのは、なんで効かないか、だよ」

 

 たぶん、『スティグマ』対策を真面目に考えようなどと思うフレイムヘイズは少ないだろう。というのも、いつ遭遇するかも分からないたった一人の``紅世の王``について、考えるのは愚策とも言える行為だ。まして、最悪逃げ切れれば生き残ることが出来る相手でもあるし。『スティグマ』が悪名高いと言っても、『スティグマ』によって直接的に死ぬ者は少ない。

 サブラクを相手取った時に、フレイムヘイズが最も死んでいる攻撃は、初撃の完全な不意打ちによるものだ。

 生き残れるかは運任せとも言われているこの攻撃は、避ける方法がないとさえ言われている。

 存在の力の大きさは、まんま生命力の高さと換算出来る。

 俺はその生命力の高さと普段からの逃げグセがあって、相手の攻撃を避けれるほどの身のこなしはなくとも生き残ることが出来、リーズは彼女の力の性質上、自分自身を護ることが出来た。

 俺も『スティグマ』の対抗策ばかり考えていたのは、最初から初撃は生き残る事が出来るのを計算していたからだ。過去にサブラクに襲われて生き残れた者は、何れも猛者と言われるほど力量の持ち主や、存在の力を多く秘めてる者が多かったことから出た計算である。

 また、生きて帰ってきたフレイムヘイズはみな誰一人として、サブラクの存在を攻撃前に察知できる者がいなかった。その中には、並以上に存在を察知するのが得意な者がいたが、その者でさえ出来なかったのだ。俺も察知は得意な方であると思うが、誰も察知出来ない敵を相手に、俺だけが出来るとは考えづらい。

 敵の存在を予め認知するための自在法で対策を、とも考えたのだが、そもそも存在の力を事前に感じることが出来ないという事は、存在隠蔽の自在法を用いているか、そういった特性を持っている可能性がある。前者にしろ、後者にしろ、それらを持ち合わせているのであれば、詮索系の自在法対策もされているはずだ。せっかくの自在法が無駄に恐れがある。無いよりはマシ、なのかもしれないが。

 事前の攻撃察知が出来ない以上、サブラクの存在を予め認知出来ない以上、その後に備えるように考えるのは自然なことだった。『封絶』やその他多くの『自在法』の対策にもなるので、結局こちらの対策へと固まった。

 それに、ウェルの特性上こっち方面のほうが適していたのも理由に当たる。

 ここまでが対『スティグマ』を考えるまでに至った経緯。

 

「『スティグマ』がなぜ、他の自在法を受け付けないか。それが不思議でならなかったけど、いくつかは俺とウェルで仮説が立てられたんだ。所詮、仮説だけど。本当はその仮説も全部、一から説明するのもいいだけど」

「それだとモウカが死ぬね。ダメ、ダメだよそれは、許されない。だから私が結論を言うね。『スティグマ』は破壊と再生の自在法」

「壊して再生? それってどういう意味?」

 

 リーズが首を傾げる。

 全く理解が追いついていないようだ。考えることも放棄しかけているが、時間が迫っているので、リーズのこの行動は正しい。

 

「傷口を広げるというのは、人の体を破壊しているってこと。治癒の自在法が効かないってことは、外部から来た自在法を、しいては自在式を破壊しているってことだ。これは設置型の自在法じゃありふれた対策だ。せっかく設置したものを壊されたくはないからね。それで、再生っていうのは──」

「『スティグマ』の自在式を再生しているってことだよ」

 

 ウェルは、俺の言葉を遮るようにして後を続けた。

 更にウェルは言う。

 

「破壊の要素が含まれている『スティグマ』は、それ故に治癒の自在法に強い。治癒の自在法は永続的に傷口を治そうと作用するけど、『スティグマ』によって自在式そのものが破壊されるから、意味を成さない」

 

 治癒は瞬間的な作用をするものよりも、継続的に怪我を治そうと働くものが多い。一瞬にして怪我を完治する自在法があれば、『スティグマ』となり得るのかもしれないが、ありとあらゆる怪我の種類に効く自在法の自在式を考えるなんて一体どれほどの時がかかるかだろうか。

 それに対し、『スティグマ』は、どんな自在式であれど、式を破壊するだけのシンプルなものである。どんな自在法であれ、式が破壊されれば元も子もない。

 今度は俺がウェルの続きを言う。

 

 

「逆に『スティグマ』の式自体への破壊を及ぼす自在式は瞬間にしか作用しない。確かに、それで式は破壊できるだろう。だけど、それを試みた者はその後も『スティグマ』に侵されていた。そこから考えたのは、自在式が破壊できていなかったか、もしくは再生したか、だ」

「…………ッ!」

 

 リーズの顔が驚きに染まる。

 自在式が再生するなんて考える人物はいないだろう。

 破壊をする類の自在法は大抵は瞬間的な要素のものばかりだし、妨害系にしたってせいぜい、破壊効果だけを妨害しようとするか、再生効果だけを妨害するに留まるに違いない。それに、効果への妨害の自在法を使ってくることは、サブラクとて分かっていることだ。

 ならば、サブラクが考えつかない。常識とは違う対策をするしかない。

 これが俺とウェルの二人で考えた『スティグマ』自体の考察だ。

 

「ならば、俺の『封絶』で考えた自在法が効くんじゃないかって思うんだよ」

「それが……貴方の秘策?」

「その通り。だから、逃げるのではなく、これはチャンスだよ。誰も倒せなかったサブラクを倒すチャンス。レベッカも居ることだしね」

 

 本当に、悪夢のように突然やってくる``紅世の王``が居るなんて、怖すぎるからね。俺自身は戦えなくとも、今は戦力に『輝爍の撒き手』がいるんだ。このチャンスを逃せば、いつ来るかも分からないサブラクに怯える日々になるかもしれない。

 

「だから、リーズも行ってきて。``壊刃``サブラクを倒してくれ」

 

 俺の目を一・二秒見つめてから神妙に頷く。

 

「あと、リーズの武器はダイヤモンドとか風化しない物にしといてね」

 

 これには了承の声。そして、今も爆風飛びかう戦場へ走りだした。

 

「さて、やりますか」

「やるよ、モウカ。ここぞでカッコイイ所を魅せつけて、私のフレイムヘイズがスゴイってことを``紅世``と``現世``に知らしめてやろうね!」

「いや、必要だから``海魔(クラーケン)``の殲滅には参加したけど、それ以上の名声はいらんから。真剣に」

 

 いつも通りのウェルの物言いに苦笑を返して、いつも通りのその様にありがたみを感じながら。

 

「実戦初投入だけど、平気かな」

「失敗はモウカの十八番だけど、大丈夫。今回は、私もやる気だから」

 

 珍しくも俺に協力的なウェルに驚きながら。

 

「それじゃあ、『スティグマ』破らせてもらいますか」

「うん、絶対出来る。不破なんてありえないんだからね」

 

 いつだって願うのは生きること。

 ただ死んだように生きるのではなく、生きていることをこの身にしっかりと刻み、味わいながら、生を感じ続けること。

 

──『崩し雨』

 

 しとやかに降る雨は、見た目に反して破壊の自在法。

 自在式を雨の降る限り、水のある限り破壊し続ける永続的な破壊の雨。

 肌に心地いいと思わせる風は、水をあらゆる角度から侵入させ侵させる。

 鉄や金を瞬間的に錆びさせ崩す、風化の風。


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