不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第五十六話

 ``壊刃``サブラク。奴の正体とは一体何なのか。それを見抜いたものは誰一人としていない。多くのフレイムヘイズが奴と戦い、命を落としていったのだが、それで得れたのは自在法の情報のみだ。

 ``紅世の徒``との戦いで、敵の自在法を知れただけでも十分な情報といえるのかもしれないが、ことサブラクに関してはそれだけの情報では、勝算が高まったりはしなかった。

 『スティグマ』のことを知れた程度で、討滅出来るほどサブラクは儚い存在ではなかった。

 知っていても避けることが出来ない初撃にして最高の一撃を放ち、その後はじわじわと『スティグマ』による破滅。ならばと、撃って出れば不死身と言わんばかりの耐久力だ。いくら攻撃に手応えがあろうが、次の瞬間では元の姿へと戻っている。この不死性を誰も見破ることは出来ていない。

 サブラクの正体の可能性として、最前提とされているのは膨大な量の存在の力。果たしてどれほどのものを蔵しているのかは考えるのも嫌になるのだが、さすがに無限ではないだろう。無限に近く、はあるのかもしれないが。

 ともあれ、サブラクを討つにはその存在の力を全て削り取ることが出来れば勝てるやもしれぬ。と、ここまでなら大抵のフレイムヘイズは考えつく。

 しかし、ここからが問題だ。

 『スティグマ』がそれを許しはしない。

 これにより、サブラクを倒すには持久戦しかないのだが、サブラクを相手に持久戦は命取りの方程式が成り立つ。考えれ考えるほど、凶悪な存在だ。

 そこで、俺の『スティグマ』破りが効いたはずだった。

 『崩し雨』によって、再生し続ける『スティグマ』の効果を、破壊し続ける『崩し雨』の効力で良くて相殺。悪くとも効果を減少させ、持久戦を出来る程度には戦線を盛り返す予定だった。

 ざまーみやがれ! 貴様はここで終わりなんだよ!

 怪我のせいなのか、頭のどこかを打ったのかは分からないが、その時の俺はやけにハイテンションだったとリーズとウェルが証言した。その台詞の数々は恥ずかしい物ばかりで、ウェルが本気で心配するほどだった。リーズは、かっこ良かったよ、惚れ直したなどと言い、さらに俺の羞恥心に追い打ちをかけ心に深い傷を残した。

 いつもの逃げるの選択ができないせいで、ヤケになっていたんだろうな。

 

「あれから三日か」

 

 場所はハワイ、ホノルルの宿。

 フレイムヘイズの身体とはいえサブラクに負わされた怪我は未だに治らず、場所を移動することも出来ずに、ここでの養生を強いられていた。

 たまにはのんびりと養生するのも悪くない、と思う気持ちもあるのだが、その反面もっと安全な場所に隠れ顰みたい願望もある。

 万全を期すためには、何よりも怪我を早く治すのが最優先ではある。

 昨日のことのように覚えている闘いは、すでに過去のものになっていた。

 

「不完全燃焼だったわね。あんなのがまだ生きてると思うと、貴方じゃないけどちょっと怖いわ」

 

 俺が養生のために使わせてもらっているベッドの上にリーズは腰掛けながら言った。

 俺はまだ完治はしてはいないが、三日も経てばある程度は回復し、身体を起こせるようにはなっている。

 

「俺が自在法を使って、攻勢になると思った瞬間に幕引きだもんな。それと最後のは余計だ」

 

 

 俺が自在法を維持し、リーズとレベッカがサブラクと戦う。ゆくゆくはサブラクを討滅まで追い込んでもらう予定だったのだが、結果はいきなりの終戦。茜色の封絶が解けかけて、こちらが慌てて張り直した次第だ。何が起きているか意味不明。全員がぽかんと間抜けな表情をしたぐらいだ。

 本当に訳の分からない状況だった。

 リーズの寸前の一撃がサブラクの致命傷になったとは考えにくいので、討滅出来た訳ではないだろう。何の予兆もなく、不意に終わったのだ。サブラクが現れなくなり、気配も無くなったことから、少なくとも撃退は出来たのではないかとそう判断するしかなかった。

 討滅は、出来なかっただろう。

 『崩し雨』が『スティグマ』に実際に対抗できたかも実証できず、サブラクの生死も確認出来ていない。ほぼ確実に生きているとは思うが。

 千載一遇の好機を逃したと言っても過言ではない。

 俺にしては珍しく攻撃的な思考だが、ここで奴はどうしても仕留めておきたかった。``壊刃``サブラクはそれほどの危険性を帯びている。

 

「外界宿の壊滅……にわかには信じがたいことだな」

「『輝爍の撒き手』が本人に聞いて確かめたことだって言ってたからねー。信じられない事でも、信じるしかないよ?」

「非常に嫌な事実だけどね。嫌で嫌でしょうがないけど」

 

 俺は昔から一箇所に留まることをよしとしなかった。今更その理由を語るまでもないが、その場所に例外はなく、絶対の安全を謳う外界宿にもなるべく留まらないようにしていた。

 その絶対は崩れ、外界宿も一概に安全だと言えなくなった。存在を察知不能にする設置型宝具の``テッセラ``があるにもかかわらずだ。

 世の中に絶対はなく、あるのは万が一の可能性だと信じて疑わない俺だが、この事実は本気で嫌気がさす。

 どういう理屈で外界宿を見つけたのか知らないが、最高の隠蔽力を誇る``テッセラ``が敗れたとなると、サブラクに隠蔽系の自在法は効かないことになる。また一つ、奴の強みを知ったことになる。

 いや、他にも隠された場所を知る方法はある。

 裏切り。

 外界宿の関係者の中に裏切り者がいた場合は、確かに場所を把握することが出来るだろう。フレイムヘイズがサブラクに関与するとは思えないから、人間か。だが、外界宿に関わるような人間のほとんどは``紅世の徒``への深い憎しみがあるはずだ。おいそれとフレイムヘイズを裏切り、``紅世の徒``側につくとは思えない。たとえ、あったとしたら何かしらの要因があったはずだ。

 フレイムヘイズに失望しただとか、``紅世の徒``に共感を覚えただとか。

 サブラクに共感──は、ないだろう。あいつは単なる殺し屋。人間をわざわざ殺したなどの話は聞いたことはないが、特にこれといった思想を持つわけではない。いつも雇われて、何かの依頼をこなして、フレイムヘイズを殺しているに過ぎない。

 

「雇われて? ウェル」

「うん? どうしたのかな、怪我だらけの私の大切なフレイムヘイズさん」

「仰々しく言うな、鬱陶しい。じゃなくて、レベッカはサブラクがどういう理由で外界宿を襲ったのか言ってた?」

 

 レベッカが他の仕事に旅立つ前。俺も意識を取り戻しらばかりの時に、今回の一件の裏話を聞かせてもらったのだが、正直意識がぼやけてたのかいまいち覚えていない。記憶にあるのは、サブラクこえーとサブラクやべーなんて感想だけだ。怖くてヤバイのは事実だし。

 

「聞いてないかな。言ってなかったと思う。それがどうした?」

「それって結局、何の目的で外界宿が襲われたのかも、誰が襲わせたのかも分かってないような」

 

 肝心な部分が抜け落ちているではないか。

 レベッカもやっつけ仕事だな、全く。調べるなら調べるで根掘り葉掘り探って欲しかった。サブラクとの交戦中だったことを考慮すれば、俺には出来ない仕事をやり遂げてはいるので、俺が言える事じゃないんだけどね。

 

「ま、別にいいんだけどさ。俺の考えることじゃないし、今はそれよりも優先すべきことが──」

「サブラクから逃げる方法、でしょ?」

 

 分かってるわよ、と言いたげな顔でリーズは俺の思惑を言い当てた。

 こういう事だけには察しが良いな。

 

「分からないほうが不思議だと思うな私は」

「同義だ」

「長い付き合いだからとはいえ、そんなに分かりやすいか?」

 

 皆は呆れるほど声を揃えて肯定した。それに俺はため息をつく。

 俺のことを理解してくれて嬉しいような、単純だと言われているようで悔しいような。そんな中途半端な感情が俺の内側で渦巻いた。

 

「それじゃあ、これは分かるかな?」

 

 対サブラクの逃亡案。

 フルカスは沈黙し空気になり、リーズはすぐに「分からない」といつもの様に考えることを放棄し、ウェルは、

 

「さっすが、モウカ! もう逃げることしか考えていないんだね!」

「俺を舐めなるなよ。いつだってその事で頭がいっぱいさ!」

 

 

 

 

 

 ハリー・スミス。彼はフレイムヘイズではなく人間ではあるが、こちら側の人間。外界宿に務めていた人間の構成員。それもホノルル支部──この間、サブラクによって壊滅させられた外界宿の唯一の生き残りである。

 彼が生き残ることが出来なければ、ホノルルでの出来事は誰も知ることが出来ず、発見はさらに遅れていたことだろうとレベッカは、ドレルが口にしていたことを俺に言っていたとのこと。無論、俺の記憶にはなかった。

 俺にとってハリー・スミスとは、俺の養生できる場所を提供してくれたこちら側を知っている人間に過ぎないのだが、彼自身の話によれば、自分の家は代々外界宿の構成員であったという。詳しい話は、悲しい過去(おそらくは壊滅によって家族とかを失ったのだろう)があるというので、聞けなかった。

 つまるところ彼は協力者な訳だ。

 彼の手引きもあってハワイの``海魔(クラーケン)``の一斉討滅やら、ホノルル支部の再建の話が進んだことからも、彼の優秀さが伺える。

 でも、物凄く怪しいんだよね。

 これ以上ないほどに怪しいと俺は睨んでいる。

 外界宿の壊滅が裏切りによるものではないかと一考したこともあるから、余計に彼が黒色に見えてしょうがない。

 可笑しいじゃないか。フレイムヘイズすらも生き残れなかったサブラクの無差別攻撃に、人間の彼だけが一人生き残るなんて。出来過ぎていると思わなかったのか、ドレルは。

 そんなこともあってか、目を覚ましてから一週間が経った今日この頃、そろそろこのハワイからお暇をしたいのだ。怪我はほぼ完治し、身体は元気そのものだ。これなら海の中を歩いてだって離脱できる。

 それなのに、ハリーが俺を止める。

 曰く、もうすぐ外界宿の再建が始まるのだから協力して欲しいやら、せめて援軍のフレイムヘイズがやってくるので引き継ぎぐらいはして欲しいだの。なんとも正論な意見なのだが、それは出来れば俺にではなく旅立つ前のレベッカに言って欲しかったものだ。

 レベッカはまだ``海魔(クラーケン)``討伐を指揮しなければならない仕事が残っているのに対し、俺にはもう仕事がないのだから、こう言われるのも仕方ないことかもしれないのだけれど、考えてみても欲しい。

 俺は別に外界宿の運営側の人間じゃないんだよ。ドレルに協力したりして、外界宿の繁栄にちょっとばっかし影響したみたいなことが囁かれているようだが、俺の本質は組織とはどうあっても相容れない。全体のことを考え、個を無視することなど出来やしないのだ。大切なのは、自分のこと。この生命。それ以上のモノは無いのだから。

 ハリーの要望なぞ知ったことないわ! とっとずらかるぞと港にやってきたのだが。

 

「あ!」

 

 港で誰かが素っ頓狂な声を上げた。

 俺も思わず声の方向に振り向くと、そこには俺が逃げることを光の速さで防ぐことの出来るあのフレイムヘイズがやってきていた。

 人垣に囲まれ、何やら厄介事を起こしているような雰囲気の中、何人かが誰かに殴られたような苦しげな声を上げ、ドサッと倒れこむ音が聞こえた……気がしたが、気のせいだろう。

 しかし、どうやら声を上げた主は気のせいで済ます気はないらしく、

 

「お久しぶりです! モウカさん!」

 

 元気に挨拶をしてきた。

 十年ほど前に会った時と一切容姿が変わらない少女。少し古風な髪飾りと普通の女の子っぽい印象が強いその少女はまさに、キアラ・トスカナその人であった。

 懐かしいわねーと言った会話を自身と契約した``紅世の王``と会話しながら、こちらに近づいてくる。その彼女の隣を歩くようにして、旅人然とした風格の男と気弱そうな女性と一緒に。

 俺を止めるためにか、着いて来ていたハリーはようやく見つけたとどこか安堵の表情だ。察するに、援軍とはこの三人のことなのだろう。

 さっきまでの引き止めはどこへ行ったのか、俺のことを無視して、騒ぎを起こした援軍に説教臭いことを言い出すハリー。ただの人間なのに、人間よりも圧倒的力を持つフレイムヘイズに怯えること無く説教をする姿は、どっちがフレイムヘイズか分からなくなる。俺に対しても強気で、引き止めていたのだから、構成員にとってフレイムヘイズは人間と大差ない存在扱いなのだろうか。

 やがて、三人声を合わせて「ごめんなさい」と聞こえたので、説教から解放されたようだ。

 説教が終わり、ようやくお互いが顔合わせと、自己紹介をした。

 少女、キアラのことは知っていたが、他の二人は完全に初見かと思ったら実はそうでもなかったらしい。

 『鬼功の繰り手』サーレと名乗ったカウボーイハット、ガンベルトというようなガンマンであると強調するような服装をした男は、``絢の羂挂``ギゾーと『強制契約実験』の末に契約したフレイムヘイズであることが発覚した。

 あの実験の時にこんな男いたっけかと記憶に全くなかったのだが、リーズの「貴方が教授の相手を押し付けた男」の発言で、なんとなく思い出した。そう言えば、勝手に押し付けて逃げた記憶がある。向こうは完全に覚えていないらしく、初めましてと挨拶してきた。

 サーレの名はすでに猛者と認知されている強力な討ち手だ。彼なら俺の代わりどころか、役不足だろう。

 最後に女性。

 比較的小柄で、気が弱そうな顔立ちをしている彼女はパウラ・クレツキーと名乗ってから、自分がドレル・パーティの一員であることを明かした後、報告するように言った。

 

「ドレルよりモウカ様に伝言があります!」

「伝言?」

「はい。モウカ様には、これより東京総本部の立ち上げの協力をして欲しいとのこと!」

 

 いつもならドレルから回ってくる依頼は基本突っぱねてきた俺は、彼女に一も二もなく返事を返した。


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