不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第五十七話

 ──嫌だ。

 この気持ちで心の中を埋め尽くされることはままあることだ。

 ウェルにからかわれた時然り、``紅世の徒``との遭遇然り、偶然による面倒事への巻き込まれ然り、どれもこれもが、俺にとっては嫌悪感を示させる対象だ。ウェルのそれは長年の付き合いから諦めているし、``紅世の徒``とはフレイムヘイズの因果関係上仕方ないかもしれないし、偶然なんてものはいもしない女神を呪うしか手立てはない。

 対処法なんてものは我慢であったり、逃げであったり、たまには少し強気に出たりなんて殆どは弱腰ではあるが、千差万別で意外と対応できなくもない。そうやって5世紀もの間を生きてきたのだから。何も疑いようもない。

 それでもやはり嫌悪感を抱かせる物。今回の場合は恐怖感にも近いが、それを知ってしまうのは非常に嫌なことだ。

 

「どうしたの? 最近じゃ珍しいくらい引き攣った顔して」

 

 リーズがお盆に乗せたお茶を手慣れた手つきで俺の前に置き、流れるような仕草でソファーの隣に座ると顔を覗き込みながらそう言った。

 ここは外界宿東京総本部の自分の私室。東京総本部の創設者であり、一応の責任者のための部屋であるからか、ソファーやベッドを含めた生活に必要不可欠な家具や電化製品を入れても、余裕を残している。余分なものが無いのも大きいかもしれない。だが、この無駄な広さの理由はどう考えても立場以外の邪なものが絡んでいるようにしか思えない。何故か部下の配慮により、リーズとの共有の部屋になっているのだから。

 この本部の設計にもいくつか口出しはしていたが、こんな部屋をあてがわれたのに驚いたことは覚えている。この状況を良しとする、リーズにも驚いた。

 それでも最初の頃は、必要最低限の時以外はここに詰めることもなく、今まで通りに気ままな逃亡生活をしていたので、問題はなかった。ここに詰めいるようになったのは忌まわしき『革正団』戦争以後だ。それ以来、このようなまるで家族のような生活をしている。

 これはこれで最初の頃は、長年付き添ってきたとはいえ、違和感の拭えない毎日であったが、人間はやはり慣れる生き物らしい。今ではとんと違和感を覚えないのだから、不思議なものだ。

 

「この手紙を見れば嫌でも、引き攣った顔になるさ」

 

 いや、読まなくても分かるかもしれない。ウェルが必死に笑いをこらえているのが、リーズにだって聞こえるはずなのだから。

 刺激を求めるウェルは、ここ約50年の平和な生活には飽き飽きしていたのかもしれないが、考えてみても欲しい。俺の生きてきた年数の中では、戦乱に巻き込まれている時間自体はさしたるものではない。それは戦闘時間が短いなどの問題ではなく、フレイムヘイズとしても戦闘に立っている回数も時間も圧倒的に少ないはずだ。

 19世紀から20世紀初頭の間が異常だったのだ。

 『内乱』に``海魔(クラーケン)``騒ぎにサブラクの不意打ち、止めは久々の大戦に相当する『革正団』戦争。過去最大の危機の一つであった``とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)``の時のように、死に瀕することはなくとも十分に傍迷惑な戦いであった。

 

「``仮装舞踏会(バル・マスケ)``に動きあり?」

 

 リーズは手紙の最初の一文だけを読み上げて頭にクエッションマークを浮かべ、すぐにこちらに小首を傾げ縋るような目をする。説明を求めているようだ。

 ``仮装舞踏会``の説明をリーズにしたことはあるはずだが、この子は結構残念な頭の持ち主なので、最初の一文で躓くことも安易に予想できた。

 

「何よ、その今にも溜息を吐きたそうな顔は。分からないんだからしょうがないじゃない」

「ああ、いいいい。分かってたから。最初から説明するつもりだったから」

 

 俺が呆れたような返しをすると、リーズは少し拗ねたような表情をした。それでも、教えて貰いたいようで、文句を言わずに説明を頼んできた。

 

「``仮装舞踏会``と言えば、``徒``の組織の中で最も巨大な力を持ってる組織だ」

 

 自分自身の欲望を叶えようとこの世界に跋扈する``徒``は、その理由からも分かる通り非常に自分本位な輩ばかりだ。しかし、そんな彼らが本当に好き勝手にこの世界を使いたい放題にしていれば、当然のことながら世界を守る使命を帯びて、または復讐とばかりに討滅者たるフレイムヘイズが``徒``の野望を阻止せんとする。

 ``徒``とフレイムヘイズの一騎打ちとなれば、どちらに軍配が上がるか。真っ当に戦えばフレイムヘイズが勝つことが出来るだろう。跋扈する``徒``の力も上から下までピンきりではあるが、フレイムヘイズはある種一定以上の力は保証されているようなものなのだ。フレイムヘイズとは、確固たる意志と器を持ち得た人と``紅世``の世で王とまで言わしめる力を持つものが契約して生まれる。フレイムヘイズの内包されている力は最初から``紅世の王``以上が確定しているのだ。使いこなせるか否かは、契約した人に左右されるも、地力の点では、並の``紅世の徒``とは格差があるのだから。

 相性、力の方向性、才能により、勝負の結果は危ぶまれるものの、理屈上はフレイムヘイズが有利だ。

 一騎打ちでは勝てない。要するに個人の力だけで自らの野望を成し得ないものが当然のことながら現れてしまう。或いは一人だけでは叶えられない野望を持ったり、無駄な同類の死を防ぐために。もしくは、同じ野望持った同士に、そういったモノたちが集まって組織や徒党を、``紅世の徒``も人と同じくして作った。

 ``仮装舞踏会``もそれらと同じだ。

 

「フレイムヘイズにとっての外界宿みたいなもの?」

「組織だってたのはもっと昔からだったはずだけどねー」

 

 かの組織の歴史は外界宿より古いかは俺には分からないが、組織として成り立っていたのはウェルの言うとおり外界宿よりも圧倒的に昔だろう。むしろ、外界宿が組織として機能し始めているのはここ最近だ。

 そう考えると、愚直に復讐ばかり考える討ち手らより、野望を叶えようと他を利用することを考える``徒``のほうが協調性があるのかもしれない。

 ふと、全く協調性のない大嫌いなあの``紅世の王``が頭をかすめたが、アレに限って言えば``紅世の徒``にとっても迷惑をしているので、色々と例外だろう。というか、アイツのことは考えちゃいけないことだった。なんかこういう話をしていると本当に現れそうな気がするのだ。

 

「ただ、``仮装舞踏会``はあまり表立ってフレイムヘイズと戦いをしてこなかったんだ」

「抑止力にもなっているらしいよ」

「``徒``の組織なのに?」

「そう、``徒``の組織なのに、だ」

 

 これは比較的有名な話だ。

 ``仮装舞踏会``が積極的に、フレイムヘイズとの敵対を避けようとしている訳ではない。現に小さな小競り合いはどこにだって存在しているが、逆に言うならこれだけ大きな組織となっているのに、フレイムヘイズと全面対決になる雰囲気がないのは驚くべきものだ。

 ``徒``の多くはフレイムヘイズに『討滅の道具』と軽蔑を顕し、憎しみを込めて呼称した。そんな彼らが集団となれば、それを機に憎たらしいフレイムヘイズを一掃しようと動こうとする。そうでなくても、感情のままに行動する隣人たちを押さえつけるのは並大抵のことじゃないだろう。

 憎しみを主な力の源としている討ち手の前に、敵を来ずさえて、今にも暴れだしそうなのを抑えているのと同じなのだ。

 ``仮装舞踏会``の抑止力の高さには舌を巻くものがある。図らずもフレイムヘイズが彼らの組織のおかげで助かっている一面もあるということだ。

 

「この間の『革正団』の時も協力的だったらしいし」

「あのババアが協力的だったっていうんだから、裏に何があったもんじゃないけどね」

 

 ウェルが滅多に見せない嫌悪の感情を色濃くする。

 ``紅世``は``紅世``で、人の世のような人間関係があるようだが、ウェルがどういった経緯でウェルがババアと言う``逆理の裁者``ベルペオルとの関係があったのか、俺には想像の余地もなかった。度々垣間見えるウェルと他の``徒``については、本人に聞いても「何もないよ。面白みの欠片もないし。今のほうが楽しい」と俺からすれば返答に困るような返事をされ、深い事情を知ることはできないでいた。

 それでも、ウェルはベルペオルの情報が必要と考えてか、嫌々なのが見て取れるように言う。

 

「あのババアはさ。自分が楽しくなるように物事を動かそうとするんだよね」

 

 それってウェルみたいじゃないか。

 口に出しては言わなかったが、俺もリーズも同じようなことを思ったらしく、二人で顔を見合わせてしまった。

 

「お主みたいだな」

「うわー、気にしていることを言ってくれるよね」

 

 俺とリーズがあえて口に出さなかったことを明確にフルカスが突っ込んだ。

 雰囲気や空気に惑わされず言えるフルカスをちょっとだけ尊敬。

 

「ウェルが何かを気にすることがあるなんて」

 

 だから、俺がポロッと言葉を零したのはフルカスのせいだ。

 俺の隣で座っているリーズは、首を二度ほど素早く縦に振って同意した。

 三人の反応に納得がいかないのか、むーと頬を膨らます姿を想像させるように唸ってから「失礼ねー」と言い、自分とベルペオルの違いについて弁明をしだす。

 その例えに最初に出したのが陰と陽。あいつは陰。根暗で薄気味悪く、狡猾な謀略を使い、いつだって自らが表舞台に出ずにコソコソとやる卑怯者。かたや自分は陽。いつだって自分自身で行動し、狡猾さの欠片もない純白な正直者。

 つまり、二人の関係は簡単だった。

 

「それ同族嫌悪なんじゃないか」

「あ、やっぱり? 私もそう思ったわ」

「まさしく」

「一緒にしないでくれるかな。私がいつモウカに自分の意思を押し付けたことある? あいつはそれを気付かせずに、自分の思惑通りにさせるっていう一種の能動的だけど。私はいつだって、相手を尊重した上で楽しむ受動的。ぜんぜん違うから気をつけてほしいな」

 

 言われてみれば、ウェルが故意に自分自身の面白い方向へと首を突っ込ませたことはないかもしれない。所々では、会話に口を挟んで場をかき乱すことはあれど、俺の行動にケチつけることはあんまりなかった。

 この平和な五十年間もたまに愚痴るものの否定はしない。あくまでも、俺の意思を尊重してくれていたということなのだろうか。

 見方を考えると物凄く出来た人? に見えてくるから不思議だ。

 騙されてはいけないのは、ウェルはすでに俺という人間をセレクトした時点で、自分の望んだ面白楽しい日々になると信じて疑っていないところだ。

 それでも流れを俺に委ねている意味では、ウェルが自分で言ったように受動的ではあると言えなくもない。

 頭の中ではベルペオルをウェル(悪性)の立ち位置で認識することにする。

 

「話がだいぶずれたけど、``仮装舞踏会``は比較的敵対心の薄い敵の認知が一般的だった理由は分かっただろ」

「…………え、ええ。分かったわ」

 

 微妙な間。

 もしや、本筋から話が逸れている間に、肝心の内容が飛んでしまった、なんてことはないだろうな。不自然に空いた間を訝しみながらも、今更最初から説明し直すのは嫌なので、リーズが分かってなくてもフルカスの方で補完はしてくれるだろうと期待して続きを話す。

 

「これでようやく、手紙の内容に入れる訳だ」

 

 ここまでが前知識。最前提。

 フレイムヘイズと積極的な戦闘を避けてきた``徒``の組織``仮装舞踏会``はいわゆる停止状態だったとするなら、動きがありと書かれた手紙の意味するところは、

 

「フレイムヘイズと``仮装舞踏会``の全面戦争?」

 

 さすがのリーズも事の重大さが分からないわけではなかったのか、神妙な顔になり、表情には不安を隠し切れないでいる。

 俺だって同じだ。

 何度も比べているが過去の大戦であった``とむらいの鐘``はフレイムヘイズの歴史に残るずさんな戦いだった。ほとんど負けが決めつけられてる戦いで、たった一つの勝ち筋を辿れて、奇跡的に勝てたに過ぎない。

 予想される``仮装舞踏会``との戦いの規模は、前回のそれを上回るだろうと俺は見る。前回は都市一つ分の存在の力を溜め込んだ絶対的な``王``がいたが、組織自体の規模は``仮装舞踏会``の方が上を行く。近年でほぼ``徒``の組織が``仮装舞踏会``に一本化されたためだ。それだけでなく、フリーである``徒``たちも``仮装舞踏会``がフレイムヘイズと全面的な戦闘となれば、協力してくることが分かりきっている。これは、前回の時と同様だ。

 数は絶対的な暴力だ。

 一つの圧倒した力もまた強い力だが、数はそれ以上に恐れなくてはならない。

 

「現段階じゃ一つの可能性の段階らしいけどね」

 

 最悪の想定ってやつだ。

 こうなって欲しくないという願望でもある。

 俺はもちろん、そんなことになっても生き残りたい精神でどうにかこうにかならないだろうかとパッと考えたが、さすがに全面戦争が起きてしまったら、逃げる云々の問題ではなくなる可能性が高い。

 フレイムヘイズが負けてしまえば、世界のバランスはあっという間に崩れ、この世界に生きることが出来なくなるとされている。

 

「それで、内容はそれだけじゃないんだよ。下をもっと読んでみな。俺が嫌な顔をした理由が分かるから」

 

 ``仮装舞踏会``がフレイムヘイズに今の今まであまり手を付けなかったことに、何故と疑問に思う者は多々いた。同郷の出をフレイムヘイズから守る要素が、強いのは確かだったらしいが、それだけではないとどうしても思えなかった。

 そして、何故今頃になって急に動き出そうとするのか。

 その意図とは何なのか。

 外界宿側からすれば、非常に気になる疑問であったに違いない。

 

「ええと、『``壊刃``が``永遠の恋人``を襲撃し、謎の自在法を打ち込み、``永遠の恋人``が消滅』? ``壊刃``ってまさか」

「更に続きを」

 

 そこも重要だけどね。個人的にももう二度と会いたくない奴の名前が出てきて、すこぶる顔色悪くなってると思うけど、もうちょっと読み進めて欲しいんだ。

 今度は腹痛と頭痛と目眩が一気に押し寄せそうだけど。

 

「『零時迷子の探索と情報を求む。``仮装舞踏会``の狙いである可能性高し』の部分?」

「正解。書いてある意味は多分、リーズにはまだ分からないと思うけど、これは多分俺もひと働きしなくちゃいけなくなるかもしれない」

「どこらへんが?」

「『零時迷子』ってのは、宝具の名前なんだよ。指定した宝具を探すことの無意味さってのは理解できるだろ?」

「なんとなく、大変なんだろうなってくらいには」

 

 大変なんてものではなく、本来であれば不可能と言ってもいいものだ。

 まずは宝具を見つけられる事自体が稀で、大抵の場合は宝具を所有している``徒``を撃破した際におまけのような形で手に入ることが多い。そうでなければ、偶然見かけたトーチに内包されている宝具を見つけるしか無い。

 宝具は持ち主がいないと『この世に開いた``紅世``の穴』であるトーチに無作為転移で内包される。この状態のトーチをミステスと呼び、これを数あるトーチから見つけ出さなくてはいけない。無作為転移のために転移の軌跡は追えず、完全な運頼みと言って間違い無いだろう。

 ミステスに内包されている宝具の効果によっては、そのトーチがミステスであるかも判断できないこともある。

 ダイヤモンドが眠っているかも分からない石の山から、ダイヤモンドを見つける行為に等しいのだ。これは不可能といっても過言ではない。

 だからこそ、俺が動かざるを得ないのかもしれない。

 

「いつかの時に戦乱の中心に俺を導いた自在法が、また導くかもしれないなんて」

「モウカって本当に持つべくして持ってるよね。契約して本当に良かったよ」

 

 哀愁を漂わせる俺に、どこまでもにこやかなウェル。

 俺たちの言ってることについていけないリーズはポカーンと思考を停止させ、フルカスは口を開く気配すら見せない。

 今回ばかりは仕方ないのかもしれないな。そういう星の下に生まれたと思って諦めよう。

 図らずも巻き込まれかねない全面戦争を未然に防ぐためにも、牽制するためにも、不服ながらも就かねばならならない役回りがあるようだった。


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