不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第五十八話

 宝探しと言えば、海賊の地図を片手に持ち、その地図に記されている海賊の財宝を探す、この流れが非常に有名であるだろう。現実的には海賊が、そんな自分たちの財産の隠した場所を安易に地図に書き込む、なんてことをするとは思えないが、言ってしまえばロマンだろう。

 それで財宝を見つけるのもロマンであれば、見つからないのもロマンである。占いと同じで、当たるも八卦当たらぬも八卦というやつだ。

 宝を探す時に非常に大切なのは、このような地図──ではなく、端的に、総称すれば情報だ。どこに何があるか、とここまで具体的な事を求めるのは無理ではあるが、噂話のような、むしろ都市伝説のような物を追いかけて行く事が、手段の一つに挙げられるだろう。

 トレジャーハンター。冒険家。

 これらの響きは実に男の心をくすぐるが、そのロマンだけで生きていけるなら、人間は何と身軽な生き物なのだろうか。

 人間には夢やロマンを追いかける時間が少ない。有限なのだ。それらしい噂や都市伝説など、地域や地区、それこそ人の数ほど溢れていて、その中の幾つが本当の宝に辿り着くとも知れない。どれ一つとして宝に辿り着かないことだって十分にありえる。

 志半ばで死は当たり前で、その意志を引き継ぎ息子も冒険者に、となれば恰好の冒険譚ではあるのだろう。そんな映画だって、小説だってある。

 夢に生きる男は格好良いが、夢を果たせぬ男は哀れみが付き纏う。本人が幸せなら、それもまた人生かも知れないが、俺は果たせない夢を淡々と追いかける行為はどうにも出来そうにない。とっとと諦めて、叶えられそうな夢に方向転換しそうだ。

 打って変わって、フレイムヘイズはその時間の猶予こそは無限大。終させられることがなければ、驚くような長寿をし、老いだってない。

 おお! まさしくトレジャーハント向きな存在ではないか! と言う訳でももちろん無く。彼奴らフレイムヘイズのほとんどは、そんな人間社会の財産やら宝には見向きもせず、己が復讐心か、はたまた正義感か使命感に心通わせる。

 俺だってその例外ではないのだ。

 しかし、フレイムヘイズの誰よりもトレジャーハントに向いているとも自負している。

 人間のように噂に縋る必要もなく、自分の力で、宝の地図よりも確かな方法で、俺は``宝具``と呼ばれる``紅世``の人あらざるものが作りし宝を探すことが出来るのだ。

 全く使っていなかった自在法『宝具探し』によって。

 本来であったなら使い道の多かった能力であったと思う。この自在法の使い道は、名前の通り``宝具``を探し出すことに尽きる。明確な指針を示すわけではないが、感覚的に、超直感的に、どこらへんに``宝具``があるかを知ることが出来る。

 物によってはフレイムヘイズに力を与えてくれるものであったり、外界宿でも使っている``テッセラ``のように身を隠す便利な能力を携えていたりする。

 戦いを避け、生き残ることを第一に考える俺にとっては、身を隠すことの出来るアイテムは持っていて損するものではない。手に入るのであれば、手に入れたい代物が``宝具``である。

 事情、そう甘くはいかないのが世の中である。

 まず、目的の``宝具``を手に入れることは困難だ。

 鉱山を知っていても、そこから出てくるのが目的の鉱石とは限らないのだ。ダイヤモンドが欲しくて穴を掘ったのに、手に入れたのはルビーであった。もしくは大した価値にならない鉱石であったとなる。

 これでも無事に鉱石を手に入れられたのなら良い方だ。その鉱山は実は誰かの所有物で、奪わない限り使わせてもらえないことのほうがザラだろう。

 つまり、``宝具``の中身は分からないが在り処は分かる。ただその``宝具``にはすでに持ち主がいて、それが``紅世の王``だった。

 こんなことが起きえる。

 戦いを未然に防ぐために、争いを起こすのは手段として間違っていない。

 現に俺は、これから起きうる未来であるフレイムヘイズ対``仮装舞踏会(バル・マスケ)``の大戦を未然に防ぐために``零時迷子``を先に見つけ出そうと考えているのだから。

 たった一つの宝具を見つけ出すことの難しさたるや、想像もつかないが、果てしない努力の末に、大戦が防げるなら、必要な労力だ。

 

「モウカ様、その……お客様がお見えに」

「お客?」

 

 私室のドアをノックし俺の類まれなる決意の過程を遮ったのは、パウラ・クレツキーその人である。ハワイではドレルの伝言を俺に告げ、そのまま東京総本部の幹部となった人物だ。

 彼女は執務の殆どをこなさない俺とレベッカに代わって、非常によく働いてくれる素晴らしき人材だ。フリーダーは俺たちと違って執務もこなすが、それでも事務処理専属といっていい彼女の働きには劣る。

 総本部での役割分担は、レベッカは実務(戦闘)主任、フリーダーは実務監修(レベッカのお守り)兼執務担当、パウラは執務主任、という感じに成り立っており、俺は総責任者(張りぼて)である。

 威張ってる言えることではないが、組織の運営の何たるかも、戦闘の指揮のなんたるかも知る由もないのだ。

 誰かに指示されたら、その通りに動くだけの簡単な立場。個人的にはとっても都合の良い場所を手に入れることが出来たと思っている。

 こんな俺(役立たず)が、ここに居て意味があるのかと疑問は湧くのだが、居座っているだけで意味があるとのこと。

 ……まあ、どうしてかは何となく察しはつくから、あえてその事に言及はしなかった。ウェルが笑っていれば、それだけで大体の事は予想できるというもの。

 

「お客って誰かな」

「モウカに直接訪ねてくるような友人っていないよね」

「貴方に思い当たる節は?」

「交友のある人物は要人ばかりだから、急にはここに来れないと思うけど。あとウェルはさらっと変なことを言うな」

 

 フレイムヘイズならサバリッシュさんやピエトロにドレル、この辺なら個人的に付き合いの多かった人ではあるだろうが、こんな場所に来るような人たちではない。後者二人なら予め連絡をするだろうし、サバリッシュさんは現在はご隠居状態。

 果たして誰だろうか。

 俺とリーズが首を傾げていると、パウラは非常に言いづらそうにしながら、衝撃と言っていい言葉を口にした。

 

「それが……お客様は人ではなく``紅世の徒``です」

 

 ``紅世の徒``……フレイムヘイズの敵……襲撃……

 俺たちの決断は速かった。

 二人にして四人の言葉は一斉に放たれる。

 

「よし、逃げるぞ」

「逃げるんだよね! モウカ!」

「面会謝絶って言っておいてもらっていいかしら」

「これはまた久しぶりな感じだな」

 

 ついにアレを使う日が来たのか。

 そう思うと、いつもは鬱蒼と恐怖に駆られながらの逃げ支度もなんだか楽しい気分になってくる。初めてのことを試す時は、いつだって心が踊るものだ。

  非常用と書かれたボタンを手に取り、緊急脱出を行なおうとした矢先、そのボタンが奪われた。

 

「パウラ、どういうつもり?」

「気をつけた方がいいよ、パウラちゃん。いくら臆病なモウカでも、逃げの一手を妨害されたら、嵐になって周囲を巻き込みながら逃げかねないよ?」

「ち、違います! ちゃんと私の話も聞いてください! お客様は──」

 

 

 

 「こんな時ばかり、物凄い威圧感を出して」とブツクサ言いながら、パウラが部屋を出ていくこと、数分後。

 彼女にはあまりにも似つかわしくない姿で旧き友に挨拶するように「やあ」と呑気に現れた。

 

「ここ最近は懐かしい顔によく会えるな。久方振りだ」

「よくも抜け抜けと顔を出せたもんだよ。まあいいさ。とりあえずは、再会を喜ぶよ」

 

 ``螺旋の風琴``リャナンシー。

 彼女は確か、可憐で儚気な容姿だったはずだが、今はどういった理由から老紳士の恰好をしていた。``紅世の徒``に容姿の変わり様に疑問を抱くのはどこか的外れのような気もするが、彼女の元の姿を知っていればこそ、この違和感は大きい。

 リャナンシーのことだから、理由があってその姿であるのは間違いないだろうが、人知れぬ理由が誰にでもあるだろう。

 親しき仲にも礼儀ありである。

 だけど、憶測としては``螺旋の風琴``だとバレないための処置と、存在の力を使用しないようにいったところだろうか。昔はここまで用心はしていなかったと思うけど、時代が変われば振る舞いも変えざるを得ないというところか。

 

「抜け抜けと、か。随分嫌われてしまったようだ。どうしてかは分かっているつもりではある」

「モウカは怒ってるけど、私はそれほどでもないから安心して。楽しかったし」

「楽しくなんか無い! でも、過去のことだからいつまでもグチグチ言ってても仕方ないのも分かってる。それで、ここに来た用件は何? これた時点で色々と問題なんだけどさ」

 

 外界宿は基本的に秘匿の場所である。フレイムヘイズには別け隔てなく公開し、積極的な支援に取り組む組織の活動拠点だ。

 そんな重要な場所が、おいそれと``紅世の徒``にバレていいはずもなく、平然とここに訪れたリャナンシーはあらゆる問題を含んでいる。リャナンシーが他の``紅世の徒``に場所を公にし、フレイムヘイズに戦争を仕掛けてくるとは到底思えないが、あってしかるべき危惧である。

 ただ、彼女にここを知れた方法を問い詰めても、『自在法』という魔法の言葉一つで片付けられかねない。

 

「モウカの変わりなきその器に感謝する」

「別に感謝される言われはないよ。どっちかって言えば、俺だって打算に変わらない。リャナンシーとは友であった方が何かと都合が良いし。それに……数少ない友を失うのはどうかと思うわけだ」

 

 ただでさえ、友だちが少ないんだ。

 もしかして、もしかしたらリャナンシー以外にはいないかもしれない。

 なら、自分の癇癪で失うのはあまりにも虚しい。

 

「``晴嵐の根``の契約者は変わらず面白い。少し、それが羨ましくもあるよ」

「自慢の契約者だから当然! 譲らないよ、誰にも」

「お前ら、それ褒めてるのか?」

「私は良いと思うわよ、貴方のそういうところ」

「旅をしてて飽きないからな」

 

 やっぱりそれは褒めてるか微妙だろ。

 俺を抜きにして、俺のことで楽しむ三人に少々辟易していると、リャナンシーが「さて」と前置きをして、ようやく本題に乗り出す。

 

「私が君等を尋ねてきた理由だが、一つは先の謝罪。もう一つは容認して貰えないだろうか」

「謝罪は分かったけど、容認? ここに居ることを許容して欲しいのか?」

「正確には日本に、だな。『不朽の逃げ手』の箔を付けて貰えれば、私も大分動きやすい」

「あー大体分かった、前と一緒か。それは問題ないけど、俺が言ってどうにかなる問題かな」

 

 東京周辺なら、一応東京総本部の長ではあるので、ある程度の抑制は効くだろう。ただ、日本全域となればそれは過信というものだ。俺にそこまでの影響力はない……はずである。

 すると、俺の思考を読み取ったようなタイミングで、リャナンシーは問題ないと言葉を紡ぐ。

 

「君が思っている以上に、君の発言力は大きい」

「…………あんまり嬉しくないよ。その言葉は」

 

 なにはともあれ、旧友との会話はそれなりに楽しかった。

 改めて友達の大切さを見に染み込ませながら、楽しい時間に身を委ねる。彼女の見識や知識のある話は、聞いているだけで楽しませてくれるし、言葉を交れば知的好奇心を満たしてくれるものだった。

 

「いささか会話に興じすぎたか」

 

 そう言ってリャナンシーが視線を落とした先には、会話の途中でソファーで眠りについてしまったリーズの姿。

 話の終始、眠たそうに半眼で、暇さあればあくびをしていた彼女だが、ついには眠りこけてしまったようだ。

 リャナンシーはこれでお開きだというように、自然な動きで出口へと進みだした。

 俺は慌てて、別れの挨拶をしようと口を開こうとした時、リャナンシーがドアに手を掛けようとしてその手を止めた。

 

「これは独り言なのだが、とある街、ここからそう遠くない場所で実に面白いミステスを見かけた」

「ミステス?」

 

 いきなり何を言い出しているのか理解できず、オウム返しに言葉を返したが、リャナンシーはそれを聞かず、独り言を続けた。

 

「封絶の中を動き、自らの炎の揺らぎに不安を持たない、真珍しいミステスだった」

「……」

「私にはその中身が何か、皆目見当がつかなかったな」

(モウカ! これって!)

(ああ、もしかすると、もしかするかもしれない)

 

 リャナンシーが、そこまでミステスの特性に気付いて中身が分からない? そんなことあるのだろうか。いや、おそらく彼女は分かっていてそう言っている。一つに特定は出来なくても、候補の幾つかは挙がるはずだ。

 それを皆目検討がつかないと言うだろうか。言わないはずだ。

 なら、これは──

 

「借りは返したぞ。どうするかは君たち次第だ」

 

 そういうことなのだろう。

 ``紅世の徒``というフレイムヘイズに目の敵にされる立場であるはずの彼女が、``仮装舞踏会``の不利益を被り、敵と認定されかねない行動した。

 思わず出てしまった俺の「大丈夫なのか」の言葉に、彼女は「どちらに転ぼうとも、私の不利益にならないよう言っただけだ。案ずるな」と、実に頼もしい言葉で持って返してみせた。

 リャナンシーが俺たちに見送られて部屋を出て行ってから、沈黙が訪れる。

 彼女が最後にもたらされた情報の貴重さ、彼女にとっても危うくなりかねない情報の危険さ故にだ。

 けれども、その思い雰囲気は結局のところ俺たちには不釣合いだったのか。あくびを手で抑えることもせず、ふしだらに大口を開けながらリーズが沈黙を破る。

 

「で、これからどうするの?」

 

 そんなの決まっている。考えるまでもない。

 

「よし、援軍を呼ぼう」

 

 俺たちだけで対処するなんて馬鹿なことをするはずがないじゃないか。

 まずは、頼りになる味方を増やして、それから順次対処に入ろう。

 

「楽しくなってきたね! モウカ!」

 

 カラカラとひとしきり笑ったあと、ウェルは実に生き生きとそう言った。


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