不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第五十九話

 援軍としてやってきた彼女に俺は言い聞かせるように言う。

 これはフレイムヘイズと``紅世の徒``の全面戦争を未然に防ぐための対策である。

 彼女自身はフレイムヘイズと``紅世の徒``との戦いにはここ百年程度で慣れているかもしれない。実際に名をわずか百年で``紅世``に轟かせ、密やかに``紅世の徒``からは『天路少艾』と呼ばれ畏怖されるに至っている。華奢な彼女には不釣り合いな言葉かもしれないが、十分に猛者と言うべき実力者である。

 とはいえ、経験はたかだか百年。俺の五分の一にも届いていない。葬ってきた``紅世の徒``を競っては負けるだろうが、生きていた時間と経験だけは、何においても負けるはずがない。

 最大規模の戦いを経験した俺にとって、過去のそれを超えるだろうフレイムヘイズと``バル・マスケ(仮装舞踏会)``の争いは、何としてでも未然に防ぐ必要性があるのだ。

 あの大戦におけるフレイムヘイズの勇姿を語るには、彼女のフレイムヘイズたる所以の王である、彼女ら、``破暁の先駆``ウートレンニャヤと``夕暮の後塵``ヴェチェールニャヤが適任かもしれないが、大戦におけるフレイムヘイズに襲いかかった恐怖を語るには、自分以上にふさわしい人物はいないだろう。

 

「なんてモウカは大仰なことを言ってるけど、シンプルな話なんだよね。一言、人手足りないから手伝って?」

「おい、せっかく人が上手く誤魔化そうとしてるのに」

 

 ウェルの言葉で、彼女──『極光の射手』たるキアラ・トスカナは苦笑を漏らした。

 ただ、ウェルもこの時ばかりは気を遣ってくれたしく、いつもよりやんわりとした、茶化しの入らないものだった。

 キアラはそれに一寸の憂いもなく「いいですよ」の明るい一言で、協力を約束してくれた。そも、遥々日本に来てくれている時点で、了承を取り付けたようなものではあったが。

 彼女ら、特にキアラの契約する王の二人にとっては、日本は鬼門ではなかったのではないだろうか。『極光の射手』の先任であったカールは、その武勇を欧州に轟かせながらも、この日本の地にて無残にも謎の死を遂げた、とは当初の話で、今となってははっきりと原因は分かっている。

 それはミステス``天目一個``によるものだった。

 俺自身にも苦い思い出であるこの敵は、小細工を通用させないことにより一切の自在法を受け付けず、膨大な存在の力を持っているとされているにも関わらず気配を感じさせない。この二つの要素から、フレイムヘイズと``紅世の徒``の双方問わず消し去ってきた。

 ``紅世``の関係者には『史上最悪のミステス』とまで言わしめている、正真正銘の化け物。

 かく言う俺も、偶然の産物で``天目一個``の襲撃より生還できただけ。二度目があるとするなら、生き残るの可能性はゼロに等しいだろう。

 事前察知が不可能、神出鬼没な時点で、``紅世``では天災扱い。対策など考えるだけ無駄なのだから、俺も会わないことを祈るしか無い。

 故人について触れるのもデリカシーが無いので、俺は疑問には思っても口には出さず、話題には今の話を振ることにした。

 

「そう言えば、キアラは『鬼功の繰り手』と一緒に行動しているんじゃなかったんじゃ?」

 

 『極光の射手』と『鬼功の繰り手』の二組は、一匹狼の多いフレイムヘイズには珍しいペアで有名な討ち手である。

 その名が馳せたのは、俺たちが命からがらの戦いを繰り広げたハワイ沖で戦闘の後で、ハワイに潜伏していたと思われる``革正団(レボルシオン)``との戦いがきっかけであった。

 元よりすでに名を広めつつあった『鬼功の繰り手』に付き従う形で、まだ不完全であったキアラはその力を開放することになったという訳だ。

 もし、あの場所でドレルの東京行きの話がなければ、サブラクに続いて連戦になっていたかもしれない事実には、ゾッとするものがある。

 そんな彼・彼女は師弟関係であったはずなのだが、最近聞くはなしでは二人は晴れて恋人の関係へと進展したらしい。

 フレイムヘイズ同士の恋人は以外にも珍しかったりするのだが、フレイムヘイズらは誰も彼もが一癖も二癖もあるので、真っ当なお付き合いは出来そうにないというのが俺個人の意見である。とはいえ、本当に出来ない理由は他にあって、内なる王がその最たる要因ではないだろうか。ウェルなんかは絶対に嫌な姑になりそうだ。

 王が保護者的な役割を持つフレイムヘイズが多い中で、その王と契約した人間が恋仲になることもままある。というか、そっちの方が多いのではないだろうか。

 前の大戦なんて、結局のところ愛する契約者が死んじゃったから生き返らすために引き起こしたものだし、それを止めた『炎髪灼眼の討ち手』もそういう関係だったという。

 俺に当てはめると俺がウェルと恋仲になるということだが………………ないな。絶対に。

 キアラは実に優良物件ではあったのだと思う。従順そうで健気で、何でこんな子がフレイムヘイズなんだろうと疑問に持つほど良い子である。『鬼功の繰り手』が羨ましいくらいに。

 羨ましいので一言言わせてもらうと、こんないたいけな少女を堕としておいて、このロリコンめと言っておく。

 フレイムヘイズに年齢は関係ない? は! 結局見た目が幼かったら、ロリコンだ! と俺は思うのだが、やっぱりフレイムヘイズからすれば年齢は関係ないので、こういった感情を持つのは俺だけなのかもしれない。

 

「う、それは、師匠が……」

「また痴話喧嘩しちゃったんだよねー!」

「今回はお揃いの服装が恥ずかしい、だっけ?」

「い、いいから黙ってて!」

 

 キアラは顔を真っ赤にして、余計な口を挟む二人を黙らすためか神器と思われる髪飾りを握る。その髪飾りからは「むぐー」「むごー」と必死にもがく声。

 キアラの喧嘩別れをした話に、何故かリーズはにやけ顔をして、俺に腕を絡めてペタリとひっついてくる。

 

「私は喧嘩したことないわ」

 

 とキアラに得意顔を向けると、キアラは悔しそうに表情を歪めて「リーズさんが羨ましいです」とボソリと呟いた。

 喧嘩を全くしないのもどうかと思わなくもない。喧嘩するほど仲が良いとも言う訳だし。

 キアラには勘違いされるのも困るので、

 

「まあリーズは妹みたいなもんだけどな」

 

 事実をしっかり告げるのを忘れない。

 それには何故か二人からジト目で責められ、キアラの王からは空気読めないだの、鈍感だのと言われる。

 解せない。

 鈍感ではない。リーズからの好意には当然気がついているが、どうしても自分とリーズの男女の仲が想像出来ない。やはり、家族であり仲間であると思う感情が先立ってしまう。

 この感情を説明しただけで言い訳と取られるだけでなく、余計に冷ややかな視線をぶつけられそうなので、言葉にせず、鈍感男の称号を甘んじて受ける。

 鈍感男と言われるのはいいが、この居た堪れない雰囲気は望む所ではない。

 

「『鬼功の繰り手』のことだけどさ」

「は、はい、師匠がどうしました?」

「あ、モウカがわざとらしく話を戻した」

「こういう男をヘタレっていうんだね!」

「年数だけは一人前に重ねてるはずなのに、情けないこと」

 

 いけしゃあしゃあと発言する王らは黙っとけ。

 ウェルが三倍に増えたようで、俺の胃袋が限界を迎えかねないぞ。

 

「喧嘩したって言うけど、いつものことなんだろ?」

「……はい。師匠はいつもいつも私の気持ちを知ってるのに──」

「ほらさ、二人でベタベタするだけが愛情じゃないと思うんだよ」

 

 『約束の二人(エンゲージ・リンク)』と名乗っている``紅世の王``とミステスがいた。この二人は``紅世``の誰もが認める激甘カップルで、周囲の状況を問わずに、イチャイチャをすることで有名だった。

 イチャイチャで有名というのは俺が勝手に付け足したものだが、話を聞く限りでは間違いないはないはずだ。

 彼女たちのようなどストレートな愛情表現であると言えるのだが、それだけが愛情の表現方法ではない。

 キアラは「──でも」と言いかけたが、俺はそれを塞ぐように言う。

 

「一応、同じ男として言わせてもらうが、好きな人に好きというのはそれはもう恥ずかしいことなんだ。だから、つい喧嘩になっちゃったりするのは、照れ隠しなんだよ」

「そういうものなんですか?」

「そういうもんなんだよ」

 

 柄にも無いことを喋ってしまったが、キアラは意外にも納得した表情をしているので、たまにはこういう役回りも悪くない。

 ただ、こういう話をするともれなく突っ込んでくる奴がいるわけで、

 

「じゃあモウカの私への態度も、それって照れ隠──」

「んなわけ無いじゃん」

「…………あのさ、モウカ。さすがの私も傷つくことがあるんだよ?」

 

 ウェルはそう言って「うっ、うっ」とさもショックを受けたような反応をした。

 いつも俺をからかってばかりなんだ、たまには立場が逆転してもいいだろ。

 いい気味だ、とさえ思ったのだが、ウェルの啜り泣きが何故かすぐに止まらない……あれ、もしかして本当にショックだったのか!?

 

 

 

 

 

 「モウカにいじめられた」といつまでもブツブツ言うウェルを慰めつつも、俺たちはいよいよ持ってその街へと辿り着いた。場所は東京よりそれほど遠くない首都圏の某県。そこは県下の中でもそれなりの大きさを誇る市であった。

 最初は、特にどこの地域は特定は出来ていなかった。

 キアラが来るまでの間に、自在法『宝具探し』を使って、近場にある``宝具``の場所を感覚的に察知。すると、非常に大きな異常が見つかった。

 本来であれば一つ二つでも自在法探知内で見つかれば上々の成果であったはずが、少なくない数の``宝具``が同方角に存在を察知することになった。

 もちろん、そんな怪しさ満点の場所に行って``宝具``を確認することが出来るはずもなく、キアラたちの合流を大人しく待つことにした。

 電車やバスを乗り継ぎ、徐々にその宝具の場所を割り当てて言った結果、その街へと辿り着くことになった。

 異常はそれだけにとどまらなかった。

 多数の宝具が一箇所にある事が判明したのなら、そこにどうして集まったのかと疑問が浮かぶ。自然に、なんてことはありえるはずがなく、それならば故意に誰かが集めたことになる。

 問題の誰かだがそんなものは分かりきっている。``紅世の徒``、それも飛びきりの``王``がいる可能性が高い。

 理由を至極簡単で、手に入れたのなら持ち主から奪う必要があり、作ったのであればそれだけの数を作れる技量が必要だ。どっちに転んでも、相当な力を持つ``紅世の徒``がいる。そこには当然ながら、``宝具``の力も使用されるわけで、討滅は困難を極めるだろうことが予想されていた。

 つまり、異常とはいるはずの``紅世の徒``の気配がすぐ近くに来てもなかったことである。

 虎が住んでるはずの穴はもぬけの殻で、虎のいる気配がなかったのだ。たまたま居なかっただけとは考えれず、一番存在の力に敏感な俺が、最大の集中を持って察知に励めば、僅かに感じる自在法の匂い。

 

「モウカ、これって」

「試す価値があるな」

 

 判断は速かった。

 何者かが封絶のような空間を構築する自在法を発生させていると思われる御崎市(・・・)よりも、大きな封絶を展開。

 元より封絶などの空間系対策に作られた『崩し雨』を発生させ、一時的に断絶された空間の内部への干渉を図る。

 しかし、面での侵食は出来ず、内部の様子は伺えない。

 

「面で駄目なら一点集中!」

 

 一点を集中するようにすれば、僅かにだが空間を断絶していた一部に穴が開く。

 

「キアラ、私たちの``ゾリャー``で!」

「逃しちゃ駄目よ!」

「皆さん、捕まってください!」

 

 巨大化した鏃に俺とリーズは慌てて掴み、内部への侵入を果たした。

 

「なんだこれは」

「何かの自在法のようだが」

 

 侵入を果たした内部には、山吹色の木の葉がどこからともなく舞い、視界をぼやかすような霧が漂っていた。どこからどうみても、敵中ど真ん中。自在法の真っ最中である。

 予想をしていた状況ではある。自ら危険に飛び込んでいく初めての感覚で戸惑いもあったが、思ったよりも頭は冷静だ。

 これを危機敵状況とは考えない。

 これはチャンスだ。すでに自在法が展開しているということは、戦闘中であることを示唆し、そのまますでに``紅世の徒``とフレイムヘイズの戦いがあることを告げている。

 となれば、自分たちの参入により、形勢は一気にこちらに傾く。

 くいくいと袖を引っ張られた。

 

「ねえ、どうするの?」

「うーん……近くに大きな存在があるな」

 

 

 自らでこれから高確率で起きるだろう大戦を防ぐために、初めて自ら戦乱へと身を投じた。

 後悔はないとは言わない。生きることで精一杯で、そのための手段として逃げることしか選択できなかった俺が、どうして渦中の戦いに参戦できようか。

 だけど、考えるまでもなく大戦になってしまったら、死ぬ可能性は今の比ではなくなる。

 起きるにしたって、こちらに有利になるように事前に動かなくてはいけない。

 今のうちから生きる術を見出していかなくては、いざという時に死の選択しかなくなってしまう。そうなってから後悔するのは遅すぎるのだ。

 だから、今この時ばかりは、逃げるという選択肢を泣く泣く切って、戦うという選択肢を初めて選ぶ。

 しかし、俺は知る由もなかった。

 その初めての相手が泣く子も黙る将軍(・・)であったことを。

 


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