不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第六十一話

 個人的な願望を言えば、``千変``シュドナイにはここら辺で息を引き取っていただきたい。

 これから敵対することが確定した``仮装舞踏会(バル・マスケ)``の戦力を削ぐ意味も多分に含まれているが、その巨大な``紅世の徒``の組織を背景にしなくとも、``千変``の脅威度は逸脱している。

 ``千変``の戦闘能力は単騎決戦において、ほぼ無敵であると俺は思っている。

 これは決して過剰反応ではない。俺がいくら死をもたらす敵に臆病であっても、これだけの年数を生きていれば、ある程度の脅威度を測定することは可能。むしろ、そういうのに最も敏感であると自負できる。

 その力は、かつて最強とまで謳われた先代『炎髪灼眼の討ち手』を比べてもなお上にいる。

 『炎髪灼眼の討ち手』が強いといわれる理由は様々あるが、その最たるものは彼女の自在法だろう。

 先代は一騎にして騎士団を創造し、騎士団の一つ一つの存在が並の``紅世の徒``を凌駕していたとされるほどのものだった。彼女一人にして戦略級と呼ぶに相応しい最強の騎士であった。

 ``紅世``の魔神の契約者だからこそ出来る圧倒的な存在の力とそれを許容し、扱い切る度量が先代マティルダ・サントメールの強さであったし、それでも埋まらぬ死角を、完全に補っていたもう一人の強力なフレイムヘイズ『万条の仕手』との二人組であったからこそ、彼女らを敵無しへと変えた。

 当代最強と呼び名が高い二人が常にお互いを協力、協調し、生かし合ってるのだから、そりゃ強いわけだ。

 対し、``千変``の強さとは一番に経験であると考える。

 まず千変たる所以である、``紅世の徒``では珍しい七変化(実際にはそれ以上だろう)をし、戦闘において有利な形状へと自身を変える適応力。それに加え、古代より生き、大戦を少なくとも二度経験しているほどの圧倒的な戦闘経験に裏付けられた戦闘力。

 500年を生き。平和な日本生まれの自分ですら戦闘経験蓄積させれば、こんな素人でも多少の戦闘が行えるようになってしまうのだ。それが、もとより戦闘をするために生まれたかのような戦闘民族がそれの十倍以上の年数の戦闘経験と考えれば、どれほどの強さになるかは想像するのも恐ろしい。

 経験は何よりも力なのだ。

 簡単な話、戦闘分野において、彼より秀でた戦闘者はいない。

 これが自分の``千変``への分析だ。

 敵を知り己を知れば百戦危うからずとは言うけど、敵を知れば知るほどに、手を出したのが誤りだったような気がしてくる。

 なんで俺はこいつを補足しちゃったんだろうか。

 

(目先の欲に釣られた哀れな魚? あーあー、いつも通りに逃げてればよかったのに、大戦を止めるぞ! なんていつになく意気込んで、戦闘を自分からふっかけるからー)

(だ、だって勝機がありそうだったじゃないか! あいつの得物である『神鉄如意』も持ってなかったし!)

(うん、うん。反撃にあって死ななければあとで私が慰めてあげるから、ファイト!)

 

 ``千変``は身体を変化させ、身体自体が武器のようなものだが、彼は有名な武器を所有している。それが宝具『神鉄如意』。

 巨大な穂先を持つ鈍色の剛槍で、持ち主の体形や意思に応じて、大きさや形を自在に変える、まさに``千変``のための武器であり、``千変``が使ってこそ真価を発揮する武器と思われる。

 敵の武器ながら、ここまで知られていられる事自体が馬鹿馬鹿しいほどに将軍がこの世で力を振るってきた証明であり、これだけ知られているにもかかわらず、俺の知る所ではこれを持った``千変``はおそらく負けたことがない──逆に言うなら、これを持って戦闘に出ている``千変``はフレイムヘイズにとっては勝てない敵として存在することになる。

 俺が勝機有りと睨んだ理由の大きな一つだ。『神鉄如意』を持った``千変``なら逃げの一手だっただろう。

 もう一つの大きな理由が、彼自身の存在の力が普段と比べ大幅に削れていること、である。

 自分がこの場にたどり着いた時、まさしくその瞬間に、``千変``の存在の力の塊である腕の一本が、どう見ても唯の少年の中に吸収されていった。

 知識としては知っていたが、初めて本物を見た。

 宝具の箱であるミステスを守るための自在法『戒禁』。それも、あの``千変``の片腕を飲み干すほど強力なもの。

 さしもの``千変``もありえない現象を前に驚くと思った。いや、確かに猛獣の断末路のような絶叫を上げたが、次には彼の顔は歓喜していたのだ。求めて止まないものを見つけた時のような反応だった。

 それを見て俺は確信する。

 その少年のミステスに蔵している宝具が、彼の求める宝具であると。それがひいては``仮装舞踏会``へと繋ぐか否かは、ミステスの中身に左右されるが、『封絶の中で動くミステス』なんて言ったらほとんど特定されたようなもんだ。

 俺の知識じゃ、二つのミステスしか当てはまらないしね。

 最悪を想定し、ミステスが『零時迷子』であると仮定すると、この場は一にミステスの保護か転移、ニに``千変``の撃退の二択へと絞られる。

 ここで俺は思ったわけだ。

 これほど勝機のある戦闘は今後あるのか、いやない。

 ``千変``はどう考えても、全力を出せない状況下。対してこちらは、戦力的に見れば自分含め三組みのフレイムヘイズが連動できる。内一人は、屈指の強さを持つ『極光の射手』も居る。

 それでも真っ当な戦闘ができるのも『極光の射手』たるキアラのみだから、戦略が必要だった。

 

「大戦? 物騒な言葉ねぇ」

「冗談にしてはちぃーっとキツくはねーかなご両人さんよ」

 

 言いたいことはとても分かる。大戦なんてそうそう起こるものではないのだ。

 起こる時は大抵、現体制の秩序が乱れようとした矢先である。

 ``紅世の徒``と『フレイムヘイズ』の力関係がどちらかに偏ることが起きたり、世界のバランス自体が脅かされようとする時。そのほとんどが``紅世の徒``の危険過ぎる行動を阻止しようとして、フレイムヘイズが立ち向かう形を成している。

 ``紅世の徒``はたびたび大きな企てをすることがあるが、大きすぎる野望はその野望を過剰に危険視した討ち手らによって未然に防がれるのが相場。また、その企てる``紅世の徒``の大体が個々であり、野望も具体性や計画性に欠けることが多いので、大戦と発展することはまずないのだ。

 大きな戦いへと発展する野望とは、それは個人の愛らしく感じるほどの馬鹿で単純な願望ではなく、大きな組織を背景にした巨大な思惑なのである。

 現在、``紅世の徒``の組織と言える程のものは``仮装舞踏会``しかないが、その``仮装舞踏会``は長年に渡り主だった動きを見せず、時にはこちらに協力とも言える行動をしてたことから、危険視はそれほどされていなかった。

 生真面目に大戦が起こるかもしれない、と言う方が馬鹿らしいのだ。一匹狼を主として行動する大概のフレイムヘイズにとっては。

 

「冗談だったら俺もこうは焦ってないんだけどな」

「モウカがこうして動いてるって事実を知る人が知れば、相当驚くこと間違いなしだもんね」

「リーズなんか未だに頭をひねりながら着いて来てるもんな」

 

 もしかして貴方は偽者なんじゃ、とか呟きながらも俺を護衛するように盾を構えているリーズ。

 いつも従順とも言えるリーズにこうも言われては、さすがの俺でも傷付くというものだ。

 そのなんとも緊張感の欠ける自分たちらしい雰囲気に、『弔詞の詠み手』は不思議なものを見るような視線を向けてくる。

 分かってる。自分たちがフレイムヘイズらしからぬ事は500年前から知ってたことだ。

 いたたまれない状況を脱するべく、次の言葉を告げる。

 

「『弔詞の詠み手』に協力をして貰いたい」

「協力? この私に?」

 

 思い掛けない言葉を聞いたからか多少驚いたが、すぐにちゃんちゃらおかしいと笑みを浮かべた。

 フレイムヘイズらしい彼女からすれば、協力の二文字は可笑しな言葉なのだろう。

 

「気持ちは察する。だけど、同時に考えて欲しいんだ。相手はあの``千変``だよ?」

「さっきまで私が一方的に押して、追い返してやったんだけど?」

「んー、まあそうだったけど、倒せるなら倒すべきなんじゃないかと思うわけだよ。フレイムヘイズ的に」

 

 俺的には逃げが最善策です。

 

「倒せると踏んでるってわけ?」

「勝算はあるんじゃないかな、と」

 

 この封絶もどきに突入するにあたって、覚悟していた``紅世の徒``との激突。

 並の``紅世の徒``なら、俺がどうとかする前にキアラの前に敵無しだろう。ならば、その場合は戦闘はキアラに丸投げするつもりだった。彼女の王たちとウェルにはさんざん笑われるだろうけど。

 ``王``だった場合、この時は単騎撃破は非常に面倒になる。『極光の射手』ほどの討ち手が遅れを取ることはまずないとは思うのだが、有利に事が進められるなら、それに越したことはない。

 考えた戦法は常に優勢な状況を作ること。

 『嵐の夜』は自在法を編んだ俺以外にとっては視界はおろか自分以外の気配を察することが出来なくし、主たる俺はその中に存在するモノを雨によって察知できる自在法だ。

 本来の用途は、相手が大勢いようが自分だけが安全に離脱できるものだが、使い道は意外にも様々ある。今回はそれの応用だった。

 相手だけを自在法内に閉じ込めることによって、自分は安全圏から相手の位置情報を取得できる。相手がその範囲から離脱しようものなら、離脱位置を先回りして、出てきた所を叩く。一度叩けば、再び『嵐の夜』を発生し、以後同じ事の繰り返しだ。

 元は出てきた敵をリーズが槍で遠距離ないし、ゼロ距離でグサッと一撃を刺すのが戦法だが、今回は速さの申し子である『極光の射手』がいるので、彼女の攻撃を主軸に戦う。相性は不思議と良いのではないかと思ってる。

 机上の理論なので、実戦ではそこまで事が上手く運ぶとは思わない。だが、何も考えずに正面から戦うよりは余程有利に事が進められるとは思うのだ。

 予測してた``王``との戦闘だが、予想以上の大物だったが十全ではなく、こちらにはさらに『弔詞の詠み手』の戦力強化が出来るのなら、数の上でも必要以上に差を付けられる。

 数は力だ。

 『弔詞の詠み手』に全部説明すると、ふうんと言いながら多少考える素振りをすると、勝気な笑みを向けた。

 

「放って置くってのも私らしくはないわね」

「ヒヒ、そう言うこったご両人。我が暴食の追撃者マージョリー・ドーも、お手つきした品を残すなんてもったいないとさ」

「協力助かるよ。それで早速だけどこの封絶もどきについてなんだが」

「これなら大丈夫よ。チビジャリ──『炎髪灼眼の討ち手』がなんとかするから」

「……なるほど、それなら安心だ」

 

 もう一人のフレイムヘイズの正体が同時に割れ、想像以上に有利な局面に、心内でほくそ笑む。

 『炎髪灼眼の討ち手』がもう一つの存在の力の主を撃破すれば、こちらにさらに戦力が増えることになる。

 『炎髪灼眼の討ち手』『弔詞の詠み手』『極光の射手』、それに俺とリーズが並べば5対1で``千変``を向かい討つことが出来る。

 時間が経てば経つほど有利になるのだ。時間稼ぎなら``千変``相手でもどうにかなる、と思いたい。

 

「それで私はどうすればいいのかしら、あの嵐の中にでも突っ込む?」

「いや、基本的には迎え討つだけでいい。今、中での動きもないなら時間稼ぎにもなって好都合なんだけど……なんで、動かないんだ?」

「普通に考えれば罠を警戒だろーが、将軍様の考えるこたぁなんか想像もつかねーな」

 

 俺程度の戦略なら将軍が読めないはずもない、ということなのだろうか。

 敵の立場になって考えてみる。

 出れば叩かれるのを予測して出てこないのはありえそうだが、現状そのままでは膠着状態が続くだけ。待機して、自在法が切れるのを待っている可能性もあるが、それならそれでこっちから内側へ攻撃を加えていけば一方的に嬲れる。リーズの槍もあれば、屠殺の即興詩とまで呼ばれるフレイムヘイズきっての殺し屋自在師『弔詞の詠み手』もいるのだ。不利になるのも十分に承知であるはずだ。

 他の可能性としては……逃げか。

 俺ならこれほど絶望的な状況なら逃げる。まず間違い無く逃げる。

 だがその際の逃げ道は?

 水による経路は、すでに失敗しているし、制空権もほぼないと分かっているはずだ。だからと言って陸はほぼ不可能。

 自分で言うのもなんだが、こんな状況に追い込まれた時点で、俺なら諦めている。相手に泣いて土下座して許しを請うだってありえる。

 

「あ、いや、ちょっと待て!」

「どしたの、モウカ?」

 

 一つの思いつきが浮かぶ。この方法なら逃げることが可能だ。

 慌てて声を上げる。

 『弔詞の詠み手』とリーズが同時にうるさいと目で訴えてくるが、無視をして、遠話の自在式を練り、同時に指示を出す。

 

「『弔詞の詠み手』もキアラも中心部へ突撃して! リーズは槍を投擲して急いで攻撃開始!」

 

 と、言ってるそばから目標は動き始める。

 下へ、と。

 気付くのが遅かった。

 『嵐の夜』を解いて、『弔詞の詠み手』とキアラによる追撃の速度上昇を図るも、``千変``が居た場所はもぬけの殻で、穴があったと思われる場所には、コンクリートとは違う色違いの地面があるのみだった。

 その光景を見て俺はため息をつくことしか出来ない。

 相手の戦力を削れるチャンスを、自分の戦略ミスによって逃してしまったのだ。最悪の事態は防がれたのから、それだけで良しとするべきなのかもしれないが。

 成果は得られた。

 ``千変``の決定的な瞬間を捉えたことにより、あのミステスの少年が蔵す宝具によっては、相当のアドバンテージ及び、大戦を未然に防ぐことも不可能ではなくなる。

 これは宝具が『零時迷子』であることを前提としているが、そうでなかった場合は振り出しに戻る事になる。``千変``に喧嘩を売っただけとも言うかも知れないが。

 ただ今回の一件でよりハッキリ分かったのは、

 

「俺は戦闘とか戦略向かないな」

「モウカは必死に逃げ回ってるのが一番性にあうってことだね!」

 

 言い返す言葉もなかった。

 


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