不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第六十二話

 人様の家の屋根の上で会合するのは、いくら人として気付けば大きく外れてしまった自分でも、斬新さがある。シュールな光景とも言う。

 零時を迎えようとする時間のこんな場所に小さい封絶を張り、この世の理から外れてしまった自分を含めた三組と一人が揃っていた。

 

「『弔詞の詠み手』は?」

 

 自分の胸ほどの身長しかない炎髪灼眼の少女──当代の『炎髪灼眼の討ち手』が、言葉少なく、視線すら飛ばさずに問いてくる。

 

「今日はパス、だそうだ。ま、俺の手間が増えるだけだから問題ない」

 

 彼女の問に返答するもさしたる反応はなく、集中を崩さずに存在の力をゆったりと練るのみ。それに同調するように少年の存在の力も、何かを掴もうとして揺れ動く。

 身の内にある存在の力を把握し、操るための鍛錬のようだ。

 俺とリーズもその光景を静観する。

 要件は急ぎのものではある。だからこそ、``千変``との戦闘から間もなくこうやって話し合いの場を作ってもらったのだ。けれども、これはいい確認の場になる。

 フレイムヘイズの今後を、もっと大きくはこの世を動かすかもしれない大事ではあるが、最も重要なピースは幸いにもこちら側に転がってきたはずなのだ。

 まもなく、その瞬間が訪れるはず。

 

「……零時ね」

 

 リーズが時計を見て時間を告げると同時に、少年の鍛錬によって希薄になってしまった存在が元に戻る。失ったはずの存在の力が回復した。

 この現象こそが、求めていたものの証。

 

「やっぱり、零時迷子だったか」

 

 リャナンシーからのもたらされた情報は確かだったことになる。

 正確には、この場に『炎髪灼眼の討ち手』が居るのだから、すでに関わり済みであったというだけなのかもしれない。

 零時になることによって少年の存在の力が回復を迎えると、『炎髪灼眼の討ち手』はその名の理由たる燃える髪と目を元の状態へと戻し、封絶を解いた。

 一言二言、彼女と彼女の契約者たる魔神は少年へと短く反省点を告げると、こちらに向き直り鋭利な視線とこれまた短く一言を告げる。

 

「用件は?」

 

 コンビニの店員のように愛想笑いをしろとまでは言わないが、これはいささか可愛げがない。生意気な口調ながらも付き従ってはくれるリーズが可愛く見えるほどだ。

 彼女とこうやって言葉を交わすのは三度目になる。

 一度目は外界宿での仕事で、二度目は戦闘後に今日の予定を組むため、そして今。その交わした全ての言葉を足したとしても100字もいかないのではないだろうか。

 ウェルなんかはさっそく愛想が悪いとぶーたれる始末だ。

 知らぬ仲ではないので、空気作りのために話を持ちかければ、

 

「旧交を温めるとかないのか?」

「別に、話す内容なんてない」

 

 呆気なくぶった切られてしまう。そのあまりな反応に余計な口を挟もうとウェルがやっかむ。

 

「うわぁー筋金入り。これだから堅物の契約者は」

「ふん、おしゃべりな貴様とは違って、我の契約者はまともだからな」

「んー契約者自慢? なら、私だって──」

「はい、ウェルは黙ってようね。アラストールすまないね、こいつはいつも減らず口だから」

 

 俺の謝罪にアラストールは無駄に重い声色で構わぬと答えた。本当はちょっと怒ってるのではないかと勘繰ってしまうような声。ちょっと怖い。

 この二人が相性が悪いのは知っていた。

 それでもちょっとは努力して、仲良くやっていけたらなと思った俺が馬鹿だったんだ。

 予想通りすぎる展開に俺があからさまに肩を落とせば、隣に立つリーズがちょっとだけ背伸びをして頭を撫でて慰めてくれる。その優しさに少しだけ救われる。

 

「え、と、あのー」

「ああ、すまんすまん。一番重要な人物を置いてけぼりにしてしまった」

 

 会話に参加できず、隅へと追いやられてしまっていた少年。俺の目的である少年はおずおずと声を出した。

 今回のもろもろの中心になっていくであろう彼を外して話が進むわけがない。

 

「あ、いえ。あなたもフレイムヘイズなんですよね? 僕は坂井悠二って言います」

「曲がりなりにもフレイムヘイズだね。『不朽の逃げ手』って呼ばれてて、モウカと呼んでくれていいよ。よろしくね悠二くん」

「それで私がこの冴えなさそうなモウカと契約した``王``の``晴嵐の根``ウェパル、ウェルと新愛をこめて呼んでね」

「冴えないは余計だ」

 

 俺とウェルのいつものやり取りに、悠二くんは目を丸くして驚いている。

 普段関わっているフレイムヘイズが、目の前に居るペアなら自分たちとの落差に驚くとは思うが、彼は『弔詞の詠み手』とも関わりがあったはずだ。あそこも、堅物とは程遠いやり取りだったはずなので、ここまで驚くほどのものではないと思うのだが。

 俺に続いてリーズが極めて簡潔に自己紹介をした。これには悠二くんが「あ、フレイムヘイズっぽい」と呟いた。あれかな、彼の中では俺はフレイムヘイズの色物に分類されてしまったのだろうか。否定出来ないのが悔しい。

 

「自己紹介も終わったのだ。要件を述べるといい」

「では、お言葉に甘えまして」

 

 速やかに話が進むのは悪いことではない。

 他愛もない話をするのも楽しいとは思うけど、そういうのは気心の知れた仲間とやるべきで、彼女たちとはまだそこまでの親交はない。

 もう少し協力的だとありがたくはあるのだけど。

 

「俺がわざわざここまで出向いたのは、これから起きるであろう大きな変事に備えてのこと」

 

 全員の視線が集まり、息を呑む音が聞こえてくるようだ。

 ここは俺にとって交渉の場。

 彼らの協力を仰げるのなら、これ以上は無い好条件。

 

「『弔詞の詠み手』にはすでに一言言ったけど、起こる変事とは大戦」

「大戦だと」

 

 いち早く反応したのはアラストール。事の重大さをおそらくはこの中で最も理解できるモノ。

 

「具体的な根拠は?」

 

 彼の契約者は、よく言葉の意味を吟味しながら冷静に続きを促してくる。

 それとは相対して悠二くんのリアクションは薄い。大戦の意味を測りかねているのだろう。

 分かる。その気持ちはこの場にいる誰よりも俺が分かる。この形だけとはいえ平和な日本で大戦なんて言われた所で、夢物語、雲の上のような存在にしか感じられないだろう。意味はわかる、でも実感は得られない。

 ああ、彼の今陥ってる心境が手に取るように分かる。

 それで彼は言うのだろう。

 

「それってどういうこと……?」

(どういうことなのか、と)

(モウカの同類……)

(同種族だったとでも言うべきなんだろうね)

 

 悠二くんのあまりにもずれてる発言に、アラストールとその契約者は、何故分からないといった類の自覚の足りなさを責める叱責がとぶ。

 ああ、可哀想に。俺はどちらの立場もわかるから、止めることが出来ないんだよ。

 彼という人間をよく理解出来る一幕である。

 

「そ、それで、大戦ってどういう……いてててて、シャナいい加減に」

 

 シャナと呼んでいるらしい『炎髪灼眼の討ち手』に腕をひねられながら、格好つかない姿で話を進めようと坂井くんは努力する。

 その知ろうと努力する姿勢には好感を抱く。

 最近はからっきし思考を俺に預けてしまうリーズとは大違いである。

 

「うん、これが話の本題なんだけど、``仮装舞踏会(バル・マスケ)``が──」

「『零時迷子』を狙ってるんでしょ、あの時のあいつの言動から察するにね」

「そーいうこった。自体は俺達の想像以上に緊迫してるみてーだぜ。な、オーケストラのオーナーさんよ」

 

 俺の言葉を遮り、降って湧いたように忽然と現れたのは今夜の会合を酒を呑むからと言って欠席を公言した『弔詞の詠み手』だった。

 彼女の神器であろうかなり大きめの本に乗り、悠々と屋根の上に降り立つ。

 彼女たちの来訪にはため息をついて呆れながらも、彼女らの予測には肯定して、余計な言葉には否定をした。

 オーナーってなんだよとやけくそ気味に思う俺の心を知りつつも、ウェルは俺にしか聞こえない声にて、からかうような笑い声を発した。

 

 

 

 坂井くんと『弔詞の詠み手』の二人による``千変``と戦闘時の言動の再確認とともに、こちらの持っている外界宿の情報を繋げ合わせる。

 自体はいよいよ確信に近づきつつあるようだ。

 

「『これほど早く見つかるとは』か」

 

 アラストールが意味深に呻くように出た言葉は、``千変``が零時迷子を探してたことを暗喩する言葉であり、``千変``の背景を想像すればまさしくそれは、

 

「``仮装舞踏会``の探しものが零時迷子。それも、『殺し屋』に頼んで強制転移をさせてまで欲した物とくれば、あとは分かるだろ?」 

「事態は急を要すると、そう言いたいのか『不朽の逃げ手』」

 

 アラストールの言葉で、周りの空気は一層に重くなる。かの『弔詞の詠み手』でさえも、考えこむほどに。

 ``千変``が引いては零時迷子を``紅世の徒``が欲するのは、別段おかしなことではないのだ。

 零時になれば存在の力を回復させる秘宝中の秘宝である``宝具``零時迷子があれば、この世界にただ在るだけで存在の力を消費する``紅世の徒``にとって、これほど優れたものはない。

 しかし、手に入れるには元々の持ち主と造り主である``約束の二人(エンゲージ・リンク)``、強大な``紅世の王``と零時迷子を宿す自在法に優れたミステスから奪わなくてはならなかった。そのために、わざわざ奪うものは現れず、零時迷子があるため人を襲わなくなり、フレイムヘイズの討滅の対象とならなかった。

 加えて``千変``という男は、ここ近年では自身の所属する``仮装舞踏会``とは関わりが薄いとみられる行動を続け、依頼によって``紅世の徒``を護衛する道楽に更けていた。

 今の``千変``が零時迷子を襲い、求めるとは表面的には考えにくいのだ。

 零時迷子を襲っていたのは『誰か』に雇われていたと思われるやはり生きていた``壊刃``サブラク。

 偶然にも零時迷子を見つけて歓喜したのは``仮装舞踏会``幹部の``千変``シュドナイ。

 表面的には繋がらなかったものが``仮装舞踏会``を背景に据えた時、この2つは繋がっていると考えるほうが自然に見えてくる。

 

「慌てる必要はまだない、と俺は思うよ」

「へぇ、意外と呑気じゃないの」

「おーいおい、大戦の立役者からすれば、この程度は些事ってか?」

「いや、そういう意味じゃ」

 

 大戦の立役者なんて仰々しくて自分に合わないどころか、『弔詞の詠み手』のそれは過大評価しすぎだった。

 そこまでの勘違いは許容できない。

 こればかりは慌てて、否定しようものなら、お調子者のウェルが一際声を大きく軽快に口を動かす。

 

「さっすが、私のモウカ! そんなふうに考えてたんだね! 惚れ直したよ!」

「面白そうだからって乗るなウェル。分かってて言ってるだろ! ほら、『炎髪灼眼の討ち手』ペアが呆れてるって!」

 

 重たい空気とやらはどこへ行ってしまったのか。

 俺とウェルの掛け合いのせいで、『炎髪灼眼の討ち手』は半目でこちらを鬱陶しそうに見て、その力を与えし魔神は『何をやっとるのだ』とあきれ果ている。かと思えば、『弔詞の詠み手』ペアは二人して笑い、指を指して面白いと俺たちを評した。

 坂井くんは「僕の中のフレイムヘイズのイメージが……」と壊れたように言葉をこぼしていた。

 

(せっかくの空気が台無しじゃないか)

(ごめんごめん。でも、モウカに真面目とかシリアスは似合わないと思って、空気を読んだの)

 

 どこか誇らしげで、偉いでしょ褒めてと言いたげなウェル。

 誰が褒めるか誰が。

 

「貴方、続き」

「ああ、リーズ。ありがとう」

 

 裾を引っ張って、場の流れをリーズが戻してくれた。

 

「慌てる必要がないというのは、単純に準備がお互いに必要だろうってこと」

「向こうはこちらの人数を知ってるから……ってことですか?」

「うん、坂井くん正解だ」

 

 この中ではどうしても平和ボケした感覚を持ってしまっているはずなのに、中々どうしてか彼の発言は的を射ている。実はかなり頭がいい子なのだろうか。

 

「``千変``は少なくともこの街に五組のフレイムヘイズが居ることを知ってしまった」

 

 それもとっておきの名のあるフレイムヘイズばかりだった。

 大方、自分もその名のあるの中に入ってしまっているだろうが、構うものか。利用できるものは利用するのだ。名前だけで抑止力になるのなら大歓迎。戦わずに勝利する。甘美な響だ。

 

「そーいえば、もう一人嬢ちゃんが居たはずだが」

「キアラには外界宿への連絡を頼んでおいた。いざという時は、やっぱり彼女が一番速いからね」

「そうだろうと当たりはつけてたけど、あの娘は今代の『極光の射手』だったわけね」

「ヒッヒ、こりゃあマジもんで戦争できる面子だったてっーわけだ」

 

 改めて面々を見る。

 中世では最強と謳われた『炎髪灼眼の討ち手』の二代目、``紅世の徒``に死の同義語とまでされている『弔詞の詠み手』、ここには一時的にいないが一番槍で誇れ高かった『極光の射手』の二代目、形だけは有名な自分。

 そもそも一つの街にこれだけの数のフレイムヘイズが居るのが異常なことだ。

 

「ついでにこの街には調律師も早急に来るように頼んでおいた」

 

 随分と昔に知り合った``紅世``屈指の壊し屋だ。

 それこそ何かあった場合には、彼にも助力を願う算段である。他にも、キアラの片割れともいうべき者や、最悪の事態には外界宿東京総本部からの援軍も呼べる。

 数を揃える上でもこちらが圧倒的に有利だ。それこそ、相手が軍団で攻めてでも来ない限り。

 局面は優勢を築けている。それならば慌てて行動するよりも、着実に堅実に立ちまわって、詰まないように動くべきである。

 

「まずは調律師が来るまではこの街で待機でいい」

 

 この街の歪みは少々異常だ。この間の戦闘に限らず、近い期間で何度か``紅世の徒``の襲来が有ったとしか考えられないレベルで、存在が抜け落ち、歪みが現れている。世界の歪みが大きすぎると、誰も想像出来ない致命的な事態が起きる可能性がある。

 この状態は見過ごせるものではないため、歪みを調律できる調律師がやってくるまでは、街を離れる訳にはいかない、と普通のフレイムヘイズは考えるのだ。

 俺の言葉に反対意見はないようで、それぞれの反応で肯定をした。

 

「問題はその後、つまり零時迷子である悠二くんの将来についてだ」

「僕の将来?」

「そう。簡単な選択肢をあげよう」

 

 俺は指を二本立てて、坂井くんに選択を迫る。

 坂井くんは俺の指を真剣に見て、そのかなりの真剣さに彼のつばを飲む音が聞こえてきそうだった。

 

「一つは戦うこと、そしてもう一つは」

 

 ──この世の全てから逃げること

 

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