不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第六十三話

 意表を突かれた言葉に思わず絶句する当事者たち。言葉をなくし静寂が訪れた空間に、リーズの小さなため息のみが耳に聞こえる。

 

「それはどういう意味か説明してもらおう。『不朽の逃げ手』よ」

 

 最初にフリーズから溶けたのは、アラストール。その後に、話の展開が理解でき始めたのか『弔詞の詠み手』がにやけた顔をし、隠す気のない下品な忍び笑いを始めた。ウェルは大爆笑である。

 アラストールはそんな彼らに厳粛な態度を崩さず、空気を乱す不真面目な``王``らを一喝した。

 

「俺があえて説明しなくても、予想はできているんじゃないかと思うんだけど」

 

 とりわけ難しい選択肢を迫ってる訳ではなし、難しい話をしている訳ではないのだ。

 誰もが考えられるほど単純で、ありふれた思惑。

 

「戦う。つまり仕向けられる可能性のある``紅世の徒``を打ち倒すこと?」

 

 二代目(『炎髪灼眼の討ち手』だといい加減長いので二代目と略す)は的確に正解を言い当てる。

 

「出来れば徹底的に、かな。軒並み迎え撃ち、全てを滅する」

 

 彼女の正解に、自分の希望も付き添える。

 かなり好戦的な方針である。俺が当事者なら絶対に選ぶことのない選択だ。

 そして、この選択を迫られているのが『炎髪灼眼の討ち手』でなければ、俺はそもそもこれを選択肢として掲げることも出来やしない。

 相手は一大組織の``仮装舞踏会(バル・マスケ)``。戦闘の激化や『零時迷子』の価値次第では、一軍を差し向けて来ることも十分に考えられる。

 それを蹴散らせる可能性を秘めている、過去にも天下無双を魅せてくれた『炎髪灼眼の討ち手』でなければ、考慮するに及ばない選択肢だった。

 

「二代目は──」

「二代目?」

 

 呼ばれた当人は、歳相応の可愛らしい眉をよせて訝しんだ。

 呼ばれたことのない呼称に、違和感を感じてるのかもしれない。とはいえ、こちらもいちいち長い称号で呼ぶのは面倒。

 二代目と呼んでもいいかと聞けば、『別に』と実に素っ気なく許可をもらった。

 呼ばれ方にこれといったこだわりはないようだ。

 

「二代目は自分がどれほどの敵なら討滅できるか分かる?」

「……っ」

 

 フレイムヘイズ然としているのは、初めて会った時から感じ取れたし、世界のバランサーとしての自覚や決意、実力も申し分ないものだろう。契約した``王``が``紅世``の魔神であることが、それの何よりの証明でもある。

 500年以上も生きることのみにしがみついて、その為だけに知恵を絞ってきた自分とは、フレイムヘイズとしての差は天と地ほどもある。

 彼女は賢い。だからこそという訳ではないが、自分自身を客観的に見つめることが出来て正当な評価を下すことが出きるはず。

 過大評価せず過小評価せず、彼女の実力を考えるに現状では``千変``はおろか有名所の``紅世の王``相手では劣勢に立たされることの方が多くなるのが予想される。

 全てを完膚なきまでに跳ね除けられるか。これの現実味の無さと組織を相手取る事の意味を加味すると、俺の質問を安易に首を縦に振ることは躊躇われるだろう。

 それでも、凛々しい顔をやや険しくしながらも、苦いものを吐き出すように言う。

 

「できるできない、じゃない。するのが使命。それが」

 

 フレイムヘイズだから、と誇った。

 悠二くんはそんな彼女に見惚れ、マージョリーはどこか呆れたような目をした。二代目のその発言でアラストールからもどこか我が子を自慢するような雰囲気が伝わってくる。これはもしかしたら、ウェルとウェルと同じくらいにちゃらんぽらんなマルコシアスに対し、貴様らとは違うと威張ってるのかもしれない。

 俺とおそらくはリーズも、自分たちの違いをまざまざと見せつけられる。

 フレイムヘイズとして、彼女の言うことは正しいが、どうやら彼女も普通のフレイムヘイズとはややズレていることも感じ取った。

 この世界のバランスを乱す``紅世の徒``の討滅を目指すのはフレイムヘイズとしての在リ様としては間違っていない。

 しかし、多くのフレイムヘイズにとって世界のバランスへの使命は``紅世の徒``の討滅で起きる延長線上の結果であって、目的ではない。いや、人間と契約をした``紅世の王``にとってはまさしく、それこそが目的だが、人間側はそうではないのだ。

 契約した理由は、``紅世の徒``に復讐できる力と機会を与えられるから。そこに『世界のバランスを取る』などという大層な理由はない。

 どちらにせよ、``紅世の徒``を討滅するという役割を果たしている内はやってることは変わらず、俺よりよっぽどフレイムヘイズであるし、その定義から言うと俺はフレイムヘイズ失格である。

 

(なんとなく、彼女の事が分かったきた気がする)

(あの堅物が好みそうな子だねー。全くもっておそろいだこと)

 

 どこまでも真っ直ぐで、己の信念を曲げることがない。そういう意味では俺と同じかもしれない。俺も自分の信念を曲げることはない。

 けれども、あまりにも方向性が違いすぎる。

 

(逃げるなんて選択は絶対に取らないだろうな。分かってたけど)

(あの堅物のフレイムヘイズって時点で、ね? この子の場合は使命だからって言ってるけど、先代なら先代で全部跳ね除けてやろうと好戦的になったんじゃないかな)

 

 その光景はありありと想像できる。

 それも相方のヴィルヘルミナさんと二人で無双している姿だ。``仮装舞踏会``の組織員全員を相手でも、打ち滅ぼしてしまいそうな。そんな凄みが彼女らにはあった。

 二代目の意気込みは確かに伝わった。並々ならぬ意思を持ち、絶対の使命感を抱えており、何よりもフレイムヘイズに誇りを持っていることを。

 

「ヒーッヒッヒ、嬢ちゃん、そいつは笑い草にもならねーぜ。そんな簡単にあいつらをとっちめられるんなら俺達が何度もあいつを取り逃がしゴフっ!」

「うるさいバカマルコ。余計なことを思いださせるんじゃないわよ。チビジャリの崇高な心意気は結構だわ。それで、具体的な対策は出来るのかしら?」

 

 二代目はマージョリーを睨みつけ、それにマージョリーは挑戦的な笑みを返す。

 

「で、でも、シャナは強いんだ……これから現れる敵がどんなに強いかは僕には分からないけど、それでもシャナはいままでのように」

「悠二……」

 

 雰囲気がやや剣呑なものになると、悠二くんが耐え切れなくなったのか呻いた。

 万感の思いを込めて発した言葉に、各々が各々の思いで彼を見る。

 一般人により近い感性の彼からすれば、フレイムヘイズである『シャナ』の存在はどこまでも絶対的な強さを持つ正義の味方のような存在だったのかもしれない。あるいは、節々に垣間見える憧れか。それとも、もっと青い感情か。

 ごほんと適当な咳払いで、周囲の視線を自分に集めた。

 

「戦うについての詮議はおいといて、もう一つの選択肢の話も進めよう。方針を決めるのはそれからでも遅くない」

 

 個人的にはとっと零時迷子には行方をくらましてもらって、``仮装舞踏会``の手の届かない場所に逃げて欲しいのが本音ではある。

 ここからの話こそ、俺にとっては本題なのだ。

 

「逃げる、でしたっけ? フレイムヘイズが``紅世の徒``を相手に逃げるんですか?」

 

 不思議そうに尋ねてきた。

 悠二くんの言い分は重々承知だ。その言葉の裏にものも理解できる。

 ``紅世の徒``を滅することが使命であり、また元来は復讐者たるフレイムヘイズが、復讐相手を前にして逃げる意味があるのか。逃げることは自らの存在意義を否定するのではないか、ということだろう。

 まさしく、普通のフレイムヘイズなら例え大戦が起こるであろうと取らない選択肢だ。零時迷子が手元にいて問題なら、適当に外界宿にでも預けてしまうのが、ありがちな行動だろう。

 しかし、この方法を取られるのは困るのだ。外界宿に預けて、それを守るのは誰だ? どこの誰が危険が付き纏う零時迷子を守るのだ?

 故に、あくまで彼の護衛は『炎髪灼眼の討ち手』じゃないといけないし、何よりそれが最も都合がいいのだ。

 『炎髪灼眼の討ち手』のビッグネームの存在は規格外に大きい。

 隣に居たリーズがトントンと腕を叩きながら、小声で言う。

 

「貴方が実は一度も``紅世の徒``を葬ったことがないって言ったら驚きそうよね。この調子だと」

「悠二くんはもちろんだけど、二代目は相当じゃないかな」

「堅物は使命を果たしてないことに憤慨するどころか、呆れ果てそうだよねー」

「かの『弔詞の詠み手』ですら、度肝を抜かれるのではないか?」

「なーに、あんたたちコソコソしてんのよ」

 

 何でもないといい加減に返事をして、余計なことを言わないように改めて慎重に話を進める。

 

「問答無用で逃げろって意味じゃない。適切に逃げろってだけだよ」

「話が見えてきたな。『不朽の逃げ手』が言いたいのつまり、``仮装舞踏会``との接触を極力避ける方向に動けと言った所か」

「逃げるだけならそれほど難しくはないと踏んでるよ」

 

 フレイムヘイズが常日頃から``紅世の徒``を避けて逃げる事自体は、異例中の異例であり、それだけに徹すれば、戦闘力皆無の自分ですら生き残る術があったのだ。

 これが二代目ともなれば、状況に応じては降りかかる火の粉は払うことも可能であり、自分以上に柔軟な対応が出来るはずなのである。

 逃げることを躊躇しなければの話しであるが。

 だが、彼女の場合は間違いなく『フレイムヘイズの誇り』が邪魔をするだろう。現に今も顔を顰めて俯き、楽で簡単な逃げることを選べずにいる。

 

「選択肢がたった二つだけ……もっと、他には」

「あるにはあるよ、悠二くん」

「じゃあ、何でそれを言わないんですか?」

「君たち二人が望まないだろう選択だからね」

 

 俺の思ってもいない反応に、悠二くんは驚きの声を上げた。

 実際には選択肢は二つと限らずもっとある。俺が思いつくものでも、あと二つ。むしろ道理で言えば最も最優先に上がる方法だろう。

 

「『零時迷子』の無作為転移か、摘出ってところよね」

 

 俺の思いつく二つをあっさりとマージョリーが言い当てた。

 

「でも、『戒禁』はどうするのよ?」

「知り合いに優秀な自在師もいるし、君だって自在師だろう? それに``仮装舞踏会``の件が表面化したのは、``約束の二人(エンゲージ・リンク)``の襲撃された事から始まったんだよ。あ、これはまだ秘密事項だから他言無用で。そんな訳で、『戒禁』も彼女の手による緊急処置かもしれない」

 

 自らの恋人を守るための最終手段として、『戒禁』を咄嗟に掛けたのかもしれない線が非常に濃厚である。

 このことは皆も予想できていたので、一様に頷いている。

 ``約束の二人``の片割れを呼ぶのは難しいことではない。彼女は必死になって恋人の宝具を探しているだろうし、こちらで居場所を公布すれば、好きな人のためなら藁をも掴む思いで迷いなくやってくるだろう。

 なので『戒禁』自体は、それほど難しい問題ではないと俺は考えている。確かに、ブラックボックスが多く、手を出すには少々臆病になりがちだが、多少の無茶をやった方が得られるものは大きいかもしれない。

 にも関わらず、実行はおろか提案すらしなかったのは、今の二代目の表情を見れば一目瞭然。

 彼女が悠二くんを大なり小なり想っていることは、前回の戦闘後の二人から十分伝わるものがあった。

 今、彼女はフレイムヘイズと人としての心の間で揺れている。フレイムヘイズとしてなら、マージョリーが言った通りのことが『最適』である。ただ、『零時迷子』を失ったミステスの坂井くんは器を破壊されるか、されなくともトーチとして短い命しか残らない。

 余程の合理的主義でなければ、こんな彼女から『零時迷子』を除外しようとは言わないだろう。マージョリーも気付けば見守るような目で見つめているし、リーズなんかは「うんうん」と頷いている。

 労力を最小限にして、大戦は回避したいと願ってる俺は、悠二くんと二代目のことがなければ、無作為転移を行なっていた。いや、悠二くんだけなら彼を保護するだけでも済んだかもしれない。

 

「俺の思いつく限りではこんなもんだけど。悠二くんの言うとおり、もっといい案は出るかもしれない。今すぐ決めろって訳じゃないんだ。とりあえずは、調律師がこの街に来るまで。それを期限にしよう」

 

 反対意見はなく全員が肯定を表した。

 切羽詰まった状況下で日和った考え方なのは十分承知。だが、大戦の危険度は誰もが分かりきっているので、最後の強硬手段はいつでも取れると信じよう。

 いざという時は、致命的な敵が来なければ逃げることも出来る。相手側にもこちらの過剰戦力が分かっているのだから、時間が許す限りは、話し合いで事を進めて納得の行く結論を求めよう。

 

「どうして」

 

 悠二くんが気を必死に張り詰めてこちらを見てくる。

 

「どうして、あなた達はこんなに親切なんですか?」

「質問の意図がいまいち──」

 

 分からない、と言おうとした所で、悠二くんがさらに語気を強くして言葉を遮った。

 

「マージョリーさんが来た時はフレイムヘイズ同士で争うことになった。でも、あなた達は争うどころか、助けてくれて。協力までしてくれて、友好的な条件で手助けをしようとしてくれています」

 

 一拍を置いてから、分からないと言葉を吐き、真剣な眼差しはそのままに困惑の表情を浮かべた。

 彼の『分からない』には色々な『分からない』が詰まっていたのだろう。

 時に敵対し、時に友好的なフレイムヘイズに。

 突きつけられた結論の出しにくい選択肢に。

 あるいは、自分の持つ『零時迷子』の不透明さか。

 俺は彼の立場を最も理解できている自信がある。今、彼が悩んでいる問題もどういったものか分かるのだが。

 

「それじゃ、次は約束の期限の日に」

 

 答えは返さずに、去って行く。

 リーズがこれでいいのかと視線で訴えてくるが、くしゃっと髪を撫でて、別にいいのさと答える。

 彼の問いに答えたところで意味はない。どんな答えを返そうが、彼の抱えている悩みへの解決にはならないのだから。


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