不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第六十五話

 沈みかけの太陽が三崎市の新シンボル、御崎アトリウムマーチに隠れようとする中、周囲の視線を少々集める肩で息をする少年の姿があった。

 彼は自分を見つけると先日までの気の弱そう表情ではなく、意を決した光を灯した目をして、睨むように見据え、大きな足取りで近づいてくる。どうやら、自分と会うために悠二くんはここにやってきたようだ。

 

「すみません──」

「あ、ごめん。歩きながらでいい?」

 

 俺の水を差す言葉に悠二くんはコケそうになる。

 それにリアクションいいなあと思いつつ、リーズの持つスーパーのビニール袋を指した。我が家はリーズ頼みの完全自炊派である。なので、袋の中身は新鮮な卵や野菜、肉が入っている。日が沈み始めてきたとはいえ、暑さが和らがない夏の夜は食材によくない。

 悠二くんは高校の服装そのままでここに来たようで、ワイシャツが汗だくになっていた。リーズが気を利かせて悠二くんにタオルを渡す。

 

「時間は大丈夫なのかな?」

 

 悠二くんよりも大人であるわけだし、こういう部分へのフォローは大事だ。

 自分が高校生だった頃、本当に遠い昔の記憶になってしまうが、門限こそなかったものの、夜遅くまで遊んで帰ってきた自分に親はいい顔をしなかったような気がする。

 俺の気配りに悠二くんは「いえ!」と勢いで言ったあと、「あ」と思い出したように言葉を発してから、すみませんと一礼入れてから、ポケットから携帯電話を取り出した。

 

「大丈夫です」

「まあ、遅くならないようにはするけどね。じゃあ、話しながら歩こうか」

 

 悠二くんがわざわざこうやって来た理由は、なんとなく察しがついていたりする。

 以前に会合した時は何か言いたげにしていたし、相談事で十中八九は間違いないだろう。

 

(そもそも無茶な話だもんなあ)

(モウカは逃げるの選択しかしないでしょ?)

(あくまでフレイムヘイズだったらの話だよ。人間だったらどうだったか)

 

 自分が人間だった頃、こんな状況下に置かれること自体想像すらできないが、仮に究極の二択を突きつけられたとしたら。しかも考える時間をほとんど与えられずに、自分の人生に留まらず世界の命運を握っていると言われたら。

 答えを出せる自信はない。それこそ本当に現実から目を背け全力で逃げるに違いない。

 生きるための前向きの逃げではない、保留の後ろ向きな逃げ。何にも繋がらないただの最悪の選択肢だ。

 

(モウカが人間だった時も私は逃げてると思うけどなあ)

(何を基準にそう言ってるんだよ、おまえは)

(今までの500年?)

 

 逃げてばっかしだったのは認めるというか、どう考えてもそれ以外のことはしてこなかったけども。それで人間時代まで、否定されるのは悔しい。

 

(答えをどうしてもと言われたら、そりゃあ『逃げる』しかないだろ)

(やっぱり、そうじゃん!)

 

 あははと軽快にウェルは笑った。

 俺は確かに逃げるを選択したかもしれない。しかし、この決意の光を灯した少年も同じとは限らない。

 

「悠二くんはどうしてここに来たのかな? いや、それよりもよくここが分かったね」

「それは、二人の存在が分かりやすかった……いえ、分かりにくかったからです」

 

 悠二くんはどうやって答えればいいか困りながらも言葉にしてくれた。

 

「分かりにくかったから分かった?」

 

 その言葉に俺は目を丸くした。

 リーズは我知らずとスーパーで買ったおやつのイチゴのコッペパンを美味しそうに頬張った。

 

「ええと、例えばシャナやマージョリーさんはすごく分かりやすいんです。ここに居ることをこれでもかと主張している感じがしてて」

「それは物凄く分かる」

 

 俺が二人に受ける印象は派手だった。存在の自己主張が激しい。見た目も周囲の目を引き付けるような二人でもあるけど、それは周囲に溶け込むことで誤魔化せている。

 俺とリーズは周囲へ溶け込むと同時に、存在の力も出来る限り薄くするようにして、``紅世の徒``への予防線のために、ひたすらに存在の力を目立たせないようにしているはずなのだが。

 

「はい、でもあなたは」

「貴方はダメ」

 

 今まで素知らぬ態度をとっていたリーズが、間髪入れずに否定し、悠二くんを睨みつける。存在の力も放出してこれでもかと。

 これには悠二くんだけでなく、俺も驚きである。

 慌てて止めに入ろうとすると、リーズが「あなたは黙ってて」と介入を認めない。彼女に力を与えている``王``は仕方ないと頼りなく呟き、ウェルはしょうがないなあと分かったような事を言う。

 

「モウカて呼び捨てにすればいいわ。貴方もそれでいいよね?」

「あ、ああ。それでいいよ悠二くん」

「そ、それじゃあモウカさん、と」

 

 別に呼ばれ方にさしたるこだわりはない。

 リーズは満足気に頷いて、再びコッペパンに夢中になる。

 

「ええと、それではモウカさんは存在が薄いというか平べったいんです」

 

 こだわりがないと言った端からだが、さん付けで呼ばれることにむず痒さを感じた。

 

「薄くて平べったいね」

「はい。たぶん、普段なら全然気にならないし、それこそ普通の人よりも分かりづらいんです。だけど、気にかけると普通とは違うからこそ特徴的だなって……」

「特徴的……」

 

 分かりづらいのは望んだ通りの効果だが、それをして特徴的と言われるとは思わなかった。

 フレイムヘイズの中でも、特に周囲の気配について敏感な自分でも、俺から直伝されたリーズを存在の力を元に街で見つけるのは困難だ。長い時間を掛けて精錬された技術をこうも簡単に見破られるのは、ショックを受ける。それも、高校生の少年に。

 

「『零時迷子』か」

「はい。シャナやマージョリーさんも同じよなことを」

「存在の力の段違いな感知か。それがかのミステスの自在師たる所以だったのかもしれないな」

 

 本人の資質ももちろんあったのだろうが、『零時迷子』による恩恵を大きく受けていると考えるのが妥当だ。

 つまり、それを宿す悠二くんには自在師としての才能があり、自分を驚愕させた感知能力を組み合わされば……

 

「羨ましい、というのは失礼かもしれないけど、羨ましいと俺は思うな」

「フレイムヘイズのモウカさんが、ただのミステスに羨ましい?」

 

 分からないという顔をする。

 

「ああ、そうか。悠二くんは今まで二代目の近くで『フレイムヘイズ』という存在を見てきたんだよね。なら、そう不思議に思うのは無理もないか」

 

 彼女の傍に居たのであれば、さぞかしフレイムヘイズが高尚な存在に見えたことだろう。

 俺から見てもそうだ。

 彼女、『炎髪灼眼の討ち手』の在り方は高尚で誇り高く気高い。それが美しさを伴うような存在だとも言える。どこまでも純粋で、一筋で、揺るがない心で使命感を果たそうとしている。

 けれど、それは。純粋すぎる使命感は、実はフレイムヘイズにとしては、大きくズレている。

 彼女は理想のフレイムヘイズなのかもしれないが、現実のフレイムヘイズは違う。

 それに……彼女だってフレイムヘイズである前に、一人の少女であるはず。

 

「続きは中で話そうか」

 

 我が家に初めてのお客さんである。

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

「一緒に住んでるんですか?」

 

 そう言った悠二くんは物珍しそうに家の中をキョロキョロと忙しなく視線だけを動かしている。

 ウィークリーで借りているだけで、備え付けにあるもの以上の物がない家ではあるが、備え付けで十分に物が足りるようになっているのがこの手の仮宿だ。ここは立地もいいばかりか、部屋もそれなりに大きい場所であり、今夜の話がもつれ込んで、悠二くんを泊めることも可能である。

 そうならないように心掛けるが、時間はすでに18時を回っている。 いざとなれば、特急便でお届けすればいいので、さほど心配はしていないが。

 

「この状態見たら色々と否定出来ないよね……はあ」

 

 さもありなん。台所で景気良く包丁を振るってるリーズの姿を見れば、色々と察せてしまうというものだ。見た目の関係以上の関係を。

 悠二くんは少し羨ましそうな顔をした。

 何を思ってそういう顔をしたのか。おそらくは自分に当てはめて、羨ましいと思ったのだろうけど。

 

「普通だろ?」

 

 え、と悠二くんは意表を突かれたような声を出した。

 

「ほら、普通の人間と生活が。何か違ってたりした?」

「い、いえ。なんというか本当に、自分たちと変わらないっていうか」

「俺は極端な例かもしれないけどさ。実際、フレイムヘイズは人と変わらないんだよ。ほら、悠二くんも知ってるとは思うけど、元は人間なわけだし」

「以前に……同じようなことを言われました」

 

 言われた時のことを思い出したのか、悠二くんは苦笑いをした。

 フレイムヘイズはこの世の理から外れてしまったとはいえ、元は人間であり。その力こそは常識外れであるが、精神基盤は人間の頃と変わらない。それこそ数百、数千年も生きて、生き過ぎて枯れない限りは。

 

「うん。何故こんな話をしたかというと、君は選択のどちらを選ぶとしても彼女と一緒にいることになるよね?」

 

 悠二くんは思いっきり「はい」と肯定した後、「ずっと一緒にいたい……です」と告白まがいのことを段々と声を小さくして言った。

 なんともまあ、青春だこと。自分の青春はどこに行ったのか。気付いたら齢い500歳の老人なんだが。

 その初々しい姿ににやけていると、その俺の反応で気付いたのか、顔を真っ赤にして、「ぱ、パートナーとしてって意味です!」と慌てて否定した。

 

「パートナーか」

 

 チラッと軽快な音を立てて調理しているリーズを見て、また自身の中に宿るウェルを浮かべる。

 やはり彼とは似てる箇所が多そうだ。

 

「形はどうあれ一緒にいるからには、フレイムヘイズへの理解が必要だと思っただけだよ」

「フレイムヘイズへの理解ですか?」

 

 真剣な眼差しをこちらに向けて、言葉の意味を探るように復唱した。

 

「そう。さっきも言ったけど、フレイムヘイズは神聖なものとは程遠いんだよ。本来は。むしろ、人よりも俗物的で欲深くて執念深い。そういうのもちょっとは頭の隅にでもね」

 

 幾ばくの時間をおいてから、悠二くんはゆっくりと「はい」と言葉を返した。

 今の悠二くんは彼女の邪魔にならないようにと必死みたいだから、自分のことで手一杯なんだと思う。それに、今の二代目に人間として扱うような対応をしてしまえば、バカにされたと考えるかもしれない。彼女は悠二くん以上にフレイムヘイズという存在を神格化してしまっているようだから。

 サバリッシュさんも彼女については、まだ危ういと言っていた。彼女の精神のそれはフレイムヘイズの誇り一辺倒で他の支えはない。純粋培養して精錬されすぎてしまったからこそ、まだ幼く成長過程であるとも。

 一言で言えば、大人顔負けの態度や思考力はあるけど、肝心の心はまだまだ女の子てことなのだろう。たぶん、きっと。

 

「ああ、それで。家に着く前にちょっと言った俺が君を羨ましいというのは、単純にその『零時迷子』の能力のことがだね」

 

 悠二くんは今までの彼女の話題の時の威勢とは打って変わって、「はあ」と要領を得ない反応を示した。

 分からないのは無理もないか。その力がどれほど優れたもので、どれほど逃走に向いたものかを彼はまだ知る由もない。

 彼の秘めたるポテンシャルは俺の想像を遥かに超えるかもしれない。『零時迷子』の元だったミステスだって名だたる自在師だったのだ。引けは取らないだろう。

 この力を活かすように訓練を重ねていけば、俺の当初に掲げた『逃げる』ことによって導き出される未来は``仮装舞踏会(バル・マスケ)``からの逃げ切り──大戦の回避だ。

 是非とも彼には成し遂げて欲しい。

 

「なあに、モウカ。私じゃ不満だって言うの?」

 

 ぶーぶーと拗ねたようにウェルが言う。

 

「能力は、不満じゃないよ。ウェルも『零時迷子』もね。ただ、その境遇がなあ」

 

 私自身には不満なのね! と黄色い声を上げるウェルをいつものように無視をする。

 

「特に『零時迷子』は大戦が絡まないんだったら正直関わりたくない」

 

 『零時迷子』に限って言えばおっかないなんてもんじゃない。常日頃から``仮装舞踏会``に狙われるなんてのは嫌すぎる。逃げるのに向いてると言っても、精神を常時張り詰めらせなければいけない生活はあまりにもゆとりがない。

 長く生きるにしても緊張感とゆとりは共にあっても、命に別状がない程度でなくては。

 

「そ、そんなに僕の立場って」

「悠二くんが思っている以上に深刻だよ」

 

 決意の灯っていた瞳に影が差し、顔を俯ける。

 たった十数年しか生きていない少年には本当に酷な話だ。

 だからさ、逃げちまおう。

 なあ、少年。こんな才能もない俺だって生きることに必死で、逃げることに徹すれば500年生きてこられたし、まだ終わる予定もないんだ。

 ようやく、俺にとっての過去が終わって、これからは未来に進む。

 人間だった頃には生きて見られなかったような、人の作る未来を覗いていける。

 素直にそれが楽しみだと思ってる。 

 大戦は、そんな楽しみの将来を奪われかねない。

 

「それでも……僕はここに──」

「ここに居座るなんて考えは、最も甘えた答えだと俺は思うんだよね。悠二くん」

 

 そのままでありたい。今がいい。

 まだ離れたくない。もう少し時間がほしい。

 気持ちは分かるし、理解できる。

 だけど、悠二くん。それは状況が許さない。




移転完了しました。
なお、こちらは正真正銘のできたてホカホカの新話です。
大戦を避けるために、480歳以上も年下の少年を必死に説得するモウカの図となります。
大人気ないね!

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