不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第六十六話

 決意をして言い放とうとした言葉を、言わせる間もなく否定したために、悠二くんは顔を俯いたままだ。

 まさか否定されるなどとは思ってもいなかったのかもしれない。

 しかし、悠二くんのこのままで居たいという気持ちは痛いほど理解できるつもりだ。

 俺も常々に平和な毎日が、ずっと続けばいいのにと思っているくらいだ。今の彼にはただの日常が愛しくさえあるだろう。

 友達と賑やかに過ごし、時には馬鹿をする。そんな死の淵から遠い、本当に何てこともない一日に幸せを見出し、噛み締めていることだろう。

 

「悠二くん、根本的な話をしよう」

 

 声を掛けても、悠二くんは顔をあげない。それでも構わず、言葉を続ける。

 

「二代目、君の言うシャナのことだが、彼女が見た目通りの年齢じゃないことは、もちろん知っているよね?」

「……はい」

「そう。フレイムヘイズは``紅世の王``と契約した、その瞬間から人の時間の流れからはみ出る。それはつまり、見た目からの年齢なんて当てにならないことだよ。俺を見るといいよ」

 

 悠二くんはようやく顔を上げ、俺を見た。

 二代目以上に俺は、わかり易い例だろう。見た目は完全に日本人で、年齢は悠二くんからすれば、大学生くらいにしか見えないはずだ。

 

「俺は君の四十倍は生きている。そうは見えないだろ?」

 

 自虐的に俺が言うと、悠二くんは小さな声で「見えません」と素直に答えた。

 

(彼に関わらず、同じフレイムヘイズでもそうは思わないんじゃないかなー? 風貌とかどう考えても新人並だよね!)

(実際に俺を馬鹿にしているフレイムヘイズも結構いるし、やってることも逃げてるだから否定出来ないんだよなあ)

 

 外界宿の責任者として新人のフレイムヘイズに会った時に、言われる一言の大体が『弱そう』『こんなので大丈夫なのか』である。

 俺も自分自身を強いと思ってないし、責任者として大丈夫なのかと問われたら、大丈夫と言える自信はない。だからといって、新人にそこまで言われるのは癪だったりもするわけで。

 本当に戦闘力はないのでその無遠慮な発言に俺自身が咎めることは出来ないが、リーズが槍で突いて脅したり、レベッカが面白半分に俺の武勇伝を聞かせ、新人いびりをしたりするオチがつくことが大抵である。

 完全に舐めきっていた表情は、次の瞬間にはころりと畏怖を含んだ眼差しになっていたりする。

 こうやって更に俺のイメージが本来のものと、遠ざかっていくんだなあと呑気に眺めつつも、この立場を意外に便利と思っているのが最近の俺の心情である。

 

「でも、これを他人事だと思っちゃいけないよ?」

 

 悠二くんは「え?」と素頓狂な声を上げ、驚いたように目を見開いた。

 

「『零時迷子』を宿す``ミステス``である坂井悠二である君も、俺たちフレイムヘイズと大差ない」

「そ、それってつまり、僕は歳を取ることが出来ないってそう言いたいんですか?」

 

 俺は深く頷いた。

 

「でも、シャナはそんなこと──」

「君のことを想って言わなかったのかもしれないし、不確定要素だから言えなかったのかもしれない」

 

 二代目は不確かな事を言うような子には見えなかったし、中途半端な推測は``天壌の劫火``が嫌うものであったかもしれない。

 ``ミステス``は謎の多いものばかりであるし、その中でも特級に分からないこと尽くしの『零時迷子』だ。『戒禁』のこともあるから慎重になっていたのだろう。

 しかし、そんな彼らの悠二くんへの気遣いは、俺には関係ない。彼に決断をしてもらうためにも、これは必要な情報だ。

 

「悠二くんがフレイムヘイズと一緒で不変であることは、可能性として大いにあり得るんだ。『零時迷子』の以前の持ち主、『永遠の恋人』の片割れであるヨーハンは、``ミステス``となったその時の容姿を維持し続けてたらしいからね」

「…………そう、ですか」

 

 それっきり、重たい沈黙が場を支配し、リーズの調理をする音だけが聞こえる。

 不変がどういうことを意味するのか、すぐに理解できたらしい。今まで、普通の日常を生きていた高校生の少年とは思えない頭の回転速度である。そして、到底認めがたい事実を、必死に消化しようとしているのかもしれない。

 自分で突きつけた事実が元とはいえ、同情は禁じ得ない。もっと時間があれば、と思わずにはいられない。

 それでもいつかは、もっと決定的な場面で、どうしようもなくなった状況で発覚するよりは、マシなのだと信じたい。

 本人の覚悟もなく。友人たちとは違う存在であることがバレて化物と呼ばれ、決別するかもしれない未来だって存在するのだから。

 人間は成長する。それは不変の存在であるフレイムヘイズだって変わらない。ただ、内面的な変化は訪れても、外面的変化は起こりえない。だから、フレイムヘイズはどんなに街に愛着が湧いても一つの街に十年と定住しない。

 悠二くんの選択しようとした、ここに居残り続けるということは、ある種、彼を最も傷つける可能性を秘めている。大戦云々は置いておいても、彼のためにもならない選択だと俺は思う。

 ただ、これらは不変の負の側面に過ぎない。

 

「悠二くん、希望だってあるにはある」

「希望、ですか」

 

 悠二くんの悲痛な顔色に、少し明みが戻る。

 

「二代目と一緒にずっと在り続けられる、ということだ」

「それは! ……そうかも、しれないですけど」

 

 悠二くんはどう答えればいいか分からないのか、困った表情をし、言い淀む。

 彼は二代目と一緒に居続けることを願った。その反面、今の日常も捨てがたいものだと知り、手放すことを惜しんでいる。

 ここまで驚異的と言っても差し支えない、理解力を示している彼が分からないわけがない。この事実を知り本当はどちらを選ぶべきなのかを。

 だが、やっぱりこれは、16歳の彼には酷な話なのだ。

 パンッと手のひらを叩いて、悠二くんの思考を一度止める。

 

「あくまで可能性の話だよ。とはいえ、いつか来るかもしれない事実でもあるから、これを踏まえて、もう一度考えてみるといいよ」

「はい……でも、僕は自信を持てません……」

「自信というと?」

「何が正しい選択なのか。どうすれば、一番うまくいくのかなんて、全然分からないんです」

 

 半分は縋ってきているかのような喋り方だった。

 彼は頭の中は、本当にごちゃごちゃになりかけているのだろう。日常の友達や家族のこと。非日常のフレイムヘイズと``紅世``のこと。それから、現実と理想の間でどうすればいいかを悩み、苦しんで、今もその最中で、答えは迷宮の中で。

 

「そんなもんは、俺にだってわからないぞ」

「え……」

 

 俺が悩む素振りもなく、分からんと言い放ったら、悠二くんが今まで纏っていた負のオーラが吹き飛んで、完全に停止した。

 瞬間、ウェルの笑い声が部屋を響き渡り、「さっすが私のモウカだねっ!」と、ウェル本人にとっては俺への賛辞らしい言葉を、大笑いでおかしくなった喉でヒーヒーしながら言った。

 悠二くんは再起動したものの、困惑はこれに極まってる様子だ。

 

「悪いが、相談相手が悪かったと諦めてくれ」

「モウカに相談するのが間違いだったんだよー」

「え、あ、いや……え?」

「あと、別に友人を捨てろというわけじゃない。今生の別れ以外の方法は無きにしもあらずだしな」

「そ、それって!」

 

 身を乗り出す勢いで、悠二くんは食いついてきた。

 

「それには君が『ミステス』であることを、『この世の本当のこと』を友達に教えないといけなくなるよ。それが、どれだけ酷なことか、君自信が一番知っていると思うけど」

 

 見るからに悠二くんは肩を落とし、「結局、一つしか選択が無いじゃないですか……」と力なく椅子に深くもたれかかった。

 何もかもをぶっちゃけられるのであれば、どれだけ簡単なことかと思う。話をしてはいけない秘密を公開出来るのなら、隠し事をしているという後ろめたい気持ちも緩和されるだろう。あとは、友人の鑑定待ちだ。煮るなり焼くなり好きにしろと吹っ切ることも出来る。

 では、残された友人はどうすればいいのだろう。『この世の本当のこと』を教えられ、死ぬよりも酷い、自分すら気付くことが出来ずに『世界にいなかったこと』になり、存在自体を否定されるのだ。

 ただの人間には抗うことすら出来ない、理不尽な本当のこと。知らないほうが幸せでいられる事実。

 悠二くんはそれを無責任に、友人たちに明かすことが出来るのだろうか。友人思いの彼であれば、彼自信が化物と罵られるよりも辛いことかもしれないのに。

 

「貴方、ご飯出来たけど?」

 

 最近お気に入りの白いエプロンを身に着け、ご丁寧にも自家製のとても切れ味のいい包丁を握り、キッチンから出てきたリーズが小首を傾げた。

 彼女の空気を読まなさは天下一品だが、重苦しい空気を打ち破る救世主に今日は見えた。

 

「気持ちを整理する上でも、切り替える上でも、ご飯食べていく?」

「あ、ありがとうございます。でも、母には家で食べると言っておいたので」

 

 悠二くんが柱にかかっている時計をちら見するのに、合わせて時計を見れば19時半を過ぎている。

 立派な夜ご飯時だった。

 

「うーん……となると、もう悠二くんを帰さないといけないな」

 

 さて、と膝に手をやり席を立つ。それに合わせ、悠二くんも席を立った。玄関まで先導して歩く。

 

「なんか中途半端に終わらせてごめんね」

「い、いえ、僕も色々と考えなくちゃいけないことを教えてもらえたので」

 

 玄関を出て、家まで送ろうかと聞けば、悠二くんは苦笑いしながらも、一人で大丈夫ですと俺の誘いを断った。一人で考えたいこともあるので、と付け足して。

 

「ああ、それと最後に一つだけ」

 

 とぼとぼと歩いて行こうとした、悠二くんを引き止める。

 

「最後に言ったことだけど、仮に君が友人たちに全て打ち明けられたら、おそらくは俺にも協力できることがある。だから、そうなった時には頼ってもらっていいからね」

 

 「はい」とやや驚いたふうに返した悠二くんを今度こそ見送って、俺は家に戻った。

 リビングでは、テーブルの上に食器を並べ終わり、料理が入っているだろう鍋をテーブルの真ん中に置いているリーズの姿があった。どこか、うきうきしている。

 鍋を覗き見ると、今夜のご飯は肉じゃがだった。すごく、ものすごく家庭的で取り返しの付かない事態な気がする。

 黙っていつもの席に着けば、リーズのあまり見たことのない、花が咲くような笑顔で、ご飯の入ったお椀を渡してきた。

 ありがとうとお礼を言って受け取り、頂きますの掛け声で食事を始めた。

 リーズの手料理は、俺の作るものよりも美味い。

 

「お疲れ様のようね?」

「そりゃあ、神経使ったさ。おかげさまで悪役ぽかった気もするけど」

 

 本当は俺じゃなくて、もっと身近である二代目や``天壌の劫火``、あとはもう少し頭の良い奴にこういう立場は任せるべきなのかもしれない。

 出来れば俺の望んだ通りに。そして、彼にとっても不幸にならない結果になるように。

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 悠二くんと神経をすり減らす話をした一週間後。

 御崎市に巨大な存在の力の接近したのに気付く。しかし、特に気にせずもお昼すぎまで怠惰に家でだらけきっていると、その存在の力が徐々にこちらに向かってくる。いやいやまさかと思っていたら、家のインターホンが鳴った。

 外のカメラと繋がっているインターホンの映像を見れば、フードを被り、背中には得体の知れない大きなものを持った人の姿が映った。

 だらけきった身体に鞭を打ち、停止していた脳を活性化させ、玄関へと走り、ドアを開ける。

 

「ああ、お久しぶりです『不朽の逃げ手』」

 

 自分が見てきたどのフレイムヘイズよりも背が小さく、褐色の肌に不自然なまでに傷を残した少年が、落ち着いた口調で話す。

 

「わざわざ、ここに挨拶に来てもらえるとは思ってなかったよ。カムシン」

「ふうむ、これも仕事じゃからな」

 

 答えたのは老人口調の声だった。カムシンが内に宿す``紅世の王````不抜の尖嶺``ベヘモットだ。最古のフレイムヘイズと呼ばれるに値する、数千年という長い時間を戦い生き、今は調律師として世界を跨ぐ『儀装の駆り手』その人。

 俺が外界宿を通して、この街の調律を頼んだフレイムヘイズである。

 

「てっきり、調律の準備を付近でしてるものかと……それで、仕事って?」

 

 彼は旧交を温めるようなフレイムヘイズではない。仕事──フレイムヘイズとしての自分の役割に忠実で、その上で必要なことを必要な分だけ行う、余計なことをしないタイプのフレイムヘイズだ。

 彼らが仕事と言って、俺に会いにわざわざ来たのだから、調律の仕事以外の仕事があったのだろう。

 

「ああ、それが外界宿を出立する直前に頼まれたのですが」

「ふむ、これがどうも急を要することらしいのでな」

 

 急ぎならキアラに頼んだほうが良かったのではと思ったのを、あっさりとカムシンに察せられる。

 

「ああ、『極光の射手』なら別件で動いてましたよ」

「ふうむ、だから我々がついでにというわけじゃ」

「……そっか、なら仕方ないか」

 

 カムシンの到着で戦力急上昇と考えていた所での手痛いキアラの離脱だった。計画通りなんてそうそう出来ることではないようだ。

 カムシンは「これを」と言い、封筒を手渡してきた。

 

「ああ、それでは『不朽の逃げ手』、またいつか会うこともあるでしょう」

「ふむ、それが大戦での共闘ではないことを祈っておるぞ」

 

 まるでこの街から去るかのような違和感のあるセリフを残し、足早にカムシンたちは去っていく。

 「誰だったの?」と遅ればせながら、ちゃっかり外着に着替えてきたリーズが後ろから近寄ってくる。

 

「最古のフレイムヘイズっていう、フレイムヘイズ最強の一角が来てたんだけど」

「元祖堅物一号二号が来てただけー。それよりモウカ、その手紙」

 

 ウェルに促されるように、封筒の封を切り、逆さにして中身を出そうとすれば、はらりと紙が複数枚落ちてきた。

 その中の一枚は、

 

「これは航空券? 場所は」

「貴方、チューリヒってどこ?」

「どこってスイスの外界宿がある……ああっ!」

 

 街から去るのはカムシンたちではなく、俺たちのようだった。




m(__)m

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