不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第六十八話

「『ヨーハン』を渡せ」

 

 感情を感じさせない張りつめた声が、会議室を凍り付かせていた。

 その音の発生源は、黄緑色の長髪と瞳をした美女だった。普通の人間では出し得ない尋常ならない存在感を放ち、敵意を剥き出しにして、彼女は会議室の俺から対角線、出入り口から最も遠い位置にいた。

 絶対零度の瞳が会議室を見渡し、俺の視線と交錯したところで動きを止めた。

 会議が始まろうとするいの一番の出来事。俺の胃袋は加速度的に自傷を始めた。つまり、お腹が痛くなってきた。

 

(俺は今この時ほどこの場に来たことを後悔したことはないな)

(それ何度目?)

(じゃあ、ここ5年で最高の後悔ってことで)

(明日にはここ10年で最高の後悔とか言い出すにいっぴょー)

 

 そんなことにならないことを祈りたい。

 

「『不朽の逃げ手』、あなたに言っている」

 

 声の主──``彩飄``フィレスが俺に死刑宣告に等しい言葉を突きつける。

 『約束の二人(エンゲージ・リング)』の片割れ。フレイムヘイズ同士の会議に呼ばれることが本来であればないはずの``紅世の徒``。この場において異端であるはずの彼女は、『万条の仕手』ヴィルヘルミナによって招かれた客だった。

 俺的には招かれざる客。

 これが『零時迷子』現保持者である坂井悠二にもチケットが届けられた理由であるのだろう。であれば、連れて来なかった俺の行動は正解だったのだろう。彼がこの場にいれば、問答無用で襲われる、なんてことにもなっていたかもしれない。

 俺グッジョブ。

 名のあるフレイムヘイズが並ぶ場において、そのようなことをするのは正気の沙汰ではないが、それを厭わずやりかねない鬼気迫る雰囲気をフィレスは出している。

 会議の主催者であるドレルへと視線を向けるが、彼は顔を俯けたまま視線を上げない。他の参加者のほとんどはこちらに顔を向け、様々な熱を篭った視線を俺に浴びせている。

 胃に穴が飽きそうな光景だった。

 俺っちの胃が爆発四散。

 

(現実逃避はやめようね、モウカ?)

(ウェルに優しく諭されると涙が出そうだよ……)

 

 そもそも、なんで俺が糾弾されそうな雰囲気になってるんだよ。どう考えても``紅世の徒``を招待した『万条の仕手』をせめて然るべきだろう、と心では激しく思っても、場の空気に逆らえない俺からはとてもじゃないが、口からその言葉は出ない。『万条の仕手』と『不朽の逃げ手』では、格が違うので、思いを口にできても場の空気を変えられるとは思わないけどさ。

 苦々しく思いつつも、こういった状況に陥ることはある程度は予想が出来てはいたため、イメージで戦う系フレイムヘイズの俺は必死に小物感を隠す努力を行なう。

 

「『ヨーハン』なる人物の事は知らないが──」

「は?」

「知らないが!」

 

 すみませんと反射的に言いそうになったが、鋼の精神によってねじ伏せた。

 フィレスの視線と表情は『ヨーハン』のためには全て切り裂かんとする意志と手段を選んでいられないという焦燥とも衝動とも思えるような必死さを感じさせ、死に物狂いを体現していた。

 余裕が無いことが見て取れるのだ。

 最愛の人を亡くしたせいでもあるのだろうし、その最愛の人と誓った「人間を食わない」という誓約を未だ守っているとすれば、顕現するための存在の力にも余裕が無いのかもしれない。

 風の噂に聞いた彼女の雰囲気と大きく違うことから全盛期とは程遠いのかもしれない。この場に招集することを許可した理由の一つだろう。

 

「『零時迷子』についてなら、報告がある」

「それを渡せ!」

「……結果的にではあるけど、``彩飄``に渡さないほうが良いと俺は考えている」

 

 殺気が一気に濃くなるが、いくら余裕のない彼女とてこの場で俺を襲って脅すという一番の悪手は選ぶことはない。

 フィレスを連れてきたという『万条の仕手』ヴィルヘルミナさんは、無言の圧力を俺にかけてはいるが、何かを発言、行動する様子はない。

 何かを知っているのか、サヴァリッシュさんは笑みを浮かべて様子見を決め込んでいる。

 歴戦の古参たちは一様に黙り、事情を知らぬ者らは呟きを漏らした。

 

「詳しくはすでに『愁夢の吹き手』ドレルには話をしてあるが……」

 

 ``仮装舞踏会(バル・マスケ)``と『零時迷子』の関わりについての前振りをする。

 

「それについては私から説明をしよう。今回、無理を言ってみんなに集まってもらった理由でもあるからね」

「シーッ! ドレルが分かりやすく説明するんだから、静かにしてね!」

 

 ドレルは俺と視線を交錯させ、俺が頷くとそれを合図に席から立ち上がった。

 ドレルから話されるのは``仮装舞踏会``の今までの静観とは打って変わった積極的とも取れる活動について。``壊刃``サブラクによる外界宿の襲撃。『約束の二人』(エンゲージ・リンク)、主に『零時迷子』への執拗な攻撃。シュドナイの『零時迷子』を求める発言によるサブラクとの関連付け。御崎市が『闘争の渦』と呼べるほどの、``紅世の徒``の出現頻度。

 誰もが良いイメージのない大戦。

 大戦の勃発するかもしれない、という冗談では済まされない事実と緊迫した現実を感じ取り、会場がざわついた。

 さもありなん。当然の反応と言える。

 『大戦』が起きるかもしれないと言って落ち着いていられるフレイムヘイズはごくわずかで、かのサヴァリッシュさんでさえ、笑顔を崩している。

 かつてに起きた大戦は二度。一度は``祭礼の蛇``が、``仮装舞踏会``が起こした古の時代に。もう一つは俺とも因縁深い``とむらいの鐘``が起こした中世のもの。どちらも大きな被害と世界の歪みを引き起こし、失ったものはあまりにも多すぎた。

 大戦を引き起こしてはならない。

 主義主張が激しく、俺様ルールや戦闘狂とも言えるフレイムヘイズが、この時ばかりは同じ思いを抱いたに違いない。

 

「『零時迷子』が大戦の導火線だと言うのか!?」

「『零時迷子』を守るか、隠すかすれば大戦を回避できるのでは?」

「無作為転移をさせれば、時間は確実に稼げるということですね?」

 

 当たり前ながら、俺が予想していたとおりの対策案が、会場の各場所から上がっていく。『零時迷子』が大戦を呼び起こすのであれば、元をどうにかしてしまえばいい。単純な帰結であるし、その意見には俺も同意である。

 だがしかし、坂井悠二という存在を俺は知ってしまった。

 悠二くんと会話をし、可能な限り彼に協力をしたいとも思ってしまった。

 彼の境遇への同情ももちろんあるし、二代目から彼を奪うことの残酷さを考えて、躊躇もしてしまってもいるが、そんなことよりも。

 

(けんかの元のおもちゃを壊して解決なんて、そんな横暴な親みたいなこと、あまりにも器が小さすぎないか)

(間違ってない選択だとは思うけどね)

(手段の一つなのは違いないけど、最初に選ぶべき選択肢でもないだろ)

 

 奇しくも、ウェルとそんな会話をしていると、やはり脳筋なフレイムヘイズたちは期待を裏切らない。

 

「なー、それってもっと簡単に『零時迷子』を壊しちまえばいいんじゃねーか?」

「おー!確かにそれはシンプルでいいな!」

「『不朽の逃げ手』が『零時迷子』を補足しているんだろう? それならば今すぐにで──ッ!」

 

 フィレスのこれ以上はない殺気が、不用意な言葉を吐いた者たちを貫く。

 馬鹿なのこいつら……うん、単純馬鹿だったわ。

 復讐鬼たるフレイムヘイズのほとんどは頭の中が復讐ばかりの馬鹿ばっかであるのは、周知の事実である。歴戦の古参たちは復讐を終えたことと年季を重ねてることもあり、落ち着いて、各々の思考を張り巡らせているが、それだって決して頭の回るやつは多くはない。ドレルが台頭するまで、外界宿は真っ当に機能していなかったことからも、分かりきっていた。

 ……まあ俺も元々現代人だが組織運営とか頭の隅にもなかったし、自分が生き残ることばかり考えていたわけだから、ブーメランといえばブーメランなのかもしれない。

 でも、さすがに彼らほど脳筋でも空気を読めないことはない。元とは言え現代っ子は空気を読む天才なんだぞ。

 ずっと沈黙を保っているお隣のリーズは、特に何も考えていないようで、各自に配られた資料に落書きを描いている。どこであいあい傘なんて知ったのこの娘は。期待した目でこちらをみない。周りの空気を読んで。

 

「フィレス落ち着くのであります」

「心頭冷却」

「うん、ごめん」

 

 ヴィルヘルミナさんの一言であっさり矛を収めるフィレス。思った以上に仲が良さそうである。あと、俺のときにも諌めて欲しかったと思うは当然だ。

 衝撃的な事実で沸騰した会場だったが、フィレスの言葉で沈静化されると、今度は楽観的な意見が飛び交うようになった。

 「『零時迷子』で何をするつもりか分からないのに、本当に大戦へと発展するのか?」「``紅世の徒``が短期間に3体来ただけで闘争の渦と認識するのは早計ではないのか?」「そう簡単に大戦になるはずがない」など、『零時迷子』についての発言に比べれば幾分かまともな意見ではあったが、どれも逃避的なだけで、具体的な否定の根拠は付随してこなかった。

 

「一人一人の考えがあるとは思うが、どうか冷静になって私の話を聞いて欲しい。ここからは外界宿からの声明だ」

「シーッ! シーッ! まだ私のドレルの話が終わってないんだから、静かにして!」

 

 場の視線がもう一度ドレルに集まった。

 

「観測できている限りで、最初の襲撃はホノルルの外界宿だった。これは``壊刃``サブラクのものであったと、『不朽の逃げ手』が証言している。``壊刃``は貴君らも知っての通り『殺し屋』の通称を持っており、外界宿を襲撃し壊滅する事自体は……あってはならないが可能であるのだろう」

 

 サブラクの名はもぐりでない限り、有名すぎる``紅世の王``の一角である。この場に集っているのにもぐりは存在しないため、皆一様に頷く。

 

「しかし、やつの『殺し屋』たる所以は雇われという介在があってこそのものであり、背景があると今の今まで考えられてきており、そしてその背景を発覚していなかったが、『零時迷子』を狙う``壊刃``の所業と、御崎市における``仮装舞踏会``幹部の``千変``シュドナイの行動及び発言の関与から推察。『万条の仕手』と『不朽の逃げ手』の協力により背後関係が発覚、ホノルルでの外界宿の破壊工作を``仮装舞踏会``によるものと()()宿()は判断した」

 

 以上が正式に外界宿からの出された声明だった。

 世界への()()()な関与をしていなかった``仮装舞踏会``は、それが率いる``紅世の徒``の規模を考えみて、無闇に突く必要がないと外界宿は見解を出してきたが、たった今を持って、それを撤回。

 明確に打倒すべき敵となる。

 

「これら一連の行動の真意は未だ不明であるが、外界宿への間接的な攻撃は``仮装舞踏会``が大規模に動く予備行動、後に我々の出足を挫く作戦の一環とドレル・パーティは推察する」

 

 今後、似たような破壊工作が行われる可能性への危惧、もしくはすでに水面下で行われている可能性がるという可能性の示唆。

 俺が構えている東京総本部もその例外ではないだろう。

 まさしく、非常事態宣言だ。

 

「``仮装舞踏会``が狙っている『零時迷子』については、``仮装舞踏会``に渡らせないこととを現状の最優先課題とししたい。そして、『零時迷子』ついては『不朽の逃げ手』から見解がある」

 

 ドレルはそこまで言い切ると、俺に目線をくれる。

 私の手伝えることはここまでだ、と言わんばかりに。

 薄情なとは思うが、仕方ないことでもある。彼は外界宿をまとめ上げた実績はあれど、戦績は大したものがない。並みいるフレイムヘイズと比べれば、生きてきた年数が少ないし、脳筋が多いフレイムヘイズは何よりもその戦いぶりを評価する傾向が強い。

 分かるものはちゃんとドレルの凄さが分かるのだが、それを教えて説いたところで、気付きはしないだろう。彼が死んだ時、その時こそ真に評価される時が来るのかもしれない。どれだけ、現代の様式に合わせてもらって、戦う場を整えてもらっているのかを。

 一度大きく深呼吸をし、改めて気合を入れ直す。

 

「みんなも『零時迷子』をどうするべきかを真剣に考えてくれているとは思うが、現在『零時迷子』は``天壌の劫火``の保護下にある」

 

 会場が本日何度目かのどよめきに包まれた。

 ドレルに戦績が足りなくて発言力を高めるために外界宿を媒介とするなら、戦績は言わずもがなであり、魔神──``紅世``において神の一柱である彼の発言力は計り知れない。

 フレイムヘイズは単純だ。単純であるがゆえに、説得の仕方を心得ていれば、ある程度の主張を押し通すことも出来る。

 どよめきの中から一人のフレイムヘイズが挙手をした。

 

「それはつまり『炎髪灼眼の討ち手』が復活した、そう思っていいんだな?」

「ああ、もちろん。その名にふさわしいフレイムヘイズの使命を背負って立っている立派な打ち手だ」

(ちんまいのだったけどね!)

(余計な事は言うなよ。いくらフレイムヘイズが見た目と年齢が噛み合わないと言っても、見た目はイメージの大切な要素の一つなんだから)

 

 『炎髪灼眼の討ち手』という看板は目立つなと言う方が難しいのだ。それが今の今まで知る人ぞ知るで収まっているのだから、誰もがまだ生まれて間もないということを察することが出来る。その生まれて間もないフレイムヘイズが中学生とも言えないようなちっちゃい少女なら、いくら``天壌の劫火``を宿しているとは言え、不安材料にならないなんてことは断言できない。

 今はとにかく魔神に一任すれば間違いないという意見を押すことで、現れるだろう無作為転移や破壊の強硬派を牽制する必要がある。

 偉大なり、虎の威を借る狐戦法。

 そして、最大の問題は、

 

「そう、日本にヨーハンは居るのね」

「貴女はその地に……」

「懐古」

 

 ヴィルヘルミナさんは冷静な判断も出来る人だ。外界宿から正式に制止がかかれば、暴走はしないだろうが、フィレスは違う。彼女はフレイムヘイズではなくこの世界で拘束されることなく存在する``紅世の徒``だ。例え、ヴィルヘルミナさんの制止でも、己のための行動を抑えたりはしないだろう。

 ヨーハンと悠二くんをうまいこと分離出来たとしても、『零時迷子』は一つだけ。片方に渡れば片方は悠久の時を生きれない。

 片方を生かせば片方が死ぬ。

 全く、世の中はうまくいかないことだらけである。

 ヨーハンか悠二くんどちらを助けるのかと聞かれれば、俺は悠二くんを選ぶし、それすらも危険があるならば……その時こそ最終手段だろう。

 会議一日目、俺の最大の課題であった『零時迷子』の処遇については、うまいこと『炎髪灼眼の討ち手』の一時的な一任とし、事なきを得た。

 大戦の回避ひいては俺の平和への大きな第一歩である。




大変おまたせして申し訳ございませんでした。

P.S.
心頭冷却は誤字ではありませんのであしからず。

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