不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第六十九話

 二日、三日と時間が経つにつれ、会議から離脱するフレイムヘイズは多くなっていった。

 理由はそれぞれにあるのだろうが、やはり実際に事が起きないことにはフレイムヘイズがまとまることが難しそうな気配になってきた。フレイムヘイズの士気はドレルの顔色と比例するように悪くなっている。

 仕方のないことではある。

 各地の外界宿を束ねる者であれば、報告と対策を早々に立てなければいけない事情があるにはある。

 ただそういった責任のある立場以外のフレイムヘイズたちは、最終的に各々で勝手に決めようとするあたり根本的なところで協調性が足りない。

 俺も過去にひどい目にあったサブラクは、フレイムヘイズの気配すらも遮断する宝具『テッセラ』の置かれている外界宿への襲撃を行なった。この襲撃が彼個人の事情ではなく、組織ぐるみの攻撃であると明るみに出た今、次は自分たちの外界宿が``仮装舞踏会(バル・マスケ)``に襲われるかもしれない、と思うのは当然の結論でもある。

 そして何よりも恐ろしいのは、サブラクは襲撃をどのようにして可能にしたのかが未だにわかっていないことだ。

 本人の自在法なのか、または別の宝具によるものなのか、彼の背後に見える``仮装舞踏会``の軍師たるベルペオルの神がかり的な采配か。自在法であれば彼にしか編めないものなのか、誰にでも力さえあれば可能なのかによっても危険度は変わってくるし、下記二つなら``仮装舞踏会``の組織員の誰が襲撃に現れてもおかしくないのだ。

 ``千変``シュドナイが襲ってきた暁には、外界宿の全滅すらありえるかもしれない。

 未知の方法によって行なわれる襲撃に対策を敷くのは難しい話ではあるが、「襲撃が起きるかもしれない」「外界宿は絶対安全領域ではない」と身構えていれば少なくとも気持ちの面では大きく違うだろう。

 俺のようにいつ来るかわからない襲撃に日々恐怖して震えて過ごす、なんてことは普通の人間ならまだしも勇猛なフレイムヘイズの諸君ならないだろうしね。

 できればそのまんま、返り討ちにしてほしいくらいだ。

 我が友人たる``螺旋の風琴``ほどの自在師がいれば、襲撃を未然に防ぐ、あるいは逆手に取ることが可能な自在法を仕込むことができるかもしれないが……それはあまりにも高望みというもの。

 紅世最高の自在師と呼ばれている彼女に並び立てる者など、フレイムヘイズ側どころか紅世と現世を探してもいない。

 フレイムヘイズ側で自在師と呼ばれている存在自体が稀である。大規模な自在法を繰り出せるか、臨機応変な自在法を行使できるかが、自在師と呼ばれる基準であり、前者では俺が、後者では『弔詞の詠み手』マージョリーと『鬼攻の繰り手』サーレが有名であったりする。

 東京総本部でサブラク対策を考える際に、いい感じの相談できる自在師を知らないかとフレイムヘイズに詳しい構成員に聞いた時に教えてもらった。あなたもですと尊敬の念が籠もった視線を向けられたのでよく覚えている。

 今はちょうど、マージョリーもサーレも御崎市にいるはずなので、帰国したら相談するのもいいかもしれない。マージョリーのあの性格からして、素直に協力してくれるとは思えないが、物は試し。褒めたり煽ったりすれば、お調子者のマルコシアスがノッてくれるかもしれないし。

 去って行くフレイムヘイズの中には、俺に一言挨拶をしてくる者もいた。立役者と呼ばれたフレイムヘイズがどんなものか、という興味本位のものがほとんどではあるが、こちらとしても強いフレイムヘイズと知り合っておくのは損ではない。

 『大戦』が勃発するのは非常に困るが、仮に勃発してしまった際には頼りになる存在の元に身を寄せられるし、東京総本部の責任者という権力で招集して戦力の強化にも繋がる。

 新たに出会ったフレイムヘイズの中でも特に印象的だったのは『犀渠の護り手』ザムエル・デマンティウス、``吾鱗の泰盾``ジルニトラと契約した集団戦を得意とする世にも珍しいフレイムヘイズの一人であった。

 立て襟のオーバーコートに将校の帽子を被った彼は俺に会うなり帽子を一度脱ぎ、礼儀正しさを体現するような堂に入った軍人らしい格好から礼を。

 

「『革正団』の折りには、友人たちを助けてもらい感謝する」

 

 また、しわがれた男の声が彼の胸ポケットにくくりつけられた親指大の銀杯から。

 

「戦友の友の助命、感謝したい」

 

 とどのつまり、俺は彼らの友人の命の恩人らしかった。

 集団戦が得意とだけあって『革正団』の際には、物資調達や人員の結集などの後方支援を一手に引き受けていたらしく、戦場に出ることが大幅に遅れてしまったらしい。

 友人のいる戦線がかなり危険な状態だったことも把握できているのに、後方支援という戦線維持のための立場と律儀な性格が仇となり、自ら救援に行くこともできなかった。そんな友人を失う危機を救ったのが俺だと彼は言うのだ。

 

(全く身に覚えがない感謝ほど、反応しづらいものはないな……)

(モウカは自分が逃げるのに必死だっただけだもんねっ!)

(ドレルの言われるがまま、信じるがままに右に左にだったからね。これ、絶対にドレル知ってたでしょ)

 

 『革正団』の時は、便利にドレルに扱われたという事実が今更ながらよく分かる。

 結果的には『革正団』で大戦への大切な戦力を失うこともなく。俺は俺でこうやって感謝をしてもらえるようなにより、動きやすくなっているのだから扱き使ったドレルを責めるに責められない。

 こうなると憎たらしさより感心の方が上回るというもの。

 ……いや、彼も知っていたということは、彼の指揮もあってのことかもしれない。ドレル一人で抱えるには、あまりにも広範囲に広がりすぎた戦場ではあったから。

 

(逃げ惑って戦場広げてたもんねー。お祭り騒ぎで楽しかったね。毎日だったからだんだん飽きちゃったけど)

(最初から楽しくなかったし、疲れるだけだったからな)

 

 どんな指揮系統だったにしろ、彼らには是非とも大戦回避への辣腕を振るってもらいたいものだ。

 ザムエルは戦力の結集などの『大戦』に備えたいくつかの任を託されたので、チューリッヒを離れる前に律儀にも挨拶に来てくれたようだった。

 俺も他人のことは言えないが本当にフレイムヘイズらしからぬ人で、こういうフレイムヘイズが一人でも多くいるのなら希望が持てる。

 再会と大戦での共闘の約束をして、ザムエルがチューリッヒを去って行く姿を苦い顔をして俺は見送った。

 大戦で共闘など洒落にもならないが、現実問題として十分に起こりえることだというのを痛感させられた。

 チューリッヒを去ろうとするのはフレイムヘイズだけではなかったようだ。

 俺が最も警戒している二人が訪れたのだ。

 

「『炎髪灼眼の討ち手』への忌避なき評価、また現在について知りたいのであります」

「容赦不要」

 

 ``彩飄``フィレスはこちらを見ることもせずに無視……というよりは心ここにあらずといった様子で、連れられるがままに。『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルは挨拶を無難に交わして終わることを祈っていたら、予想していた話題の一つを切り出してきた。

 

(そっちが先か)

(大戦よりも、ねー?)

 

 彼女らの訪問は会議時の熱量からして予想の範疇であった。

 最初の会議では今にも身を乗り出して問いただしてきそうな雰囲気であったし、すぐにでも御崎市に飛び立つのではないかと思わされる鬼気迫るものがあった。

 しかし、そこはやはり生きる伝説のフレイムヘイズなのだろう。ヴィルヘルミナさんはフィレスを冷静に押し留めながら、情報収集を行なっていたらしい。

 フィレスの様子からすると、いよいよもって出立をするのだろう。

 もちろんこと、俺もここ数日を無意味に過ごしてきたわけではない。

 ヴィルヘルミナさんの武勇に関しては、調べずとも耳にするくらい有名ではあるが、それ以外に関しては俺もよく知らない。先代の『炎髪灼眼の討ち手』と仲が良かったことは目にしたこともあり知っていたが、それも過去には有名ではあった。

 現在の彼女を知る人物、彼女の戦友でもあるサバリッシュさんに連絡を取り、近年での彼女の行動について可能な限りは教えてもらった。

 『炎髪灼眼の討ち手』に、ある種の執着をしていることも。

 

(サバリッシュさんは戦闘以外では目も離せぬ箱入り娘なんて言ってたし、俺の目には使命に命を燃やす戦闘狂に見えたけど……それだけじゃないだろうな、あの感じは)

(堅物とその堅物契約者の堅物コンビなのは間違いないけど、あの二人の雰囲気は……うん、青春だね! 可愛いところもあるじゃんってちょっと思ったもん)

(安易に恋愛してるっぽいなんて言うべきじゃないんだろうけど、悠二くんのは明らかにそうだよなあ)

 

 二代目のことを『シャナ』と呼ぶ悠二くんと彼に信頼を寄せているように見える二代目の二人は、少し関わっただけの俺の目から見ても何かありそうないいムードを出していた。

 少なくとも好きという単語に過剰反応する悠二くんは間違いなく二代目のことを特別に思っている。

 そんな``ミステス``とフレイムヘイズの青い関係を、二代目の育ての親の一人らしいヴィルヘルミナさんに素直に伝えるのは抵抗がある。

 フレイムヘイズには恋愛など不要と言って、悠二くんを切って捨てる可能性も無きにしもあらず。

 

(いの一番に二代目のことを聞くってことは、サバリッシュさんの予想があたったわけか。育ての親とは聞いてたけど)

(親バカだったなんて、なんだか親近感を感じる)

(俺はウェルの子供じゃないが?)

 

 契約した人間と``紅世の王``の間で親子のような関係を持つフレイムヘイズも確かに多いが、俺とウェルはそんな関係ではない。

 

(確かにそうだね。親子じゃ恋人になれないし)

(恋人でもないが?)

 

 俺とウェルはそんな関係でもない。

 生かし生かされのドライでビジネスな関係だ。

 

「評価と言われても共闘はしてないから難しいです」

 

 私生活については口にしない。

 親バカかもしれない相手に恋愛云々の地雷を踏みに行くことはない。

 人の恋愛沙汰に首を突っ込むのも野暮というものだし、変な先入観を与えるのも彼らのためにならないと思う。

 本当は悠二くんへの援護射撃をしてあげたい気持ちもあるが、『零時迷子』の話題は非常にデリケートだ。ヴィルヘルミナさんだけならまだしも、フィレスがいる手間、触れられない限りは話題にしないほうがいい。

 これこそ見えてる地雷だ。

 触らぬ王に祟りなし。

 

「わざわざ言われなくてもとは思うかもしれませんが、他人の意見で先入観を持つよりも実際に会うほうが色々とわかると思います」

「現代のフレイムヘイズの代表格としての客観的な意見を、と──しかし、自身の目でというのもまた一理あるのであります」

「一目瞭然」

 

 代表格などとかつての『大戦』の英雄に言われるのは``紅世の徒``を一体として討滅してない身からすると過大評価が過ぎるが、最近は目立ちすぎているのも事実なので、ありがたい評価として受け取ろう。

 名は利用するものと吹っ切れたのもある。

 

「それにもう行くんですよね?」

「どちらも──」

 

 浮足立つフィレスを見る。

 

「どちらも件の街でしか解決できないのであります」

「緊急案件」

 

 これで御崎市には5組のフレイムヘイズと一体の``紅世の王``が存在することになる。

 フィレスは味方とは言えないが、『零時迷子』の為なら``仮装舞踏会``を相手取ることも躊躇しないはず。守るための手段として無作為転移を選択する可能性もあるが、無作為転移のリスクはフィレスに限らず、短気に走ったフレイムヘイズでもやりかねないので、完全なリスクカット自体不可能な話だ。

 あとは悠二くん自身で、どれだけ味方を作れるか、フレイムヘイズにメリットを示せるかに懸かっている。

 数奇な運命を背負う彼には同情を禁じ得ない。

 平和のための犠牲にはなってほしくないものだ。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 別れがあれば出会いがあるではないが、去っていく者がいればやって来る者もいる。

 出会いという言葉は良縁と結びつけてもいいのかもしれないが、今日ここに現れた者は決して良縁などと呼べるものではなかった。

 不幸の訪れだったし、不運な再会であるし、招かれざる客の到来。

 歴戦の血気盛んなフレイムヘイズのほとんどがチューリヒを離れた後、まるで見計らったかのような襲撃タイミング。

 ただ、幸運も一つあり。

 

「伏せて!!!」

 

 誰よりも早く死神の鎌に気付いたのはリーズであった。

 叫ぶのが先だったか大きな盾を出現させるのが先だったかは俺の目には分からなかったが、日頃の逃げ腰のおかげで反射的に伏せることは叶う。

 直後、真上を何かが通過し、大きな音をたてた。

 それは建物が壊れ始める音であったし、恐ろしいほどの早さで一閃した何かを振るった後の音でもあった。

 さらにもう一つの幸運。

 リーズが盾によって攻撃を逸したことにより、奇跡的にも会議室に居たフレイムヘイズは欠けていなかったこと。

 

「モウカ!」

「貴方!」

「分かってる」

 

 リーズに命を救われた俺は、彼女に感謝するよりも先にやらなければいけないことがあった。

 嵐が起きる。

 会議室があるこのビルを丸ごと囲むように。

 自在法『嵐の夜』は、その名の通り嵐を発生させる自在法。

 密度の濃い風の壁は、敵に使えば逃げ場を無くし、こちらの存在を内部からは分からなくする封じ込めることに特化した自在法。

 味方に使えば外部から内部の情報を不透明にし、簡単には近寄らせない風の結界。

 

「ドレル、撤退の指示を」

「すでに出しているよ」

「それならドレルも逃げろ!」

 

 二回目の一閃。

 視界に捉えるのも困難なほどの一撃ではあったが、風の壁により軌道を読むことでリーズを抱えて難なく躱す。

 

「しかし……いや、任せたよ」

 

 ドレルは一瞬、躊躇う素振りを見せるが、思い直した。

 

「俺とリーズが逃げるだけなら平気だから。避難経路も完全には安全じゃない、油断するなよ。今、ドレルを失うわけにはいかないんだからな。頼んだよハルファス」

「分かってるわよ!? ドレル! 逃げるわよ!」

「行くよ、ハルファス」

 

 耳に残るような甲高い声にドレルは答え。

 思いつめた表情で俺を見る。

 

「君こそ失うわけには行かないんだ。だから──」

 

 ドレルは地下から繋がる避難経路へと去って行った。

 それまでにも二度、風を薙ぎ払うかのような攻撃が襲いかかる。

 そして、ようやくその攻撃の正体に嫌でも気付かされる。

 

「俺に逃げろ、だなんて何を当たり前のことを」

「モウカから逃げを取ったら、なーんも残らないもんね」

「それは言い過ぎ」

 

 本当に言い過ぎだ。俺でも傷つく。

 

「立場が逆になったな『不朽の逃げ手』」

「逆も何も、俺はいつもこういう立場なんだけどね」

 

 ``千変``シュドナイが嵐の中に姿を現した。




長い夢を見ていた気がする

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