魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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前回から分割した分ということで、プロローグ的お話です


エターナルヒーロー

 大陸南部のとある教会。

 魔王ジルによる人類奴隷化と、人狩りの最中にある世界でも、宗教というものはなくならなかった。

 AL教は依然として各地で細々とではあるが生き残っているし、魔王ジルへの恐怖から、JAPANの天志教などは最盛期といえるほどの布教を果たしていた。

 だがこの教会は、そんな大きな宗教とはまた別の宗教の小さな教会である。

 神父と神官がそれぞれ一人ずつ、教会に泊まり込みで神への祈りを捧げているそこでは、身寄りのない子供を神官見習いという名目を与えながら育てるという、孤児院的な役割を果たしてもいた。

 それは偏に、歳のいった優しい神父や、シスターとも呼ばれる優しい神官が、身寄りのない子供達が不憫だと始めたことであり、彼らはここの子供達の親代わりであった。

 しかしこの時代、たとえ魔物に運良く襲われずとも満足に食っていくことは大変であり、多くの子供達を養っていくのはとてつもない労力や苦労を必要としていた。

 だがそれでも、神父は子供達を見捨てようとはしなかったし、拾われた子供達もそのことに文句は言わなかった。

 そんな、貧しいが平穏な日々を過ごすその教会に、一人の少女がいた。

 

「やーい、ちんちくりん!」

 

「ちんちくりんじゃないもん!」

 

 一人の男の子にからかわれ、眉を立てて怒声を上げるのは、小さい子供達の中でも更に小柄で、幼い顔立ちをした癖っ毛の少女だ。

 目が少し悪いのか、丸い形の眼鏡を掛けたその少女――カフェ・アートフルはいつもからかってくる男の子の態度に憤慨する。

 

「ちんちくりんはちんちくりんだろ!」

 

「もううるさい! 勉強してるんだから邪魔しないで!」

 

「やなこった!」

 

 男の子の意地悪な言葉を受けて、カフェは頬を膨らませて抗議するが、男の子は何がそんなに楽しいのか、カフェのことを“ちんちくりん”だとか“ブス”だとか、そんな言葉で馬鹿にしてくる。

 カフェは、そんなことを言ってくる相手に苛立ちを覚えるが、同時に、そう言われてしまう自分の容姿にコンプレックスを持ってもいた。

 カフェの身長は、子供達の中でも特に低く、年下の子達にも負けてしまうほどである。

 顔も幼く、おかげで色んな子――特に男子からからかわれることが多く、そのせいでカフェはあまり自分の容姿が好きではなかった。

 鏡を見る度に、自分の幼い顔立ちや、癖っ毛を見ては溜息を吐いてしまうほどだ。

 折角、神魔法の練習をしようと思っていたのに、これでは集中出来ない。

 

「……ふん! いーっだ!」

 

「あっ、待てよ――」

 

「待たない!」

 

 カフェは男の子から逃げるようにそっぽを向いて外に向かって駆け出した。

 神魔法の心得や知識が書かれている本を持ち出したまま、教会の外にあるシナ海の浜辺に座り込み、その本を見開く。

 この本は、子供達の中でも突出して神魔法が上手なカフェに、神父がプレゼントしてくれたものだ。

 余裕のあるような稼ぎはないというのに、誕生日などにはどれだけ小さなものであっても、必ずプレゼントをくれる神父には感謝してもしきれない。

 ゆえにカフェは、神魔法のことについては真面目に勉強し、将来は出来る限りの人を癒せればいいなぁ、と漠然に思っていた。

 かっこよくて優しい人と結婚して、子供を作って、平凡だけど幸せな生活を送れればいいなというのが、カフェの将来の夢だ。

 

「……でも、夢見すぎだよね」

 

 その平凡な夢は、この時代においては平凡どころか、かなり恵まれたものであり、叶えることが難しい夢であるのだ。

 外は魔物が沢山いて、魔物よりも強いという魔人がいて、魔王という魔物の王様だっている。

 人間は細々と生きるしかないのだ。

 だがたとえそれが無くとも、カフェにはその夢を叶えることに不安がある。何故なら、

 

「私、あんまり綺麗じゃないし……」

 

 水面に映る自分の顔を見て呟く。

 そこに映るのは、幼い顔立ちをした癖っ毛の子供そのものだ。

 確かに、まだ大人とは言い難い年齢だが、それでも自分と同じ年の女の子達は、大なり小なり成長して身長も伸びているし、女の子らしく、胸やお尻も膨らんできている。

 だが自分だけは控えめなままだ。貧相と言っていい。何もかも小さいのが自分だ。

 それなのに髪も綺麗なストレートではなく、外に跳ねてしまう癖っ毛。

 正直、周りの子達が羨ましい。皆は、普通に結婚出来そうだし。

 神魔法が使えても結婚ができる訳でもない。そりゃあ、人を癒せるのは良いことだし、それについて文句があるわけでもない。これはこれで恵まれた才能なのだと理解はしている。

 しかし、理解は出来ても納得が出来るかはまた別問題だ。

 冒険者になるわけでもなし、強い神魔法の力があったとしてもあまり意味はない。教会で働くだけならそこそこの腕があれば十分なのだ。

 だがいくら悩んでいてもそれはどうにもならない。もう少し歳を重ねて、自分がちょっとでも成長してくれればいいな、と希望を持ってみるくらいだ。

 故にカフェは、神魔法の練習でもして気を紛らわせることにした。そっちに集中している時間は、コンプレックスを感じずに済むのだ、と、

 

「――あ、こんにちは~」

 

「! あ、え――?」

 

 しかし意識の外から女性の声が聞こえて、カフェは集中を乱してしまう。

 人の声に振り返ると、そこにはシスターらしき格好をした女性がいた。

 教会のシスターではない。どこか旅人の、巡礼か何かをしているようなシスターであり、

 

「えっと、この近くの教会の子ですかね?」

 

「あ、はい。そうですけど、あなたは?」

 

 と、聞いたところで、カフェは相手の容姿を見て心を跳ね上げさせる。――かなりの美女であったからだ。

 

「私はピエールと言います。巡礼中の聖職者で、とっても清楚なシスターですよう」

 

 ニコニコと笑みを浮かべながらピエールと名乗った女性は、中々に刺激的な格好をしていた。

 聖職者が着る僧衣の様な頭巾や、修道服は着ているものの、足の裾にスリットが入っていてスラリとした生足が見えていたり、服の上からでも目立つ豊満な乳房の谷間が修道服の上側から見えてしまっており、綺麗さと可愛さが絶妙に合わさった親しみやすい雰囲気の美女だが、色気が強すぎる気もする。

 綺麗な薄紫色をしたストレートの髪も、カフェからすれば羨ましいものだ。

 もっとも、大体羨ましいことには変わりないのだが。たわわな胸も、きゅっとくびれた腰つきも、女性としてそれなりの身長の高さも、スラリとした綺麗な手足も、全てカフェにはないものだからだ。

 故に、思わず見惚れていると、そのピエールは前屈みになって人差し指を顔の横に立てながら、

 

「この近くの教会の子なら、そこまで案内してほしいなーって、ピエールちゃんは思うんですけど、お願いできます?」

 

「あ、はい。分かりました」

 

 声を掛けられたところで意識を戻し、特に含むところもなく笑みで頷く。

 ここからだとすぐ近くだが、困ってる人に案内をしてあげるくらいの親切心は、カフェにはある。それに、色々と羨ましいが優しそうなお姉さんだし、外から来たなら話を聞いてみたいとも思うのだ。

 綺麗になれる方法とか教えて貰えないかなぁ、と思っていると、ピエールは笑顔を向け、

 

「ありがとうございますね。ちなみに、お名前はなんて言うんですか?」

 

「あっ、言い忘れてましたね、ごめんなさい。私は、カフェ・アートフルって言います」

 

「へぇ、カフェちゃんって言うんですか。可愛い名前で――――ん?」

 

 だが不意に、名前を褒めてくれたピエールが途中で笑顔のまま首を傾げる。それを不可思議に思い、カフェは頭に疑問符を浮かべた。

 

「? どうしたんですか、ピエールさん」

 

「…………あ、いえいえ、なんでもないですよう! ……ちょっとだけ、聞こえにくくて……カフェ・アートフルちゃんで合ってますよね?」

 

「あ、はい。合ってますよ」

 

「あ、合ってるんですね……良かったです…………あ、ああっ!? 私、ちょっと急用を思い出しましたので、ちょっと行ってきます!」

 

「え? あ、ちょっとピエールさん!」

 

「――ごめんなさい、カフェちゃん! 縁が合ったらまた会いましょう!」

 

 言うが早いか、ピエールは何かを思い出した様に声を上げて、踵を返して去っていく。

 最後に笑顔で後ろ向きに手を振ってくれたので、思わずこちらも急いで、“ま、また会いましょう?”と手を振って答えたが、あまりにも急なので疑問系になってしまった。

 

「……何だったのかな……?」

 

 綺麗なシスターさんだったし、男の人との約束かな? と、ちょっと色っぽい話を想像しつつ、カフェは気を取り直して神魔法の練習に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 ――そこから少し離れた場所。

 

「び、びっくりしました……まさか適当に声掛けたら見つかるなんて……もっと時間かかると思ってましたよう」

 

 ピエールと名乗ったシスターは、前髪の下に手を入れ、額を青いクリスタルごと拭うと、聖書に見せかけた魔導書と小さい指揮棒のような杖を取り出しながら、

 

「とはいえ、もう終わっちゃいましたし、帰ってご褒美貰いましょう。ふふふーん♪ どんなことしてもらいましょうかねぇー?」

 

 と、楽しそうに想像しながら、シスターは長い詠唱の魔法を唱えて、そこから移動した。

 

 

 

 

 

 大陸東北部。

 そこにある魔物界一の大都市には、とある魔人が住まう真っ赤な色の城があった。

 その名を紅魔城と言う。魔王城と並び、魔物達の畏怖を集める魔人の居城であり、その街の観光名所としても挙げられる有名な城だ。

 城の周りは警備の魔物達が24時間体制で見回っており、城の中は魔人の下級使徒であるメイドが200人以上。料理人や城の主に縁のある者達が住まうそこは、仕事や私用で使われ大変に賑わっているのが常だ。

 だが、そんな城の中で、静寂に包まれたとある部屋がある。

 光の差していないその部屋には、ある男がベッドに腰掛けたまま膝を組み、右手を額に当てて何かを考え込んでいた。

 瞳を閉じた状態で、静かに佇むその男は、人の形をしながらも、人ならざる者であった。

 即ち――彼は魔人だ。この城の主にして、魔物界の英雄である最強の魔人。

 魔人筆頭にして魔軍参謀。魔王を除けば、この地上を生きる者の中でも頂点と言っていい権力を持つ男。

 

「…………」

 

 ――魔人レオンハルト。

 金髪灼眼、鋭い瞳を中心に男性として非常に整った容姿を持つその魔人は、今はその瞳を閉じたまま、何かを深く考え込んでいた。

 その気配は静かな、抑えたものでありながらも、非常に色濃いものだ。

 悠然とした佇まいでありながらも、世界最強の剣士としての剣気が混じった、刺すような魔の気配が部屋の中に充満している。

 並の人間、魔物では、その重圧を伴った存在感に威圧され、満足に口を開くどころか、呼吸すら止めてしまうかもしれない。息をするのも憚られるような独特な緊張感が、彼の前では現れる。

 しかしそれでいながら、思わず膝を屈し、全てを委ねてしまいたくなるような不思議な魅力も持ち合わせている。男性としての容姿が優れていることも関係しているだろうが、その気配から感じ取れる強さや理知的な様子、能力の高さや思慮深さが窺えるその余裕は、まさに王としてのカリスマに近いものだ。

 王としては落伍者であると自分で自嘲気味に語ったこともある最古の人間の王は、剣の王としての名を捨てて約二千年近い時が過ぎたが、今となって彼は、殆ど完成された英雄としての風格を漂わせていた。

 だがそのレオンハルトは今現在、どこかピリピリとしているようにも見える。

 更に言うなら、悩み続けているようにも見えた。

 思慮に耽っていることは間違いないだろう。かれこれ彼は三時間近くはじっと考え続けているのだ。

 地位の高さと役割の多さ、魔王から重用され、部下からも頼られる彼のやるべきことは数多く、一日の時間を丸々使っても終わることがない。

 それだけに、彼の時間は貴重なのだ。取るに足らないような出来事――新参の魔人が喧嘩を売ってくるくらいなら、無視してしまうほどに、彼は忙しい。

 だが彼は、その忙しい時間を割いてでも、この思考する時間を大事にしていた。

 重要過ぎる事柄については、失敗しないために必ずこういう風に考え込む。

 レオンハルトの思考力は常人よりも優れているし、長い時を生きる魔人にしては腰が重くない。一度こうと決めたら即実行するのが彼のやり方だ。

 だがしかし、それでもなお必ず数時間は考え込んでしまう。長い時間考えることが必ずしも良いことに繋がるとは限らないが、それでも考えざるを得ないほどには、万全を期すようにしていた。

 それだけ、今レオンハルトが直面している出来事は重要なのだ。

 場合によっては、今直ぐにでもレオンハルト自身が動かなくてはならない。故に彼は、全ての仕事と用事を差し止めてまで、この部屋の中でじっと報告を待ち続け、同時に思慮に耽るのだ。

 そうしていると、

 

「――ご主人様」

 

 と、部屋の中に女性の声が響いた。

 レオンハルトの眼の前に現れたのは、深い胸の谷間や肩の部分が露出した少し大胆なデザインのメイド服を着る長いストレートの白髪の美女だ。

 瞬間移動をするようにレオンハルトの前に現れたそのメイドの姿に、レオンハルトは驚きもせず、閉じていた瞼をゆっくりと開き、赤い眼光をメイドに向けた。

 

「…………メイド長。報告は?」

 

 メイド長、という呼び名通り、彼女はこの紅魔城のメイド長を務める突然変異体の女の子モンスター、メイド長さん。

 今では200人以上にまで増えた下級使徒達のリーダー格であり、彼女達を統率するメイドの中のメイドだ。

 見た目の美しさだけでなく、能力にも優れた彼女は、レオンハルトに向かって洗練された自然な動作で一礼し、柔和な笑みを浮かべるとレオンハルトの短い問いに対して答えようと口を開く。

 

「はい。おおよそは完了したとのことです。ただ――」

 

「……何か問題でもあったか?」

 

 もしそうなら直ぐにでも対応するべきだと言わんばかりに、レオンハルトは目を細めながら問いを重ねた。歴戦の魔物将軍どころか、若い魔人を怯ませるほどの眼光の鋭さだが、メイド長さんは自然な畏まった態度で頷くと、

 

「レオンハルト様が仰っていた相手の確認は取れたとのことです。しかし、特に重要とされた二人については未だ平和に暮らしているとのことですね」

 

「…………なるほどな」

 

 メイド長さんの報告を受けて頷くと、レオンハルトは再び考え込む。

 彼の出した極秘任務。それの詳細を知っている者は限りなく少ない。

 彼に絶対の忠誠を誓う使徒達や、自分の娘、メイド長など限られた者達だけがその任務を知っている。

 しかしその任務についても、大まかなものだけだ。“この名前の人間を見つけ、それらがどうしているかを調べろ”というもの。

 何故そんなことをするのか、何の意味があるのか、などのことは誰も知らない。

 忠誠心という意味でなら、死んでも裏切らないし情報を漏らさないであろうキャロルやリーといった者達でも、知っているのはその任務の内容だけであるのだ。

 ゆえに、メイド長さんはその報告を伝えても、どういう意味があるのかは分からないし、知る必要もない。

 彼に付き従う使徒やメイドは、主である彼の命令を忠実に行えばいいのだ。

 主が知る必要がないと判断したのだから、それは正しく知らなくても良いことであるし、迷う必要もない。

 

「……レキシントン、それとメディウサはどうしている?」

 

「少々お待ちを」

 

 だからメイド長さんは、その後に問いかけられた命令の意味を特に思考することもなく、ただただ忠実に実行し、その情報をレオンハルトに届ける。僅かな時間の後、

 

「……魔人レキシントン様は、部下の鬼や魔物兵を引き連れてJAPANで人狩りを行っているようですね。魔人メディウサ様も同じく外出しているようです。魔物将軍に聞いてみたところ、獲物を探しているのだとか」

 

「――そうか」

 

 正確な情報が齎され、レオンハルトはその情報に満足したように頷く。そして直ぐに命令を出した。

 

「ハンティに連絡して、レキシントンを見張らせろ。件の人物が死ぬようなことがあれば存在を隠した状態でそれとなく救え。ただし、レキシントンの人狩り自体を止めたり、他の人間を救うことはするな」

 

「畏まりました」

 

 その命令の意味を深く考えれば、レオンハルトが何をしようとしているかがほんの僅かでも分かるかもしれないが、やはりそれについても含むところもなく、メイド長さんはその命令を通達することを了承した。

 すると、レオンハルトはベッドの上から立ち上がり、

 

「俺は少し出てくる。ハンティ以外は帰還させて、通常業務に戻らせろ」

 

「畏まりました。いってらっしゃいませ、ご主人様」

 

「ああ」

 

 メイド長の出迎えの挨拶を受けて、レオンハルトはさっさと部屋を出ていって外へと向かっていってしまう。

 行き先は確かではないが、明らかに()()()()()()()()に向かっていったのだろう。

 その行動も含めて、5人の人間を確認する理由。

 それは未だ、誰にも分からなかった。

 

 

 

 

 

 その男は、それなりの有名人であった。

 人間の世界は狭く、名が知れるといってもその界隈でそれとなく噂される程度のものではあったが、“シーフ・カオス”と言えば、腕利きの盗賊として、冒険者や魔物討伐隊の間でそれなりに知られている名前である。

 人を躊躇うことなく殺しまくり、金や食べ物を奪うような極悪人――とまではいかずとも、金や食べ物を軽くくすねたりするような小悪党ではあった。

 だが、この程度のことはこの時代においてはそれほどの悪行ではない。

 人間が生きるに厳しいこの時代では、食うものに困り、子供でさえ生きるために盗みを働く。それも魔物相手では危険過ぎるのもあって、同じ人間から盗むことが常識で、酷い者になると殺してでも奪い取ってしまうほどだ。

 だがその男、盗賊カオスはかなりの腕利きであることで知られていた。

 鍵開け、罠察知、気配察知、気配を消すこと――スリなどの小手先の技術だけではなく、冒険者として必要な様々なスキルを持っている男であった。

 体格はそれなりだが、身のこなしはとても軽いものであり、短刀を使った戦闘は本職の冒険者をも上回る腕前を持ち、魔物や質の悪い同業者と遭遇した際にはその強さが発揮されることも暫しある。

 とても下品でスケベな性格ではあるが、根っこの部分ではそこまで悪い奴でもない凄腕の盗賊――それがシーフ・カオスの周囲からの評価であった。

 そんな彼は今――恋人とのお楽しみの最中だった。

 

「やっ……あっ、んんぅ……カオスぅ……」

 

「――ぐふふ、ここがええのんか? ここがええのんか?」

 

 酒場の二階にある宿の一室。

 質素な木造の部屋の中、簡素なベッドの上で恋人であるジーナを自慢のエロテクニックで喘がせている男がいる。

 彼がカオス。凄腕の盗賊として知られる男だった。

 目つきの悪い短髪の黒い髪の男であり、歳の割には少し老けて見えるおじさんの様な容姿をしている。顔つきは普通。中の上といったところだが、下品に口元をニヤつかせ、鼻の下を伸ばしているやはり中年染みた男であった。

 “自分の欲求に溺れるより、女を悦ばせてなんぼ”という信条の元に、カオスは腕の中にいる恋人を悦ばせる。それなりのテクニックを持つと自負する彼は、エロを楽しみながら、盗賊としての生活を行うなど、この時代の人間にしてか、幾分かはマシな生活を送っていた。

 彼は特に深いことを考えて生きてはいない。

 ただ、苦しみたくはないし、普通に飯や酒、エロを楽しんで生きたいというだけの普通の人間だ。ただたまたま手先が器用で盗賊としての才能があったため、それを活かしているに過ぎない。

 それで特に問題はないとも思っている。世間は魔物が多く、魔人とか魔王なんかでとても危険で暗いことばかりではあるが、それを気分が良いとは思わずとも、自分の方が大事なので安全に楽しく生きられればいいや、というくらいの考えだ。

 なので進んで魔物と関わろうなどと思わない。ましてや魔人や魔王など関わったこともないし、知識としてもそれほど知らない。滅茶苦茶強くて危ない連中であり、もし見かけたら見つかる前に逃げろ、と教えられるくらいだ。

 だからこれからも自分は、くたばるまでは楽しんでそれなりに生きるのだろうと――そう思っていた。

 だが、

 

「……!」

 

「ん……? どうしたの、カオス……?」

 

 不意にカオスがその動きを止めたことで、恋人であるジーナは何事なのかと首を傾げる。

 だがカオスは、優れた盗賊としての感覚から、空気が変わったことを察知した。

 ……何だ? 魔物か?

 遠く、町の入り口の方からだろうか。そこから不穏な音と気配を感じ、カオスは身を強張らせる。

 各地に隠れるように点在する人里は、時折野生の魔物が紛れ込んだり、魔物兵に見つかって人狩りに遭ってしまう。その場合、そこに住む人間達に出来ることは生き延びるために逃げることくらいだ。

 戦うなんて行為はほぼ自殺と変わらない。少数の魔物であれば、冒険者などでも倒せるし、数十程度であれば魔物討伐隊でもいれば追い払うことも可能だ。

 だがこの空気を感じ取った時点で、カオスの盗賊としての勘は真っ先に逃げることを選択していた。

 

「……ここから逃げるぞ」

 

「えっ?」

 

「魔物が来てるかもしれん」

 

「……っ!」

 

 と、カオスは短い言葉で、恋人であるジーナにここから逃げることを告げる。

 恋人を放置すれば直ぐにでも逃げることの出来るカオスだが、そんな選択肢はカオスの中にはない。見知らぬ他人ならまだしも、親しい恋人、友人くらいは面倒見れる力はあるし、そうしたいとも一応は思っている。

 故にカオスは大切な恋人であるジーナとの情事を即中断すると、服を着せてその場から立ち去ろうとした。

 その瞬間、外から堰を切ったような悲鳴が連続した。

 

「――ま、魔人だあああああああああああ! 魔人が出たぞおおおおおお!」

 

「っ!」

 

「えっ……?」

 

 魔人。そのあまりにも強烈すぎる言葉を聞いた瞬間、カオスは目を見開いて表情を歪め、恋人であるジーナも顔を青ざめさせた。

 おそらくはこの人里にいた誰かの声。恐怖に満ちたその声は、同様の感情を周囲に伝播させる。

 男と女、子供や老人の悲鳴が連続し、町の中が騒がしくなる。特に女性の悲鳴が多いように感じたが、それを気に留める余裕は二人にはなかった。

 

「急ぐぞ!」

 

「っ、う、うん……!」

 

 動揺するジーナの腕を引いて、カオスが走り出す。

 宿の一室を出ると、同じ様に我先にと逃げ出す少なくない人々の姿があった。

 しかし、カオスは同じ様に1階に降りて外に出た瞬間に――血飛沫に染まる人間達を見た。

 最初に目に入ってきたのは人を纏めて貫く白の大蛇だった。

 

「ざーんねん。また外れねー。んー、可愛い娘、あまりいないのかしらねぇ……」

 

 女性だけを捕まえ、あるいは殺していくのは、自分の身体から生えている白の大蛇を操る大柄な美女であった。

 その異形の姿、本能が拒絶する色濃い魔の気配にカオスはそれをひと目で魔人だと理解した。

 そして思うより先に、足が逃げようと前に出る。しかし、

 

「……あら?」

 

 と、魔人の瞳がこちらを捉えた。捉えてしまった。

 

「――ふふ……可愛い娘、見つけちゃった」

 

「ッッ……!」

 

 その情欲に満ちた蛇の視線が、カオスの隣に向けられた時――彼の運命は決まってしまった。




イヴちゃんとかインデックスとかメイドのプロフを何時も通り活動報告に載せておきましたので興味のある方はどうぞ

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