魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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その目的は

 森の中の戦闘が終わると、張り詰めた空気が僅かに弛緩した。

 生き残ったのは人間の冒険者五人。彼らは戦闘が終わったことを視界で確認しながらも、まだ生き残りはいないか、周囲の気配などを慎重に探りながら、その注意を向ける必要がほぼないことを確認すると、ようやくその声を発した。

 

「ふぅ……どうやら、上手くいったようだね。皆、無事かい?」

 

 と、最初に声を上げたのは五人のリーダーである、赤い短髪の青年――戦士ブリティシュ。

 前衛、ガード役を勤める騎士であり、戦闘では囮になり魔物の攻撃を受け止めながらも攻撃にも参加する卓越した剣の腕と盾捌きを備える勇敢な青年である。

 彼は最も危険な役目を請け負い、一番傷つく可能性が高い場所で戦っておきながら、最初に仲間の傷をまずは確認する。それに最初に答えたのは、戦闘を終えて眼鏡を指で押し上げた学者の様な格好をした美男子だ。

 

「君が攻撃を引きつけてくれてるのだから、君が無事なら私達も無事だろう」

 

「……そうか。それなら良かったよ」

 

 ブリティシュに無事であることを告げた彼は――魔法使いホ・ラガ。

 魔法だけでなくあらゆる学問、知識にも造詣が深い智者であり、パーティの頭脳でもある優れた魔法使いだ。

 だがその知性に溢れた瞳はブリティシュを見る際には僅かに意味深な光を見せる。彼は筋金入りの男色家であり、一般的に美形とされる男性は全て彼の性的趣向の対象範囲であり、ある意味で魔物よりも恐ろしい趣味を持っていた。

 しかしブリティシュはその視線を特に気にすることもなく、無事であったことを喜び息をつく。それを見て、続いて声を発したのは周囲の索敵を行いながらも、物資を探している中年の男で、

 

「まあ、そこのちんちくは危なかったけどな」

 

「……確かにそうかもだけど……またちんちくって、おじさんの癖に……」

 

「おじさんちゃうわい。まだ30代前半だし。あっちの方もまだまだビンビンのギンギンだしの」

 

 と、気の抜けるようなやり取りを行う中年の男は――盗賊カオス。

 ”シーフ・カオス”の通り名で知られる凄腕の盗賊であり、いい加減に見えても、偵察、索敵、情報収集、罠発見、鍵開けなどの冒険者に置いて必ず必要とされるレンジャー系の仕事を一人で行うシーフ職のスペシャリストである。

 ただ、妙におっさん臭かったり、いびきがうるさかったり、娼婦遊びに興じていたり、下品でスケベだったりと、色々と残念なのがたまにキズだが、その仕事振りは信頼されている。

 しかし神官姿の少女にとっては色々と悩ましいものの様で、カオスに半目を向けると、

 

「とんでもない下ネタはやめてよね。ちょっとはブリティシュを見習ったらどう?」

 

「……ふーん。せっかく助けてやったのに連れないの~」

 

「まったくもう……」

 

 つまらなそうに口を尖らせるカオスに対して言動を注意したのは――神官カフェ・アートフル。

 童顔で小柄、見た目は子供にしか見えない彼女だが、こちらも神官としての才能に溢れる才女であり、回復支援を中心とした神魔法の達人だ。

 その容姿の子供っぽさをコンプレックスにしていたりする彼女だが、彼女の神魔法に仲間達は誰もが助けられてきているし、それだけではなく、彼女は食事などの細かい部分に対しても気配り上手であり、そんな小さな部分でも知らず周りの人間を助けるような人物だ。

 容姿をからかってくるカオスとはよく軽い言い争い染みたやりとりをしているが、カフェはさり気なくカオスが自分を守ってくれたことにも気づいており、その部分では感謝しているのだが、一言多かったりする彼の言動に何も言えずに終わることも多い。

 今も軽口で言ったカオスの言葉に呆れ気味にカフェが言葉を返し、それを別の者が反応したことでその話は終わってしまうことになる。その者とは、

 

「……すみません、カフェ。私がもうちょっと早く魔物隊長を倒していれば良かったのですが……」

 

「えっ、いや、日光さんが謝る必要なんて……」

 

「いえ、やはり私は未熟ですね……今よりももっと腕を高めないといけません」

 

 と、刀を鞘に収めながら自分に言い聞かせるように告げるのは――侍日光。

 JAPAN出身の剣士、侍であり、達人級の剣の腕前と武士としての心を兼ね備えた麗人である。

 いかなる時も冷静で、完璧超人に見える日光だが、これでもパーティ内随一のお人好しであり、天然で騙されやすい一面があるため、度々失敗事件を起こしていたりする。

 しかしそれでもその卓越した剣技と、真面目で折れない性格は前衛としてパーティの信頼を預けるに充分なものだ。

 今も仲間がほんの僅か危険に陥ったことで、自分に対する厳しい言葉を呟く。しかし、泥や血に塗れ、罪のない人々がやられてしまったことを憂いて表情を歪めていても、その横顔は同性でも見惚れるほどに美しい。

 そんな日光の姿を見て、カフェはどうにもならない罪の感情を抱くのだが、それに正確に気づけた者はこの場にはいなかった。

 故にパーティのリーダーでもあるブリティシュは、日光の呟きに対しても答えるように口を開いた。

 

「そうだな……今はとにかく、力を高めながら各地を回っていくしかない。魔人と魔王を倒し……人々を救うためにも」

 

「…………ええ、そうですね」

 

「…………ふん、ま、上手くいけばいいけどな」

 

 ブリティシュの言葉、このパーティが集まった目的ともいえる言葉に、日光とカオスがほんの僅かに雰囲気を変える。

 彼らの目的。それこそが、魔人と、それを従える魔王を討伐することだ。

 理由は様々だが、彼らに共通するのはその目的であり、そのためにバラバラに生きていた彼らはパーティを組むに至ったのだ。

 ブリティシュが、人々を魔物の脅威から救うために仲間を探し、有名な魔法使いであるホ・ラガを訪ね、ホ・ラガはブリティシュに惹かれてその助力を承諾した。

 カフェ・アートフルも、仲間を探していたブリティシュに誘われて、彼への憧れからそれを受け入れてパーティに参加した。

 そして日光は親兄弟、故郷の人々を魔人に殺され、その復讐のために自らパーティに志願した。

 カオスは仲間を探していたブリティシュに誘われ、彼ほどの男が言うならば、と軽い調子でパーティに参加したが、心の奥底には、恋人を眼の前で魔人に殺されたため、日光と同じ様に復讐心を強く秘めていた。

 そうやって五人からなる冒険者パーティは結成され、それから各地を冒険し始めたのだ。

 魔人を倒すために、力を蓄えながら、人を救ったり、伝説級の武器を探し求めたりと活動し、メキメキと腕を上げて、既に人知れず、世界でも最強の冒険者チームとなっているのだ。

 今日の戦闘もその一環。偶然にも魔軍の痕跡を見つけたため、それを追跡して討ち倒すことを計画した。

 数がそれなりに多かったため、準備に手間取ったり、偵察を行うカオスに負担を掛けたりもしたが、なんとかこうやって彼らは魔物の部隊を片付けることが出来た。

 人を救えなかったことに心を締め付けられながらも、彼らは今日も勝利し、そしてこれでは駄目だと身を引き締める想いになる。

 魔人を倒そうと思うのなら、この程度の魔物の軍勢などは正面から相対しても、無傷で切り抜けるほどの実力をつけなければならない。

 彼らは倒すことだけなら可能だろうが、無傷とまでは中々いかないものだ。数が多いだけに不安要素も多いし、少数の冒険者ということもあって万全を期すのが基本でもある。

 しかしこれを、正面から相対しても問題ないくらいの強さ、あるいは方法を持たなければならない。

 それが出来て初めて魔人なのだと、彼らは魔人の知識をある程度は持っているホ・ラガの進言に従い、強さと方法を求めていた。

 道はまだまだ険しいし、そもそも毎日が決死の連続。生き残ることさえ難しい時代だ。

 彼らほどのパーティでも、僅かな油断で死に繋がりかねないのが今の世界。

 だからこそ、彼らはこんな戦闘に勝った後の状況でも直ぐに気を引き締めなければならない。

 野良の魔物がやって来るとも限らないのだと、彼らはそこから移動しようとし、

 

「――それじゃあ、お茶にでもする?」

 

「ずこーっ!」

 

 と、カオスがカフェの呑気な言葉にズッコケた。

 日光も軽く転けそうになりながらもなんとか持ち直す。しかしホ・ラガなどは頷き、

 

「ふむ、それはいい。私も少し疲れていたところだ。早速入れてくれるかね?」

 

「あっ、うん。じゃあ――」

 

「って、いやいやいやいや。え、ここで? せめてもうちょっと影になる場所だろ、普通。というか空気的にお茶の雰囲気でも無かっただろうに」

 

 カオスが盗賊として気になる部分なのか、ツッコミを口にする。しかしカフェは口を尖らせ、

 

「ぶー、冗談だってば。さすがにここだと、ちょっと血生臭くてそれどころじゃないもんね?」

 

「いや、そもそも直ぐにお茶を飲もうという神経が良く分からん。おい、ブリティシュ。お前からも何か言えよ」

 

 カオスがパーティのリーダーであるブリティシュにも話を振る。リーダーであるブリティシュであればちょっとは何かを言ってくれるのではないかと、

 

「ははは……まあ、休憩は必要だからね。ゆっくりは出来ないけど、少しくらいならいいんじゃないかな」

 

「……まあ、周囲を警戒していれば大丈夫でしょう。少し移動しましょうか」

 

「ブリティシュだけじゃなくて日光まで……あ、いやもういい。儂が場所探す。面倒になってきた」

 

 と、どこかで吹っ切れたのかカオスが適当に周囲を散策し始める。ここで問答するよりもさっさと行動した方がマシだと考えたためだ。

 それに自分も疲れていることは確かであるため、少し休みたいといえば休みたかったのだ。魔物との戦いの直後で気を張っていたため、そういう気分にはなっていなかったが、カフェが頻りにお茶休憩を取ると言うし、周りもそれに乗っかったため、カオスもそういう気分にならざるを得なかった。

 故に少しして、お茶を飲めそうな岩場を見つけると、早速カフェは持参しているカップや器具などを用意してお茶を作り始めた。

 大体はホ・ラガの魔法で代用出来るのだが、カフェはカフェなりのこだわりがあるらしく、自分で選んだ器具を大切にいつも持ち歩いていた。

 

「――はい。お茶入ったよー」

 

「ん、ありがとうカフェ」

 

「ありがとうございます」

 

「ったく……なんか休憩取るために余計疲れた気がする……」

 

 やがてお茶を淹れ終わり、カフェが持参のカップにそれを入れてお茶菓子と一緒に皆に配る。お茶菓子といっても保存食であり、この時代でも比較的簡単に取れる食材で作った微妙な代物だが、それでも野で生きる人間にとってはご馳走と言っても過言ではない。この程度の食事も満足に採れない人々だっているのだ。

 故にお茶菓子に文句を言うことはないし、カフェのお茶は特別上等な茶葉を使っているわけではないはずなのに、不思議とホッとしてしまうような美味しさがある。

 しかしカオスはボソリと余計な一言を口にしてしまう。するとカフェがしたり顔でカオスを見つめ、

 

「んー? じゃあカオスはいらない? なら別の人にあげよっか」

 

「ほう、それはいい。ならカオスの分は私が貰うよ」

 

「おいこら、そこのちんちくりんとホモ! いらないなんて一言も言っとらんだろーが!」

 

「ちんちくりんじゃないですー」

 

「ふむ、その呼び方は認めざるを得ないが、カオスに言われるのは心外だな。君の容姿は私的にも客観的にも中の下か中の中という普通の中年男性なわけだし……ブリティシュに言われるのなら私も唆るのだが……」

 

「相変わらず、恐ろしいほどのホモ野郎だな……儂的にはお前の守備範囲に入ってなくて心底ホッとしてるが、その容姿で女に興味がないというのも勿体ない。お前やブリティシュなら娼婦にもモテモテだろうに……」

 

 カオスが微妙な表情でお茶を啜りながらそう言うと、日光が冷えた視線を向けていた。カオスに向かって、

 

「……カオス。いつも言っていますが、そういう不健全なことはどうかと……」

 

「けっ。男として正常な欲求を果たしてるだけじゃい。それに向こうも生きるために交渉を持ちかけてやっとるんだからむしろ健全だろ。というか――」

 

 と、カオスは日光の視線を受け止めながら横目でホ・ラガを見る。すると彼は日光を見て溜息を漏らし、

 

「はぁ……日光。君が男だったらな……それだけの美しさを持つ君が男であればさぞかし……」

 

「…………」

 

「ほら、こいつよりは正常だろう」

 

「…………カオス。とにかくもう少し慎みを――」

 

「え、なんで!? 儂、どう考えてもこれよりは正常じゃね!?」

 

「ホ・ラガは…………恋愛対象が男というだけです。貴方ほど慎みがないわけではありませんので」

 

 いや、たまにお前が知らないところで好みの男を無理やり頂いてたりするんだけどな……、とカオスは内心で思い、そして理不尽な注意に抗おうとそれを口にしようとした。

 

「いやこいつ、たまに――」

 

「――カオス」

 

 しかし、不意にホ・ラガのはっきりとした鋭い声がカオスの耳に届く。

 ついでに視線までもがカオスに突き刺さり、カオスはその眼光にビクッと体を震わせる。そして彼の言葉は続き、

 

「……カオス。実は私はその昔……自身の性的趣向に悩みながらも倒錯していた時期に、一度だけ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。――この意味が分かるかね?」

 

「ひっ!?」

 

「そうだ……君が賢明であるのなら、その先は口にしないことをおすすめするよ……」

 

 ホ・ラガの恐ろしすぎる脅迫にカオスは屈し、コクコクと首を縦に振ることしか出来なくなる。男なら恐怖でしかないことだ。見ればブリティシュもお茶を飲みながら顔を青くしている。

 ただ日光は首を傾げ、

 

「抜く? どういう意味ですかそれは?」

 

「あ、あー、日光さん。お茶のおかわりいる?」

 

「……ええ、頂きますが、その抜くというのは一体……」

 

「さ、さぁ? 私にはちょっと意味がわからないわー……」

 

 カフェが明後日の方向を見ながらも日光にお茶のおかわりを渡す。気づいているが触れたくないらしいし、一応は誤魔化そうとしているみたいであった。

 しかしその間にも日光は頭に疑問符を浮かべ、

 

「盗賊を想像して抜く……? 刀を、ということでしょうか……それなら脅しとして意味は通じますし……しかしホ・ラガは魔法使いで――いや、想像ということならそれも間違いではない……?」

 

「まあ、そのような感じだよ。少し隠語染みた分かりにくい表現をしてしまっただけだ」

 

「……そうですか。少し腑に落ちない部分もありますが、まあいいでしょう」

 

 いや、隠語染みたっていうか隠語そのものだろう、というツッコミは後が恐ろしいのでブリティシュもカオスも発しない。

 代わりではないが、気を取り直すようにブリティシュはお茶を啜り、息を吐きながら、

 

「ふぅ……やっぱり、カフェの淹れてくれるお茶はホッとするよ」

 

「そ、そう? それなら良かったけど……」

 

 と、ブリティシュに褒められ、カフェが照れながらもはにかんで見せる。

 カオスはその笑顔を見て、僅かに複雑な気分を浮かばせたが、それを自分でも誤魔化すようにそれとなく周りに合わせて言葉を続けた。

 

「確かに、良い味をしているね。決して良い茶葉というわけでも無いはずだが……」

 

「ええ、カフェの淹れるお茶は確かに美味しい」

 

「…………ま、味は悪くないけどな」

 

「も、もー、皆褒めすぎだって。褒めてもお茶菓子くらいしか出ないんだけど?」

 

 カフェが更にニヤニヤと照れ始める。今度は褒められすぎて調子に乗り始める頃だ。

 だからこそ、カオスは気分を切り替えるついでに今度ははっきりとした声で、

 

「……ま、つっても、魔物様にしてみれば俺らの普段の食事や生活も、どうしようもない感じに見えてるんだろうけどな」

 

「……それは……そうでしょうね。魔物から時折得られる物資には、上質な物が多いですし……」

 

 カオスがそう言うと、日光が頷いて人々の生活と魔物の生活の差を感じてそれを憂うような発言をする。しかしカフェはちょっと強がり、

 

「まあ、そうだろうけど……お茶だけは負けないんだから!」

 

「いや、どうだかなー。きっと、魔人様ともなると儂らじゃ想像もつかんほど贅沢な生活でもしてるんだろうしな」

 

「世界のほぼ全てを魔物が掌握しているのだからそれは当然だろう。世界に20体といない魔人ともなればそれこそ、お伽噺の王様の様な生活をしているはずさ」

 

 カオスやホ・ラガの予想だがドライな意見を受けて、少しパーティ内の空気が真面目なものに変わる。気分が沈む――というほどではない。この程度で沈んでいたら世界の現状を見て、魔人を倒そうなどと言って集まりはしない。

 この場にいる者はどんな理由があろうとも、魔人と戦う覚悟を既に決めている者達なのだ。その決意は並々ならぬものがあり、この目的を決めた時点で、人である事を捨ててそれに臨んでいる。

 こういった僅かな休憩だけを癒やしとし、ほぼ毎日、魔物が蔓延る危険な世界で冒険を繰り返しているのはそのためだ。

 

「……その現状を変えるためにも、僕達はやり遂げなければならない」

 

 そう。努力するのではなく、必ずやり遂げなければならないのだと、ブリティシュは言う。

 この暗黒の時代を、人が人として満足に生きることの出来ないこの世の中を作り出している元凶を。

 他の誰でもない自分が――魔人を倒すと、そう決めたのだ。

 

 

 

 

 

 世界を支配している魔物達は、大陸各地、どこを見ても存在する。

 大昔の様に人類圏、魔物界といった括りが無くなったためだ。

 だが、別の意味で容易に足を踏み入ることの出来ない場所がある。

 それが――魔王城だ。

 魔物達の王。魔王の居城であり、大陸各地に散らばる魔人達が集まることもあるその場所は、警備の兵や士官が立ち入る以外はおいそれと近づけない畏怖と権威の象徴である。

 また、魔王城に詰める魔物将軍ら魔軍の幹部であっても、堂々と廊下の真ん中を歩くような真似は出来ない。

 何しろそこはこの城の主や、魔人のための道であるからだ。出しゃばった真似をすれば、その時の気分で殺されることだってあり得る。

 もっとも、魔軍を管理し、魔人を統率している魔人のおかげで、ある程度の秩序は取れているのだが、それでも魔人に首輪を掛けきることは難しい。それが出来るのは魔王のみであり、力ある魔人の言うことを聞きはしても、それは強制ではないため、衝動で規律を破ることだってあり得る。そのため魔物将軍ら、城に詰める魔軍の将兵は細心の注意を払っている。魔王自身、誰かを殺したからとそれを咎めるような感性の持ち主ではないし、そもそも部下の管理などに興味がない。極一部を除いて、誰が死んで誰が生きようと構わないし、興味がないので魔人や魔軍の管理はそれこそ部下に任せっきりである。

 だからこそ、その管理をしている魔人筆頭が招集などを掛けない限り、魔人達が魔王城に集まることはない。それでもその魔人筆頭の命令で定期的に集会を開いたり、それとは別に礼儀を重んじたり、魔王を慕う魔人らは時折訪れては謁見して軽い挨拶を行ったりもする。

 故に、月初めの今日に魔王城を訪れている魔人は、偶然にも少なくなかった。

 

「うお……あれ、魔人レイ様じゃねぇか?」

 

「ば、馬鹿っ、声出すな……! レイ様は気性が荒いんだ……無心で警備してろ……! 襲われても助けねぇぞ……!」

 

「っ、そ、そうなのか……すまん……」

 

「…………」

 

 警備の兵がひそひそと小声で話している先。そこには、無言のままズカズカと廊下の真ん中を歩く青年――魔人レイがいた。

 彼は魔王ジルを姉御と呼んで尊敬、慕っているため、今日もなんとなく手土産を持ってジルに謁見しており、今はその帰りであった。

 故に機嫌はそんなに悪くはないのか、魔物兵のひそひそ話に対しても突っかかっていくことはない。単に自重しているだけなのかもしれないが、自重出来るだけ心の余裕があるという証明でもあった。

 彼にとって、魔人としての生活は人間の時よりも肌に合っているようであり、それなりには楽しい日々を送っているといえる。

 何をするにも自由で欲求を我慢する必要などない。ムシャクシャしたなら暴れる。人間を殺したり、歯ごたえを求めて他者に喧嘩を売る。睡眠や食事は必要ないが、寝たけりゃ寝ればいいし、飯を食う気分になれば適当に命令すれば人間では考えられないほどの美味い飯が出てくる。女を抱きたければ牧場やそこらから適当に引っ張ってくるなり、外に出て女でも探して犯せばいい。欲しいものは命令して取ってこさせるなり、力で奪い取ればいい。

 出来ないことなどほぼ存在しない。魔王に次いで、この世で最も自由な選ばれた存在である魔人はまさしく世界の支配者層であった。

 彼らが慮り、憚るような存在は主である魔王と、自分と同じ魔人のみ。

 故に用事もなくレイが足を止めたのは、同じ魔人に視線を向けられたからだ。

 

「――おや、レイ」

 

「奇遇ですねレイ。貴方もジル様への謁見の帰りですか?」

 

「……アイゼルにジークか。まあ、そんなトコだ」

 

 魔人ともなれば、同じ魔人の気配は何となく分かる。20体といない同種の存在の気配を感じ取り、妖術が得意な長身の美形――魔人アイゼルと、それを越える長身で黄色い肌の異形の紳士――魔人ジークはレイへと声を掛けた。

 魔人の中でも物腰が柔らかく、気品があると称される二体の魔人であるためか、その感じは荒っぽいものではなく、どこか貴族同士の立ち話を連想させた。

 もっとも、レイの方は良くて、チンピラ集団の頭といった感じだが、こういった様々な曲者が集まるのが魔人であり、タハコを咥えている姿にアイゼルとジークも目くじらを立てない。

 相性の悪い魔人もいて、そういう時は皮肉じみた苦言を呈したり、馬鹿にしたりと、小競り合いに発展するのが魔人の付き合いだが、誰にでも紳士的に合わせられるジークはともかく、アイゼルとレイもそこまで相性が悪いわけではなかった。とはいえジークの方は気になった様で、

 

「レイ。貴方の為にも言わせて頂きますが、魔王様の居城でタハコを吹かすのはあまり良い行いとは言えませんよ」

 

「……うっせェな。別にいいだろ。ジルの姉御も何も言わねェ」

 

「ええ、勿論。ジル様がお許しになられているのであればそれは許諾されて然るべし行為。私が何か言う道理はありません」

 

「なら、いいだろうが」

 

 と告げるレイに、ジークは、”いえ、ですが……”と前置きを置いた上で穏やかかつはっきりと口にした。礼儀を見失わない口調で、

 

「許可は出ていても、目上の相手の前ではタハコを吹かさない方が、その忠誠を示せると思います」

 

「…………チッ。相変わらず、礼儀にうるさい野郎だ」

 

 と、吐き捨てるように言いながらも、レイはタハコを手に取るとそれを手で握り潰した。

 一見、レイは思ったより物分りが良く見えるかもしれないが、これはレイにとっては非常に珍しいことだ。

 まず他人の言うことなど、上位の魔人相手でも素直に聞くことが少ないレイが、渋々でもそれを聞き入れたのは、やはりジークの話術や雰囲気、礼儀が良かったのだろう。相手の気分を害さずに意見をはっきりと伝える魔人一の紳士は、レイの行動にそれとなく”ええ、やはりその方が礼儀としては良く見えるかと”とレイを褒めているような言動だってしてみせる。

 それを見てか、アイゼルが僅かに微笑を浮かべながらも、話題はその謁見に関することに移る。

 

「……それで、ジル様のご機嫌は如何でしたか?」

 

「あぁ? 別に……いつも通りだ。手土産の人間の女虐めてるときは愉しそうだったけどな。それ以外は相変わらず、痺れる雰囲気だったぜ」

 

「……ふむ、そうですか」

 

 レイの言う、痺れる雰囲気。つまりはいつも通り、冷淡で特に相手をすることもなかった、ということだ。

 全くもって意外でも何でもない通常営業のジル。配下の魔人には無関心で、傍らに控える側近、魔人四天王のノス相手でも命令を下す以外では、人を虐めている本当に機嫌の良い時くらいでしか話しかけることはない。

 故に、魔人の間ではジルに謁見する際には、特にジルが好む人間の女性をそれぞれが管理する牧場から持参して、それを手土産として渡すのが慣例となっている。

 アイゼルとジークも、定期的な挨拶も兼ねて魔王城に出仕して、先程同じ様な対応でもって迎えられたのだ。

 そのことを不満に思いはしない。中には、そのことを好都合だと捉える魔人もいるし、恐ろしいので関わらずに済むという魔人もいる。実際、百年以上顔を合わせていなくてもジルは特に何も言うことはないし、呼集されることも滅多にないので、こういった魔人同士の付き合いというのは、個人的に気に入った相手とのやり取りをするのみで、偶然会うことも珍しいものだ。

 魔人の感覚では最近会ったばかりだと思っても、実は数十年ぶりだったりすることはザラにある。

 とはいえレイは気が向いた時に他の魔人に喧嘩を売りに行ったりと暴れているため、比較的よく会う方なのだが。

 故にレイはいつもの様に、何かスイッチが入ったわけでもないのに何気なく、

 

「……ま、偶然会ったなら丁度いいな。どっちか俺とやらねェか?」

 

「……また、ですか、レイ。暴れたいのであれば人狩りに出るのもまた一興かと思いますが……」

 

 アイゼルが呆れるように息を漏らしながら言うと、レイは鼻を鳴らし、

 

「人間相手に暴れるのはつまらねェ。どいつもこいつも雑魚ばっかだからな」

 

「いえ……確かに強さ的に物足りないというのは分かりますが、それでも抗おうとする美しい人の意志を愛でるのも、一つの楽しみですよ」

 

「……ふん、ゴタゴタとどーでもいい理屈こねて、いざとなったら腰が引ける腰抜けしかいない印象だがな」

 

「否定はしませんよ。ですがだからこそ……一欠片の原石が輝くこともある」

 

「理解出来ねェ」

 

「おや、それは残念ですね」

 

 素っ気なく告げたレイに、アイゼルも別段残念そうでもなくそう口にする。魔人は基本的に血を好むとはいえ、趣味の違いは如何ともし難い。

 故に話は平行線のまま終わったかと思いきや、今度はジークが何かを思い出した様に徐ろに、

 

「ふむ……ですが人間の間にも、最近は油断ならない者もいるという噂ですがね」

 

「あぁ? なンだそりゃ」

 

 レイが聞いたこともねぇ、とジークに問いかける。するとジークは長い手を顎に当てながら、

 

「どうにも最近、人狩りに出てる部隊が逆に全滅する被害が増えている様なので」

 

「ほう……初耳ですね。大規模な魔物討伐隊にでも遭遇しましたか?」

 

 アイゼルも興味が湧いたように細い眉を浮かばせる。ジークはその問いに否定し、

 

「いえ、話では人間側の死体が少なかったことから、どうも少人数の冒険者にやられたのではないかと言われているようです」

 

 あくまで推測ですが、と枕詞を置いて、ジークはそれを口にした。

 するとレイもようやく僅かに興味を抱いたようで、

 

「ふん……マジならちったぁ楽しめるか。ガセじゃねぇんだろうな?」

 

「さて、私には分かりかねますが……。しかし、最近は()()()()()()()()人狩りに出かけることが増えているらしい。ともすれば、あの方もその人間とやらに期待し、探しているのかもしれませんね」

 

「……んだと?」

 

「……あのレオンハルト様が……ですか……」

 

 レオンハルト、という言葉にレイやアイゼルが僅かに驚きを見せる。

 魔人レオンハルト。魔人筆頭、魔軍参謀という肩書を持つ最強の魔人だ。

 魔人界隈であってもかなりの大物。そんな動きを見せた、というそれだけでニュースになってしまうような人物だ。

 それに普段から忙しく、仕事に奔走しているというレオンハルト本人が動くというのは、中々に珍しい。特に人狩りに出かけることなど滅多にないのがレオンハルトであり、そういう時は大規模な人間の隠れ里を壊滅させてきた、というそんな報せが一緒に上がってくるものだ。

 それを聞いたレイは、舌打ちを行い、

 

「……あの野郎。最近見ねェと思ったらせこせこと人狩りに出かけてやがったか……」

 

「……レオンハルト様が興味を示すほどの相手……ですか……」

 

「あの方の立場的に、それほどの被害が出ているのであれば捜索せざるを得ない。それに、部下思いの方です。放置は出来ないと考えているのでしょう」

 

 ジークがあくまでも推測ではあるが自身の見解を示す。

 実のところこの話はレオンハルトシティやレオンハルト麾下にある魔軍の中では有名な話なのだが、レイもアイゼルも知らなかったようだ。

 だがレイは、それを聞いて何やら闘気を漏らしているし、アイゼルも何か迷うような素振りを見せている。

 ジークはそれを口にしながらも、やはり魔物達がやられたことを彼らも放置は出来ないのだろうと、その魔人として正しい気持ちに頷き、強者に興味を示す魔人の本能にも理解を示し、自分もたまには彼らを見習って魔人として積極的に行動するのも悪くないのかもしれないと、その噂に再び興味を示した。




次回は主人公出るかなー?

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