明白なんだよ・・・俺にはお前のカードが分かる! と断言して負けるカイジが好き
二個振ったサイコロの合計が五の相手に四五六賽を使ったって因縁つけて勝つカイジが好き
『72億の孤独・・・っ! それを埋める手段は通信。言葉で繋がることができる
だが、それは人を傷つける武器にも成りえる。諸刃の剣・・・!
金に目を眩み、人は簡単に人を騙し、貶める!
物々交換を止めた人類の哀しみの果て
人類は金をなしにはもはや生きられない動物
ああ・・・それにしても、金が欲しい!
二年A組 伊藤カイジ』
「さて、私はカウンセラーの資格はないが、君の深層心理は大変に病んでいることは確実のようだ」
担任教師の平塚静が言い終わると大きな溜息を吐いた。呼び出しの上に適当に書いた『高校生活を振り返って』を音読され、流石のカイジもこれには反省。反省しつつも、早く帰らせて欲しいと思う気持ちの方が圧倒的に強い。
「世界とは自分の主観である。世界とは自分の生活している空間である。こういう言い方なら私も納得が出来た。が、いつから地球人口の数=総武高校の生徒数になったんだ?」
わざわざ赤ペンを取り出すと72億の部分に大きな丸をつける。確かこの数字は作文を書く前に、カイジの姉が地球の総人口の話をしていたのを覚えていたから書いた。そこには其れ以外の浅い意味すらなかった。
ついでとばかりにカイジの部分にも横線を二本引かれ、開司と直されていた。
「君の作文を読むまでは他の生徒を呼び出そうと思っていたのだが、その気持ちを打ち砕くくらいのインパクトがあった。君は小説家を目指すべきかもしれないな」
推理小説の探偵役がたまに言われる台詞だ。小さい頃から姉に強制的に本を読まされてきたので、ついそんなことが頭に浮かんだ。
「大サービスで百歩どころか百那由他歩ほど譲って、総人類に足りる内容の生徒たちがいるとしよう。だがこの締めはなんだ」
「……うっ!」
まるで何人も殺めてきたような凍てつく瞳。新一がジンを見た時に抱いた感想に近い物があった。薬で小さくされることはないが、面倒ごとに巻き込まれるのが確定した瞬間だった。
「学園生活を振り返って金を求めるとは……はぁ~。君は授業態度が悪いわけではないし、慕ってくれる友人もいるだろう。だから大丈夫だと思っていたんだけど」
タバコを取り出すと火をつけようとして手を止めた。
「利根川教頭に生徒の前でタバコは吸うなと注意されたばかりだった。いいか、伊藤。悪いことをしたらまずは謝る。そして、反省する。これは子供も大人も関係ない。生きている限り続いていくことだ。ではまず伊藤がすべきことは何だ?」
「すいませんでした」
明らかに形だけの謝罪。其れで許されるほど高校生は許されない。学生の間に矯正しなければ社会に出て困るのは当人。変わり者で許される雰囲気が、社会ではイジメの対象になる可能性がある。故にこれから振るわれるのは愛の鞭。
「君には部活を始めて貰う」
その言葉に電流走る!
担任の授業でふざけた報い。食らえ、因果応報!
「ぶ、部活?」
「ああ。奉仕部と言って問題のありそうな生徒を矯正する部だ」
「いや、待ってください。俺は別に……問題なんて」
「そう信じていたんだがな。類は友を呼ぶと言うし、類である君を矯正すれば伊藤を慕う連中もまともになることだろう」
ぐにゃ~!
思わず視界が歪む。奉仕部。普通の高校生だったら卑猥な想像してしまいがちだが、カイジには其れがない。ボランティア部という名前にしない所が逆に怖い。明白なんだよ! 俺には祝日でも関係なく呼び出される未来が見える。
たった一つの作文でこの醜態は本気の猛省。目の前のことに本気になれなかった者に与えられる必然の罰。人事を尽くせぬ者に天は微笑まない。同じような過ちを犯しても、愚者は何度も後悔を繰り返す。カイジはその筆頭。
「先生。作文をやり直すからそれは勘弁して欲しいんだけど」
ショックの余り敬語を忘れる。やってはいけないミス。反省の色が感じられないと取られても仕方がない。カイジのカイジ足るところでもある。
「安心したまえ。君が部員一号という訳ではない」
ざわ・・・
ざわ・・・
其れは問題児と一緒に活動しなくてはいけないという死刑宣告。だったら部員がカイジ一人だけの方がいい。泣きっ面に蜂。強制労働施設でペリカの借金。
「平塚先生。教頭が呼んでましたよ」
「あ、遠藤先生。そうですか、分かりました。伊藤、部室の場所はここに書いてある。先に一人で行っておいてくれ」
「……うぅっ」
不服だがもはや逃げられない運命だと嘆くしかない。静が姿を消すと遠藤がカイジに話しかける。
「カイジ、お前やっちまったらしいな」
「……遠藤」
「先生を前に呼び捨てにするな」
軽く遠藤に頭を叩かれる。
「他の教師ならまだしも、担任っていうのはな、自分の担当の生徒には厳しくしなければいけないんだ。ソレを見誤ったのなら当然の結末。受け入れるしかないだろう?」
「ぐっ!」
反論したいができない。何故ならその通り。担任だから許されると逆の思考をしてしまった。
「ま、何処とも分からない地の獄。強制労働施設に連れて行かれる訳でもないんだ。そこまで落ち込むこともないだろう」
「非現実的なことと現実に起こったこと……並べたところで救いなどない!」
「確かにな。だが、逆に考えろ。お前の姉さんみたいに真面目になるチャンスなんだってな」
カイジは姉のことを上げられると弱い。物心付く前に両親が離婚し、姉とカイジは母に引き取られた。それ故にカイジの面倒を見てくれたのは、母より姉の方が多い。女で一人で子供二人を食べさせていくのだから当然だった。
姉はそんな母を尊敬していて、カイジの面倒を見ながらも、勉学に励んで真面目に生きている。将来の夢は公務員。安定した収入で母を楽にしたいという優しさ。現在は大学一年生。趣味は読書でジャンル問わずにその時の気分で選ぶ。
「俺が姉さんみたいに真面目になれるなら、とっくになっていた。俺と姉さんとでは違いがありすぎる」
カイジはいつからか違和感を覚えることがあった。まるで生まれてくる世界を間違えたかのような違和感が。中二病を患っているという訳では決してない。
「若い者が未来を勝手に決め付けるな。何が起こるか分からないから人生なんだ。ここを卒業する時には真面目を絵に描いたような存在になってるかも知れんぞ。まぁ、全く想像できないがな。クックックッ」
カイジを応援しているのかしていないのか。だが、絶望の淵にいたカイジの気分を解したのは確か。大きくため息をついてから、部室の場所を書いたメモ書きを見た。
「部活をするのは半ば自業自得。だったら受け入れよう」
「半ばも何も全部だ、馬鹿。さ、怖いお姉さん先生が戻ってくる前に、部室に顔を出しておけ」
「ああ。じゃあな、遠藤……先生」
職員室から出て奉仕部なる部室へ向けて、重い足取りを引きずって向かう。外からは運動部の掛け声。教室からは誰かの話し声。廊下で喋ってる人もいる。違和感は今も拭えない。宇宙人に偽の記憶を植え付けられたと言われれば納得してしまえる。
「はぁ~」
だからといって、あんな作文を書いてしまった事には関係がない。高校二年生になってアレはない。書くだけなら構わないことでも、そのまま提出してしまえば戦争だ。生まれる時代が時代なら指を切り落とされても文句が言えない。或いは耳か。
約二年間の奉公で許されるのなら安い物としよう。全然心が晴れないが、遠藤の言うとおり労働施設に入れられるよりマシだ。環境の悪い中での仕事は本当に命取りに繋がる。海外のハードな仕事は命懸けな物が多々ある。
圧倒的現実逃避・・・っ!
そして、奉仕部の部室に辿り着く。部室と言っても空き教室を利用してるだけで、特別な物ではないようだ。ドアをノックする。礼儀は姉に胃が痛くなるほど強く教え込まれた。
「はい」
小さいけれど不思議と通る綺麗な声。問題児と言われて安藤や古畑みたいな男を連想していただけに、女がいることに驚きを隠せなかった。余計にやり難い。
「あの、平塚先生に言われて、部員になれって来たんだけど」
「……どうぞ」
少し間を置いてからの返事。追い返してくれればそれを理由に逃げられたのに。覚悟を決めてドアを開くと、そこには黒髪の美少女がいた。美人故に冷たく見える。其れが第一印象。が、問題児である。先手を打たねばどんな扱いをされるか分からない。だからまず自己紹介をしておく。
「二年A組の伊藤カイジ。さっき平塚先生に呼び出されて、ここの部に入れって言われて来たんだけど」
「そう。私はJ組の雪ノ下雪乃」
ざわ・・・
ざわ・・・
普通なら美人である故に見惚れるか、J組であることにまず驚く。だが、カイジは違う!
気付いてしまった。その名前が示す物が何なのか・・・。
「随分と強烈な顎と鼻をしてるのね」
「……っ!」
その言葉で予感が確実な物に変わった。目の前で座る問題児・雪ノ下雪乃は・・・間違いなく虐待されている!
十中八九望まれてこなかった子。もしくは良い家柄の娘で、兄か姉にもしもが遭った時のスペア要員。
望まれて生まれてきた子に対して、雪乃下という苗字で、雪乃なんて名前をつける理由がない。いるとしたら別次元のセンス。キラキラネームと並ぶ痛いネーミングセンス。理解の外を往く者。だから其れはありえない。
名前の所為で初見の相手に毒を吐くような、捻じ曲がった性格に育った。というよりも、虐待されて育ったからこそ、人を傷つけることでしか愛を知らない。人を傷つけ、自分をも傷つけることでしか認知されないと思ってしまう。
こう考える方が道理的。虐待されて育った子が、親になった時に自分の子を虐待してしまうことは少なくない。其れは間違った思いを植えつけられてしまったから。虐待に耐える為に心が起こす制御装置の弊害。
だったら何を言われても許してやろうじゃないか
寛容な精神で・・・!
「あ、ああ。よく言われる。親父からの遺伝なんだと思う」
「そう。その所為できっと性格が歪んでしまったのね」
ああ・・・ビックリだ。カイジは思う。目の前の少女はカイジを見ながら、本当は鏡に映った自分に言葉を投げかけているんじゃないかと。恐らく精神が安定していない。もう虐待は揺るがない完全な事実!
「ああ、悪い。その所為でここに来てしまって」
「いいわ。まずはゲームをしましょうか」
「ゲーム?」
何の前触れもなく突然変なことを言い出す。この情緒の安定してない感じが涙をそそる。今まで触れてきた虐待されてる子は、あくまで小説という媒体を介していた。実際に遭遇すると涙ぐんでしまいそうになる。お願いだ、神様。涙を抑えてくれ・・・!
「ここが何部かを当てるゲーム。そうね、ヒントは二回までということでどうかしら?」
「分かった。そのゲームに乗ろう」
カイジはここが奉仕部であることを知っている
勝つことは偶然なんかじゃない!
だがカイジはここで正解する気は更々ない。当てられる筈のない勝負を仕掛けてでも勝ちたい。相手より優れていると思いたい。自分が優れた人間であれば認めて貰える。そんな切なる思いをどうして踏みにじれる!?
そんなこと人間には出来ない。してはいけない!
嘘吐きになったとしても、俺は最期まで人間でありたい・・・!
「見渡した感じ、何か特殊な道具を必要としてはないみたいだが……基本的には道具を必要としない部なのか?」
「ええ、そうね。使うとしたらそこのパソコンだけ」
「なるほど。ヒントは後一回だけか。慎重に訊かないとな」
「ふふっ」
勝利を確信している故の嘲笑。ここでカイジ長考に入る。勿論其れは演技。この短い時間ではあるが、雪乃下雪乃はあっさりと不正解するより、こうして悩んだ末に間違った方が満足する。だったら付き合おうじゃないか。
しかし、長考した上でベタな質問をするのは論外。一つ目のヒントから的を絞って、正解へ近づかなければならない。パソコンを使うとなると、面と向かって話し辛い相談事や意見等を纏める部ということだろうか?
カイジは気付いていない。奉仕部の実態をまだ何も知っていないことに。そして、部の名前こそ正解する気はないが、内容は正鵠を得てしまうことに。
「そのパソコンで相談事や生徒からの苦情・意見等をメールで送られてきたりするのか?」
「――正解よ。これでヒントは終了。ここは何部かしら?」
一瞬、雪乃は驚いた顔をしたが、直ぐに冷静な仮面を被る。当たる筈はないが、気取られないように警戒する。一方のカイジはそれを見て、活動内容が正解してしまっている事を悟った。
(ぐっ・・・! 馬鹿か俺は! 見当違いは不味いが、正解を導き出すのはご法度! 禁忌中の禁忌!)
カイジ反省。猛烈に反省。ある意味であの問題の作文の件よりずっと猛省した。だから今度は間違えない。正解に近いけど間違える。しかも、正解しようとする強い意思を見せる為にも二個答えれば完璧!
「生徒会補助部。それかボランティア部。それが俺の導き出した答え!」
「残念。外れよ」
雪乃が少し小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。カイジにとっては鉄骨渡りを成功したような安堵感。顔に出ないように深く注意した。
「ここは奉仕部。貴方みたいな問題児を更生させたり、問題を抱えてる人の悩みの解決を補助したり助言する部。奉仕部へようこそ、伊藤君」
これが俺の奉仕部に初めて訪れた日の出来事
雪乃下雪乃という虐待を受ける少女に出会った日
色んな事件に巻き込まれつつ、成長していく高校生活の真の産声
学園奉仕録カイジ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・完